未来を変えるのは、
ひとの想いだ。

世界は、そんなに簡単に変わらない。
ひとりの⼒なんて、⼩さいかもしれない。

けれど、
それぞれが、それぞれの場所で、
⾃分にできることを積み重ねていけば。
折れそうになっても、諦めずに、
志を貫いていけば。

世界はきっと、少しずつ動いていく。
今よりも、楽しみになる明⽇へ。

いつだって、
未来を変えるのは、
ひとの想いだ。

インタビューへ

業界に新しい風を吹かせる

企業の新たな柱となる、新規事業を起こす

野球好きだった少年は、
やがてベイスターズの
仕掛け人になった。

株式会社横浜DeNAベイスターズ

ビジネス統括本部 マーケティング部
I☆YOKOHAMAグループ

浦田 晃仁さん

グロービス経営大学院2018年卒業

人気低迷と言われる日本のプロ野球の中で、観客動員数において目覚ましい伸び率を見せている横浜DeNAベイスターズ。2012年から「コミュニティボールパーク」化構想を掲げ、野球をきっかけに集まった人たちが楽しめる地域のランドマークを目指しています。その最前線に立ち、グッズやフード、エンタメ、地域振興など、さまざまな領域でアイデアあふれる活性化策を実現してきた浦田晃仁さん。ひたむきな野球愛と球界の常識を打ち破る施策で、ファンに限らず多くの人の心をつかんできました。現在は、未来の野球ファンづくりや、海外への普及など活躍の場を広げています。

Share

野球が隣にあったから、
青春は輝いていた

浦田さんは横浜DeNAベイスターズの球団職員としてご活躍されていますが、やはりご自身も野球経験があったのでしょうか。

小・中・高と野球漬けの毎日を過ごしていました。野球を始めたきっかけは、小学3年生のときに子ども会のソフトボールチームに入ったこと。それまではサッカー少年で、ゴールキーパーだったこともあり、なかなか目立つことができませんでした。でも野球って、順番に打席が回ってくるじゃないですか。試合に出ている全員に見せ場が用意されていることが、すごくうれしくて。しかも時間制ではないので、リードされていても9回2アウトからでもドラマが生まれる。そのドキドキ感も新鮮で、すっかり夢中になりました。

以来、僕の毎日は野球一色。学校が終われば日が暮れるまでグラウンドで練習して、夜はナイター中継をお茶の間観戦。球場に連れて行ってもらえた日は、プロのプレイに興奮しながらも、いつか自分が同じ舞台に立つことを夢に見ました。どうすればもっと野球がうまくなれるのか。仲間と切磋琢磨しながら、たくさんの喜びや挫折を経験しました。結局、特別な存在にはなれませんでしたが、高校3年生最後の夏、競合ひしめく大阪地区予選で、公立高校ながらベスト16まで勝ち上がることができたことは、生涯の誇りになる最高の思い出です。

選手としては難しくても、何かしらの形でプロ野球に関わりたいと、大学ではスポーツメディアを専攻。就職活動でもプロ野球関連の仕事を探しましたが、当時はなかなか思うような求人がなかったこともあり断念。2008年に日本サムスンへ入社。野球で培った力をビジネスで活かす道を選びました。

掘り起こされた「志」。
野球人気を
取り戻したい

日本サムスンでは半導体の営業として5年間ご活躍されたとのことですが、横浜DeNAベイスターズへ転職したきっかけは何だったのでしょうか。

僕にとって日本サムスンでの日々はすごく充実していました。半導体の営業担当として誰もが知っているようなメーカーと交渉し、ひとつ契約を成立させると何億円というお金が動く。緊張感がある分やりがいも大きく、広く裁量権を持たせてもらえたおかげで成長スピードも早かった。でも5年ほど経つと、自分のなかである程度やり切った感覚が芽生えてきたんです。もっと新しいことに挑戦して、成長したいという気持ちから、何の気なしにグロービス経営大学院の単科生として受講したんです。

最初に受けたのは「クリティカル・シンキング」という論理的に思考する方法を学ぶ科目でした。僕が参加していたクラスでは、授業が始まる前に「1分間プレゼン」というものがあり、学生たちがそれぞれ「何のために、どう生きたいか」を発表する機会が設けられていたんです。僕はあまりうまく言葉にできなかったのですが、ほとんどのクラスメートが意気揚々と自分の「夢」や「志」について語るんです。休憩時間や授業後に飲みに行ったときさえも。僕の周りにはそういうタイプの人はいなかったので最初は衝撃を受けましたが、人生をかけてやりたいことを持っていることが、だんだんうらやましくなっていったんです。「自分は何のために生きているんだろう?」と心に問いかけると、浮かんでくるのはやっぱり野球のこと。ベスト16入りを果たした夏のことだけでなくグラウンドの土の匂い、ナイターに連れて行ってもらった球場の熱狂など、どの思い出も色あせることなく、鮮明に蘇ってくるんです。その一方で、野球の人気は低迷し、「子どものなりたい職業ランキング」でプロ野球選手が1位でなくなり、寂しい気持ちにもなりました。「野球の楽しさを、もっとたくさんの人たちに広めたい」。ふつふつと野球への強い想いが蘇ってきたんです。

「これからは大好きな野球とともに生きていく」。そう決心して、すぐに転職活動を始めました。ちょうどDeNAがベイスターズの親会社となり、改革の一環で中途採用をしており、ご縁をいただくことができました。グロービスで受講を始めて半年がすぎた、2013年のことです。

常識にとらわれない
施策でファンを増やし、
ハマスタを満席に

2011年のシーズン終了後にオーナー会社がディー・エヌ・エーに変わって以降、横浜DeNAベイスターズはすごい勢いで観客動員数を増やしています。どういうビジョンのもとで取り組まれているのか、具体的に教えてください。

横浜DeNAベイスターズでは2012年の開幕当初から「コミュニティボールパーク」化構想を掲げています。これは、野球場は野球ファンが観戦するための場所という既成概念を捨て、家族や友人と一日楽しめる空間として創造し直すという考え方です。野球が好きな人も、ルールを良く知らない人も、横浜スタジアム(通称:ハマスタ)に来ると、楽しい体験ができる。そんな場所にするために、球界の常識にとらわれない施策を生みだすのが僕たちの仕事です。

例えば、入社して最初に配属されたMD(マーチャンダイジング)部では、球界では異例ともいえるライフスタイルショップ「+B(プラスビー)」を立ち上げました。球場で応援するグッズだけでなく、なにか毎日に野球を「+」できるような、ファンに限らず日常生活でも使えるデザインの雑貨や服を展開しています。また、飲食部に異動したときは、球界初のオリジナルクラフトビール「BAYSTARS ALE」「BAYSTARS LAGER」を開発しました。来場してくれた観客の皆さんに、ゲームの勝敗以外にも何か楽しみを提供できないかと考えて、現役選手やコーチ、関係者などに好みをリサーチした上で味を設計しました。エンタテインメント部に所属していた2021年は、コロナ禍でこれまでのようにタオルを振り回したり、声を上げての応援ができなくなりました。ですが、やっぱりファンの皆さんは一体感を求めているのではないかと考え、ファンと急遽Zoom会議を開催。「声を出さなくても、盛り上がる方法」を相談し、タンタン、タタン、タタタタン、タタンのリズムで手を叩く「YOKOHAMA CLAP」という新応援スタイルをファンの皆さんと一緒に作りました。1年がかりのリーグ戦では、半分勝てば、半分は負けます。もちろん勝負にこだわりますが、負けた日もファンの皆さんに楽しい一日だったと思ってもらえること。それが「コミュニティボールパーク」化構想に込めた、僕たち球団職員の想いです。

野球愛があれば、
どんな困難も楽しく
乗り越えられる

常識を打ち破って新しいことに挑戦するには困難もたくさんあると思います。これまでで最も大変だったことについて教えてください。

飲食部の仕事はどれも印象に残っていますね。球団に入社したのに、まさか飲食をするとは夢にも思わなかったので。そもそもの始まりは2016年1月、ハマスタのTOBが成立したこと。球場での体験に大きく影響するフードメニューを抜本から見直すことになりました。開幕まで3ヶ月、なかなかスリリングなスケジュールでした。ちょうどこのころ、グロービスの大学院(本科)に通っていたので仕事と学業の両立も大変でした。一方で、グロービスで学んだことをすぐに実践することができるありがたい環境でもありました。例えば、「サービス・マネジメント」の授業で学んだ、大手ハンバーガー店のオペレーションの方法や、ボトルネックの見つけ方などは、すぐにスタジアムのホットドッグ店運営に落とし込みました。

2017年には、ハマスタで野球だけではなく、オリジナルのクラフトビールやフードも楽しんでほしいと思い、会社帰りにふらっと立ち寄れるカフェ&ダイニング「CRAFT BEER DINING &9」をオープンしました。店舗運営の知見なんてまったくありませんでしたが、グロービスで学んだことを活かして売上原価計画を立てたり、マーケティングの視点で野球ファンの心をくすぐる空間を作ったり、飲食店オーナーさながらの経験ができました。このころは、卒業間近でレポートに追われていて、今にして思えば「どうやって両立していたのか」と不思議に思うほど忙しい日々でしたね。でも楽しかったんですよ。きっと、自分の取り組みによって球場に足を運ぶ人が増え、喜んでくれる姿を目の当たりにできていたからだと思います。

横浜で、世界で、
子どもたちに野球の
楽しさ
を伝えたい

これからの夢や目標について教えてください。

2021年11月から野球振興・スクール事業部に配属されました。横浜の子どもたちに野球の楽しさを伝えて、未来のファンを育てることがミッション。まさに入社時からやりたかったド真ん中の仕事です。まだ形になったものはありませんが、今は、横浜市教育委員会と共同で、小学校の体育で、野球の楽しさを伝える授業を作ろうとしています。小学校の体育の中にベースボール型授業というのがありますが、若い先生の中には野球をやったことがない人も多く、指導が難しいと感じている先生も少なくありません。そこで、ベイスターズの選手によるお手本動画を提供して、授業で活用できないかなどを、議論しているところです。子どもたちが野球に触れる貴重な機会に、「野球って楽しい!」と感じてもらえるか。それが未来のファンを増やせるかどうかの分岐点になると思っています。

また、プライベートでは、プロボノでアフリカの子どもたちに野球を教えるプロジェクトに参画しています。日本だと野球はメジャースポーツですが、海外ではまだまだマイナー競技。知らない子どもがたくさんいます。横浜の子どもたちだけでなく、そうした世界の子どもたちに、野球の楽しさを伝えたいですね。僕が初めてバッターボックスに立った日に感じた喜びや、自分の能力と向き合い努力を積み重ねることの大切さ、可能性を伸ばせばプロにもなれるし、プレイヤーになれなくても僕みたいに球団職員になるという野球人生もあることなど、僕が野球から得たことを余すことなく伝えていきたい。それでひとりでも多くの子どもが野球を好きになってくれたら、育ててくれた野球への恩返しになるのかなと思っています。

株式会社横浜DeNAベイスターズ

ビジネス統括本部 マーケティング部
I☆YOKOHAMAグループ

浦田 晃仁さん

大阪府出身。小学3年生から野球を始め、高校3年生のときは大阪の地区予選でベスト16進出を果たす。2008年に大学を卒業後、日本サムスンへ入社。5年間営業として活躍し、単科生としてグロービス経営大学院の授業を初めて受講した2013年に横浜DeNAベイスターズへ転職。球団職員として活躍する傍ら、プライベートでも草野球チームで汗を流し、プロボノでアフリカの野球振興事業にも参画。ポジションは外野手。広い守備力と強肩が武器。グロービス経営大学院2018年卒業。

ARCHIVES