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投稿日:2022年12月28日

投稿日:2022年12月28日

成功する2つのポイント「経験学習」と「発信」―副業を通じてWin-Winになるには?Vol.3

研究プロジェクトメンバー
押田 悠・榎本 睦郎 ・澤村 亮・ 矢形 宏紀・山本 まどか
竹内 秀太郎
グロービス経営大学院ファカルティ本部主席研究員

従業員の副業経験を自社にいかしてほしい企業と、ただ収入を補填したい個人。思惑が異なる両者が、どうしたらwin-winになれるのかを探ってきた本連載の最終回。Win-winとなるための2つのポイントを紹介します。(全3回、最終回)(#Vol.2はこちら

※本稿は、グロービス経営大学院教員の竹内秀太郎の指導のもと、社会人大学院生5名(押田 悠・榎本 睦郎 ・澤村 亮・ 矢形 宏紀・山本 まどか)が行った研究結果に基づいています。

会社と個人―副業をめぐる思惑のズレ

連載第1回で見たように、近年副業制度を導入する企業が増えてきています。その背景には、国の政策的な後押しがあり、特に厚生労働省による「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の公表・改訂に対応する形で企業が相次いで副業解禁に踏み出しています。

多くの企業が副業制度の目的として、副業で得られた知識・スキル・人脈の活用や社員のモチベーション維持を掲げていますが、その運用にはかなりの濃淡があるのが実態です。他社と比較して自社だけが副業解禁していないと見劣りするからという、横並び意識からの消極的容認の域を出ないところがある一方で、明確な経営的意図をもった運用まで踏み込んでいるところもあります。

他方、副業に従事する個人の側も、収入補填目的でとりあえず始めている例が多いのが現状です。タイミングとしてちょうどコロナと重なっていることから、本業の収入減少に直面したり、在宅勤務で時間的余裕が増えたりしたことが影響しているとも考えられます。もちろん自身の専門性を高めるために社外での経験を意欲的に求めている人もいますが多数派ではありません。

副業を通じ、社員の成長を促し、本業にも活かしてもらうことを制度の目的として謳っている企業は少なくありませんが、その目的が実現しているとは限りません。どうしたら会社と個人がWin-Winになるのでしょうか。

明確な意図をもった働きかけが個人の学びを促す

連載第2回で紹介した豊商事の事例は、経営の意図が明確な事例でした。赤字転落した業績を回復させる企業変革の中での副業解禁は、当初遠心力として働いた側面があったものの、五十棲氏の強力な関与によって求心力としての効果が顕在化していきました。

収入補填目的の副業申請は差し戻し、書き直させることを通じ、社員の目的意識を刺激しました。また副業を通じて得た気づきを言語化するように働きかけを行いました。これが、副業従事者が自社や自分自身を客観視し理解を深め、より高い視座やモチベーションをもって本業に取り組む契機となりました。

まず「何のために副業をやるのか」を考えさせ、やり始めたら「その経験から何が学べたのか」を振り返らせる。こうした働きかけによって社員の内省が促されたのです。

出典:デービッド・コルブの経験学習モデルの図をもとに筆者作成

これは副業経験を通じた学びを内省し言語化を促す「経験学習サイクル」が回りはじめたとも解釈できます。「経験学習」は、ヤフーで1on1ミーティングを導入し、社員の成長を促すための上司の関与を制度化する際の理論的根拠になった考え方としてよく知られています。

「具体的経験」をした後の「内省的観察」のフェーズでは、上司のような他者からの内省支援が有効とされています。経験を成長につなげるためには、経験しっぱなしではなく、経験からの学び方をガイドすることが重要なのです。

カギは積極的な情報発信

くわえて、豊商事では副業の実践事例を五十棲氏が自ら社長ブログで発信し、社内外に広く共有していました。こうした情報発信が副業経験の本業への還元効果を組織全体に広げることにつながったと考えられます。

発信にあたって、副業従事者に副業から得た経験を棚卸し言語化させる営みが本人の学びを促すことになるのは上述の通りです。さらに、そのブログを読んだ上司たちが、副業で自己研鑽している社員の能力と意欲を見込んで、あらたにチャレンジングな仕事をアサインし、当該社員の経験の機会が社内でも広がる可能性が出てきます。また同僚や後輩が、そうした事例から刺激を受け、自分も副業を活かし経験の幅を広げたいと考えるようになるかもしれません。

発信がもたらす影響は社内だけにとどまらず、採用面でのプラスの効果もあります。社長ブログを読んだ社外の人の中には、同社で働きたいと考える人が出てくることもあるでしょう。実際、家業を手伝いながら働けるということで豊商事に中途入社してきた社員もいるそうです。

豊商事以外にも副業について積極的に情報発信している企業があります。たとえばサイボウズは、「副収入を得るために自社外で仕事をすること」を「副業」、「自己実現のために自社外で仕事をすることを」を「複業」と丁寧に言葉遣いを区別しながら、自社の取り組みをオウンドメディアで発信しています。高い離職率に悩まされた時期のある同社は、その反省から100人100通りの働き方を標榜するようになり、副業についての発信を採用力向上に積極活用しているといえるでしょう。 このように情報発信により、副業従事者本人の学びの言語化が促され、本人以外の関心が喚起されることが期待されます。

情報発信のために企業がやるべきこと

では社員の副業実践事例発信のために企業側がやれることは何でしょう。

まず重要なのは、社員がどのような副業を行なっているのかを知ることです。副業開始時に申請を義務付けていたとしても、継続的に社員の副業実態をモニタリングしている企業は必ずしも多くないのではないでしょうか。モニタリングしていたとしても、副業の概要や従事時間など形式的な事項の把握にとどまっていないでしょうか。

もう一歩踏み込んで、副業従事者と上長、または人事担当者との間で、社外での経験を通じて得られた気づきや本業で役立ちそうなことを言語化してもらう振り返りの機会を定期的にもつことが、副業の本業へのプラスの影響を高めることにつながります。

副業の広まりは、働き方の新時代を予感させます。会社が社員を丸抱えするのではなく、社員が自社以外で活躍することを会社が支援するのがあたりまえになりつつあります。 そんな副業常態化時代における会社と個人の望ましい関係のあり方は、まだ模索中です。副業を消極的に容認するだけにとどまらず、副業経験を本人の成長につなげ、本業にも還元してもらうための取り組みには、まだまだ工夫の余地があるのではないでしょうか。

研究プロジェクトメンバー

押田 悠・榎本 睦郎 ・澤村 亮・ 矢形 宏紀・山本 まどか

竹内 秀太郎

グロービス経営大学院ファカルティ本部主席研究員