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卒業生のキャリアケース:異動

卒業生のキャリアケース:異動

堀越 裕文さん

連結売上500億円規模の複合事業のグループ経営

株式会社大西常務取締役(兼 経営管理本部本部長)

堀越 裕文さんHironori Horikoshi

※年齢・肩書きはインタビュー当時のもの

今までのキャリアについて

~今の会社には新卒で入社。様々な部門、経験を経て、常務取締役に~

 大学卒業後、株式会社大西に入社。売場責任者やカタログ企画担当者、そして、ギフト用品や雑貨、家具、ブライダル関連品などのバイヤーを始め様々な部署を巡りながら、営業・商品部門の第一線で働きました。これが約16年間です。
転機の1つ目となったのは、この期間の終盤に任されたブライダルショールーム事業での総責任者の業務でした。約2年半、課長職相当のポストで実質的に部長職並の役割を担うことになりましたが、売上10億規模の利益管理責任を全て負うことになりました。
任されたその部門は実は、2年半連続赤字でした。過去は高収益部隊でしたが各種事情により業績が悪化し、赤字の2年半の間に本社から次々と部長が送りこまれるなど改革が進められましたが、結果、改善しないまま、当時同部門の一バイヤーであった私が引き継ぐことになりました。そして、半年で黒字にしなければ部門閉鎖との命令を当時の常務取締役から直接受けました。
 同部門で一バイヤーとして10年近く過ごしていた私は、不安もたくさんある一方で、自分なりに改革の可能性も感じていましたので、かなりの労力を費やす覚悟と一部の人からの批判を受ける覚悟で、ビジネスモデル自体の一部を短期間で変革することにしました。
当初は様々な変革への抵抗はありましたが、推進開始3ヶ月を過ぎた頃から理解者、協力者が徐々に増えていき、それに伴って業績は向上していきました。結果、赤字額の大幅な削減と事業継続の許可を得ることができ、その後も改革を継続。取り組みから1年後には半期黒字を実現することができました。
部門を初めて任されたこの経験から、人を通じて大きな仕事を成し得る達成感やマネジメントの辛さや妙味を感じたとともに、漠然とですが、未知の経営というものにも関与してみたいと感じるようにもなりました。
次に、当時の社長の命令で経理部に異動し、営業畑にいた経験を生かして、肥大化していた経理組織を変革する仕事に就くことになりました。主な実行事項としては、
・グループ会社の勘定科目の統一
・会計システムの統一
・全子会社の経理事務所の本社統合によるシェアードサービス化
・ファイナンス機能の充実
などを行いました。
改革好きの私にとって組織改革への抵抗感はあまりなかったものの、ファイナンス機能の充実という点では大いに悩んだ時期でした。そもそも現金問屋として出発し長年現金決済を続けていた我社は、私の異動当時はまだ売掛与信の概念も仕組みもほとんどなく、M&Aやファイナンス理論などの必要性もなかったため、来るべき時代に対しての準備を行うにも社内には全くノウハウがなかったことが大いに悩ましかったのです。
一方で、当時、役員でない私も唯一財務部長として役員会議に同席させてもらっていたことで、今後の経営におけるファイナンスの重要性もひしひしと感じていたので、手探りでも何とかしなければと日々考えていました。
その後、財務担当の執行役員になったことをきっかけに、ビジネススクールに通うことにしました。そして、本科卒業の翌年には、常務取締役となって経営に深く関わることになったとともに、本科の学びを次のように試されることとなりました。
先に述べたような悩ましい時期と、ビジネススクールでのファイナンスを主とした経営判断に関する学びが深まっていった時期が重なったのが私には幸いでした。講師陣のリアルな経験も含めた投資判断の軸やM&Aに関わる基礎知識を得ながら、ケーススタディによる疑似体験を何度も繰り返したことで、ファイナンスに対する自信も少しずつ持てるようになりました。そして、その真価が問われる機会がビジネススクール卒業のたった半年後にM&Aという形で突然訪れました。
 現役社員は誰ひとりM&Aの経験がない不安の中、私がPJリーダーとなって買う側の立場でヒト・モノ・カネの実態分析やDCF等による企業価値算定を行いながら社長とともに価格交渉を進めました。また、人材流出のヘッジのために先方の主要メンバーとの交流等にも細心の注意を行いながら、紆余曲折はあったものの、約8カ月で無事傘下に収めることができました。
規模は6億程度で小さいとは言え、MBAで学んだことを買う側の立場において一通り経験できたことは私にとって大きな自信になったとともに、誰ひとり経験者のいない中で財務・人事・総務・法務・システム部門の部下の実践教育ができたことはグループにとっても大きな糧となりました。
そして、その1年半後には、売上180億の子会社を売却するという話が突然訪れました。
この件に関しては、グループ経営トップと財務部長だけが知る中で半年間、膨大な経営資料の提出を行いながら、売り先のファイナンシャルアドバイザー(以下FA)とかなりの議論を何度も闘わせながら価額や各種条件の交渉を進めてきました。
最終的には妥当ラインで調印の合意をしたものの、双方の関係者やスタッフに開示し、株式譲渡までの統合準備を進める過程で、売り先のFAがオペレーションシステムの統合における難題ばかりを投げかけてきたり、いろいろな理由をつけて価額引き下げを要請してきたことから結局は破談になりました。
 私にとっては、非常に不本意な結果となったものの、納得感のないまま話を進める必要もなく、結果としてこれも一つの学びとなったということで、社内外に向けて一区切りをつけようとしました。ところが、捨てる神あれば拾う神ありで、破談となった後、すぐ数社から強い売却要請が立て続けにありました。
破談となった売り先とは当初から相対取引での交渉を行っていましたが、今回の場合は5社ほどのオファーの内からまず2社に絞り、さらに1社を選択した上で優先交渉を行うことになりました。価額だけで決めるなら簡単ですが、売却後のシナジーや企業文化融合の可能性、デメリットやその他リスクの程度も含め総合的に検討する必要性があったので、これらの絞り込みのプロセスも過去の学びを生かしながら、また新たな学びの機会ともなりました。
 弊社は選択する側であり多少有利な立場にあるとは言え、絞り込んだ売り先は我がグループより規模の大きい上場企業であり、M&Aに関しても何度も実行されてきた名だたるスタッフが揃っておられる立派な企業でありました。
これが我々にとって初めての経験であれば、物怖じしたかも知れませんが、幸い規模は小さくても買収する立場を1年前に経験し、また、破談とは言え売却する立場で売り先のFAと互角に渡り合った経験も直近でありましたので、スタッフ一同冷静にそして適切に対応することができました。
結果、両社のスタッフが信頼関係を築きながら友好的かつ迅速に各種手続きを済ませることができ、弊社社長と私が先方のトップと初めてお会いした3ヶ月後には株式譲渡が完了するという異例のスピードでの株式譲渡完了となりました。譲渡後の業務統合作業も予定通り3ヶ月で完了し、私は勿論のこと多数の本部スタッフに様々な実践教育が短期間にできたことは、グループにとって大変意義のあることだと実感しています。
 裏を返すと、もし私の学びが不十分な中でPJを進めていたら、会社に大きな迷惑をかけていたかも知れませんし、仮に立派なFAが我々の替わりにうまく立ち回ってくれたとしても、私や部下の学びや成長機会には繋らなかったであろうことははっきり言えます。
これら学びにおいて大事なことと感じたのは、経営者として、財務担当として、また各々の立場において自分の言葉で、つまり腹落ちした上で物事を進めることができるか、交渉できるかということであり、そのためには座学は勿論、疑似体験が非常に重要であるということです。そして、その疑似体験が実践においての小さな勇気となり、その実践の繰り返しの中で自分や周囲の人たちの自信も学びもさらに深まっていくものと考えています。
これら一連のことを通じて、ようやく我がグループにもファイナンスというものの下地ができたと考えており、新たなステップに向けたスタートラインに立ったと感じています。
今まで述べてきたM&Aなどの財務面での経験のほか、直近の4年半の間には、グループ社長や関係者とともに人事面での大きな制度変革も同時に行ってきました。
社員が自らの意思でチャレンジできる社内キャリアコースを具現化した役割等級制度という新人事制度の策定と導入・浸透・修正。社内コミュニケーション強化に向けたES運動の推進やメンタルケアのためのEAP導入という従業員支援体制の強化など、一時の批判や抵抗も越えながら3年~5年かけて社長以下の者たちと進めてきたことが、ようやく形になりつつあると実感しています。
ただ、人材面では唯一、グループ全体の人材育成のカリキュラム構築が全く不十分なまま私の中で手つかずになっている状態です。我々の次の世代は勿論、その次の世代までは最低でも視野に入れた経営幹部候補の育成カリキュラムの構築、それに至るまでの階層別研修や新入社員の育成プログラムの強化、その他職種別研修や定年再雇用者向け研修、事業創造支援プログラムの充実などなど、グループとしての全体構造を整えるにはまだ3年程掛かりそうで、今年から私自身もそれらに注力するつもりです。

キャリア選択のベースとなる価値観について

~人の温かさによって教えられた仕事に対するスタンス~

 大学での就職活動時から何か他人様の役に立ちたい・喜ばせたいという漠然とした気持ちを持っていましたが、当時はそれが具体的に何なのかは描けていませんでした。友人が何十社も説明会に臨むのを横目に見ながら、自分の行きたい会社が定まらず悩んだ期間が長くありました。
そんな中、色々な先輩や知人に相談をしながら、気持よく働けそうで自由でやりがいのありそうな会社として1社だけに絞り受験し、縁があって現在も働いているこの会社に就職することになりました。
社会人になってキャリアについて考えるようになったのは20代後半の頃です。各部署での困難な課題に取り組み、ようやく目処がついて次の期には果実を得られる、というタイミングが来るたびに異動を繰り返されたことへの不満がありました。自分は適応能力がないから短期間で異動されるのか、それとも嫌われているからなのかなどと悩んでいたのです。同時に、自分は本当にしたい仕事をしているのだろうか?と真剣に考え出してもいました。
 そこで思い切って当時の上司である事業部長に面談を依頼し、悩みを相談するとともに異動理由を尋ねることをしました。その面談では思いがけない衝撃的なメッセージを頂くことになります。
事業部長は、「お前はその果実とやらを手に入れたらそれで満足なんか?そんなことで満足するんか?俺はそうは思わない。本当に仕事のできる人というものは、ややこしい課題を片付けて誰にでもできる状態にしてさっさと後に引き継いで、次のややこしい部署の課題をまた解決しにいくもんや。そんなややこしい課題に取り組むことをひたすら繰り返すことで、どんどん人は成長するんや。お前らみたいに若い奴らはいちいち異動を言われなくても、自ら進んで次の大きい仕事に取り組むほどの気概を見せることが必要なのと違うか?お前はもう限界か?違うやろ?まだまだ成長できるのと違うか?」とおっしゃったのです。

 答えに納得いかなければ会社を辞めてしまおうとさえ考える程に悩みが深かったので、非常に強く価値観を揺さぶられた経験となりました。
異動の理由や背後にある私への期待を感じられたこと、そして、言葉は荒っぽくても表情や言葉の調子に何ともいえない温かみを感じたことで、自分の考えがすごくちっぽけでつまらないものだと恥ずかしい思いで一杯でした。
またこれからは人が嫌がったり、困難に感じるような課題も率先して取り組んでいこうという気持ちになることができ、先々自分にとって仕事に対する価値観のベースとなりました。
既に小さいながらも困難を乗り越えた後の達成感をいくつか経験していましたし、例え今後の大きな課題を解決できなくてもダメモトという割り切り感と、自分に何がどこまでできるのか試したいという積極性が加わり、非常にスッキリした気分にもなりました。
 キャリア全般についての私の考え方としては、「他人のため」に周囲の人を巻き込みながら、何をどれだけ成し得たかの積み重ねの大きさを考えることが大切ではないかと思っています。
私自身、家具や雑貨のバイヤーとして第一線にいた時は、まずは自分の課の業績、次に部の業績、そして会社の業績という順序でしかものを見られなかった恥ずかしい時代もあったのですが、経験や学びを重ねるうちに、1人でできることや満足できることの限界を思い知ったとともに、多くの人を巻き込むことで成し得ることの大きさと充実感を知ったことで、今まで自分なりに成長してきたと思っています。
つまり、何かのキャリアを目標にすることは必要かも知れないのですが、本当のキャリアはどこまで行っても積上げてきたことの結果でしかなく、また地位や肩書や役職だけで計るべきものでもなく、1人でも多くの人の心に好影響を与え続けているかどうかが大切ではないかと思っています。そんな方々は私の周りにも良き見本として沢山居て下さります。

必要なスキルと能力開発について

~経営を体系的に学ぶことは必要不可欠~

 経理部への異動後、ファイナンス機能充実を実行していくにあたって、自分の大きな不安を自分で抑え込むべく、会社には内緒で週末や夜に自費で様々なファイナンス関係のセミナーに参加したり、多くの本を購入しました。
しかしながら、座学だけで実務で使えるイメージもできず、またファイナンスに関して社内で同じ言語で話せる相手もなく、独りでかなり悩み苦しみました。そのような時にも関わらず、当時の社長より次の異動で財務担当執行役員にするとの内示を受け、役員としての責任と現有の知識・スキルのギャップの大きさに非常に焦っていました。
その時たまたまビジネススクールの存在を知り、藁をもつかむ想いで飛び込むことにしました。そこでマネジメントの基本6講座の一括受講を申し込み3ヶ月ずつ受講することになったのが、経営の学びに向けた新たなステージへの足がかりとなります。
カリキュラムの内容を深く知らないまま飛び込んだため、実際に仕事をしながら受講することの大変さを実感し、3科目あたりで挫折しそうになったものの、受講料を一括振込して自分に縛りをかけていたこともあって、何とか続けることができました。また受講していて感じたことは、当初各々の科目は自分の中で何のつながりもなかったものが、4科目5科目と受けるうちに、自然とつながって体系的にものが見えるようになってきたことです。
会社の経営会議では財務担当して参加していたものの、上席役員達(当時私より上席の役員は10人程居た)の財務以外の話しもどんどん腹落ちするとともに自分も担当外のことに自然と意見を言えるようにもなってきて、単に重たかったばかりの経営が、違った角度で見られるようになり益々興味を持つことになりました。
そして、最終的には自費でMBAプログラムに進むことを決意したことで、さらに経営というものを広く奥深く学習しながら、会社で実践するという好循環の中で更に学びを深めていくことができ、自分自身の経営者の一員としての自覚も自信も醸成されてきたように思います。
また、何よりも働きながら通学することで、学びを得ながら仕事の中でその様々な学びを多方面で実践できたことが私にはとても意味があったと感じており、もしビジネススクールに進学していなければ、今の私はなかったと本気で思っています。
学びと実践、実践と学びの繰り返しによって、人は成長し自分でも気付かない良き流れに乗っていけるものと感じています。もちろん、途中途中のプロセスには障害や障壁がつきものではあるのですが、その先の明るみを目指して、日々正しいと思うことを積み上げていくことが重要だと信じています。
(※)グロービス・オリジナルMBAプログラムとは、グロービス経営大学院の前身にあたるプログラム。2010年度生をもって募集を終了しました。
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