GLOBIS Articles

  • テクノベートMBA
  • エグゼクティブMBA

投稿日:2025年08月04日

投稿日:2025年08月04日

【GLOBIS Learning Insights】
「学び方」が変われば、成長スピードが変わる。
〜グロービスがケースメソッドと隔週の授業にこだわる理由とは?〜

天野慧
グロービス経営大学院 教員
松永正樹
グロービス経営大学院 教員
鈴木由理
グロービス経営大学院 事務局スタッフ

こんにちは。グロービス経営大学院(以下、グロービス)事務局の鈴木です。

グロービスでは、単なる知識の習得にとどまらず、実務で“使える学び”をとても大切にしています。そのため、独自の学習メソッドや仕組みを数多く取り入れています。

この連載コラムでは、教育工学やコミュニケーション学の博士号を持つ二人の教員にご登場いただき、「なぜグロービスの学び方が“仕事で成果を出す力”の向上につながるのか」を、さまざまな角度から掘り下げています。

読者の皆さんの中には、「ビジネススクールに興味を持ち始めたばかり」という方から、「実際に受講を検討している」という方まで、さまざまな立場の方がいらっしゃると思います。そして、こんな疑問を感じたことはありませんか?

  • ケース(企業事例)って、結局は過去の出来事でしょ?今の仕事に本当に役立つの?
  • 自分の業界とは違うケースで、学べることってあるの?自分の成長につながるの?
  • ビジネスに関する知識は得られるかもしれないけど、思考力や行動力まで鍛えられるの?

こうした不安や疑問は、「本気で成長したい」と願うからこそ生まれるものだと思います。そして私たちも、その声にきちんと向き合いたいと考えています。

今回のコラムでは、グロービスが重視する「学び方」に焦点を当て、先ほどの問いに対するヒントをお届けします。テーマは、「なぜグロービスはケースメソッドを採用しているのか?」そして「なぜ隔週で授業を開講しているのか?」です。

学び方を変えれば、仕事の成果も変わる。その可能性をぜひこのコラムで確かめてみてください。

仕事で成果を出せる人は、経験からどう学んでいるのか?

天野慧

グロービス経営大学院教員。博士(学術)。「クリティカル・シンキング」や「ビジネス・アナリティクス」の教鞭を取る傍ら、研究基盤チームのリーダーとしてグロービスの研究戦略や制度設計を主導する。教育工学の研究拠点である熊本大学大学院教授システム学専攻の客員准教授を勤め、理論や科学的な知見を応用した効果的な学習デザインの研究及び、専門家育成に取り組んでいる。

経験を成長に変える鍵は、経験を「構造化する力」

天野:人は日々の経験を通じて、さまざまなことを学びながら生きています。教育心理学の分野では、「経験からの学び」がどのように深まっていくのかを説明する理論として、デイヴィッド・コルブ(David A. Kolb)によって提唱された「経験学習理論(Experiential Learning Theory)」が知られています。この理論によれば、学びは次の4つのプロセスを循環することで深化するとされています。

  • 具体的な経験をする
  • その経験を多様な視点から振り返る(内省的観察)
  • 得られた教訓を言語化・抽象化する(抽象的概念化)
  • 新たな状況で試す(能動的実験)

ビジネスパーソンは日々、問題解決や意思決定といった複雑な状況に直面しながら、仕事に取り組んでいます。こうした環境の中では、仕事の中で得た経験を振り返り、そこから学びを抽出し、次の行動に活かすという「経験学習のサイクル」を意識することが、継続的な成長につながります。

とはいえ、経験さえあれば自然に学びが生まれるとは限りません。近年の研究では、経験から効果的に学びを得るには、経験そのものを「構造化」することが重要であると指摘されています。ここでの「構造化」とは、場当たり的にものごとを受動的に体験するのではなく、その過程で何を得たいのかというゴールを決め、その達成状況をモニタリングしながら進めるという、成長に向けた意図的な行動を意味します。

しかし実際には、自分で適切なゴールを設定したり、自分の状況を客観的に振り返ったりするのは簡単ではありません。この過程には、他者からの働きかけ(たとえば、目標設定の支援やフィードバックの提供など)が欠かせません。経験からの学びを確かなものにするには、質の高い問いやアドバイスを与えてくれる他者と関わる環境を整えることが鍵となるのです。

参考文献: リー・リンゼイ、ナンシー・バーガー(2016)「経験を用いたアプローチ」C・M・ライゲルース(編)、鈴木克明、林雄介(監訳)『インストラクショナルデザインの理論とモデル』北大路書房、京都、pp127-154

こうした「経験の構造化」を支える手段として有効なのが、グロービスの授業で採用している「ケースメソッド」と呼ばれる学習法なのです。

他者との対話を通じて、現場経験を超えた視点と実践知を得る

ケースメソッドは、実際のビジネスにおける意思決定の場面を描いたケース(企業事例)をもとに、登場人物の立場になって「自分ならどうするか」を考える学習法です。自分では経験したことのない立場や状況を仮想的に追体験することで、問題解決や意思決定の力を実践的に鍛えることを狙っています。

たとえば、営業の最前線を担うビジネスパーソンが経営層の視点で意思決定を行う機会は限られていますし、これまでの職務経験の範囲を超えて異業種・異職種の視点を持つことも容易ではありません。ケースメソッドでは、そうした普段触れることのない視点や状況に身を置くことで、自身の枠を超えて物事を捉える視座を養い、ビジネスをより俯瞰的かつ戦略的に考える力が育まれていきます。

さらに、授業でのディスカッションを通じて、他の学生がどのようにケースを読み解き、どのような前提や価値観に基づいて意思決定を下すのかを知ることができます。たとえば、自分が「こう考えて意思決定した」と述べた際に、「自分ならこういう情報も加味する」といったフィードバックを受けることで、思考の幅が広がることがあります。また、自分が苦悶しながら考えていた課題に対して、他の人が全く異なる切り口から迷うことなく判断していることを知ることで、実践的なヒントを得ることもあるでしょう。

また、授業で得られた気づきは、自分の業務に引き寄せて考えることで、初めて実践知として活きてきます。たとえば「自分の職場ならどう応用できるか」「次の会議で何を提案してみようか」といった具体的な場面を想定することで、学びが行動につながります。こうした内省的な営みは、ケースメソッドの学びを単なる思考訓練にとどめず、自分の仕事や現場の課題と結びつけて実用化するうえで不可欠です。

さらに、授業外でも、学生同士の対話を深める多様な機会が意図的に設けられている点も、グロービスの大きな特長です。学生が自主的に開催する勉強会をはじめ、授業前後のやり取りや懇親会、さらには1年間毎に「振り返りセッション」が開催されるなど、他者の視点に触れ、自らの考えを再解釈するプロセスが随所に組み込まれています。これらの場で得られる対話は、内省を促し、思考の枠組みを広げていくうえで大きな支えとなります。

このように、授業での議論を起点に、自らの実務と照らし合わせて考える営みと、他者との対話によって思考を深化させていくプロセスの双方が体系的に設計されている点において、グロービスのケースメソッドは、単なる知識の習得にとどまらず、思考力と判断力を実務に直結させる優れた学習法だといえるでしょう。

リーダーの「思考と行動」を支える学習デザイン

松永正樹

グロービス経営大学院教員兼グロービス教育科学研究所副所長。Ph.D. in Communication Arts & Sciences (Pennsylvania State University)。九州大学ビジネススクール准教授、株式会社Relicプロジェクトリーダー等を経て、グロービスに着任。2021年Academy of Management Best Papers Award(Organizational Behavior Division)をはじめ、学会賞・論文賞受賞多数。『Employee Uncertainty over Digital Transformation』(Springer Nature)著者。個人事業主としてコンサルティング活動も行っており、アントレプレナーシップ教育スタートアップのタクトピア株式会社アドバイザリーを務める。

不安に立ちすくむか、自ら決めて動くか

松永:こんにちは。ここからは、コミュニケーション学や組織行動論の観点から、「なぜグロービスが、ケースメソッドを用いているのか」また、「なぜ隔週ペースで授業を展開しているのか」について考えたいと思います。

今日のビジネス環境において、「これさえやっていれば間違いない」という明確な正解が存在する局面は非常に少なくなっています。断片的な情報を手がかりにして仮説を組み立て、自分なりの判断基準に照らして意思決定を行う。これは、現代のビジネスリーダーに求められる基本動作です。

正解がみえない中で、限られた情報をもとに決断することには不安がつきまといます。言い換えると、不安と不確実性にいちいち狼狽(うろた)えていては、リーダーとしての役割を果たすことはできません。グロービスの授業スタイルは、この「不安をマネジメントする力」を身につけるための仕掛けとしてデザインされています。

コミュニケーション学には、不安と不確実性に関する心理的プロセスと対処法を構造化した『TCUM(Theory of Communication & Uncertainty Management; Brashers, 2001)』という理論があります。TCUMでは、ヒトは自分の不安と向き合いつつ、不確実性のもとになっているアイデアや課題について他者とコミュニケーションを交わし、そこで浮かび上がってきた仮説を実践の中で検証することによって、より効果的な意思決定と問題解決のための力を身につけることができるとされています。

Brashers, D. E. (2001). Communication and uncertainty management. Journal of communication, 51(3), 477-497.

不確実な未来を前に、“ワクワクできる自分”になる

グロービスの授業で用いられるケース(企業事例)には、あえて部分的な情報しか記載されていません。これは、ビジネスの現場において意思決定者が、全ての情報を客観的かつ網羅的に把握することはできないからです。TCUMによると、そうした不確実性が高い状況下では、ヒトは無意識のうちに「自分はこの状況に向き合うべきか、それともここから逃れるべきか?」と自問します。そして、不安に向き合うことに慣れていない人ほど、「これは自分の手には負えないし、考えたところで時間のムダだ」と、問題解決に取り組むことを放棄してしまいがちです。新規事業開発やDX推進など、不確実性が高い取り組みでは、この心理的メカニズムが障壁となってせっかくのビジョンが画餅に帰すことも少なくありません。

しかし、不確実性に向き合うことが例外ではなく、むしろ当たり前になってくると、ヒトの思考は「不確実性からいかに逃れるか」から「どうすれば、不確実性が高い環境の中でより良い意思決定ができるか」に切り替わっていきます。某国民的マンガの主人公ではありませんが、不確実な状況におかれたときに、焦ったり思考停止したりするのではなく、むしろ「ワクワクしてきたぞ」という感覚で前向きに情報処理ができるようになっていくのです。

経営理論やフレームワークをいくら覚えたところで、このような境地に達することはできません。もちろん、大きな不確実性の中で意思決定を迫られるような実務経験を重ねることができれば、同様の、あるいはそれ以上の成長を得ることはできるかもしれません。しかし、組織内で相応のポジションに就かない限り、それほどの修羅場に遭遇する機会は限られているのが現実ではないでしょうか。一方、ケースを用いた数多くの授業で議論を重ねれば、そこまでの職位を得るよりもずっと短い時間で、自らの不安をマネジメントして意思決定を行うスキルを鍛えることができます。

学んで、試して、また学ぶ。隔週という設計が、実践知を育てる

続いて、「なぜグロービスでは、授業の間に2週間のインターバルを設けているのか」について、考えていきましょう。多くのビジネススクールが毎週授業を行う中で、グロービスが隔週開催を採用しているのには、明確な意図があります。それは、「学びを教室の中だけで完結させず、実務に持ち出して検証し、また教室に持ち帰る」というサイクルを回すためです。

ビジネススクールでの学びは、実務の現場で活かされてこそ意味があります。教室で得た知識や気づきを実際の行動や意思決定に結びつけてはじめて、それが“使える学び”として価値を持つのです。しかし、ヒトは新しい知識や視点を得ても、日常の忙しさの中ですぐに忘れてしまいがちです。その忘却に抗い、学びを実践と結びつける“時間的ゆとり”として設計されているのが、隔週の授業間隔なのです。

たとえば、授業で「こういう判断軸が仕事で活かせそう」と気づいたなら、それを次の2週間の中で実際の会議や上司・同僚の意思決定に照らして観察したり、自分の言動に試しに取り入れてみたりできます。そして、試したからこそ浮かび上がる疑問や違和感、あるいは新たな発見を、クラスメートと共有し、言語化し、再構成する。その往還によって、学びは知識として定着するだけでなく、“使える知恵”へと進化していくのです。

仮にすぐに自分が当事者となる場面がなくても、他者の意思決定プロセスやチーム内の議論など、観察と応用のチャンスは日常に溢れています。隔週というリズムは、「学ぶ → 試す → 考える → もう一度学ぶ」という一連のプロセスを、無理なく自然に生活と接続させるための設計なのです。

この学びの循環をさらに加速させるのが、授業と授業のあいだに学生たち自身で開催する勉強会です。実務で試してみたこと、観察したこと、気づいたことを仲間と率直に語り合う中で、自分では気づけなかった視点や改善のヒントを得ることができます。「この考え方は自分の現場では通用しなかった」「こんなふうに応用したらうまくいった」といったリアルな経験の共有は、実践と理論のズレを補正し、自分なりの方法論をブラッシュアップするきっかけになります。

このように、隔週の授業スケジュールは、単に余裕をもたせた設計ではなく、教室と現場の間に“学びを発酵させる時間”を意図的に挟み込んでいるのです。だからこそ、独習では得られないスピードと深さで、思考力や行動力を高めていける。それが、グロービスが隔週で授業を開講している最大の理由です。

まとめ

鈴木:今回のコラムでは、グロービスがケースメソッドを採用している理由、そして授業を隔週で開講している意図について、教育工学とコミュニケーション学の視点からお話を伺ってきました。

お二人の話から見えてきたのは、ケースメソッドが単なる過去事例の分析にとどまらず、自分の経験と重ねながら問いを立て直し、思考の軸を鍛える場になっているということです。異なる立場や業界のケースを扱うからこそ、自分の思い込みに気づき、新たな視点が開かれていく。まさに「他者の経験から学ぶ力」を育む仕掛けなのですね。こうした力が身につくと、日々の職場の経験からも学びを得られるようになり、成長のスピードがぐっと上がることにも納得がいきました。

また、隔週という授業サイクルも、知識を「使える学び」へと変えていくための重要な設計だと改めて実感しました。授業と実務のあいだに意図的なゆとりを持たせることで、気づきを現場で試し、そこで得た発見を再び学びに持ち帰る。この循環が、思考を深め、行動を変えていくのですね。

学びを仕事の成果につなげるには、「何を学ぶか」だけでなく、「どう学ぶか」を考えることも欠かせませんね。今回のコラムが、皆さんにとって“自分に合った学び方”を考えるきっかけになれば嬉しく思います。

天野慧

グロービス経営大学院 教員

グロービス経営大学院教員。博士(学術)。「クリティカル・シンキング」や「ビジネス・アナリティクス」の教鞭を取る傍ら、研究基盤チームのリーダーとしてグロービスの研究戦略や制度設計を主導する。教育工学の研究拠点である熊本大学大学院教授システム学専攻の客員准教授を勤め、理論や科学的な知見を応用した効果的な学習デザインの研究及び、専門家育成に取り組んでいる。

松永正樹

グロービス経営大学院 教員

グロービス経営大学院教員兼グロービス教育科学研究所副所長。Ph.D. in Communication Arts & Sciences (Pennsylvania State University)。九州大学ビジネススクール准教授、株式会社Relicプロジェクトリーダー等を経て、グロービスに着任。2021年Academy of Management Best Papers Award(Organizational Behavior Division)をはじめ、学会賞・論文賞受賞多数。『Employee Uncertainty over Digital Transformation』(Springer Nature)著者。個人事業主としてコンサルティング活動も行っており、アントレプレナーシップ教育スタートアップのタクトピア株式会社アドバイザリーを務める。

鈴木由理

グロービス経営大学院 事務局スタッフ

グロービス経営大学院事務局スタッフ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、大手広告代理店にてメディアプランナーや営業として勤務。その後、一次産業に関わるスタートアップに転職し農産地のマーケティング支援などを行う。教育を通じた社会貢献に関心を持ち、2024年からグロービス経営大学院にて事業企画を担当。