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投稿日:2025年07月23日

投稿日:2025年07月23日

今、なぜビジネス界では「アート」が流行るのか?

中村 知哉
KIBOW社会投資ファンド 代表パートナー/グロービス経営大学院 教員

アート思考とは、アーティストが作品を生み出すときの思考のような、自由な思考法を指します。「心から解決したいと思える問題を発見すること」を目的とし、自分の内面から湧き上がる衝動を出発点とする、極めてパーソナルかつ創造的な思考アプローチです。

近年、世界のビジネスリーダーたちがアートに熱い視線を注いでいます。アートにはどのような魅力があり、どのようにしてビジネスの現場で活かされているのでしょうか。GLOBIS USAの立ち上げなどを歴任し、日本企業のグローバル幹部候補育成にも携わってきた中村知哉が、自身の実体験を交え執筆します。

皆さんは、アート展示に、ビジネスマン・ビジネスウーマンが増えてきたことにお気づきだろうか。今、ニューヨークでも、ロンドンでも、そして東京でも、アーティストのギャラリー・トーク(美術作品の制作背景を芸術家自身が語る)にビジネスパーソンが日参している。

どうして彼ら・彼女らは忙しい毎日の中、美術館でのギャラリー・トークに足繫く通うのだろうか。

ビジネスパーソンが創造力を高めるには?

ビジネスとアートの考え方の融合に取り組むThe Artianの創業者であり、スペインのマドリッドにあるIEビジネススクールで「アート×ビジネスの思考法」を教えるニール・ヒンディ客員教授は、彼の著書『世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること』(クロスメディア・パブリッシング社発行、2018年)にて次のようにいう。

アーティスト、サイエンティスト、起業家は似ている。

ルネサンスの時代には、アートとサイエンス・エンジニアリング・数学・哲学が区別されていなかった。

イノベーションに必要なのは右脳型思考―想像的、芸術的、直感的―である。これはアーティストの得意とするところだ。

欧米企業では、「アーティスト・イン・レジデンス」という形でアーティストを雇い、経営陣や社員と交流させることが浸透している。これによって、経営にアートを取り込むことを志向している。

ビジネスパーソンにとって、新しい価値を生み出す創造力は今や必須のスキルだ。同書では、個人が創造力を高めるためのアーティスティック・マインドセット獲得に向けて、観察、質問、アイデアの創出、関連づけ(つながりがはっきりしないもの――システムや方法、アイデア――を結びつけること)に加え、共感、経験、ビジュアル化のスキルを毎日磨くことを推奨している。
具体的には、美術館に行き、一つ作品を選び、少なくとも15分は観察する。次に、自分が目にしているものが何であり、自分がどう感じているかの理解に努める。そして、その絵のアイデアが何であるのか考えをまとめる。なお、質問力については、リバース・アサンプション(「もし○○ならどうなるだろう」)を薦める。

例えばヒンディ教授は、アイデアの創出には、目が覚めてコーヒーを淹れたらアイデアを10個書き出しているという。

「美意識」の再評価は日本でも

こうした動きは、海外だけのものではない。日本でも、山口周氏が『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』という光文社新書のロングセラーを出版している。山口氏は題名への解として次の3つの理由を上げる。

論理的・理性的な情報処理スキルの限界が露呈しつつある

世界中の市場が「自己実現的消費」へと向かいつつある

システムの変化にルールが追いつかない状況が発生している

ここでは、特に「自己実現的消費」を取り上げたい。フランスの思想家ジャン・ボードリヤールが指摘したように、消費者の消費行動が「自己表現のための記号の発信」、つまり、ファッション化しつつあり、その点から企業やリーダーの「美意識」の水準が競争力を左右する

筆者自身も得た、偶然の対話によるアートからの気づき

翻って自身の経験を見ると、2023年7月にサンフランシスコからヒューストンのフライト(約4時間)でたまたま高齢の女性と隣り合わせになった。その女性が荷物をコンパートメントに上げるのを手伝うと、その女性は自身をサイエンティストであり、アーティストだと紹介した。僕も、自身をビジネスパーソン・教員であり、武道家(マーシャル・アーティスト)と紹介した。その後、彼女は、私の作品を見たいかと問いかけてきたので、「見たい!」と即答すると、iPadで自身の油絵を10枚程見せてくれた。
それからの2時間は、集中力を高めて、彼女が油絵に表現しようとしたことの説明を聴いた。当日の日記を辿ると、僕は次のように書いている。

「最も大切なことは「愛」で、表現しようと思っていることは「生命力」だ」

この、いわば画家からの「ワンツーワンのギャラリー・トーク」で、僕は、ヒンディ教授が言われる所の観察、質問、アイデアの創出、関連づけを確かに行っていた。実は、この画家が薦めてくださった本は全て読んだ。そして、この画家のお話(アメリカの古代文明に関心がある)と2024年2月にOnline Kokorozashi Seminarにて対談したMIT/Peter Senge氏からのメッセージ (今のアメリカを見るのではなく、2000年の歴史を持つ文明に目を向けなさい)が重なった(シンクロニシティだった)。

またこのことから、2024年11月に、2000年を超える文明を持つマオリ、メティス(ネイティブ・アメリカンと欧州系の子孫)、日本人によるOnline Kokorozashi Seminarを開催した。僕は画家からの機内2時間のギャラリー・トークに魅了され、大きく影響を受けたのだ。

中村 知哉

KIBOW社会投資ファンド 代表パートナー/グロービス経営大学院 教員