社会課題をビジネスで解決する

仕組みや商品に変⾰を起こし、組織を成⻑させる

誰もがその人らしく
生きられる多様な社会へ、
自分から変えていく。

株式会社日立製作所

理事
環境インターナルイニシアティブ本部長 兼
サステナビリティ推進本部長

津田 恵さん

グロービス経営大学院2019年卒業

性別や国籍、障がいの有無などといった違いを「その人が持つ個性」と捉え、それぞれの個性を尊重し、組織の強みとなるよう生かしていく。ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン戦略を推進する日立製作所。2030年度までに、役員層に占める女性および外国人の割合を、それぞれ30%に引き上げることを目標としています。その日立製作所でサステナビリティの観点から「社会イノベーション事業」を推進し、多様性ある組織づくりを今まさに実践しているのが津田恵さん。ダイバーシティを考えるグロービス経営大学院公認クラブKAJJや、女性のエンパワメントを通じた新しい成長のカタチを目指す吉田晴乃記念実行員会の創設メンバーとして、ダイバーシティ&インクルージョンを広げるために精力的に活動されています。

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あえて、紺やグレーのスーツを選んだ。浮かないように必死だった

前職でIR部長、CSR・環境部長、イノベーション推進部長を歴任されて、2021年に日立製作所(以下日立)に転職されました。30年お勤めになった会社を辞めて、なぜ日立にジョインされたのでしょう?

新卒で入社した大阪ガスでは、上司や周囲のメンバーにも恵まれて、本当に幸せな30年間でした。大阪ガスという会社が大好きだったので、離れるということには当然、葛藤もありました。
転職を決めたのは、日立のビジョンに心から賛同できて、自分も貢献したいと思ったから。いま、日立は社会課題の解決のために、多様な人材が必要であるという考え方のもと、インクルーシブな環境整備に会社をあげて取り組んでいます。
役員層に関する目標に加え、ビジネス部門やグループ会社ごとに独自のDEI目標を設定し、多様な組織づくりに本気で取り組んでいる。その一員として入ってほしいと言われたときに、自分の「志」と通じるものを感じ、心を動かされました。

私自身、子どものころから「女の子だからこうしろ、ああしろ」なんて一度も言われたことがなかったのに、入社当時は世の中的にも「お茶汲みは女性の仕事」というのが当たり前の時代でしたから、戸惑うことばかりでした。これまでの会社生活で、女性という属性や、リーダーという属性に悩んでいた期間が長かったんです。
さらに、女性の上司もいなかったので、自分の中で目指すべき女性リーダー像が思い描けなかった。初めて部下を持ったときにも、精神的にも肉体的にも強いリーダーになろうとなぜかいきなりカンフーを習い始めたり。はたまた、愛されるリーダーになろうとして、部下のプライベートに首を突っ込んで「お母さんみたい」と言われたことも。
何をやっても、自分が場違いな感覚、なじめない感覚が常にありました。会社のなかで自分ひとりだけ、異質な存在であるかのように。部長になったころは、とにかく男性陣から浮かないように、グレーや紺のスーツをあえて選んでいた時期もありました。

転機になったのは、前職でイノベーション推進部長になり、色んなベンチャーの方とお会いする機会を得たこと。若い経営者の皆さんは、アロハシャツだ、半ズボンだ、服装はなんでもあり。何にも捉われない自由な発想を持って、いきいき働く方々とお会いして、肩の力がふっと抜けたんです。
私が必死で保とうとしていた同質性って何だったんだろうって。グレーや紺だけじゃなくて、いろんな色、いろんな考えの人がいることこそが重要なのではないか。そんなふうに考えていたときに、ちょうど日立からお声がけをいただいて、今に至ります。

世界37万人の仲間と
ともにあらゆる階層
を多様にしていく

いま、サステナビリティ推進本部長として目指していることや、取り組んでいることについて教えてください。

日立が取り組んでいるのは、「データとテクノロジーを活用して、プラネタリーバウンダリーとウェルビーイングが両立するサステナブルな社会をつくる」こと。地球規模の環境問題と、人々の健康や幸せ。双方に応えていくために、全社のサステナビリティ戦略、その実現をはかるKPIの策定や、インセンティブなどの整備、社員の皆さんの意識啓発プログラムの策定、社内外のステイクホルダーとの対話など、さまざまな役割を担っています。
入社して感じるのは、社会課題を解決したいという想いのある人がとても多いことです。「社会のため」という発想がごく自然にできていて、「自分たちに何ができるか」という会話がごく自然になされている。この一人一人の思いをいかに加速させるか。これが当面の私のミッションです。

私の上司は、チーフ・サスティナビリティ・オフィサーのロレーナ・デッラジョヴァンナ 。人生初の同性で、かつイタリア人の上司。彼女から本当に多くのことを日々学んでいます。会話の中から「あなた今、日本中心に考えてない?」と、自分のバイアスに気付かされることもしばしば。日本を中心に考えるのではなく、世界の国々の多種多様な人を巻き込みながら、イノベーションを起こす文化を、今生みだそうとしているところです。
私が人生をかけてやりたいと思っているのは、まさにそういうこと。「日本の大企業に多様性を持たせて、イノベーションを起こす」。自分の「志」と、当社のやろうとしていることが、合致している状態です。

日立のダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン戦略に私自身もコミットし、日本の大企業においても社会課題を解決するようなイノベーションが起こせるということを、まず日立から発信していきたい。当社の従業員数は、グローバルの社員を含めると37万人。この規模の会社が、あらゆる階層において多様な組織へと変わることができれば、世界にも少なからずインパクトがあるでしょうし、日本の社会も自ずと変わっていくと思っています。

「人って死ぬんやな」
人生を終えるまでに、
社会に何を返せるか

なぜ、そのような「志」を持つようになったのでしょう。

いくつかきっかけがあったのですが、まずひとつはグロービス経営大学院に通い始めたことが大きいです。グロービスに入ると、「あなたは社会に対して何ができるんですか?」と、志をとことん問われるんですね。
果たして自分に何ができるか。悶々と考えていた時期に、グロービスの仲間の問いに、ハッとしたんです。「どうして女性のリーダーって、超女性的か男勝りか、その2択なんでしょう?」。確かに言われてみれば、男性のリーダーにはいろんなタイプがいるのに、女性のリーダーには、女性的かそうでないか、といった「型」ができてしまっている。それって何なんだろう。その人らしいリーダーシップって何なんだろう。自分自身も長年葛藤していたこともあり、自ずとダイバーシティが、ひとつ大きなテーマになりました。

そんな気付きや学びを得るなかで、ちょうどプライベートでも心境の変化がありました。母が大病を患い、介護をしていたのですが、亡くなってしまったんです。ちょうどグロービスに通い始める頃に病気がわかったのですが、母が他界したのはそれから2年後、あっという間のことでした。大切な人を亡くし、「人って死ぬんやな」ということを痛烈に感じたことも、私にとっては大きな出来事でした。いつかは自分の人生にも終わりが来る。その日が来るまでに、早く社会にお返ししないといけないという気持ちがますます強くなりました。

「相手の靴」を履く。
社内の「交差点」に
立つ

多くの企業がDEIの重要性に気づいていながらも、なかなか変われない。そんなジレンマを抱えているように思います。津田さんは、日本の大企業に多様性を持たせる上で、どのような障壁があるとお考えですか。

まず大前提として、一般的にオペレーションが確立された日本の大企業は、段階を踏んで合意形成をすることを非常に大事にしているんですね。そうなると同質性の高い組織のほうが、合意形成も取りやすいし、階層もうまく流れていく。決まった計画を確実に実行するという目的においては、非常にうまくいっていたと思うんです。

ところが、今のような変化の激しい時代になると、これまでの延長戦上では計画を立てられない。それにもかかわらず、多くの管理職が、長年慣れ親しんだマネジメントのスタイルを変えられない。例えば、会議で自由になんでも発言してくださいと言われると、非常に戸惑うんですね。イノベーションを起こすためには、どんどん発言して、アイデアを引き出す必要があるのですが、なかなか意見が出てこない。
さらに、明確な答えがあると皆さん思い込んでいるから、どうしても「YES,BUT」で会話をしてしまう。「あなたの発言は間違っている、なぜなら~」と、なぜならパートを説明することに皆さん注力してしまう。でも、本来あるべき会話は「YES,AND」なんです。どんどん話を広げて、どんどん多様な意見を引きだす。そうすることによって、遠くの知と遠くの知が出会えれば、イノベーションが起こりうる。イノベーション理論を提唱した経済学者、シュンペーターもそんなふうに言っています。

とはいえ、慣性の法則が働くので、すぐには組織は変わらない。DEIの推進は口で言うほどたやすいことではないと思っています。だからこそ、私が個人的に心掛けているのは、とにかく絶対に他責にしないということ。同質的な行動をとる人には、その人なりの背景や事情がある。だとしたら、まずは「相手の靴」を履くしかないと思うんです。
相手の立場に立ち、相手の話を聞き、とにかく「相手の靴」を履きまくる。自分自身の偏見を取り払って、視野を広く持つことは徹底しています。

これは、グロービスの科目「研究プロジェクト(2023年度から研究・起業プロジェクト)」で私が取り組んだテーマでもあるのですが、リーダーになるためには、「連携」「変革」「育成」という3つの経験が重要なんですね。自身を振り返ると、前職のときは同じ部署に長くいたこともあり、他部署との連携経験が非常に少なかったんです。最初の頃に他部署の人ともっと交流ができていたら、もっと多様な物の見方に触れられていたら、もっと違う意思決定ができていたかもしれない。
その反省を踏まえて、日立では自分から社内のいろんな部署の交差点に出ていくように意識しています。

一つひとつ変えていくことで
確実に良い社会へ

グロービス経営大学院公認クラブKAJJや、女性のエンパワメントを通じた新しい成長のカタチを目指す吉田晴乃記念実行員会の創設メンバーとして、非常に精力的に活動されています。そのエネルギーはどこからくるのでしょう?

「好きで、得意で、社会の役に立つ」という三つの輪の真ん中のことをやっているからだと思います。好きだけではうまく行かないし、得意なだけでは楽しくない。社会課題でなければ人がついてこない。でもこの三つを押さえていれば、無限のエネルギーが湧いてくると思います。

それに社会のために何ができるか、というモードに入ると、平たく言ってしまえば、とても楽なんですよ。自分のために生きていた時期が、結構長くあって、そのときは今思えばしんどかったように思います。自分がどうありたいかという自分軸で動いていた時期よりも、社会のためにという発想に切り替えた今のほうが、ずっと楽だし、楽しい。結局、組織に多様性を持たせるというのも、自分が楽になりたいだけなんです。多様な組織になったら、女性に限らずみんなが楽になりますよ。よく女性活躍推進というと、男性だって辛いんだという声も聞きますけど、組織が多様になれば男性も絶対に楽になるはずなんです。

ダイバーシティを考えるためのさまざまな団体を個人でも立ち上げていますが、そのうちのひとつが吉田晴乃記念実行委員会。吉田晴乃さんは、経団連初の女性役員だった方で、日本のダイバーシティ推進に非常に尽力された方なんです。彼女の遺志を継いで、さまざまな活動をするなかで、企業を変える女性役員を増やすための研修を行っています。大企業の経営層に多様性を持たせるために、まず自分たちが率先して、みんなで役員になりましょう、という試みです。社会を変えるって、今日やって明日変わるというものではないし、自分の時代に全て解決するとも思っていない。でも、一度に全部変わらなくても一つひとつ変えていくことで、確実に良い社会になっていく。そう確信しているからこそ、あとはやるしかないと思っています。人生は一度きりですしね。

株式会社日立製作所

理事
環境インターナルイニシアティブ本部長 兼
サステナビリティ推進本部長

津田 恵さん

京都大学教育学部を卒業後、大阪ガスに入社。海外事業に長年従事した後、IR部長、CSR・環境部長、イノベーション推進部長を務め、2021年7月より株式会社日立製作所へ。現在は、環境とサステナビリティの本部長を務める。「迷ったら、難しいほうを選ぶ」がモットー。個人の活動として、ダイバーシティを考え、学び合う複数の団体を立ち上げている。グロービス経営大学院2019年卒業、2006年ハーバード大学ケネディ―スクールフェロー。

※取材内容は、2023年1月時点のものです。

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