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投稿日:2022年10月27日

投稿日:2022年10月27日

自閉スペクトラム症の主人公が活躍する「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」の描き方が、“世界基準”といえる理由

名藤 大樹
グロービス経営大学院 教員/三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部 プリンシパル

2020年代仕様の若手女性弁護士ドラマ

Netflixで2022年6月から配信されたドラマ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌(以降、「ウ・ヨンウ」』。自閉スペクトラム症[1]で、傑出した能力を持つ新人弁護士のヨンウが仕事に取り組みながら、周囲との関わりの中で成長していく、韓国発のヒューマンドラマだ。各話ごとに発生する事件とその顛末を縦糸として、親子関係、キャリア、恋愛などを横糸としてドラマは進んでいく。

珍しい設定では決してない。よくあるドラマだろう、との先入観で見はじめたものの、その認識はすぐに改められた。本作の根底にある価値観は、今の「世界」の変化を見据えて、2020年代仕様に「アップデート」されているからだ。

過去のこの手の物語と本作のどこが違うのか。この違いへの理解は、変化する時代に適応を模索する多くのビジネスパーソンにとっても重要だろう。

本作は、マイノリティや障がい[2]を、エンターテイメントのアトラクションとして消費することへの問題性について自覚的な目線を持って作られている。ここが大きなポイントだ。

エンターテイメントとマイノリティ・障がい

20世紀に成立した映画やドラマにおいて「マイノリティ・障がい者」の扱いは変遷を遂げてきた。昔はしばしば「見せ物」的に、時には恐怖の対象として扱われた[3]。一方で、近年では、マイノリティや障がい者が善玉としての主人公になるのも珍しくない。

しかし、欧米では、こうした作劇はマイノリティをマジョリティ側が都合よく「消費」しているだけではないのか、敬意に欠ける行為ではないか、との見方が近年とみに高まっている[4]実態を理解しておくと良い。属性による抑圧やバリアを取り除いて行こうとするリベラル化の潮流のなかで、ある種の反省が起こっているのだ。人種や社会的性差に無自覚なマジョリティに自省を迫る流れとも共通している。

2022年にアカデミー賞の最高栄誉である作品賞を受賞した『Coda あいのうた」も聴覚障がいに絡んで、マイノリティを主人公にした映画であった。この映画が高く評価された背景の一つに、聴覚障害の人々に敬意を表し、実際に聾唖の役者を起用した点がある。『Coda あいのうた』にはリメイク元となった映画(『エール』2014年・フランス)があるのだが、そちらの作品では、聾唖者の役を健聴者の役者が演じた。これは、当時から批判を受けていたそうである。2010年代から2020年代の間にも「進歩」があったと思われる。

「ウ・ヨンウ」製作チームの知識と覚悟

さて、本作「ウ・ヨンウ」では、自閉症スペクトラム症の主人公を、そうではない役者が演じている。これが本当に良きこと、許されることなのか。2020年代的な価値観ではまずその点を考えることが必要となる。この点をグローバルな市場で勝負している韓国のエンターテイメント界は、そのスタンダードを理解している。

主役を演じた女優、パク・ウンビンは、自分がこの役を引き受けて良いものかと、1年間悩んだ、製作陣も、彼女で作りたいと1年間待った[5]そうである。彼女が、障がいのある役を引き受けて良いのか逡巡したものの、「人はみんな多彩です。“異常”ではなく特性で捉える」と理解して、引き受けたと語っている。脚注の記事を参考にして欲しい。

脚本のム・ジウォン氏は、インタビューで、ヨンウ自身の「弱者性」だけでなく「強者性」をどう考え、何を狙って作劇したかを語って[6]いる。本作が批判を受ける可能性ゼロの完璧な作品だと言うつもりはない。しかし、製作陣のそれぞれがかなり考えた上で、覚悟を持って各種表現を選択しているのは間違いない。実際に、多少の批判はあるようだが、多方面からかなりの好評をもって受け入れられる作品になった。

作り手の視野は優生思想の問題にまでおよんでいる

作り手の覚悟を感じたのは第1シーズン序盤の第3話だ。第1シーズンは全16話で構成されており、第3話は、導入段階だ。

このエピソードでは、自閉スペクトラム症と診断されながら、ウ・ヨンウと対照的な存在の人物が登場する。ウ・ヨンウはソウル大学のロー・スクールの首席卒業の設定だ。自閉症スペクトラムがゆえに学校生活やキャリアを阻まれながらも、大手弁護士事務所にポストを得ており、若手の美人弁護士という属性を持っている。

対して、第3話で登場する人物は自閉スペクトラム症という診断では同じだが、社会的な活動はできない症状をもっている。いわゆるオタクでニートの男性だ。これが、今の社会からどう価値づけされるのか、視聴者に問いかけるような、かなり踏み込んだ問題設定をしてきている。

さらには本エピソードでは、ナチスドイツが遺伝的な観点で人を選別する「優生学」を研究していたこと、および、80年経っても、その考えが社会に残っている、と主人公ヨンウに独白させている。作品全体のトーンのなかでは、やや異質とも思えるたった1分足らずのパートなのだが、ここに、この作品を世界史的な流れと倫理観の視野を持って作っている、との脚本家の意思をみた。日本市場だけに目が行きがちな、日本のエンターテイメント界、ビジネス界にはこうした知識・視座が足りていないのではないかと思わされる。

エンターテイメントと深い社会性の高度な両立

今回は、本作について「障がい」の扱いという切り口で紹介してきた。しかし、本作はあくまで、コメディタッチのヒューマンドラマである。魅力的なキャラクター、TikTokでバズるユニークな演出なども十分に楽しめる。

むしろ、コメディを作りたいのだが、題材として自閉スペクトラム症を扱う以上、現代的な価値観を踏まえて作るのが作り手の責任だ、と製作陣は考えたのかもしれない。この「エンターテイメント性」と「現代的にアップデートされた深い社会性」の高次元の両立が、本作がグローバルに評価された理由なのだろう。

<参照>
[1] 自閉スペクトラム症とは「言葉や、言葉以外の方法、例えば、表情、視線、身振りなどから相手の考えていることを読み取ったり、自分の考えを伝えたりすることが不得手である、特定のことに強い興味や関心を持っていたり、こだわり行動があるといったことによって特徴付けられます。」国立精神・神経医療研究センターホームページ
https://www.ncnp.go.jp/hospital/patient/disease06.html
[2] 自閉スペクトラム症には多様な症状や程度があり、これを一概に障がいと考える意図はない。
[3] たとえば、「トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして」https://filmarks.com/movies/91512 などで指摘されている
[4] 批判的な意味で、直接的に「感動ポルノ」ということばを使う人もいる。
[5] 自閉スペクトラム症の弁護士を熱演!注目女優が語る、役への想い
https://www.cosmopolitan.com/jp/k-culture/korean-entertainment/a40538011/220708-park-eunbin/
[6] ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」の脚本家、「見るのが難しいと言う人に共感…作品が持つ限界」
https://s.wowkorea.jp/news/newsread_amp.asp?narticleid=357565

名藤 大樹

グロービス経営大学院 教員/三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部 プリンシパル