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投稿日:2015年07月13日
投稿日:2015年07月13日
戦略思考と戦術思考を磨き上げていますか?
- 田坂 広志
- 多摩大学大学院 名誉教授/グロービス経営大学院 特別顧問・特任教授/田坂塾 塾長
知性を磨き、使命を知る[2]
昔は通用していたKFS(Key Factor for Success)というものが、これからの時代は通用しなくなっていく。昔はいろいろなケースを勉強して、たとえば成功した企業を参考にすることができたわけだ。まあ、「これは何年か前の、あの企業の戦略とすごく似ているな」ということで今も少しは参考になるかもしれない。ただ、システムの片隅で起きた小さなゆらぎが全体をがらっと変えてしまうような時代になると、そうしたKFSを自分たちの事業にそのまま適用することができなくなる。
むしろ本当に優れたアントレプレナーは、小さな、しかし巨大な変化につながるようなゆらぎを直感的に掴む力がある。そうした直観力を鍛えることも大切な学びの一つと言える。電車移動中に何気なく中吊り広告を見ても、直感が鋭い人は何かが動きそうだと分かる。なぜか小さなゆらぎが気になる。そんな感覚を磨く必要がある。
その意味では、これからの時代の戦略やマネジメントは、ある意味ですべてアートになっていく。目の前に展開するできごとはすべて1回限り。そこで全身全霊、自分の直感をかけて「この方向だ」と決める能力こそリーダーに問われていく。当然そうした直感の磨き方というのもあるし、それは私自身の修行でも大きなテーマだった。
それともう一つ。小さなゆらぎが世界を変えるのなら、どのようにして意味のあるゆらぎを生み出すのかという戦略思考を身に付ける必要もある。これを「創発の戦略」という。それを仕掛けたとき、自分と自分の組織の力だけでなく、たとえばバイラルマーケティングのようなネット時代のさまざまな波及効果で広がっていく戦略がある。大切なのは、そのための戦略思考を身に付けることだ。
そうなると、先ほどお話しした「ボランタリー経済をどう活用するか」というテーマが再び重要になってくる。たとえば、なぜ社会起業家の方々は、他のビジネスパーソンが「ここは儲からん」と言って通り過ぎたその市場で事業を立ち上げることができるのか。社会起業家の周りでボランタリー経済が動くからだ。
会場にいらっしゃる社会起業家の方々にも同じことが言えると思う。そこに、ボランティアで動く方々がいらっしゃる。なぜなら、その中心に志と使命感があるから。言葉を変えると、志と使命感を持つ人間の周りではボランタリー経済が動きはじめるということだ。単なる金儲けのためであれば動かないものが、世の中のためとなった瞬間、見事なほど、いろいろな方々が力と知恵を貸してくれる。そうして事業が動き出す。これこそ創発の戦略における一つの大切な眼目と言える。
そうなるともう一つ、そのさらに先にある、「ボランタリー経済の本質は何か」という問いが出てくる。当然、貨幣経済の本質は貨幣資本であり、お金だ。これはもちろん重要。ただ、ボランタリー経済では別の資本が動く。「知識資本」「関係資本」「信頼資本」「評判資本」「共感資本」「文化資本」。私はこの6つを挙げている。
まず、「知識資本」について。皆さんも、今ご自身が所属している組織にあてはめて考えてみて欲しい。知識資本をどれほど持っているか。ダニエル・ベルが知識資本主義ということを言ってから何十年も経っている。しかし、大企業の経営者の方々とお話をすると、いまだに「知識資本主義とは特許や知的所有権を抑えること」という、非常に浅薄な知識資本主義論がはびこっていると感じる。
そうではない。知識資本とは、自分と、そして仲間や社員が持つ知識と知恵のことだ。ここではむしろ言葉にならない知恵のほうが重要だけれども、とにかくそうした知識と知恵こそ資本と言える。また、それに限界があったとしてもメタレベルの知識資本がある。「関係資本」と呼ばれるものがそれだ。つまり、知恵は借りることができる。自身にその知恵がなくても、大学時代の同期や、あすか会議で巡り会った彼や彼女に聞いてみよう、と。知恵を借りる関係をどれほど持っているかが重要になる。
これは机のなかに名刺が何枚入っているかという話ではない。知恵を「借りる」というのは大変重い言葉だ。知恵を「もらう」とは言わない。つまり、いつか返すということ。自分が素晴らしい知恵を持っているときだけ、別の知恵を持っている人との、まさに交換経済がはじまる。大切なのは、そうした関係資本をどれほど持っているか。
また、その関係資本にもメタレベルがある。これも、すべてご自身、あるいはご自分が所属する組織や会社がそれをどれほど持っているかという視点で聞いていただきたい。関係資本がなくても「信頼資本」があれば、関係資本は生まれやすくなる。たとえば、あすか会議には素晴らしい方々がお集まりだし、パーティー会場等で名刺交換が行われ、「ぜひ先生の知恵をお借りしたい」といった挨拶が交わされるわけだ。そのとき、互いに無言でも、「この人は信頼できるか」ということを見ている。そこで、「あの人はちょっと怪しげなんだよな」と、残念ながら影で言われてしまうこともあると思う。でも、「あの人はなかなかの人物だ。信頼できるよ」となることもある。
皆さんは、そうした信頼資本をご自身のなかでどれほど磨かれているだろうか。これは、いわゆる「人間を磨く」ということだ。実際のところ、怖いと思う。実社会では口で言ってくれないから。会合を断る理由なんていくらでもある。「忙しくて」「たまたま海外出張で」等々。でも、本当はたった一人の学生の方が相手でも、その志や思いが伝われば、そしてその人間が信頼できるなら、人は自分の時間を使う。
逆にどれほどお金を積まれても、「この人と一緒に歩みたいとは思えない」となってしまう関係もある。だから、関係資本のもう一つ上にあるのが「評判資本」。「ベンチャーを立ち上げたけれども、あのメディアがたった1回小さな囲み記事を出してくれただけで、翌日電話が鳴り続け、お客さまをようやく掴むことができた」といった方が皆さんのなかにもいらっしゃると思う。これが評判資本、つまりブランドキャピタルだ。
で、あと二つの資本については割愛するけれども、とにかく、そうした目に見えない資本がボランタリー経済のなかで動いていく。そうした資本を皆さんの周りにしっかり集めるような戦略を持つということが、次のテーマにつながってくる。
ただし、当然ながら貨幣経済のビジネスモデルも重要だ。これから何が起きるかというと、ヘーゲルの弁証法における第2の法則。「対立物の相互浸透」と言われるものだ。まったく対立しているかのように見えるものが相互に浸透していく。つまり、ボランタリー経済とマネタリー経済が融合していく。
今、ネット世界のビジネスモデルはほとんどそれではないかと思う。アマゾンは高収益のビジネスモデルを構築した優等生だけれども、そこで最も魅力的なサービスは草の根の書評だと思う。ただ、それはボランタリー経済。誰もお金をもらっていない。グーグルもビジネスモデルで見事な成功を収めたが、私たちがグーグルの検索エンジンを使うことでお金を払うことはない。一方でLinuxはどうかというと、中心はボランタリー経済だけれども、周囲では、たとえばSIerの収益が生まれたりしている。そのようにして、これからはボランタリー経済という社会システムと貨幣経済のビジネスモデルが融合していく。皆さんのビジネスも、その視点で一度見直してみて欲しい。
人間と組織をどれほど理解しているか―「戦術思考」の知性も大切
さて、ここまでお話をして、戦略というものがだいたい見えてきたと思う。「ボランタリー経済と貨幣経済をうまく結びつける」「目に見えない資本を徹底的に活用する」「レバレッジを効かせて創発の戦略を生み出す」「小さなゆらぎでも世の中を変えることができる」等々。このあたりが戦略観だ。ただ、冒頭で申し上げた通り、戦略の次に戦術という知性がある。
民間企業でこういうことをおっしゃる方がいる。何かの議論で、「うーん、それは戦術レベルの問題だろ?」と。あたかも戦略が非常に高度で、戦術レベルというものはたいした話じゃないというようにおっしゃるわけだ。しかし、戦略参謀もしくは戦略マネージャーとして歩み続けてきた私自身の現場感覚で申し上げると、むしろ戦術思考のほうがよほど重要だと言える。
たとえば、私はかつて日本総合研究所で異業種連合のコンソーシアムをつくってきたが、そこで戦略を語っているときはラクなんだ。「スマートグリッドでこういう実証実験をやろう。真ん中に電力会社を置いて、あとはメーカーさんとゼネコンさんとSIerさんに集まってもらおう」といった戦略を立てること自体は簡単だし、わくわくする。
でも、ある段階から、「さあ、どうする?」という話になる。我々は趣味で戦略を議論しているわけじゃないので、実行しようとなった瞬間、まさに戦術志向の段階に入る。では、戦術思考とは何か。間違っても、「大きなものが戦略で小さなものが戦術」という話じゃない。戦術思考とはすべて「固有名詞」。「真ん中は電力会社」と言うなら、具体的にはどの電力会社にコンソーシアムへ参加してもらうのか、と。その際、どの部署の誰に話をするのか。そうした固有名詞が出てこない限り現実は動かない。
そこで、「ゼネコンさんが云々」といったことを具体的な固有名詞で考えるとき、最も強く求められる知性が「想像力」と言える。「あの部署のあの人にこういう話をしたらどうなるか」「むしろ、こちらの部署に話をするほうがいいんじゃないだろうか」「まずあの会社に声をかけたら、この会社がどう反応するだろうか」。そういったことを想像することが、目の前の現実を変えるビジネスプロフェッショナルの基本になる。
たとえばサッカーでも、「なかなかあの選手はいいイマジネーションを持っていますね」なんて言うことがある。本来であればビジネスの世界でも、想像力がない限り目の前の現実を変えることはできない。そして、そうした想像力の前提になるのは人間観と組織観だ。まずは、「人間というものは、こういう風に動いたとき、こんな風になるだろう」という人間観。それで、ビジネスでも「あの部署を先に攻めたら、別部署のあの部長がへそを曲げるかもしれない」といったことまで考えていく。
組織観についても同じだ。たとえば、「今、あの会社でこの組織はこういう位置づけになっているから、こういう仕掛け方をしても難しいだろう」と。組織というものの仕組みをどれほど知っているか。人間と組織をどれくらい熟知しているかが皆さんに問われる。これが戦術思考というレベルの知性になる。
田坂 広志
多摩大学大学院 名誉教授/グロービス経営大学院 特別顧問・特任教授/田坂塾 塾長
東京大学卒業、同大学院修了。工学博士(原子力工学)。1987年、米国シンクタンク・バテル記念研究所客員研究員。1990年、日本総合研究所の設立に参画。現在、同研究所フェロー。2000年、多摩大学大学院教授に就任。社会起業家論を開講。同年、21世紀の知のパラダイム転換をめざすグローバル・シンクタンク、ソフィアバンクを設立。代表に就任。2008年、世界経済フォーラムのグローバル・アジェンダ・カウンシルのメンバーに就任。2010年、4人のノーベル平和賞受賞者が名誉会員を務める世界賢人会議、ブダペストクラブの日本代表に就任。2011年、東日本大震災に伴い、内閣官房参与に就任。2013年、全国から4800名の経営者が集う場、「田坂塾」を開塾。著書は80冊余。