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投稿日:2025年08月04日
投稿日:2025年08月04日
【GLOBIS Learning Insights】
思考の「見える化」が議論を深める。
~グロービスが「ホワイトボード」を重視する理由とは?~
- 天野慧
- グロービス経営大学院 教員
- 松永正樹
- グロービス経営大学院 教員
- 鈴木由理
- グロービス経営大学院 事務局スタッフ
こんにちは。グロービス経営大学院(以下、グロービス)事務局の鈴木です。
グロービスでは、単なる知識習得に留まらない、実践的な学びをとても大切にしています。そのため、独自の学習メソッドや仕組みを数多く取り入れています。
この連載コラムでは、教育工学やコミュニケーション学の博士号を持つお二人の教員に登場してもらい、「なぜグロービスの学び方が、”仕事で成果を出す力”の向上につながるのか?」をさまざまな角度から深掘りしていきます。
グロービスで学んでいる方にも、これからグロービスで学ぼうと思っている方にも、学習への不安や疑問を解消する一助になれば幸いです。
今回は、少し視点を変えて、グロービスのすべての教室に複数設置されている「ホワイトボード」に着目してみたいと思います。
ホワイトボードが活躍するグループワーク
グロービスの教室にあるホワイトボードは、教室の前方にある教員が使うものだけではありません。可動式の小さなホワイトボードも、教室内のあらゆるところに置いてあるのです。この可動式のホワイトボードは、グループワークに使われています。(グループワークについては、『正解のない問いに挑み、行動する力を育てる。~グロービスが「グループワーク」を重視する理由とは?~』で詳しくご紹介していますので、ぜひお読みください。)
こうしたホワイトボードを囲んでの議論は、グロービスの教室でよく見られる光景です。ただ座ってテーブル越しに話すのではなく、「発言をその場で書き出し、可視化しながら考えを整理する」のがグロービスのグループワークの特徴です。
書きながら議論を進めることで、思考の流れや論点が明確になり、全員の理解が深まる。誰かの意見が一人歩きせず、チーム全体で共通認識を持ちながら対話を重ねることができる──これもまた、学びの質を高めるための重要な工夫のひとつです。
今回も、専門的な知見を持つ教員のお二人に「なぜホワイトボードを使ったディスカッションを重視するのか?」について解説していただきます。
ホワイトボードが、思考の質を変える理由
天野慧
グロービス経営大学院教員。博士(学術)。「クリティカル・シンキング」や「ビジネス・アナリティクス」の教鞭を取る傍ら、研究基盤チームのリーダーとしてグロービスの研究戦略や制度設計を主導する。教育工学の研究拠点である熊本大学大学院教授システム学専攻の客員准教授を勤め、理論や科学的な知見を応用した効果的な学習デザインの研究及び、専門家育成に取り組んでいる。
「書く」ことが、脳の情報処理を助ける
天野:思考の「外化」という言葉をご存じでしょうか。外化とは、自分たちの頭の中にある考えを言葉や図、記号として外に書き出すことを意味します。
認知心理学者のSweller(1988)が提唱した「認知的負荷理論」によると、私たちの脳が処理できる情報の処理量には限界があります。頭の中にあまり多くの情報があると、負荷がかかりすぎてしまい、処理できなくなります。一方で、考えていることを外化して、つまり、頭にあるアイデアを外に書き出して見えるようにすることで、人間はより多くの情報を処理できるようになります。自分の頭の中にある情報をホワイトボードに書き出すことで、外部メモリーのように活用することができるのです。
Sweller, J. (1988). Cognitive Load During Problem Solving: Effects on Learning. Cognitive Science, 12(2), 257-285.
たとえば、算数の証明問題や図形問題を解いているとき、頭の中だけで考えることは難しいですよね。考えを紙に書き出すことで、たくさんの情報を扱うことができるようになり、自分の思考過程のどこに不備があるかに気づきやすくなります。
さまざまなケース(企業事例)で取り組む経営の意思決定の場面では、かなり複雑な問題を扱います。ディスカッションが進むなかで、さまざまな意見が飛び交い、情報が頭の中で処理しきれずに混乱してしまうことも少なくありません。そんなときに有効なのが、ホワイトボードを使って思考を「外化」することです。言葉や図で視覚的に整理することで、議論の流れや論点を捉えやすくなり、複雑な問題にもより落ち着いて取り組めるようになります。
ホワイトボードが「協調学習」を支えている
別のコラム『正解のない問いに挑み、行動する力を育てる。~グロービスが「グループワーク」を重視する理由とは?~』で取り上げたように、グロービスの授業で採用されているグループワークでは、意見交換しながら、グループとしてのアイデアをまとめるという流れを大事にしています。
学習者同士が意見を交わし、協力しながら課題に取り組む学びのスタイルは、「協調学習」と呼ばれています。実際のビジネスの現場では、与えられた問題を一人で黙々と解くというよりも、多様な価値観や知見を持つ人々と議論しながら、解のない課題に向き合うことが求められます。こうした実社会に近い学びを実現する手法の一つとして、協調学習は学習科学の分野でも関心を集めており、グロービスでもその考え方を授業設計に取り入れています。
協調学習の場面でも、ホワイトボードは力を発揮します。ホワイトボードにアイデアを書き出しながら議論を進めることで、自分たちの議論のどこに不備があるのかを客観的に見渡すことができます。また、メンバーのアイデアを一つの場所に集約することで、意見の相違点や共通点も確認できるので、議論を深めやすくなります。
こうした学習に慣れているグロービスの学生のみなさんは、グループで議論するには、ホワイトボードの活用が不可欠だと考えている人が多いようです。グロービスのキャンパス内にある勉強会室やラウンジにはホワイトボードが用意されており、学生のみなさんはホワイトボードを使いながら、熱い議論を交わしています。
「足場かけ」で自然に議論の力が身につく
ホワイトボードを使った議論に慣れていない方は、「ついていけるかな…」と不安に感じるかもしれません。でも、安心してください。グロービスでは、そうした方も無理なくディスカッションに参加できるように、学習科学の分野で「足場かけ」と呼ばれる仕組みを授業設計に取り入れています。
足場かけとは、自転車の補助輪のように、学びの段階に応じて適切なサポートを行い、学習者が自立して課題に取り組めるようにする工夫のこと。ホワイトボードを活用した議論にも、この考え方が活かされています。
たとえば、多くの学生が最初に受講する「クリティカル・シンキング」は、経営に関する専門知識がなくても安心して参加できる入門科目です。ディスカッション形式の授業を初めて経験するクラスメートが大半であり、教員もディスカッションの進め方やホワイトボードの使い方を丁寧にサポートしてくれます。そのため、初めての方でも安心して授業に臨むことができ、ホワイトボードを使った議論にも、少しずつ慣れていくことができます。
ちなみに、グロービスのカリキュラムは基本・応用・展開とレベル分けされています。レベルが上がるにつれて、クラスメートと喧々諤々意見を戦わせたうえで、ホワイトボードに意見交換のプロセスと結論をクリアにまとめることが求められるようになります。
このようにグロービスでは、段階的に負荷を調整しながらホワイトボードを使った議論に慣れていく設計にしています。なので、ディスカッション形式の授業に不安がある方も、無理なく学び始めることができるのです。
多様な思考が交わる場所。学びを深めるホワイトボードの力
松永正樹
グロービス経営大学院教員兼グロービス教育科学研究所副所長。Ph.D. in Communication Arts & Sciences (Pennsylvania State University)。九州大学ビジネススクール准教授、株式会社Relicプロジェクトリーダー等を経て、グロービスに着任。2021年Academy of Management Best Papers Award(Organizational Behavior Division)をはじめ、学会賞・論文賞受賞多数。『Employee Uncertainty over Digital Transformation』(Springer Nature)著者。個人事業主としてコンサルティング活動も行っており、アントレプレナーシップ教育スタートアップのタクトピア株式会社アドバイザリーを務める。
思考のクセ(認知スタイル)の違いが、学びを豊かにする
松永:こんにちは。ここからはコミュニケーション学や人間科学の観点から、ホワイトボードの活用がいかに学びの豊かさを生み出すことにつながっているかを考えていきましょう。何かを考えたり議論したりしているときにその内容をホワイトボードに書き出すことは、一人で思索を深めるうえでももちろん効果的です。私の知り合いにも、自室に小さなホワイトボードを置いていて、アイデアを考えるときにはまずそこに思いついたことを書き出すという人がいます。思考が整理されて、ただ腕組みして沈思黙考するだけでは思いつかないような発想が生まれやすいそうです。
ただし、ホワイトボードの真価は、グループでボードを囲んで、ああでもないこうでもないと議論をしているときにこそ発揮されます。
なぜなら、ヒトという生き物が非常に多様性に富む存在だからです。ここでいう多様性とは、年代や国籍といった属性的なものだけでなく、心理特性や思考のクセ――学術的には「認知スタイル」と呼ばれるもの(Kozhevnikov, 2007)――などの心理的な特徴も含みます。たとえば、ある問いに対して、パッとすぐに結論がひらめくタイプの人もいれば、まず前提をふまえてからじっくり考えをまとめていくほうが好きだという人もいますよね(認知スタイルの重要性については、別稿『「学び方」が変われば、成長スピードが変わる。〜グロービスがケースメソッドと隔週の授業にこだわる理由とは?〜』もぜひご覧ください)。
Kozhevnikov, M. (2007). Cognitive styles in the context of modern psychology: Toward an integrated framework of cognitive style. Psychological bulletin, 133(3), 464-481.
そして、ここが大事なポイントなのですが、すぐに答えがひらめく人のアイデアが、じっくり考えを深めて結論を導き出した人のアイデアよりもすぐれているとは限りません(もちろん、だからといって劣っているとも限りませんが)。しかし、先生が「この問題、わかる人?」と問いかけて最初に手を挙げた生徒に答えさせる、あるいは、制限時間が定められた試験でいかに効率的かつ正確に答えを出すかを求められる…そんな教育の影響かもしれませんが、実際には、「パッと答えを出せる人=頭がいい人」と見られる傾向がビジネス現場においてすら、まま見受けられます。
だけれども、上記の通り、与えられた問いに対して即座に、立て板に水を流すようにスラスラと述べられた答えが必ずしも正鵠を射たものであるとは限りません。むしろ、拙速に出された答えに、周囲が引きずられることで重要な前提を見逃したり、ロジックに穴がある結論に飛びついてしまったりすることもあります。
ホワイトボードは、思考とコミュニケーションの多様性を受けとめるプラットフォーム
「ホワイトボードに思考を書き出す」というステップを踏むことによって、そうしたリスクを抑えることができます。
口頭で議論するだけだと、どうしても「パッと答えをひらめく」タイプの人が主導権を握りがちになります。その結果、せっかく「じっくり思索を深める」型の人がテーマの核心に迫る洞察や問いを温めていたとしても、彼女ないし彼が発言の機会を得る前にトピックが移り変わってしまったりする。そうなると、その場の議論をさらに深めるチャンスは失われてしまいます。最悪の場合、表層的な思いつきの応酬ばかりが繰り返され、一見活発な議論が交わされているようでいて本質的な部分は何も明らかにされないまま、という事態に陥りかねません(会社でそんな会議に居合わせたことがある、という方もおられるのではないでしょうか?)。
一方、ホワイトボードを活用すれば、「パッとひらめく」タイプの人たちが出した意見を他の人が書きとめ、それを眺めながらじっくり考えた人がさらにアイデアを追加するなど、重奏的な形でディスカッションを進めやすくなります。それによって、議論を深めやすくなるだけでなく、その場にいるメンバー同士が互いの強みを活かし合えるというメリットも生まれます。
たとえば、即興的に意見を出すのは得意だけど物事を俯瞰して考えるのは苦手という人は、構造化が得意な人が、アイデアを整理して書き出してくれることでディスカッションの全体像をとらえやすくなるでしょう。自分のペースで思索を深めたい長考派の人は、ホワイトボードという「いつでも自由なタイミングで、意見を受けとめてくれるプラットフォーム」があれば、考えがある程度まとまったところでそれを書き込み、「ちなみにこんなことを考えてみたんだけど…」とグループメンバーに声を掛けるという戦略がとれるようになります。
多様な視点に触れ、自分の思考に揺さぶりをかける
グロービスでは、単なる直感や既存のフレームワークに沿って素早く効率的に答えを出すこと以上に、さまざまなアプローチを駆使して考え抜くことを大切にしています。もちろん即座に自分の意見をまとめて躊躇せずにそれを口にできる能力は、ビジネスパーソンとして大きな強みになります。しかし、物事の本質に迫る道は多様です。独りよがりの「無双」状態で悦に入るのではなく、異なる経験やバックグラウンド、そして認知スタイルを持つクラスメートと意見をぶつけ合いながら議論を深める。そんな対話と熟考を行ううえで、ホワイトボードはきわめて重要なツールとして機能します。
ビジネススクールでのディスカッションに限らず、物事をどのような観点からとらえ、アイデアをどのような形でアウトプットするか、あるいは、どのように話し合いを進めるか…こうした「気風」は、じつは組織によって大きく異なります。そして、そういった自社特有の気風には、職場の同僚や付き合いの長い取引先関係者とコミュニケーションしているだけは気づくことができません。言い換えると、自分が当たり前と思っている議論の進め方で見逃しやすいポイントや陥りやすい隘路、あるいは自社の気風が持つ独自の強みを可視化するためには、普段の環境では接することのない、異質な他者と議論することが不可欠です。
グロービスの在校生は2,000名を超えています。卒業生も含めるとその数は、2025年6月の本稿執筆時点で12,140名(https://mba.globis.ac.jp/feature/community/)。日本最大のビジネススクールということは、最も多様なクラスメート(そして、卒業生である先輩たち)に出会えるのがグロービス経営大学院なのです。最近は、営業・企画系の職種の方や経営層だけではなく、エンジニアやデザイナー、弁護士や会計士、医師などの専門職、オリンピアンやJリーガーなどのアスリートの方々も学びに来ています。そうした多様な仲間たちとの学びの機会を最大化するための、シンプルだけれども決して欠かすことのできない「思考とコミュニケーションのプラットフォーム」として、ホワイトボードは今日も静かに教室で学生の方々がやってくるのを待っています。
まとめ
鈴木:ホワイトボードを囲み、仲間と対話を重ねながら、考えを深めていく。グロービスのキャンパスを覗くと、こんな光景が当たり前のように目に入ってきます。もちろん、オンラインクラスでもホワイトボードに替わるツールを駆使して、同じように議論が繰り広げられています。
考えていることを「見える化」することで、複雑な情報が整理され、議論が空中戦で終わることなく、より深い理解につながっていく。そして、一人では気づけなかった視点や、一人では導き出せなかった答えに出会える。 それが、グロービスが「書きながら学ぶ」ことを大切にしている理由なのですね。
正解のない課題に向き合う日常のなかで、仲間と対話しながら、最適解を見出す力を育てたい。そんな想いを持つ方にとって、グロービスはその力を磨く貴重な場になるはずです。
天野慧
グロービス経営大学院 教員
グロービス経営大学院教員。博士(学術)。「クリティカル・シンキング」や「ビジネス・アナリティクス」の教鞭を取る傍ら、研究基盤チームのリーダーとしてグロービスの研究戦略や制度設計を主導する。教育工学の研究拠点である熊本大学大学院教授システム学専攻の客員准教授を勤め、理論や科学的な知見を応用した効果的な学習デザインの研究及び、専門家育成に取り組んでいる。
松永正樹
グロービス経営大学院 教員
グロービス経営大学院教員兼グロービス教育科学研究所副所長。Ph.D. in Communication Arts & Sciences (Pennsylvania State University)。九州大学ビジネススクール准教授、株式会社Relicプロジェクトリーダー等を経て、グロービスに着任。2021年Academy of Management Best Papers Award(Organizational Behavior Division)をはじめ、学会賞・論文賞受賞多数。『Employee Uncertainty over Digital Transformation』(Springer Nature)著者。個人事業主としてコンサルティング活動も行っており、アントレプレナーシップ教育スタートアップのタクトピア株式会社アドバイザリーを務める。
鈴木由理
グロービス経営大学院 事務局スタッフ
グロービス経営大学院事務局スタッフ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、大手広告代理店にてメディアプランナーや営業として勤務。その後、一次産業に関わるスタートアップに転職し農産地のマーケティング支援などを行う。教育を通じた社会貢献に関心を持ち、2024年からグロービス経営大学院にて事業企画を担当。