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投稿日:2019年04月11日

投稿日:2019年04月11日

CODE Meee太田賢司氏「抜け目ない実行力で、新しいマーケットを創造する」

インタビュアー

田岡 恵
グロービス経営大学院 教員

グロービス経営大学院が主催するビジネスプランコンテスト、「GLOBIS Venture Challenge(GVC)失敗したっていいじゃないか。ガンガンに行こう!」。2017年度大賞となったコードミーの太田賢司氏は、「香り×テクノロジー」をテーマに商品開発や空間プロデュースなどを手掛け、メディアからも注目される存在です。着実に事業を広げている太田氏ですが、起業後に起きがちなリソース不足や資金のショートをどう乗り越えていったのか、具体例を交えてお話しいただきました。聞き手は、受賞者のメンタリングを務める、田岡恵です。(文:滝啓輔)

「香り」で起業した理由

田岡:まずは「香り」を仕事にした経緯から教えてください。

太田:大学時代、「クリエイティブ」で「おしゃれ」というキーワードを軸に、就職活動をしていました。その過程でフレグランス業界に出会って。ご存知かもしれませんが、流通しているフレグランス商品の香りは、各メーカーではなく、香料会社がつくっているケースが多いです。このフレグランスをつくるのに特化した仕事が、ものすごくセクシーで、クリエイティブで、おしゃれだと思えたんです。せっかくならその中でもトップ企業にと思い、日本で最大手の香料会社に入りました。

田岡:香料会社にはどんなマインドで就職されたんですか?

太田:最初は、一言で言うと、職人になりたかったんです。大学時代、理学部で新しい性質を持つ化合物をつくる研究をしていたのもあって、社会人になっても、何か新しいものをつくりたいというマインドは変わりませんでした。

ただ、次第と危機感が生まれました。香料会社は特殊なBtoBの世界ですから、当然ながら発注者の依頼に応えることを優先する風潮があります。ですから、マーケティングやセールスの魅せ場は、油断すると狭い世界で最適化してしまいます。そして国内のフレグランス市場はもう飽和状態になりつつあります。香水、シャンプー、入浴剤、柔軟剤、芳香剤……、あらゆるものにフレグランスが行き届き、新しいビジネスが基本的に生まれないという構造で。そんな限られたマーケットで、どこの香料会社の香りが採用されるか、一種の陣取り合戦が行われているんです。

田岡:今CODE Meeeでやっている香りのパーソナライズ事業とは対極の世界ですね。

太田:おっしゃる通りです。限定されたマーケットで陣取り合戦をしている状況が面白くないなと思って、今までにない新しいフレグランスのマーケットをつくろうと。そこで、「パーソナライズ」が1つの切り口になると考えました。人によって求める香りは違います。その人に合った最適な香りを届けることで、明日への活力が生まれる。そんな新しいライフスタイルを提案することで、新しいマーケットができるんじゃないか。その仮説をもとに起業に至りました。

戦略的な資本政策

田岡:では、起業したのをきっかけにMBAを取られたのですか?

太田:MBAが先ですね。順番を追ってお話しすると、香料会社に入社して4、5年目には起業に徐々に関心が出てきました。ただ、自分のキャリアとして、すぐに辞めるよりも、フレグランスという特殊な業界で10年経験を積んでから世に出るほうが、バリューが上がるはずだと考えていました。そして、いきなり起業するよりも、経営の型を知って失敗の確率を下げたいと思い、2015年にグロービスに入学。卒業するとき、ちょうど入社から10年が経過していて、理想のタイミングでした。もちろん、世界トップレベルの香料会社で香りの開発を経験させていただいた前職の会社には心から感謝しており、自分たちの事業でしっかりと恩返ししていきたいと考えています。

田岡:ちゃんと逆算して動かれていますね。GLOBIS Venture Challenge(以下、GVC)への応募も同様ですか?

太田:はい。2017 年の4月に起業してから、ヤマハのアクセラレーター・プログラムや、IBM BlueHubのインキュベーション・プログラムに採択していただいていました。しかし、「経営のプロ」であるグロービスに、事業プランを認めてほしいと強く思っていたんです。その意味で絶対に取りたい賞でした。

資本政策の面でも、2017年11月に受賞できたのはベスト。実は2018年の秋にベンチャーキャピタルからの資金調達が決まったのですが、その資金調達のタイミングの株価でGVCの大賞の金額が出資されるというオプションがついていたんです。資金調達が決まって、バリュエーションが上がったときの株価でグロービスの賞金が入ったので、自分としてはベストシナリオでした。

もともと、資本政策については、エクイティ・ファイナンスでどんどん株式を発行するよりも、ある程度バリュエーションを上げてから外部資本を入れたいなと考えていて。起業して数ヶ月の頃、苦労はしたものの日本政策金融公庫から資本性ローンという特殊な借入制度で、資金調達ができました。当初はこの資金とベンチャーキャピタルから調達した資金でなんとか実績をつくり、次の調達につなげるという目論見だったんです。

田岡:非常に計画的な資金調達ですが、誰かにアドバイスを受けたりしたのですか?

太田:グロービスの「ベンチャーキャピタル&ファイナンス」のクラスを最後に受講していて、その講義が終わってから起業したのがよかったと思います。講義で学んだ資本政策の記憶が、頭に鮮烈に残っていたので。また、「ベンチャー・マネジメント」の講師にも色々相談していました。まずは自社のバリュエーションを上げてから外部資本を入れるスキームのほうが理想だという考え方は、このクラスの影響を大きく受けていると思います。

コーポレート・アクセラレーターとの付き合い方

田岡:コーポレート・アクセラレーターを活用していると聞きました。

太田:起業してから、計5つのコーポレート・アクセラレーター・プログラムを活用していますが、そもそもこれを活用しない手はないと思っていました。

例えば、ヤマハのアクセラレーター・プログラムのコピーは「日常をもっと面白く感性を刺激するイノベーションを」。香りと音楽って、お互い感性の分野ですから、組み合わせたら絶対に面白いことできそうだという予感がありました。実際、ヤマハの所属アーティストのライブツアー・グッズのフレグランスを販売させていただいたこともあるんです。

できたばかりで名前も知られていないスタートアップが、ヤマハに認められ一緒に事業をやることで、信頼とブランドが生まれているという実感もあります。

田岡:IBMとも連携されていますよね?

太田:自分たちは、香りのパーソナライズ事業をITの力で実現する企業である。そう考えたときにIBMと組むということが、超強力な信頼感を生むと思ったんです。わが社のシステムはIBMと連携して運用しているというのが、BtoBの世界ではものすごい信頼になるだろうし、場合によっては新しい顧客も開拓してもらえるかもしれないという期待も抱いていました。

コーポレート・アクセラレーターは数多く存在しますし、お誘いをいただくときもあるのですが、自分なりに精査し、シナジーが本当に得られそうなものに絞って活用しているのが現状です。

男女で違った求めるバリュー

田岡:香りのパーソナライズの事業を始めて何か気づきはありますか?

太田:香料業界では一般的に、100人中80人が好きな香りを見極めてつくっています。今自分たちがやっているのはそれと真逆で、One to Oneで香りをパーソナライズして、かつデータを取りながら、それをマスにつなげるという新しいスキームをつくるのが目的です。

興味深いのは、ある人に特化した香りをつくったときに、その香りだけではなく、自分のためだけにつくってくれたっていうこと自体を喜んでもらえたこと。一般的な傾向ですが、特に女性は「自分のためだけに」というストーリーを重視しているようです。自身が選んででき上がった香り、というそのプロセス自体にすごくバリューを感じるんです。一方で男性は、そういったプロセスはあまり重要視せず、自分の求める機能が充たされていれば満足するようです。例えば、この香りはすごく集中できるからいい、というように。

田岡:メインターゲットは、男性女性、どちらですか?

太田:もともとは女性向けでしたが、今は男性向けへのシフトを考えていて、新サービス「コードミーワン」を近々発売予定です。田岡さんにグロービスの「デザイン思考と体験価値」の講師をしている石黒さんを紹介いただき、更にもう一人のプロダクトデザイナーを交えて一緒にデザインを考案。スーツの内ポケットに入れていてもおかしくない、男心をくすぐるビジュアルになりました。商品の開封体験を盛り上げるパッケージデザインにもこだわっています。

今回、男性の意見を色々ヒアリングした結果、従来よりも簡易的な診断フローにしました。また、初めてAIとSNSの連動での香りの選定を可能にしています。オプションでSNSのアカウントでログインすると、自身の投稿データをテキストマイニングして、パーソナリティ診断ができる。それもふまえてオススメな香りを提案します。かなりギークなシステムですが、こちらはIBMとの連携を活かして、同社のワトソンを活用しています。

田岡:この新商品は、すぐ大手新聞社に取り上げられましたよね。太田さんはメディア戦略が上手な印象があります。

太田:メディアに取り上げてもらうにあたり、自分自身が積極的に情報発信するよう心がけています。フレグランスというある意味派手な世界であれば、テレビなどのメディアで、女優やタレントを前面に押し出してプロモーションをするという方法もあるでしょう。ただ、それは大企業が膨大な広告費をかけてやっていることで、まともに立ち向かっても仕方ありません。

そういうやり方よりも、自分の専門的なバックグラウンドを説明しつつ、会社を立ち上げた思いや、香りに秘められた可能性、新しいライフスタイルの提案などを自らが広告塔になって発信するほうが、多分ユーザーにも刺さるんじゃないかという仮説の上で動いています。そのやり方を支持してくださるメディア関係者もいます。それが功を奏しているかわかりませんが、幸い本当にお声がけいただく機会が多いです。

メンタリングを抜け目なく活用

田岡:GVC受賞の特典として、太田さんには月1回のメンタリングをさせていただきました。お役に立ちましたか?

太田:すごく感謝しています、の一言に尽きますね。ビジネスについてアドバイスをいただけるのももちろんですが、自分のつながりたい人をピンポイントでつないでいただけたことが、大きなバリューだと思っていて。

例えば、先述した「コードミーワン」のプロダクトデザインのために講師を紹介していだいたこともそうです。メディア戦略に関しては、「伝説の家政婦さん」で話題のタスカジに学びたいと思い、創業メンバーでもある卒業生を紹介していただきました。ホテル業界にリーチしたいとお願いしたときに、大手ホテルに勤める卒業生を紹介いただいたこともあります。

田岡:紹介した私も、改めてグロービスというコミュニティの層の厚さを感じました。一口にメンタリングと言っても、個別の戦略について議論することもあれば、太田さんのように自分のやりたいことが固まっているとリソースをつなぐこともある。起業家のタイプによって提供するべきメンタリングの違いがありますね。また、太田さんの場合、1年間ご一緒して、すごく素直にこちらのアドバイスを取り入れていただけるなと。

太田:自分にももちろん譲れないところはありますが、単純によいものは取り入れてったほうがためになると考えています。ただ、どんなによい機会をいただいても、結局やるか、やらないかの話ではないかと。自分が希望した人を紹介してもらったのに、受け身すぎてその後何も生まれない例も見られます。せっかく紹介してもらったからには、そこから自分がいかに気持ちを切らさずに行動し続けるかが、結果を左右するはずです。

田岡:太田さんのそこまでやりきる姿勢には、何か原体験があるのですか?

太田:誤解を招く言い方かもしれませんが、自分は単に素直というだけでなく、多分「抜け目ない」タイプだと思うんです。やらない後悔よりやる後悔という言葉が本当に好きで、手にした機会を生かし、抜け目なくチャレンジすることを心かげているだけなのかなと。

あらゆる空間をCODE Meeeで満たしたい

田岡:最後に、これから5年後、ビジネスでどんな景色を見ていたいですか?

太田:香りで多様な展開をしていくというのが大前提です。1つのビジョンとして、日本にある様々な空間で香りによる演出がなされているとき、それがすべてCODE Meeeブランドによるものでありたいと思います。例えばWeWorkのようなシェアオフィスにCODE Meeeによる香りの演出がされていたら、嬉しいですね。それこそ、リラックス部屋とか、ブレスト部屋とか、集中部屋とか、その空間のコンセプトごとに、香りも変えて。もちろん、オフィスやリゾートホテルのような、ありとあらゆる空間にブランドが展開されているイメージです。

田岡:わかりやすく、イメージしやすい未来ですね。

太田:ただ、そのブランドを築くには、ここ1、2年が勝負だと感じています。競合の存在に関わらず、多分、一気に流れをつくらないと、香りが一部の人にとっての嗜好品にすぎない今の社会が変わらない危機感があって。スピード感を持って経営していきたいです。

他にも上場に興味があったりはしますが、こだわっているわけではありません。自分のビジョンと会社にとっての理想な形であれば、当然M&Aでのイグジットという選択肢も存在します。その場合はもしかすると、長期的にはまた他の分野でやりたいことを見つけ、新しいビジネスをつくり始めている可能性もありますね。それは先の話で、今はまず、この事業をスケールさせることに集中しています。

多分、起業家にはみな共通することだと思いますが、自分のやる事業で世の中にポジティブな差分をつくりたいという願望があって。自分だからこそできることで、世の中をよりボジティブに変えていきたいという思いは変わらないはずです。

インタビュアー

田岡 恵

グロービス経営大学院 教員

慶應義塾大学文学部卒業、筑波大学大学院国際経営修士(MBA in International Business)。海外での企業会計プロフェッショナル職を経て、現職。会計および異文化マネジメント関連の講義を担当。共著『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』、監訳『異文化理解力』がある