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投稿日:2022年02月28日

投稿日:2022年02月28日

キャリアの「オーナーシップ」を持つ―「自律」とはどういう状態をいうか[3]

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

(経営者や人事担当者、管理職者)も、働く個人も、そして研修事業者やキャリアコンサルタントも、「自律が大事だ」「キャリア自律しなくてはいけない」とよく口にします。しかし「自律」がどういう状態であるのか、ましてや「自律」を育むことがどういうことなのかは明解にとらえ、発信しようとしてきませんでした。

このシリーズ記事では「自律」をいろいろな角度からながめます。きょうのキーワードは「オーナーシップ」「自分ごと」です。では私が研修・ワークショップで使っている講義スライドとともにみてまいりましょう。

 <「自律」とはどういう状態をいうか[1]はこちら

 <「自律」とはどういう状態をいうか[2]はこちら

オーナーシップのあるなしが物事に対する態度の違いを生む

「オーナーシップ|ownership」とは、所有権、所有者意識という意味です。そこから広く、ある物事に対する当事者意識やそれに伴う責任感を含む言葉になりました。

さて例えば、賃貸住宅と持ち家で住む意識はどう違うでしょう。下の図に示したように、賃貸に住む人の意識は、家のことについてどこか大家さんや管理会社にお任せモードになります。そして物に対しても扱いがぞんざいになりがちです。他方、持ち家の人の意識は自分の所有物ですから、家の保持に対し真剣に考えますし、扱いがていねいになります。結果的にその家は、住まう人のありようが表れてきます。このようにオーナーシップがあるかないかによって物事に対する態度の違いが生じてきます。

このオーナーシップという意識は、キャリアについても当てはめることができます。

すなわち、雇われ人意識にどっぷり浸かってしまっている人は、「自分は会社に命じられるとおりまじめに辛抱強く働くのだから、キャリアに関することは会社が面倒をみるべき」というような意識に傾きます。これは自分のキャリアがどこか借り物になっていて、まさにオーナーシップをなくしている姿です(下図)。

一方、たとえ会社員であっても、一職業人としての独立した意識を持ち、仕事を通じ、会社を舞台として自己を開発したいと強く思っている人は、キャリアを自分のものとして開拓していく姿勢になります。つまりオーナーシップがあります。

「会社人」の意識 VS 「職業人」の意識

会社員の心の内には2つの意識が同居しています。下図にあげた「会社人」の意識と「職業人」の意識です。人によって傾き具合は異なります。

端的に言えば、「会社人」の意識は、会社を基軸にして自分をそこに合わせていく構え方です。他方、「職業人」の意識は、職業・仕事を基軸にして自分を表現していく構え方になります。

「会社人」の意識に傾きすぎると、キャリア形成の主導権を会社に委ねがちになります。会社から言い渡される配属命令、業務命令に従い、能力や人脈もそれに沿った形で習得していきます。本人は真面目にそれをこなそうとしますが、基本的に能力開発やキャリア形成に対する姿勢は受け身です。キャリアの選択肢や仕事の目的はみずから創造するというより、常に組織から与えられる状態です。このことはきわめて重要なことですが、多くの会社員は意識していません。

「会社人」意識にどっぷり浸かってしまうと、そのように能力開発もキャリアパスも、そして働きがいまでも受け身で欲します。そしていつしか、組織に雇われ続けることが目的になります。それはキャリアのオーナーシップを欠いた状態だといえるでしょう。定年後に何をしていいかわからない、自分のアイデンティティを無くしてしまうといった症状は、長年、すべてを会社からお膳立てしてもらった他律的態度の結果なのです。

昭和の高度経済成長期のように、すべてが右肩上がりで将来の予測も比較的容易だった時代には、会社というクローズドな(閉じた)世界に、一人一人の従業員に対し、進むべき道筋と居場所が確保されました。会社内にキャリア形成の空間が十分にあったわけです。ですから下手にリスクを負って動き回るより、自分のキャリア形成の主導権を会社に委ねてしまい、大きな減点をせずに定年まで働いていくことが会社員の「正解」でした。

ところが、よくも悪くもこういう単純な正解のある時代はもはや過ぎ去ろうとしています。これからは、キャリア形成のゲタを会社に預けようにも預けられない時代になります。しかし働く個々人が真に自律に目覚めるためには、意味のある時代変化だといえます。

「内的基準」に従って、たくましくキャリアの選択肢をつくり出していく

キャリアのオーナーシップを発揮するとは、キャリア形成の主導権は常に自分にあり、みずからの「内的基準」に従って、選択肢をつくり出しながら道を切り拓いていくことです。「内的基準」とは、自分の内に持つ「観・律・評価軸・志向性」で、キャリアを推進するうえで羅針盤となるものです。

「内的基準」を最も満たす選択肢が会社Aであれば、そこで自分を開発していけばよい。何年か経つうちに会社Aよりも会社Bが最適とみれば、会社を移るということもある。そしてときに副業Cを持つこともあるし、学業Cとして学校に通うこともある。こういった自己開発の機会やキャリアの選択肢をいろいろとつくり出し動くのが、キャリア形成にオーナーシップを持ち、キャリアを自分ごとにしている人の特徴になります。

私はここで転職を安易に勧めているわけではありません。もし会社Aがみずからの「内的基準」にずっとかなっているなら、愛社精神を保ちながら定年まで勤めるにこしたことはありません。その間に、定年後のライフワークになるようなことをきちんとつくり出しておくことです。大事なことは、会社Aに雇われ続けることが目的としてありきではなく、さまざまな場面で常にいくつかの選択肢を持てるようにし、偶発を味方としながら、「内的基準」の方向性に沿ってたくましくキャリアの道筋をつくっていけるかです。

保身・他律が染みついた「精神の習慣」はすぐには変えられない

よくプロサッカーの試合などを観ていますと、フォワードの選手がゴール前のオープンスペース(空白の地域)にみずから切り込んで、ゴールキーパーと1対1の勝負に出ることを怖がるケースがあります。怖がった末に後ろにいる味方にパスをしてチャンスを逸してしまう。そんなとき、観客は「なんで切り込まないんだ」と叱ったり、解説者は「安易に組織的サッカーに頼ってしまう。個としての突破力がない」などとコメントを発したりします。

このことはまさに個人のキャリアにも言えます。あなたが進む職業人生には、常に眼前にオープンスペースが広がっています。未知で未開拓な可能性のスペースです。しかし、多くの人はそのスペースに、個として勇気をもって選択肢をつくり出して切り込むことを怖がるのです。

怖がった結果、ああだこうだと今いる会社の愚痴や文句を言い、そこに留まるだけになります。あるいは60歳を迎えても、一個の人間としてライフワークに献身する生活を開始するでもなく、ただ定年延長を願うだけになります。

私は40代、50代のキャリア研修を請け負うことも多いのですが、歳とともに保身・他律が染みついた「精神の習慣」は本当に頑固なもので、単発の研修では変えることが難しいと痛感します。キャリアのオーナーシップ意識やキャリアの自分ごと化の意識は、一朝一夕にできるものではなく、20代、30代からの意識構えと行動が重要です。

私が若手の方々に研修で発しているアドバイスは、決して今いる職場・会社という狭い世界に閉じこもらないこと。常に広く世界をながめ、オープンマインドに構えること。高みを目指すロールモデルを見つけて、自分もそのように行動を重ねること。会社という場は、いつかは卒業する学校のようなものであるととらえること。そのような意識と行動があれば必然的にキャリアのオーナーシップは磨かれ、職業人生が自分ごとになってくるでしょう。

「いま・ここ」からのみなさんのキャリアには、無限の可能性を秘めたオープンスペースが広がっています。そこに「自律した個」としてたくましく選択肢をつくり出していけるか、どうか怖がらずに仕掛けて下さい。

キャリア・ウェルネス 「成功者を目指す」から「健やかに働き続ける」への転換
著者:村山 昇 発行日:2021/10/29 価格:2,200円 発行元:日本能率協会マネジメントセンター

村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。
『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)をはじめ、管理職研修、キャリア開発研修、思考技術研修などの分野で企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。
GCC(グロービス・キャリア・クラブ)主催セミナーにて登壇も多数。

1986年慶應義塾大学・経済学部卒業。プラス、日経BP社、ベネッセコーポレーション、NTTデータを経て、03年独立。94-95年イリノイ工科大学大学院「Institute of Design」(米・シカゴ)研究員、07年一橋大学大学院・商学研究科にて経営学修士(MBA)取得。

著書に、『キレの思考・コクの思考』(東洋経済新報社)、『個と組織を強くする部課長の対話力』『いい仕事ができる人の考え方』『働き方の哲学』(以上、ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。