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投稿日:2020年06月15日
投稿日:2020年06月15日
コロナ禍におけるオフィス不要論は本当か?ーGoogle・Yahoo!・IBMの事例から読み解く
- 佐々木 健太
- グロービスAI経営教育研究所 主任研究員
「オフィス不要論」「オフィス消滅」という言葉を新聞やネットメディアで目にするようになった。コロナ禍が収まった後も在宅勤務(リモートワーク含む)が主流になり、オフィスは不要になるという主張である。果たして、本当にオフィスは不要になるのだろうか?筆者はそうは思わない。なぜならば、オフィスは単に社員が仕事をする場所という物理的な機能だけでなく、会社の成長に欠かせない別の重要な機能も提供しているからである。Google、Yahoo!、IBMの事例を紹介することで、その重要な機能の正体を読み解いていく。
なぜ、Googleはオフィスに多大な投資をするのか
最初に、Googleのオフィスに対する考え方の事例を紹介する。Googleは2000年代からデータ分析を基に「働く」について様々な調査・研究を行っている(結果の一部は「Google re:Work」として公開されている)。それらの調査・研究の中で、Googleの幾つかの偉大なイノベーションはオフィスでの社員同士の何気ない会話から生まれたことが分かっている。
そのため、Googleはオフィスに多大な投資をし、社員が来たくなる魅力的なオフィスにしている。結果的に社員同士の「casual collisions(何気ない出会い)」を促し、イノベーションの創出を狙っているのである。コロナ禍でもその方針は変わらず、CEOであるSundar Pichaiは2020年5月26日に社員向けに発信したメッセージで、イノベーションが生まれるオフィスを失いたくないと述べた [引用1]。つまり、Googleはオフィスをイノベーションの創出に欠かせない場所であると考えているのである。
次に、Yahoo!(現:Altaba)が在宅勤務を禁止にした事例を紹介する。Yahoo!は2013年にそれまで推奨していた在宅勤務を一斉に禁止し、オフィス勤務を必須とした。当時のCEOであるMarissa Mayerは、社員が別々の場所で仕事をするよりも全員が物理的に同じ場所にいる方が生産性が向上すると述べた [引用2]。
また、当時のHR責任者が社員に送ったメールでは、良い決断やアイデアは廊下やカフェテリアでの立ち話、それまで一緒に仕事をしたことがない人との会話やチームの中での雑談などから生まれると述べられていた [引用3]。これはGoogleのオフィスに対する考え方と相通じるものがある。
最後に、IBMが在宅勤務を禁止にした事例を紹介する。IBMはYahoo!同様に2017年にそれまで推奨していた在宅勤務を一斉に禁止し、オフィス勤務を必須とした。IBMは2009年にはグローバルで社員の40%が在宅勤務をしていると公表しており、在宅勤務ができることが同社の売りの一つであった。IBMにとってどれだけ大きな方針転換であったのかが分かる。
正式な理由は発表されていないが、Forbesの記事によれば、イノベーションや創造的なアイデアは堅苦しい会議ではなく社員同士の日常の会話から生まれるという考えが背景にあったとされている [引用4]。IBMが在宅勤務を禁止にした2017年には「Google re:Work」は既に公開されており、また、その4年前にはYahoo!が在宅勤務を禁止にした。Googleのオフィスに対する考え方やYahoo!の事例がIBMの決断に少なからず影響を与えたのは間違いないだろう。
イノベーションは、オフィスでの何気ない会話や出会いから生まれる
Google、Yahoo!、IBMの事例を踏まえると、オフィスは単に社員が仕事をするという物理的な機能だけでなく、イノベーションの創出を支えるインキュベーション的な機能も提供していることが分かる。イノベーションのような高次なものでなくても、似たような事例は身近に溢れている。仕事では直接関わりがないがオフィスに来ることで知り合った人に仕事を助けてもらった、その人のおかげで仕事をスムーズに進めることができたといった経験がある人は少なくないはずである。
もしオフィスがなくなれば、このようなインキュベーション的な機能が失われ、イノベーションが生まれづらい組織になる恐れがある。実際、コロナ禍における在宅勤務の中で、目の前の仕事を進めるために必要なコミュニケーションは取れているが、同僚との雑談や新しい人との出会いは減ったと感じている人が多いのではないだろうか。
Googleが言うところの「casual collisions(何気ない出会い)」が減っていることのあらわれであり、それは会社の成長に欠かせないイノベーションの喪失に繋がる。多くの会社は既存ビジネスがあるので、短期的な影響はあまりない。但し、中長期的には大きな負の影響があり、このコロナ禍の中でオフィスを完全撤廃する企業があるとすれば、数年後にはイノベーションの喪失に起因する問題に直面するであろう。
以上、オフィスは単に社員が仕事をする場所という物理的な機能だけでなく、インキュベーション的な機能も提供していることを示し、オフィスの必要性がこれまでと変わらないことを説明した。オフィスが不要になるのか、そうはならないのか、数年後に答え合わせができるはずなのでその時を静かに待ちたい。
引用1:https://www.blog.google/inside-google/working-google/working-from-home-and-office/
Our campuses are designed to enable collaboration and community—in fact, some of our greatest innovations were the result of chance encounters in the office—and it’s clear this is something many of us don’t want to lose.
引用2:https://distantjob.com/blog/yeah-but-yahoo-learning-from-remote-works-biggest-fail/
In the same speech, she also acknowledged that productivity is better when employees are working alone. What she wanted to encourage in Yahoo! was collaboration, and she felt that everyone being in the same place was better for that.
引用3:http://allthingsd.com/20130222/physically-together-heres-the-internal-yahoo-no-work-from-home-memo-which-extends-beyond-remote-workers/
Some of the best decisions and insights come from hallway and cafeteria discussions, meeting new people, and impromptu team meetings.
引用4:https://www.forbes.com/sites/carolkinseygoman/2017/10/12/why-ibm-brought-remote-workers-back-to-the-office-and-why-your-company-might-be-next/#59a0173b16da
We also know that face-to-face encounters are where innovation takes place. In fact, innovation is rarely the outcome of any formal meeting, and even more rarely the product of virtual meetings. Instead, creative solutions are most often the byproduct of employees having informal conversation — comparing experiences in hallways or exchanging ideas at the coffee station.
佐々木 健太
グロービスAI経営教育研究所 主任研究員
慶應義塾大学理工学部卒業、同大学大学院理工学研究科修了。
株式会社東芝、株式会社リクルート(現:株式会社リクルートホールディングス)、クックパッド株式会社を経て、グロービスに入社。グロービスAI経営教育研究所で記述式問題回答の自動採点、レポートの採点支援、振り返り文章の自動評価などの研究開発業務に従事。著書に『クックパッドデータから読み解く食卓の科学』。その他、人工知能や機械学習関連の国際学会、国内学会で発表多数。