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「飯、風呂、寝る」から「人、本、旅」へ―コロナで進む働き方改革(前編)

2020年07月13日

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出口 治明 立命館アジア太平洋大学 学長/学校法人立命館 副総長・理事

コロナは人々の働き方に大きな変化をもたらした。テレワークの広がりとともに長時間残業やつきあい飲み会が消えたばかりではない。組織の価値観、序列、さらにリーダー像までもが変わろうとしている――立命館アジア太平洋大学(APU)学長、出口治明氏が見つめる新たな時代の兆しとは。

コロナは自然現象に過ぎない、目先ではなく長期の時間軸で見る

withコロナが長引き、不安が募っている人が多いようです。


 出口: 今、何が起きているのか、何が問題の本質なのか、これからどんな変化が起きるのか――わからないから怖いのです。フランシス・ベーコンが言ったとおり「知識は力なり」。正しい認識を持てば漠然とした不安はなくなると思います。ホモサピエンスが誕生してから、まだたかだか20万年ぐらいですが、ウイルスは何十億年も前から地球に棲み続けてきた大先輩。しょせん、歯の立たない相手なんです。人間にはパンデミックを防ぐこともコントロールすることもできません。


ただしコロナ禍は単なる自然現象だということを忘れてはいけない。いってみれば地球規模の超弩級の台風が吹き荒れているような状態ですが、必ず終わるときがきます。マスクはこれから先も手放せないし、ソーシャルディスタンスも守り続けなければいけない」といった意見をよく耳にしますが、ワクチンや薬ができたら新型コロナはインフルエンザのようなものになる。そうなればハグし放題の時代が来るわけです。物事は短期と長期の、両方の時間軸で考えなければいけません。



―コロナによる失業不安も広がっていますが。


 出口:コロナで頭がいっぱいの「接線思考」の人が多いようですね。円の接線は、わかりますよね? 円と1つの点を共有する直線を接線と呼びますが、円が少しでも回転したらどうなります? 接線の傾きは大きく変化しますよね。人間の思考も同じで、目先の出来事に影響されやすいのです。3.11のとき、みんなは何といっていたでしょう? 「日本は地震が多いから、サプライチェーンを世界に分散しないとえらいことになる」と騒いでいましたね。それなのに今度はマスクが出回らなくなったからといって、短絡的に「中国依存のサプライチェーンを見直し、国内回帰させるべき」といい出す人たちが増えている。みんな接線思考に呪縛されているんですよ。


それに今、時間軸で考えるべきは秋入学。今、一番不安を抱えているのは高3です。来年から秋入学もやる、即ち春、秋と2回受験できるので心配は不要です、といえば、みんな安心する。今は、それだけ決めればいい。小学校から高等学校まではコロナが一服してから、5年ぐらいかけて順次調整をします、といい切ればいいのです。


それを時間軸を考えずに秋入学なら一挙に小学校からやらないと、などと画一的に考えるからせっかくの秋入学というすばらしいアイデアがつぶされてしまうのです。僕は10年以上前から、春入学は歪んだシステムだという認識を持っています。入試が厳寒期に重なるからです。これは受験生の負担が非常に大きいですよ。



―では、コロナの本質的な問題とは何でしょうか。


 出口: 3つあります。未知のウイルスに対してはワクチンも薬もないから、パンデミックが起きたらステイホームするしかない。ならば、どうやって人々に安心してステイホームしてもらうか。これが1つ目の問題です。2つ目は、ステイホームを支える医療・介護施設や流通関連企業で働くエッセンシャルワーカーのみなさんに、いかに感謝を捧げ、支援するか。3つ目は、ステイホームは仕事をしないということですが、イコール収入減となる。収入減は社会的弱者を直撃します。即ち、パートやアルバイトなど収入減に直面した人々のため、どうやって所得の再分配政策を設計し、実行するかという問題です。今、全世界が直面し、チャレンジしている本質的な問題はこの3つに尽きます。

テレワークで“おっさん文化”が廃れ、生産性が向上する

―これから起こる変化とは。


 出口:今回の騒ぎで日本社会に起きた最大の変化は、市民のITリテラシーの向上ですよね。そもそも日本社会のITリテラシーはG7の中でも最低レベル。保健所や病院、役所が手書きのコロナ発生届をファックスでやりとりしていた実態をロイターが報道し、世界中が呆れたほどです。しかし、大混乱が生じたおかげで、厚労省もようやく届け出のオンライン化に乗り出しました。企業や学校にも変化が起きています。ステイホームのおかげでどこもオンライン会議や遠隔授業を行うようになりました。


ITリテラシーが高まれば、間違いなく生産性が向上します。1970年に統計をとり始めて以来、日本の労働生産性はずっとG7最下位を続けています。年間の労働時間は正社員に限ると年2000時間台で高止まりしており、平成元年以来、ほとんど減少していません。それだけ働いても、成長率は1%にも満たない。1500時間を割り込む国も多い欧州(しかも2%成長!)などと比べ、あきらかに長い。


原因はだらだら残業、だらだら飲み会です。立派なビジネスパーソンは、上司が帰るまで勝手に帰ったりはせず、夜8時9時になっても仕事を続けるものだと思われてきた。そして上司が「おっ、こんな時間だ。飲みに行くか」といったら、「はい」と明るく返事してついていくのが礼儀であり、美風とされてきた。当然、帰宅が遅くなるから、「飯、風呂、寝る」でバタンキュー。これでは生産性が低いのも当然ですよね。



―テレワークだと、残業や飲み会につきあう必要がありませんね。


出口:その通りです。テレワークでは仕事さえ仕上げれば、極論すればあとは遊んでいてもいい。つまり、今後重視されるのは「長時間働く人が偉い」という“時間序列”ではなく“成果序列”です。今までの日本では、長時間会社に残っていることが、ロイヤルティの証であり評価の対象でした。テレワークではそうはいかないわけですから、自然とおっさん文化は駆逐されますよね。働き方改革は確実に前に進むんじゃないでしょうか。


そうなれば、女性の地位も上がるはずです。男女差別が先進国の中では最も厳しい日本社会では長らく「家事は女性がするもの」という性分業、性別役割分担が根づいていました。女性は早く帰って家事をしなければいけないので飲み会に参加できず、社内ネットワークから外されていた。だから、実力があってもなかなか幹部になれなかったのです。

リーダーを見る目は厳しくなる

出口:それからもう1つ。テレワークは能力の低いリーダーのもとでは成り立ちません。会社にいれば、部下を集めて「適当にやっておいてくれ」と号令をかけるだけで、賢い部下たちが分担して仕事を進めてくれるでしょう。でも、テレワークではリーダーが仕事の段取りを決めて、きちんと割り振らなければならない。リーダーの能力が丸見え状態になるので、自然とみんなの目も厳しくなります。合理的に仕事を進められず、「頑張ればなんとかなる」などと根拠なき精神論を振りかざす上司は淘汰されるでしょう。



―リーダーたちの振る舞いはコロナ禍以降、ますます注目されている気がします。


 出口:共通の課題に世界のリーダーがどう立ち向かっているか、みんなが注視していますよね。テレビをつければ、毎日のようにトランプ大統領とクオモニューヨーク州知事が出てくるし。日本の知事の記者会見も始終流れるから、みんな「うちの知事はしっかりしていてよかったね」「うちはあかんな」などといい合っている。



―コロナ前にはなかったことですね。


 出口:要するにリーダーというのは、サル山のボスザルのようなものなんですよ。ボスザルって、何にもないときはぶらぶら遊んでいるでしょう。普段はそれでいいんです。でも、危機においてはリーダーの決定が群れ全体の運命を握る。今後は、リーダー選びについても誰もが慎重にならざるをえないでしょう。じゃあ、優秀なリーダーを育成すればいいじゃないかと思う人もいるかもしれない。でもね、そんなのは土台ムリですよ。



―リーダーは育たない、と。


 出口:育つはずがないですよ。中学、高校で部活動していた人ならピンと来るはず。2年生、3年生になると新入生が入ってきますよね。2、3カ月も一緒に練習していれば、「この子は来年には部長になって部を支えてくれそうだ」とか「彼はちょっと無理やな」とか何となくわかるでしょう。リーダーは育てるものじゃない、見つけるものなのです。


リーダーだからといって別に人間的に偉いわけではないんですよ。リーダーとは組織の機能、1つの役割に過ぎないのだから。人間には向き、不向きがあるでしょう。みんなをまとめる能力が高い人がリーダーになるべきですよ。リーダーに向かない人がリーダーになったら本人も不幸だし、部下はもっと不幸ですよね。



―向き、不向きを見極めて適材適所の人事をすべきということですか。


 出口:それは、みなさん次第ですよね。年功や慣習にとらわれず、リーダーを選びたいと思うかどうか。あなたなら、ベテランだけれど仕事を上手に振れないおじさんと、年下だけれどメンバーの能力をよく知っていてきれいに仕事を振ってくれる上司とどちらがいいですか?



―仕事をきれいに振ってくれる若い人ですね。


 出口:わかっていますよね。そういう当たり前のことをやっていかなければいけない。ところが日本の企業では、「彼は優秀だけれど、まだ若いから」といって、別の年輩者をリーダーに据えたりするのです。年功序列は男尊女卑と同様、この国の最大のガンですよ。とはいえ、コロナによってITリテラシーが高まり、人々が合理的に物事を考える土壌がようやく整ってきた。あとは、みんながこれまでの常識を疑って行動できるかどうかにかかっていると思います。


後編はこちら

出口 治明立命館アジア太平洋大学 学長/学校法人立命館 副総長・理事

1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2013年6月より現職。主な著書に、『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『仕事に効く 教養としての『世界史』』(祥伝社)、『早く正しく決める技術』(日本実業出版社)、『部下をもったら必ず読む『任せ方』の教科書』(角川書店)、『『思考軸』をつくれ』(英治出版)、『百年たっても後悔しない仕事のやり方』(ダイヤモンド社)など。

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