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投稿日:2019年01月29日

投稿日:2019年01月29日

休眠預金を社会起業家が活用するために――社会の「イノベーションへの恐れ」をどう乗り越えるか?

髙原 康次
グロービス経営大学院 教員

最近、休眠預金に関するニュースをよく目にする。その扱いについて、気になっている方は多いのではないだろうか。

2016年に成立した「民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律」により、金融機関で10年以上入出金等が確認できない休眠預金等、年間約700億円程度発生する資金を、民間公益活動に活用できるようになった。その資金を一元的に管理し、社会課題に優先順位付けして資金を差配する団体が、指定活用団体だ。いわば、休眠預金等の活用における司令塔の役割を果たすことになる。

先日、その指定活用団体に申請していた4団体の中から、一般財団法人日本民間公益活動連携機構(以下、JANPIA)が選ばれた。審議委員会では別の団体が優れた評点を得ていたにもかかわらず、なぜJANPIAだったのだろうか。

詳細に公開されている審議委員会資料を読み解くと、社会起業家に求められるのは「イノベーションへの恐れ」を抱く社会にどう向き合うか、であることがわかる。

JANPIAが指定された理由

内閣府は、2019年1月の指定活用団体の選定理由に以下を挙げている(「休眠預金等活用法に基づく指定活用団体の指定について」より)。

1) オールジャパンでの取組を実効あるものとする組織運営体制であること
2) 中立・公正な組織運営や利益相反を招かない業務運営を担保すること
3) 5年後には制度の広範な見直しが行われることを前提に、地域での取組やソーシャル・イノベーションの促進等を通じ、ソーシャルセクターや国民一般から広く理解・支持が得られる取組とする

JANPIAは、手堅かった。プレゼンテーション資料からは、草の根活動支援プログラムに20億円を充てるため、革新性を追求する社会実験に充てられる資金は、年間事業予算約30億円中、10億円に満たない。また、次回の本格的な見直しが起こる次の5年間の中で、人員数は同程度とし、資金活用を拡大していく意向は明記されていない。既存の社会的な事業者にも配慮しつつ、冒険はしないプランになっている。

対照的に、審議委員会から高評価を得たみらい財団は、挑戦的だった。肯定的にとらえると、審議会の議論やパブリックコメントを踏まえ、丁寧に資料を作りこんでいることが、審議会の委員からも評価されている。一方で、4年目から予算を倍増させていく計画となっており、挑戦的・ アグレッシブなものになっているが、「実効性は未知数」「まとめきれるか懸念」といった指摘を受けている。

内閣府が手堅さを重視せざるを得ない理由

2018年3月30日付で内閣総理大臣が公表した「休眠預金等交付金に係る資金の活用に関する基本方針」では、「我が国では前例のない、いわゆる『社会実験』」と高らかに謳い「本制度では、公的制度のいわゆる「狭間」に位置するような取組や革新性が高いと認められる民間公益活動を行う団体等への支援を重視する」と明記している。

しかし、先ほどの内閣府の選定理由には、「社会実験」という言葉も「革新性(略)を重視」も見当たらない。敢えて読めば「ソーシャル・イノベーションの促進」という言葉で残っているが、言葉の重みが全く違う。

筆者は、国会で法律が2016年に成立したものの、依然、休眠預金の活用に対して国民の理解を得られていない現状の中で、政府として「社会実験」を押し通していくことのリスクを強烈に感じた結果、と読み取った。

奇しくも、KIBOW代表理事を務める堀義人が、ダボス会議2019に参加する中で、「イノベーションへの恐れ」は社会全体が考えるべき大きな問題だと述べている(参考:堀義人のダボス会議2019速報(2)「イノベーションへの恐れ」を克服する社会システムとは)。日本に限らず世界共通に、急激な社会変化に対する「恐れ」が起きているのだ。

こうした大きな流れの中で、必ずしも休眠預金を通じた社会実験を世間は歓迎していない、という現実を直視することが重要だ。「法案や趣旨や仕組みについて国民の理解が不十分」「資金を受け取る側の民間団体から制度への異論が噴出している」といったメディアの指摘もある。

「イノベーションへの恐れ」を抱く社会に、社会起業家はどう向き合うか?

依然、休眠預金等の資金提供基準が具体的にどうなるかは、指定活用団体となったJANPIAの決定を待つ必要はあるが、休眠預金等の活用について国民的理解を得られる社会起業家の登場を、今日本が待っていることは明白だ。

もちろん、かかる状況下では、社会起業家はイノベーションへの抵抗にあうだろう。「社会起業家の卵がぶつかる『想定していない壁』とは?」で記しているように、

  • Noの嵐をあらかじめ覚悟し、受け止め、その理由を丁寧に紐解いていく
  • 目的は同じでも、手段は別。Noの理由から学び、様々な解法を試す
  • 小さな成功をくり返し、エビデンスをため、味方を増やす

という地道な努力が必要だ。

その上で、味方を増やす、という点については、直接の受益者や関係者のみならず国民的理解を得る点が重要になっている。もちろん、社会起業家のみがこの難題に向き合うわけではない。JANPIAは、内閣府から指定活用団体となるにあたって「5年後の制度見直しを念頭に置き、制度の理解・支持が広くソーシャルセクターや国民一般に共有される仕組みを構築すること」を条件とされている。

啐啄同時――親鳥と雛が絶妙に卵の殻を突き合う応答的な営みで雛が孵るという意味だ。どちらか一方だけだと孵らない。休眠預金の可能性を最大限に引き出すためには、休眠預金の仕組作りに対して社会起業家が応答する。社会起業家の発信に対して、JANPIAら仕組みを作る団体が応答する。相互応答的な営みを通じてこそ、休眠預金等の活用に対する理解が醸成されソーシャル・イノベーションが促進されるはずだ。

髙原 康次

グロービス経営大学院 教員

東京大学法学部卒業/グロービス・オリジナルMBA修了

丸紅で事業開発業務に携わった後、グロービスに入社。経営人材紹介、人事、法人営業を経て、ファカルティ本部・代表室に在籍しグロービス・ベンチャー・チャレンジリーダー、一般社団法人KIBOWインパクト投資メンバー。ベンチャー支援業務・科目開発・講師育成に従事する。専門領域は、社会起業。米国CTI認定コーアクティブ・コーチ(CPCC)