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投稿日:2018年11月06日

投稿日:2018年11月06日

Dreamforceで学んだデータベース連携の新潮流と日本語の限界

武井 涼子
グロービス経営大学院 教員

2018年後半のマーケティング業界の大きな変化といえば、データベースに対する考え方だろう。今までは、美しいデータベース、個人情報がきっちりマージされたデータベースを志向しているところがあったと思う。しかし、最近はそうではない。実際のところ、データベースが統合されることはありえない。

今や、バックオフィスの在庫管理から営業部門の顧客管理、ウェブサイトの行動解析に至るまで、全ての企業活動にデータが登場しない場面はない。その結果、加速度的に企業の持つデータ量は増えている。現在、平均的なエンタープライズは1100のアプリケーションを利用しており、それらのアプリケーション上の1つのアクションに対して常に平均35のシステムが連携しているそうだ。

そんな状況で、データベースを一つひとつ統合していくことなどあり得ない。そのままでデータベースが連動して動いてくれればよいのだ、という考え方になってきた。つまり、コネクトしていればよいのだ。

コネクトの実現とは?

ここ数年、なんとなく声高に叫ばれていたが、実態をつかみきることが難しかった第四次産業革命であるが、今年のDreamforceと一連の各社のカンファレンスを見ていると、その1つの答えとして「コネクトの実現」というまとめ方が提示できるのではないかと思う。

ではコネクトの実現とは何か?Dreamforceでは、コネクトの本質の一端はコネクトできる範囲の広さに加え、何よりもスピードが大事であるという考え方が示されていたと思う。コネクトするためには、最新の情報を一瞬のうちになるべく広い範囲で共有できなくてはいけない。しかも、なるべくナチュラルな形でスピードを上げていくことがカギになる。一方で顧客のトレンドの変化のスピードも加速している。この早い動きに、なるべく広い範囲で情報を共有しながら追いつくことが肝要である。いずれにせよスピードが要求されるのである。

ランボルギーニ社のセッションは、その具体例と言えるだろう。彼らが作った初のSUV、URUSに合わせてアプリがリリースされたのだが、このアプリは、URUSを購入したお客様が納車までの数カ月間にオーナーとしての気持ちを高めていくためのもの。アプリへのIDとパスワードは、オーナー以外に伝えられることがなく、オーナーでないとそのアプリの中を見ることはできない、という仕立てになっている。

自分の車が工場で今どういう状態にあるか画像を見ることができる、とか、エンジンの音が聞ける、とか、はたまた、自分が今まで歴代持っていたランボルギーニの細かいデータや画像が見られる、といったロイヤルティ醸成を目的としたアプリである。このアプリ、企画からたった半年で世界にリリースされた。まずはスピード感をもってリリース、そしてどんどんアジャイルで直していくことを良しとする感じが会場に共有されていた。

API連携と自然言語処理でスピードアップ

セールスフォースが今回の目玉として用意していた発表も、スピードアップにかかわる技術である。まずは、買収したMulesoftによるオープンAPIとAPI連携。まさに本丸のデータベース連携をそのまま実現するソフトである。マーケティングの世界において、独立したデータベースをどうやってつないでいくかは長年の課題である。ものによってはレガシーシステムに入り込んでしまっているし、データベース自体はばらばら。でも、データを見たり解析したりしようと思うとどうしても一緒に参照したくなる、そんな顧客データは山のようにあるものだ。MulesoftはそれをAPI同士がネットワークになることで、一度に参照できるようにする。

実はこのDreamforceに合わせて、SAP、Adobe、マイクロソフトが発表したデータ連携も同じ思想に基づくものだ。やり方は違うけれど、やはりオープンな環境を標榜し、データベースの連携を加速しようとするものである。

そして、もう1つのスピードアップはSiri連携による自然言語処理であった。セールスフォースのAIであるアインシュタインとアップルのSiriが連携。Siriの自然言語による音声入力をアインシュタインがダイレクトにインプットし、アウトプットを出す。お客様とのチャットボットは当然として、スマートスピーカーともつないで使える。

早速デモが始まった。まず「今日のブリーフィングをよろしく」というと、Siriが「おはよう、今日のあなたの予定は~」と始める。続いて、ミーティングの結果を話すと、自然に話したファーストネームから、適切な個人を探し当て、やりとりの記録を残す。加えて、アインシュタインがやるべきことや、必要なコンタクトレコードなどを取り出して、「確認してください」と促す。アクション・リストの期日もきちんとうごかして言葉で報告してくれる。

「こりゃもう『アイアンマン』に出てくる人工知能、ジャーヴィスとアイアンマンのやりとりの世界が一歩近づいてきたな」、という冗談みたいな感想が浮かぶ。そういえば昨年のAdobeのサミットでも自然言語入力を扱っていた。中国でも多くの入力はすでに音声入力になっているとよく聞く。自然言語入力でAIと会話しながらテンポよく情報をアップデートして業務をこなす。そしてそのアップデートされた情報は一瞬で全員に共有される。そんな時代がもうそこまで来ているのだ。

しかし、この自然言語入力が主力となると、ビジネスは英語で行うことを真剣に考える必要が出てくるかもしれない。そもそもデータ量がものを言う機械学習の世界において、1億人しか話す人がいない日本語は、データの絶対量が足りない。自然言語入力の発展スピードは英語や中国語にかなわないだろう。

せめて、ビジネスレベルで利用できる自動翻訳機能が整えばよいのだが、残念ながら未だに英語と日本語の機械翻訳は前途多難だ。日本語は、主語は省略され、動詞は文末、そのうえ訳語を一対一対応であてはめることができない特殊な言語である。データが最も豊富であろうと想定されるGoogle翻訳ですら、他の言語と異なり、日本語についてはいまだに使える翻訳はできない。そんな日本語に、自然言語入力システムがきれいに対応するのにはどれくらい時間がかかるのだろう。

今でも、英語環境を想定して開発されている商品の日本語版の発売には6カ月以上がかかっている。ランボルギーニの例にあるように、その間に英語では、新しいアプリケーションがもう出てしまう。コネクトが実現され、スピードが重視されていくなかで、かなり特殊な言語日本語でビジネスを行うことは、マイナスにこそなれ、プラスにはならない時代がすぐそこに迫ってきている。そんなことを考えさせられたカンファレンスであった。

武井 涼子

グロービス経営大学院 教員

大学卒業後、(株)電通に入社、主に自動車会社のコミュニケーション戦略の立案を行う。その後、オグルヴィ&メイザー等の広告代理店においてブランド戦略、インタラクティブ戦略等を経験。またFIFAマーケティングと大手ベンチャー企業で、スポーツ&マーケティングと経営企画のに携わったのち、コロンビア大学でMBAを取得。帰国後は、マッキンゼーを経てウォルト・ディズニー・ジャパンに転職。マーケティングと事業開発を行う。現在、グロービス主任研究員およびグロービス経営大学院大学教員。東洋大学講師。執筆著書『ここからはじめる実践マーケティング入門』 (ディスカヴァー21社)は日本説得交渉学会学会賞を受賞。 その一方、二期会に所属し、国内外のオペラやコンサートに出演する声楽家でもある。自身が代表を努め、日本歌曲の世界への普及を志す「Foster Japanese Songsプロジェクト」では国連本部やニューヨークで日本歌曲コンサートを実施。その活動は、Wall Street Journalでも取り上げられた。