GLOBIS Articles

  • テクノロジー
  • イノベーション
  • イベント
  • ビジネストレンド
  • テクノベートMBA

投稿日:2023年10月02日

投稿日:2023年10月02日

【生成AI活用事例】生成AIがもたらす変化とスタートアップの勝ち筋

宇垣 承宏
株式会社オレンジ CEO
浜本 階生
スマートニュース株式会社 取締役 COO 兼 チーフエンジニア
土川 元
ソニーベンチャーズ株式会社 代表取締役社長

グロービス経営大学院 東京校にて、一般社団法人G1が主催するG1ベンチャー2023が開催された。
第5部分科会「AIアプリケーションが塗り替える世界〜AI applications are eating the world?~」に登壇したのは、宇垣 承宏氏、浜本 階生氏、土川 元氏、湯浅 エムレ 秀和(グロービス・キャピタル・パートナーズ パートナー)。

いまや企業の競争優位性を高めるための必須要素となりつつある「AI」。ビジネスや事業にAI技術を実装している企業は、どのように新たな価値を生みだしているのだろうか。AIの活用事例や、実装における難所、今後の業界変化について考察していく。

※G1ベンチャーとは?

起業家を中心に、ベンチャー経営に関わる学者・政治家・官僚・メディアなどの第一線で活躍するリーダーたちが集い、議論する場。イノベーションを生みだし、強いベンチャー企業を育む生態系の構築を目指すことをコンセプトとしている。

AI(人工知能)とは?

最近では一般的になった「AI」について、改めて定義や具体的にできることを整理していく。まずAIとは「Artificial Intelligence」の略語であり、一般的に「人間に近い知能を持ったコンピューター」を意味する。AIという用語に明確な定義はなく、解釈は多岐にわたる。

日本における人工知能研究の第一人者の一人である東京大学の松尾教授の定義を借りると、『人工的につくられた人間のような知能、ないしはそれをつくる技術』とされる。曖昧さはあるものの、最近のメディアでの報道ではおおむねAI≒機械学習、として扱われることが多い。(引用:MBA用語集-「AI」より)

つまりAIとは、人間に代わって認識や処理などを行うソフトウェア、またそれをつくる技術であると広く捉えることができる。

AIによってできること

では、AIによって、具体的にどんなことが可能になるのだろうか。すでに社会実装されているものから、今後の技術活用が期待されるものまで幅広く存在する。

例えばすでにGoogleの自動翻訳、Microsoft 365のPowerPointでのレイアウトやアイコンの提案、中国の監視カメラネットワークの天網、あるいはコロナウイルスに関連して、医療分野でX線画像の肺炎診断支援など、画像認識、自然言語処理などが多くのサービスに実装されてきている。また、今後普及が本格化することが期待される自動運転でも「ぶつからない」ためには歩行者や車の認識をはじめとしてAIが多く実装されることになる。
(中略)データから帰納法的に学習するだけではなく、GAN(Generative Adversarial Network: 敵対的生成ネットワーク)というアルゴリズムにより画像や文章を生成することも可能になってきている。
(引用:MBA用語集-「AI」より)

最近ではとくに、OpenAIの「ChatGPT」をはじめとする大規模言語モデル(LLM)が注目を集めている。大規模言語モデルとは、巨大なデータセットとディープラーニング技術を用いて構築された言語モデルを指す。大量のテキストデータから学習し、その結果として人間に近い流暢な会話が可能であり、自然言語を用いたさまざまな処理を高精度で行うことができる。

ビジネスにおけるAI活用事例

ここからは「AIアプリケーションが塗り替える世界〜AI applications are eating the world?~」のセッション内容をもとに、まずはビジネスにおけるAI活用について理解を深めていこう。まずは、宇垣氏と浜本氏が現在取り組んでいることについて伺っていく。

業務効率やパフォーマンスの向上(スマートニュース社)

以前より記事のレコメンデーションやパーソナライゼーションにAI技術を活用してきたというスマートニュース社。直近の生成AI活用について、浜本氏は「社員のアシスタントとしてAIを活用することで、業務効率を上げていくようにしています。例えば、エンジニアがGitHubのCopilotを用いてコーディング速度を上げる…ということが社内のさまざまなところで行われています」と語った。

さらに、「プロダクトのバックエンドで動いている色々な処理の効率を高めることができないか、というアプローチも考えています。例えば、大量のニュース記事を分析するパイプラインの一部を生成AIに置き換える試みなどです。また、ユーザー体験に直結する領域での生成AIの活用も検討しています。社内でタスクフォースを結成して、議論やアイデア出しを進めています」と多岐にわたる領域で生成AIが活用されている事例を紹介した。

漫画特化の深層学習モデル開発(Orange社)

ローカライズAIや生成AIなど、漫画のグローバル化関連のAI開発を務める宇垣氏。はじめに事業について「日本語を入力したら、ほかの言語に翻訳されるDeepL(機械翻訳サービス)を用いて、漫画に特化したローカライズAIを作っています。具体的には、日本語版の漫画からAIで情報を読み取って、英語版の漫画を出力するというものです。例えば、文字を読み取るOCR(スキャナやカメラで文字を読み込み、テキストデータに変換する技術)や文字がどこに配置されているのかを検出するディテクション、吹き出しのセグメンテーションなど、多くのAIモデルを開発しています」と紹介した。

AI活用で上手くいっていること、課題になっていることを問われた宇垣氏は「答えのない領域をAIで完全に自動化するのは難しいと思っています。とくに、翻訳はクリエイティブに近い領域であり、翻訳家によって言葉のチョイスは大きく変わります。それをAIで判断するのはなかなか難しいですね。これはAIエンジニアが世界中で認識している課題であり、今後改善されると考えています。また反対に、OCRのような(この字はこう読み取るのが正しいと)答えがある領域については、高い精度が期待できますね」と回答した。

投資家の視点で見るAIトレンド

AIベンチャー・スタートアップ企業が注目を集める中で、投資家はどこに投資をしているのか、そして業界ではどのような動きが起こっているのだろうか。「投資チームの観点から言うと、活発な投資先は主にアメリカであり、多くの生成AI関連の案件を調査しています」とソニーベンチャーズ社の土川氏。

さらに、「既存の投資先でAIと言うと、データ加工やデータ生成に関わるアメリカのディファインドAIや日本のFastLabelが挙げられますが、いわゆるLanguageモデルはまだ入っていないのが現状です。生成AIの市場は、ダウンマーケットにおいても急速に拡大しており、その点については皆さんもご存知の通りだと思います」と付け加えた。

AIを取り巻く今後の変化

今後、あらゆるものにAIが組み込まれることが予測される。では、AIによって生み出された価値は、最終的に誰が獲得するのだろうか。従来のソフトウェアの世界では、GCP(Google Cloud Platform)、AWS(Amazon Web Services)、Microsoft Azureなどがインフラレイヤーを支配しており、アプリケーションレイヤーには多様なプレイヤーが存在している。果たしてAIにおいても、従来の産業構造が継続するのか。どんなプレイヤーがどのように価値を享受するのか。セッション内容をもとに、今後の変化について考えていく。

圧倒的に有利な立場にいるGAFA

ソフトウェアの世界同様に、やはりGAFAの存在は無視できない。「前提として、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)は計算資源が豊富にあり、圧倒的に有利な立場だと思っています。例えば、家が購入できるくらいの高価なマシンを、彼らは数万台保有している状態で開発ができます。対して日本の新興スタートアップが大規模なAIプロジェクトを始めようとすると、費用的な制約から不利な状況にあると言えます。私たちみたいなスタートアップは、どのドメインで彼らに勝てるAIモデルを開発するのか、どのように工夫していくのか、が重要だと考えています」(宇垣氏)

AIがもたらしたゲームチェンジ

土川氏は「ベンチャー投資のファンドを設立した当初は、技術を主軸にしようとAIとロボティクス関連の企業に注目していました。しかし、いざ投資対象を具体的に検討する過程で、技術よりも業界や経営者、経営スピードが勝負のポイントになるという認識に変わりました。最近では、生成AIなどの進展によって、(スタートアップ企業には)従来の垂直的(バーティカル)な視点よりも、水平的(ホリゾンタル)な視点が求められると感じています」と分野・業界に特化する動きから、分野・業界を広げていく動きについて触れ、投資現場で起こっている変化について言及した。

さらに、アメリカのチェグ社の事例をもとに「子どもの宿題サポートを行っているチェグ社が、chatGPTによる影響を公表した瞬間に、株価が半分まで落ちました。このようにAIは、アプリケーションレイヤーに大きな影響を与える可能性があります」と土川氏は語る。

これに対して、宇垣氏は「これまでは特定の目的に特化した開発を、コストをかけて行ってきました。しかしこの新しい状況では、一般的な人間の認識や概念をAIがすでに獲得しているため、微調整するだけで非常に多くの目的に応用できるんです」と大規模言語モデル(LLM)の登場が業界にどのようなゲームチェンジをもたらすのか、その影響の大きさについて付け加えた。

どのように勝ち筋をつくっていくのか

上記のような脅威や課題がある中で、スタートアップは今後どのように勝ち筋を見極めるべきか。これについて宇垣氏は「2017年にグーグルが買収したKaggle(企業/政府とデータサイエンティスト/機械学習エンジニアをつなげるプラットフォーム)において、アメリカに次いで日本のエンジニアが上位の成績を出していることから、日本にも優秀な人材が結構多いのではないかと思っています。なので資本やメンバーを集めながら、特定のドメインで専門性を高めてものを作れば、十分に勝算があると思いますね」と語った。

「企業の競争優位性は、ネットワーク外部性や独自の技術、独自のデータ、資金、人材など、AI時代でも基本的な要素は変わらないと思います。ただし、生成AIのような先進的な技術が一般的に使われるようになると、特定の問題解決に特化した技術は競争優位性にはなりにくくなると思います。しかし、個別技術としてというより、ユーザーに価値を届けるための総合的な技術の組み合わせとして見たとき、簡単に真似できない競争優位性になり得るものだと思います」(浜本氏)

宇垣 承宏

株式会社オレンジ CEO

2021年に設立したOrangeのCEO。 漫画のローカライズAIや生成AI等、漫画のグローバル化関連のAI開発を務める。 2021年まではコロプラで白猫や黒猫の事業責任者。

浜本 階生

スマートニュース株式会社 取締役 COO 兼 チーフエンジニア

2005年東京工業大学工学部情報工学科卒業。ソフトウェアエンジニア。2007年に『EatSpot』で価格.com WEBサービスコンテスト最優秀賞、2009年に『Blogopolis』でYahoo! JAPAN インターネットクリエイティブアワード 一般の部 グランプリ、2015年にはYahoo! JAPAN インターネット クリエイティブアワード特別賞「Creator Of Decade」を受賞。共訳書に『実用Git』(オライリー・ジャパン)など。Webに氾濫する情報の整理、可視化に興味を持つ。

土川 元

ソニーベンチャーズ株式会社 代表取締役社長

ソニーベンチャーズ株式会社 代表取締役社長 (兼) ソニーグループ株式会社  VP/チーフインベストメントマネジャー
2009年までソニー株式会社 VP コーポレート・ディベロップメント担当の他、 Sony Mobile Communications のSenior Vice President and Chief Strategy Officer も担当。日本興業銀行、メリルリンチを経て2004 年よりソニー株式会社。1984 年一橋大学を卒業、1988 年 Stanford Graduate School of Business で MBA を取得。

※プロフィールは投稿日時点のものです