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【MBA生活】地球の裏まで行って帰ってきたはなし

2009期内藤貴世志さん_160×160.JPG
【名前】内藤 貴世志

【勤務先】大手自動車メーカー

【入学年】2009年

内藤 貴世志と申します。
2009期本科生として名古屋校に入学。その後、海外駐在のため4年間の休学を挟み、
現在また名古屋校で学んでいる者です。某メーカーの製造部門で働いております。

海外駐在の可能性を理由にMBA入学をためらっている方々へ、
私の実体験を一つの判断材料として提供しようと思い、筆をとりました。

初めての海外駐在

2009年4月に大学院生として学習をスタートしてから、わずか9ヶ月を終えた所で、
私はグロービスを休学し、社命を帯びて南半球へと発ちました。
幸運なことにグロービスには、海外赴任者向けに最長5年間の休学制度が在りましたので、
それを有効活用しての休学でした。

私の職務は、工場の生産管理。ライン可動率や廃棄ロス、納期遅れ等、
工場の成績に責任を持つ役割です。IT化のお陰で、こうした数値は空調の効いた
オフィスビル2階の席に座っていても見ることができますが、成績を好転させようと思えば、
そういう訳には行きません。この工場でも組立工程で部品が不足し、ラインが止まるという
事態が頻発していました。

私は出社初日、まだ稼動が始まる前から現場を歩いてみました。
問題は山ほど見つかりました。ところが、現地スタッフに自分の言いたいことが伝わりません。色々質問してみるものの、相手の返事は強烈な訛りとスラングのせいでチンプンカンプンです。これには正直怯みました。

初めての海外駐在、新たな職場で、私の目の前に早速大きな壁が立ちはだかりました。
現地人とのコミュニケーションです。

グロービスがくれた"三枚のお札"

学んだ科目の中に、自分が抱えた問題に対して直接の回答を授けてくれるものがあった訳ではありません。それでも、9ヶ月の在学経験は、私の駐在生活を大いに助けてくれたように
思います。グロービスの学習スタイルであるケースメソッドは、自分だけ分かったつもりに
なっていてもダメで、クラスメイトや講師を説得しないといけません。その為には
論理的思考力が不可欠です。はじめはおぼつかなくても、負けるかという気持ちで
食らいついていると、だんだん力がついてきます。

そのようにして互いに切磋琢磨する仲間は、友人であって、敵であって、師匠であって、
そして自らを映す鏡です。
格好悪い姿を見せたくない、でも悩む仲間がいれば余裕のある者が助ける、
そのような関係が自然にできあがり、仕事と勉強を両立しながらのハードな9ヶ月を
皆で乗り越えることができました。(私は助けてもらってばかりでしたが...)

「論理は万国共通、という信念」
「日本には見ていてくれる仲間がいる、という信頼」
「新たな困難も乗り超えられる、という自信」

そうした手応えを在学中の9ヶ月で得ていた私は、未体験ゾーンに飛び込んでやろう、
という気概を持つことができました。

現場から出発

という訳で、ひきつづき毎朝、現場歩きを続けることにしました。
(後に了解を得て、座席も現場脇の休憩室に引っ越ししました。)

身振り手振りに手書きの絵を加えて、何とか意思疎通を図るということを続けて、
3ヶ月目くらいでしょうか。ある時、すっと会話できるようになったのです。
語学習得の極意を掴んだような気がした瞬間でした。(※)

現場で困っている人の話を聞き、問題の真相が明らかになり、論理をもって現象を説明できるようになると、現地スタッフも力量を認めてくれたのか、問題解決に向けたサポートを
引き受けてくれるようになりました。
クリティカル・シンキング」での学びは、確かに実践でパワーを発揮したわけです。
現場の監督は「俺たちの味方」として応援してくれ実際にリソースを割いてくれるようになりましたし、自部署のスタッフにも私の言動を真似る者(フォロワー)が現れるようになりました。

「Naito-san、仕事って面白いものだったんですね」
そう言って彼らが自ら問題を解決していく時の没頭感と笑顔には苦労が報われました。
人材育成なんて格好いい事は言いません。ただ真剣さは伝染するという
組織行動とリーダーシップ」のクラスでの学びを、身をもって体験できました。

部品不足でラインが止まる問題も解消にいたりました。
任期中には、東日本大震災やタイ洪水といった天変地異があり、私のいた工場も部品供給を
受けられずに甚大な影響を受けると予想されましたが、現地スタッフとしっかり信頼関係が
できていた為、前もって部品ごとに影響を読み、ボトルネックに合わせて生産計画を変更し、
シフトを見直して、といった膨大な仕事をチームで乗り越え、オペレーションへの影響を
最小限に留めることができました。

(※)余談ですが、後に慢心を戒める出来事がありました。スタッフにパレート(Pareto)分析をお願いしたのに、 パレット(Pallet)の分析が出てきたのです。語学の体得に終わりはない、なんちゃって(^_^;) 分かることと出来ること

生産管理は、お客様のオーダーと生産の橋渡し役でもあります。いただいたオーダーは
原則作りきること、そして、そこから利益が出るよう原価低減するのも工場の責務です。
グロービスでは、「ファイナンス」や「アカウンティング」を学べますが、そうした知識の
おかげで自工場の収益コスト構造には明るくなりました。現場と原価の話をしても、
管理会計のロジックがしっかり腹落ちしていれば惑わされません。

現状が見えると、問題も見えてきます。
実需以上に営業からのオーダーの振幅が大きく製造原価を引き上げる要因になっていること、
稼動率に関わらず赤字にしかならないオーダーが有ること、
企画台数に乗らない場合に投資プロジェクトで幾らの損失が出るか、等々。
赤字事業の継続が株主に与える影響や取締役の説明責任を直視しない文化も、
カネ系科目の視点で物事を捉えられてしまうが為に頭を悩ませた問題です。

そうした問題の幾つかには着手できたものの、引き続き課題が山積みの中で、帰任の命を
受けることに。「もっとやれたのではないか?」と、自分の力不足に悔しい思いを残しながら
帰国することになりました。
ただ、4年間の任期を振り返ってみると、殆ど話の通じない所からよくまぁ還ってこれたなと言うほかはありません。悔しい思いも有り、自分に足りない所も見えましたが、
総じて言えば「きっとどこでも食べていけるだろう」という自信がつきました。

生還できたのは、環境に合わせ成長しつづけたからで、その成長を支えたのは、
未体験ゾーンに飛び込む自信と、いい意味でのプレッシャーを与えてくれた、
グロービスのお陰があったからこそ、そんな風に思います。

復学にあたっての不安

帰国直前、グロービスへの復学に関して、いろいろと不安はありました。
「学校の制度変化に対応できるだろうか」
「私が好きだったグロービスの校風が様変わりしていないだろうか」
「仲間達はもう残っていないだろうか」
不安を抱えている時に一番ありがたいのは、やはり情報提供でした。
幸い、私の休学中もずっと名古屋校を支えていてくださったスタッフの方と、帰国前から
コンタクトが取れ、必要な情報をすべて提供いただくことができました。
4年の間に名古屋校は校舎を移転し、カリキュラムや制度も世情に合わせ変更されて
いましたが、いただいた情報を元に変更点を確認し、履修計画を立てることができました。
これはとても助かりました。お陰で帰国した1月からさっそく復学が叶いました。

復学してみると、前述のスタッフの方をはじめ、懐かしい顔がチラホラ。
単科生だった仲間が本科生になっていたり、卒業した仲間が新規受講生をサポートする役割を
務めていたりと、形を変えながら活躍していました。
校舎が広くなり、学生の数も増えましたが、集まってくる皆さんは相変わらず熱い思いを
持った方々でした。私が好きだった校風は変わることなく、更に縦の繋がりが太くなって、
いい形で年輪を重ねている、と感じました。

そうやって組織として成熟していく名古屋校に帰ってきて思うことは、自分という存在を
どう組織の為に役立てるかという事です。赴任前は、それこそ自分の事で精一杯でしたが、
今は、多くのOB・OGを知るユニークな縦糸の一本として、学校の一層の発展に貢献できる
やり方を模索している所です。

最後に

駐在の可能性を理由に、MBA入学をためらっている方々へ。
学習と仕事の両立は決して楽ではありません。
しかし、修羅場の疑似体験、仲間との切磋琢磨は、必ず海外でも活きることと思います。

また、グロービスは皆さんが成果を出される事で発展する運命共同体ですから、
困った時にも味方になってくれます。
何より、多くの信頼し合える仲間との出会いが得られ、そこからあなたのユニークな価値が
生まれるものと思います。駐在経験者として、ぜひとも挑戦されることをお勧めします。

長文になりましたが、最後までお読みいただき有難うございました。

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