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投稿日:2026年09月16日 更新日:2026年09月16日
投稿日:2026年09月16日
更新日:2026年09月16日
「答え」ではなく「地図」を持つ AI時代に体系的に学ぶ意味
『グロービスMBA マネジメント・ブック』18年ぶりの改訂によせて、嶋田毅×許勢仁美 対談
- 嶋田毅
- グロービス 出版局長
- 許勢仁美
- グロービス教育科学研究所(GESRI)所長
1995年の刊行から31年、累計47万部を超えるロングセラー『グロービスMBA マネジメント・ブック』の改訂4版が、9月1日に発売された。前回の改訂から実に18年。その間に、ビジネスを取り巻く環境だけでなく、私たちの「学び方」そのものも大きく変わった。
分からないことがあれば検索し、今では生成AIに聞けば、問いに応じて瞬時に答えが返ってくる。
それでもなお、一冊の本を手に取り、経営を体系的に学ぶ意味はどこにあるのか。
改訂の全体統括と執筆を担った嶋田毅(グロービス出版局長)と、許勢仁美(グロービス教育科学研究所〈GESRI〉所長)が語り合った。18年ぶりの改訂の舞台裏から見えてきたのは、情報があふれる時代だからこそ必要になる「知の地図」の価値だった。(執筆・編集:本橋敦子)
18年ぶりの改訂で、「残すもの」と「捨てるもの」を選び直した
前版が刊行されたのは2008年。今回の改訂は、出版社からの依頼ではなく、著者側からの働きかけで始まった。
許勢:そもそも、なぜこのタイミングで改訂することになったのでしょうか。
嶋田:ダイヤモンド社には、こちらから持ちかけたんです。『グロービスMBA アカウンティング』や『グロービスMBA マーケティング』など、領域別のシリーズはすでに改訂4版が出ていました。一方で、マネジメント・ブックは長く改訂していなかった。「そろそろ第4版をどうですか」と話したら、「やりましょう」と決まった。昨年の夏にプロジェクトが始まり、ほぼ1年で仕上げました。
18年の間に、経営を取り巻く環境は大きく変わった。マーケティングはデジタル化が進み、人・組織ではDEI、ウェルビーイング、心理的安全性といったテーマが存在感を増した。アカウンティングでは制度そのものが変わった。そして、とりわけ変化が大きかったのがITだ。
今回、全体の40%以上が改訂され、第6部の「IT(テクノベート)」は項目も含めてほぼ新たに書き起こされた。
ただ、改訂で難しかったのは、新しい知識を足すことだけではない。
許勢:新しいものを取り入れる以上に、「削る」判断が難しかったのではないですか。
嶋田:何でも積み上げることはできますが、それでは本が分厚くなるだけです。重要度が相対的に下がったものや、すでに世の中に浸透して、あえて一項目を立てる必要がなくなったものは削りました。
たとえば以前は「ワークライフバランス」という項目がありましたが、今回は「ウェルビーイングと心理的安全性」に置き換えています。逆に、戦略とは何か、マーケティングとは何か、STP、ファイブフォース分析といった定石は残しています。大きなテーマは同じでも、中身は今に合わせて書き直している項目も多いですね。
許勢:私も今回ゲラを一部拝見して、「こういうものが新しく入ってくるのか」「ここはもう控えめな記述でいいのか」と、その変化を文字で感じました。一定の知識や経験がある人にとっても、自分の知識をアップデートする道具になると思います。
改訂は、18年分の新しい知識を詰め込む作業ではなく、「今、何を知っておくべきか」を選び直す作業だった。
AI時代、教科書の価値は「答え」ではなく「地図」にある
『マネジメント・ブック』は、グロービス経営大学院で各領域の知識を確認するアセスメント・テストGMAPの参考書としても使われている。
許勢は、自身が担当するクリティカル・シンキングの受講生にも、次の学びを考える際の入り口として本書を紹介することが多いという。
許勢:私は「手元に一冊あると安心できる本」だと思っています。
経営にはいろいろな領域があって、一気にすべてを習得することはできません。本を開くと、よく知っているところもあれば、全然知らないところもある。「知らない世界は広い」と気づくんですよね。自分が何を知っていて、何を知らないのか。その全体観に気づくこと自体に意味があると思います。
嶋田:私も同感です。「AIに聞けばいろいろ教えてくれるじゃないか」と言う人もいます。でも、AIが答えてくれるのは、基本的にはこちらが投げた問いに対してです。
いい問いを立てるには、ある程度の知識や全体観、いわば「マップ」を持っていなければいけない。もう一つ大きいのは、「知らないことに気づける」ことです。AIに聞くという態度だけでいると、自分が存在すら知らないテーマは、ずっと知らないままになりかねない。
許勢:AIは広い範囲を探索してくれますが、こちらの聞き方にも非常によく合わせてくれますよね。だから、こちらの知識や理解力が問われる。持っているものに応じたアウトプットが返ってくる側面があります。
そう考えると、「ビジネスパーソンなら、まずこのくらいは持っておくといい」という入り口を示せるのは、教科書的な本だからこそだと思います。
嶋田は、教科書にはもう一つ、AIとは異なる役割があるという。情報の「重要度」を示すことだ。
嶋田:教科書には、著者側の思想が出るんです。グロービスとして「これは今、重要なテーマだ」「これは軽く扱っていい」と考えていることが反映される。
初学者は、AIに10項目挙げてもらっても、それぞれがどのくらい重要なのか判断しにくい。本書ではなるべく粒度をそろえて、「これはこのくらい重要」「これは後から調べればいい」という判断も含めて編集しています。
無限にページ数があれば、載せたいものはいくらでもあります。でも、あえて落とす。生成AIでいくらでも情報を得られる時代だからこそ、網羅的な教科書を読む意味は、むしろそこにあると思います。
情報量でAIと競うのではない。何が重要で、どこから学び始めればよいのか。その「地図」を示すことが、教科書の役割だという。
体系知があると、AIへの問いが変わる
では、その地図を持つことで何が変わるのか。
嶋田は、体系的に学ぶ意味を大きく3つ挙げる。
第一に、いい問いを立てられるようになること。第二に、知らないことを知らないまま放置しにくくなること。そして第三に、異なる領域の知識同士をつなげられることだ。
嶋田:経営学をある程度学んでいると、AIへの問いの立て方も変わります。
あるビジネスモデルを見たときに、単に「この事業はどう思いますか」と聞くのではなく、「提供価値としては面白いけれど、マネタイズに難しさがあるのではないか」「キャッシュフローの観点では問題がないか」と聞ける。物事を多面的に見るには、その観点自体をある程度持っていなければいけません。
経営は、ヒト・モノ・カネ・ITが複雑に絡み合っています。「お金の面ではいいけれど、これでは人のモチベーションが出ない」「方向性はいいけれど、今のITでは実現に時間がかかる」といったことがある。その中で、何がボトルネックなのかを多面的に見られることが、体系的に学ぶ価値だと思います。
許勢:経営を学ぶときは領域ごと、科目ごとに学びますが、現場での判断は領域ごとにするわけではありません。事業があって、人がいて、その全体を見ながら判断する。全体観を持っているかどうかは大きいと思います。
どんなツールを使うにしても、そこから何を引き出せるかの範囲は、自分自身の能力によって決まるところがありますからね。
AI時代に知識はいらなくなるのではない。むしろ、自分の中にある知識が、AIから引き出せるものの質を左右する。
知識を「使える力」に変える
ただし、知識を持っていれば、それだけで成果につながるわけではない。
ここで許勢が紹介したのが、グロービス教育科学研究所(GESRI)が体系化した「グロービス・ケイパビリティ・モデル(グロケパ)」だ。
モデルでは、ビジネスで成果を生み出すために必要な要素を「資質」「意識」「能力」、そしてそれを成果へ結びつける「行動に転化する力」と整理している。『マネジメント・ブック』が主に提供するのは、経営に必要な「能力」の土台となる知識だ。
許勢:最終的にビジネスで結果を出せるかどうかは、決めてやるか、やり続けるかです。ただ、行動すればいいわけでもありません。適切な行動を選ばなければ成果にはつながらない。そのとき、何が適切なのかを判断する材料になるのが知識やスキルです。
嶋田:「知っている」と「できる」は違うと言いますが、その差を分けるものは何でしょう。
許勢:やってみるかどうか、だと思います。
たとえばクリティカル・シンキングも、「聞いたことがある」「分かっているつもり」という人は多い。でも、それを日々使っているか、安定的に成果につなげられるかとなると差があります。
新しいことは最初からうまくいくとは限らない。それでもやってみて、続けてみる。本を読んで新しい考え方に出会ったときも、「面白いな」で止まるのか、調べるのか、試すのか、人に話してみるのか。その次のアクションにつながるかどうかで、「できる」へのステップが変わります。
嶋田は、この関係を語学学習にたとえる。
嶋田:語学って、多少下手でも使っていれば忘れないし、だんだんうまくなりますよね。反対に、勉強だけして使わなければ、なかなか話せるようにならない。
とはいえ、基礎がなければ会話は難しい。だから、まず一定のベースを学ぶ。その上で使ってみる。振り返る。また学ぶ。この往復をどれだけ速く、効果的に回せるかで差がつく。そのときに戻ってくる拠り所の一つが、こういう教科書なんだと思います。
許勢:大人になると、何の武器も持たずに新しいことに挑戦するのは怖いんですよね。そう考えると、この本は新しいことに臨むための「最初の備え」であり、やってみた後に戻ってくる場所にもなると思います。
学生から、「全部学んでから起業した方がいいですか。それとも、やりたいことができたらすぐ起業した方がいいですか」と相談されることがありますが、私は正直、どちらでもいいと思っています。やってみて、うまくいけば続ける。うまくいかなければ立ち止まって、もう一度インプットする。その繰り返しです。
学ぶ。使う。戻る。そして、また学ぶ。
体系的な知識は、その循環を回し続けるための土台になる。
学ぶことは、自分の世界を広げること
最後に、二人に聞いた。学生から「AIに聞けば済むのに、なぜ体系的に勉強するんですか」と聞かれたら、どう答えるのか。
嶋田:私は、「AI時代だからこそ、体系的に学んでおいた方が武器になる」と答えます。
まず、いい問いを立てられるようになる。知らないことを知らないまま放置しなくて済む。そして、学びと学びをつなげられる。
たとえば人的資本経営について学んでいて、それがアカウンティングにおける情報開示ともつながっていると気づく。体系的に学ぶからこそ、そういう連関が見えるようになるんです。
考える力も、AIを使いこなす力も上がる。むしろ、そこをサボる人が増える時代だからこそ、ライバルに差をつけるチャンスだと思います。
一方、許勢の答えは少し違った。
許勢:私は、知的好奇心だと思っています。
聞けば答えは出てくる。それでも、自分の中に知識を備えておきたいか。そのプロセス自体を楽しめるか。極論すれば、勉強したくなければ、しなくてもいいと思うんです。
でも、そうすると世界が閉じていく。自分の関心事の中だけで問いを立て、答えを引き出し、自分に都合よく解釈して、その範囲で行動する。そういう閉じたサイクルに留まってしまう可能性があります。
学ぶというのは、新しいものに出会うことです。知らなかったことを知る。知らない自分に気づく。それによって、自分の世界が広がっていく。そのことを楽しむために、ぜひこの本に触れてほしいですね。
AI時代に体系的に学ぶ意味は、答えをたくさん覚えることではない。
何を知るべきかという地図を持つこと。自分がまだ知らない世界の存在に気づくこと。問いを立て、知識をつなぎ、実際の行動に使うこと。
答えが簡単に手に入る時代だからこそ、「何を問い、どう考えるか」を支える土台の価値は、むしろ大きくなっている。
嶋田毅
グロービス 出版局長
東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAキーワード フレームワークBEST100』『グロービスMBAエグゼクティブ・マネジメント入門』『グロービスMBAミドルマネジメント』『グロービスMBAビジネス・ライティング』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況]アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、共著書に『グロービスMBAアカウンティング改訂4版』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『新版グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。
許勢仁美
グロービス教育科学研究所(GESRI)所長
東京大学教育学部卒業
京都芸術大学大学院芸術研究科学際デザイン領域 修了
学位:芸術修士(MFA)
その他プログラム:INSEAD AIEP(Asian International Executive Program)修了。
アクセンチュア株式会社にて、一部上場企業、官公庁および学校法人向けの業務改革・人事組織変革支援に従事。その後、国際協力機構(JICA-JOCV)にて、ベトナム北部農村開発プロジェクトに参画。株式会社グロービス入社後は、法人向け人材育成・組織開発部門を経て、現在はファカルティ本部にて研究開発活動とファカルティ・ディベロップメント活動を統括。グロービス経営大学院及び企業研修において思考・リーダーシップ開発系科目の教鞭を執る。
株式会社ガクシー社外取締役。経済同友会幹事。

