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投稿日:2025年07月25日

投稿日:2025年07月25日

【GLOBIS Learning Insights】
AI時代にこそ、対話が学びを深める。
~グロービスが「人との議論」を重視する理由とは?~

天野慧
グロービス経営大学院 教員
松永正樹
グロービス経営大学院 教員
鈴木由理
グロービス経営大学院 事務局スタッフ

こんにちは。グロービス経営大学院(以下、グロービス)事務局の鈴木です。

この連載コラムでは、教育工学やコミュニケーション学の博士号を持つお二人の教員に登場してもらい、学術的な視点も取り入れながら、グロービスの学びを多角的に解説しています。

今回のテーマは、生成AIです。

生成AIの進化は、私たちの仕事や学び方に大きな影響を与えています。AIは膨大な情報を分析し、高精度な予測や最適な選択肢を提示してくれるようになりました。業務の効率化はもちろんのこと、学習においても情報収集やトレーニングのサポートなど、さまざまな場面で活用が進んでいます。

こうした変化の中で、「わざわざ時間とお金をかけてビジネススクールで学ぶ必要があるのだろうか?」と感じる方もいるかもしれません。AIがもたらす利便性が高まるほど、あえて人と議論しながら学ぶことの意味が見えにくくなっているのも事実です。

そこで今回は、AIが進化する時代における“学び”を改めて問い直してみたいと思います。生成AIの特性を理解したうえで、どのように学びと向き合えば、より深く、より実践的に自分を成長させられるのか。

今回も、教員のお二人に、生成AIが学習にもたらす影響とその可能性や課題について解説していただきます。

AIは「やる気」の敵か?味方か?

天野慧

グロービス経営大学院教員。博士(学術)。「クリティカル・シンキング」や「ビジネス・アナリティクス」の教鞭を取る傍ら、研究基盤チームのリーダーとしてグロービスの研究戦略や制度設計を主導する。教育工学の研究拠点である熊本大学大学院教授システム学専攻の客員准教授を勤め、理論や科学的な知見を応用した効果的な学習デザインの研究及び、専門家育成に取り組んでいる。

生成AIの活用は、学びのモチベーションにどう影響するか?

天野:近年、生成AIが教育や学習の風景をどのように変えるのかについて、さまざまな議論が交わされています。たとえば、生成AIが知識やスキルの習得にどの程度有効なのか、どの程度学習効率を高めるのか、といった「学習効果」に関する論点が挙げられます。さらに、基礎知識の習得だけでなく、問題解決スキルの獲得にどのような影響を与えるか、といった論点も注目されています。AIを活用することで、学習者の個別の状況に最適化されたコンテンツや練習問題が提供されれば、より効率的な学びが実現される可能性もあります。

このように、生成AIと学習との関係は多岐にわたり、現在も研究が進行中です。本稿では、その中でも「学びのモチベーション」に着目し、生成AIの活用が学習意欲にどのような影響を与えるのかについて考察します。

ここでは、教育工学分野の中でも代表的な学術誌の一つである「Educational Technology Research and Development」に掲載された、Chiu(2024)の研究を取り上げます。

Chiu, T. K. (2024). A classification tool to foster self-regulated learning with generative artificial intelligence by applying self-determination theory: A case of ChatGPT. Educational Technology Research and Development, 72(4), 2401–2416. https://doi.org/10.1007/s11423-024-10366-w

「できるようになりたい」を後押しする、AIのポジティブな力

Chiu(2024)の研究では、生成AIの活用が学習モチベーションにどのように影響するかを、心理学における「自己決定理論(Self-Determination Theory)」の枠組みで検討しています。

自己決定理論は、以下の3つの基本的な心理的欲求が満たされると、内発的動機づけ(自ら学びたいという気持ち)が高まるとする理論です。

  • 自律性:自分の行動を自分で選びたいという欲求
  • 有能感:「できるようになりたい」という欲求
  • 関係性:他者とつながり、良好な関係を築きたいという欲求

Chiuの研究によれば、生成AIはこのうち特に有能感を高める上で有効であることが示されています。たとえば、ChatGPTを活用すれば、学習者は時間や場所にとらわれず質問への答えを得られるだけでなく、練習機会や思考を促す問いを提供してもらうことが可能です。これは従来の画一的な授業スタイルとは異なり、学習者一人ひとりに合ったサポートを受けられる点で有効で、学習者は自身の理解にあわせて学びを深堀りできます。このように、生成AIは「できるようになりたい」という欲求、すなわち有能感を満たすことに寄与するのです。

AIでは得られない「試行錯誤する力」と「対話による気づき」

一方で、生成AIの活用だけでは、自律性や関係性といった他の欲求を満たすには限界があると、Chiuの研究は指摘します。生成AIは便利な道具である一方で、学習者が自ら試行錯誤する機会を奪い、「自分のやり方で納得いくまで考える」といったプロセスを妨げる恐れもあります。自律性を育むためには、学習者が自分で選択肢を探りながら進める余地を残す必要があります。

また、関係性を高めるには、他の学習者や教員との関わり合いが欠かせません。たとえば、グロービスの授業ではグループやクラス全体でのディスカッションを重視しています。対話を通じて得られる共感や刺激が、学びの魅力をいっそう深めてくれます。

このように、内発的動機付けを高めていくためには、生成AIとの対話だけでなく、 自律性や関係性といった欲求を満たすような 他の学習活動も取り入れた、多様な学習体験が求められるのです。

生成AIの研究開発は今後も進むことでしょう。ただ、現時点では、生成AIの強みを活かしながらも、ほかの学習機会にも参加しながら、学びへのモチベーションをコントロールしていくというのが賢い方法かもしれません。

AIはあなたの「前提」を疑わない。

松永正樹

グロービス経営大学院教員兼グロービス教育科学研究所副所長。Ph.D. in Communication Arts & Sciences (Pennsylvania State University)。九州大学ビジネススクール准教授、株式会社Relicプロジェクトリーダー等を経て、グロービスに着任。2021年Academy of Management Best Papers Award(Organizational Behavior Division)をはじめ、学会賞・論文賞受賞多数。『Employee Uncertainty over Digital Transformation』(Springer Nature)著者。個人事業主としてコンサルティング活動も行っており、アントレプレナーシップ教育スタートアップのタクトピア株式会社アドバイザリーを務める。

なぜグロービスは「AI任せ」にしないのか?

松永:こんにちは。ここからはコミュニケーション学や人間科学の観点から、グロービスでの学びがAIによってどう進化するかを考えていきましょう。

皆さんは、普段AIをどのようにお使いですか?業務における活用以外にも、英会話など個人的な勉強であったり、あるいは、日々の生活の中で活用したりしているという方もいらっしゃるかもしれません(グロービスの教員の中にも、夕食の献立に迷ったらAIに相談するという人がいます)。

現代のAIは非常に柔軟性が高く、しかも、あらゆるトピックについて詳細かつ丁寧に対応してくれます。それであれば、大学院での学びも昔ながらのアナログな方法ではなく、AI主体のものに切り替えたほうがいいのでは?――そう思われても不思議ではありません。しかし、グロービスでは、復習支援用AIツール『GAiChaL』を開発して学生に提供するなど積極的にAIの活用法を模索する一方で、授業でのディスカッションや授業外の勉強会といった、人間同士の対話を一貫して学びの中心に据えています(勉強会については、『限られた時間で、最大のリターンを実現する。~グロービスが重視する「授業前後の時間」とは?~』をご覧ください)。AI活用と人間的な対話との間で、バランスを重視する姿勢をとっていると言ってもいいかもしれません。これには、いくつかの理由があります。

“それっぽい答え”が、考える力を鈍らせる

第一の理由は、万能に見えても本稿執筆時点(2025年7月)のAIにはまだまだ「穴」が多いからです。特に、プロンプトと呼ばれる文章によって動作する生成AIは、プロンプトの与え方次第で、まったく根拠のない主張をいかにももっともらしい形で出力してくることがあります。

たとえば、トランジスタラジオの製造を祖業としながら今日では金融やエンタメ分野でも大きな存在感を示すに至ったソニー社は、多角化経営のモデルケースだと言えます。しかし、ChatGPTやGeminiに「なぜソニーが多角化に失敗したかを説明してください」というプロンプトを入力すると、「コア事業とのシナジーの欠如」「組織のサイロ化と意思決定の遅さ」「経営リソースの分散」といった、それっぽい文言が並ぶアウトプットが即座に生成されます。けっして、「いえ、ソニーはむしろ多角化経営の代表的な成功事例です。なぜソニーの多角化が失敗したと考えたのですか?」と問い返してきたりはしません。

生成AIはもともと内蔵されている学習データを基盤としながら、入力されたプロンプトを起点としてアウトプットを作り出すツールです。だからこそ、ユーザーの要望に寄り添う、きわめて柔軟性の高い応答が可能になるわけですが、その反面、プロンプトで示された方向性や前提に過剰に同調してしまうことがあります。AIを相手にアイデアの壁打ちをするという人は少なくありませんが、こうした同調傾向をふまえると、果たして本当に思考を深める助けになっているのかは、慎重な検討が必要でしょう。こちらの前提を鵜呑みにし、思考の枠組みそのものについての再考を促すことのない相手とやり取りして、部分的な情報や表現を洗練させるだけでは、本当の意味での「壁打ち」とは言えないはずです。

問い返さず、寄り添うだけのAIでは、人と向き合う胆力は磨けない

さらに、こちらの質問に対していつでも必ず、丁寧に応答してくれる。しかも、「間違えたら恥ずかしい」といった心理的な負荷も感じなくて済む。AIとの対話には、精神的な面で大きな副作用があります。これをしっかり認識しておかないと、AIを通じて知識を深めたつもりでも、実務の場面ではむしろマイナスに作用してしまうかもしれません。

それは、現実のビジネスで対峙する相手が人間だからです。当たり前ですが、AIと違って人間はこちらの都合に合わせていつでも必ず、懇切丁寧に期待通りの応答を返してくれるとは限りません。「間違えたら恥ずかしい」どころか、失言一つでそれまでに築いてきた関係性や将来の発展の道が絶たれることさえあります。良い悪いの問題ではなく、それが現実です。

こうした人間を相手にしたときのリスクを「面倒くさい」「怖い」とちょっとでも感じたなら、すでにAIとの対話によって、何らかの影響を受けている可能性があります。

グロービスは、完璧な知識を備えた「AI内弁慶」ではなく、現実世界におけるビジネスの第一線でリーダーシップを発揮し、社会をより良い方向へと導く「創造と変革の志士」の育成を目指しています。生身の人間を相手に、お互いの利害と信念を懸けて向かい合い、そこで信頼関係を結びながら物事を前に進めていく。そんなビジネスリーダーへと成長するためには、AIを使いこなして効率的に学習を進めつつ、血の通った人間同士の対話と議論を重ねる経験が不可欠である。グロービスでは、そのように考えています。

まとめ

鈴木:今回のコラムでは、生成AIが学びに与える影響や可能性について、解説いただきました。AIは学習者の理解を助け、学びを効率的に進める心強い存在です。一方で、自ら考え抜く力や、他者と議論しながら視点を広げていく経験は、AIだけでは得がたいものであることも見えてきました。

グロービスの授業の中では、学生同士の議論や教員からの質問の中で思いがけない問いに出会い、「自分の考えはこれでよいのだろうか?」と立ち止まる場面があります。こうした経験は、自分の思考の前提に気づいたり、新たな視点を取り入れたりするきっかけになります。

一方で、現時点での生成AIとの対話では、こちらの前提や思い込みにツッコミを入れてくれることはほとんどありません。AIはあくまで、与えられた問いや意図に沿って応答するため、想定外の問いを投げかけられたり、意見を揺さぶられたりすることは少ないのです。だからこそ、AIだけで学びを完結させようとすると、思考が広がりにくくなる場面もあるかもしれません。

実際のビジネスの現場では、異なる立場や価値観を持つ相手と対話しながら、自分の考えを再構築し、納得解を導いていく力が求められます。その力を育むには、AIだけでなく、人とのやり取りを通じて思考を磨いていく経験が欠かせません。

AIが進化し続ける時代に求められるのは、AIでは代替できない「問いを立てる力」「多様な他者と対話しながら考えを深める力」「自らの意思で判断し、行動する力」です。だからこそ、ビジネススクールでの学びは、これからの時代に向けて、そうした力を着実に育てていく貴重な機会になるのではないでしょうか。

天野慧

グロービス経営大学院 教員

グロービス経営大学院教員。博士(学術)。「クリティカル・シンキング」や「ビジネス・アナリティクス」の教鞭を取る傍ら、研究基盤チームのリーダーとしてグロービスの研究戦略や制度設計を主導する。教育工学の研究拠点である熊本大学大学院教授システム学専攻の客員准教授を勤め、理論や科学的な知見を応用した効果的な学習デザインの研究及び、専門家育成に取り組んでいる。

松永正樹

グロービス経営大学院 教員

グロービス経営大学院教員兼グロービス教育科学研究所副所長。Ph.D. in Communication Arts & Sciences (Pennsylvania State University)。九州大学ビジネススクール准教授、株式会社Relicプロジェクトリーダー等を経て、グロービスに着任。2021年Academy of Management Best Papers Award(Organizational Behavior Division)をはじめ、学会賞・論文賞受賞多数。『Employee Uncertainty over Digital Transformation』(Springer Nature)著者。個人事業主としてコンサルティング活動も行っており、アントレプレナーシップ教育スタートアップのタクトピア株式会社アドバイザリーを務める。

鈴木由理

グロービス経営大学院 事務局スタッフ

グロービス経営大学院事務局スタッフ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、大手広告代理店にてメディアプランナーや営業として勤務。その後、一次産業に関わるスタートアップに転職し農産地のマーケティング支援などを行う。教育を通じた社会貢献に関心を持ち、2024年からグロービス経営大学院にて事業企画を担当。