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投稿日:2020年12月04日
投稿日:2020年12月04日
大企業のバウンダリースパナーに求められる要件 #4
- グロービス卒業生
- 副島 雄介/刑部 真奈/東方田 悟司/竹内 史典
- 垣岡 淳
- グロービス経営大学院 教員
バウンダリースパナーとは、提携、M&Aなど、企業・組織同士の関係が複雑化していく中で、「境界を越えて組織/個人をつなぎ、縦横無尽に組織行動に影響を及ぼす者」として、近年重要視されている役割です。全5回の連載で、特に大企業において、なぜバウンダリースパナーが重要視されているのか、バウンダリースパナーはどのような行動を取るのか、どういった要件を満たしているのか、具体的な事例を元に解明をしていきます。(第4回)
■バウンダリースパナーが直面する難所とその乗り越え方
前回まで、バウンダリースパナーがどのように境界課題を克服し、イノベーションを加速させて事業変革を成し遂げるのかを見てきました。境界課題の現れ方は取り巻く社外・社内の環境によりますが、バウンダリースパナーとしての行動の再現性を高めるために、この第4回では実例から共通項を導き出し、要件を体系化していきます。
まず、第3回でも見たように事業変革にはステップ(フェーズ)が存在します。今回、整理のために以下のように定義しました(『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』(グロービス経営大学院 著、ダイヤモンド社)の「変革創出のための3段階」を元に加筆)。
(1) 戦略立案フェーズ:取り巻く環境を認識し、事業変革による市場機会を特定し、あるべき姿を構想する計画段階。
(2) 意思決定フェーズ:事業変革の実行計画に対して、客観的・主観的な視点での意思決定・承認を得る段階。
(3) 実行・定着フェーズ:主体的に行動し、周囲を巻き込みながら、資源を調達して計画を実行して、成果をスケールする段階。
それぞれのフェーズにおける難所は、これまでの実例でも触れてきましたが、改めてまとめると、以下のように整理できます。
境界課題とその克服の仕方は各フェーズで異なってきます。第3回の実例のように、(1)戦略立案フェーズでは、「必要なメンバー(エンジニア・営業マン)を予め巻き込むこと」がポイントでした。一方、(2)意思決定~(3)実行・定着フェーズでは、予測可能な境界課題をいかにプロアクティブに対処しておけるか、予測不可能な境界課題をいかにスピーディーに解決できるか、がポイントでした。
では、そのポイントを実現するために、バウンダリースパナーが持つべき要件とは、一体どのようなものなのでしょうか。
■バウンダリースパナーの要件の体系化~3つの視点~
要件を考えるための、3つの視点を以下のように分類します。
(1)行動:バウンダリースパナーは何をしているのか?
(2)能力:バウンダリースパナーは何を持っているか?何を知っているか?
(3)意識:バウンダリースパナーとはどんな人か?
この分類は「氷山モデル」とも呼ばれています。第三者からは行動の部分しか見えませんが、「行動=能力×意識」と表現されるように、実際には当事者の能力と意識が元となって現れているものです。したがって、バウンダリースパナーの要件を氷山モデルを用いて体系化することで、その行動からバウンダリースパナーがどのように境界課題を克服しているのかを学習し、その行動を取るために必要な能力と意識を高められるため、習得・再現が可能となります。
■バウンダリースパナーの要件の体系化~具体的な要件整理~
今回、従業員1000人以上の大企業に勤務し、過去に事業変革に取り組んだことがある社会人(16名)へヒアリングを行った実例を元に、その要件を体系化すると以下のように整理ができます。
<行動>
(1) 戦略立案フェーズ
・試しに挑戦:イノベーションのアイデアを元にプロトタイプの作成やテストマーケティングを進めます。これによって、アイデアが具現化され、リアリティが出るため、周囲を巻き込む動機づけを図ることができます。(例.実験室のお遊びからスタートし、トライ&エラーを重ねる。)
・したたかに架橋:先々のフェーズでコンフリクトが予見される他社・関連部門・関係者のキーパーソンに対し、理と情、公式と非公式を使い分けて信頼関係を構築しておくことで、コンフリクトを緩和することができます。(例.上長から信頼されている同僚を巻き込み、事業計画を策定・インプットする。)
・こっそり借用:非公式に「試しに挑戦」、「したたかに架橋」のための、リソースを借用することで、このフェーズにおける境界課題を回避することができます。(例.新しい戦略が実行フェーズで機能するかどうか、非公式な関係を用いて実行部隊の長に予めヒアリングし、ブラッシュアップする。)
(2) 意思決定フェーズ
・ファン層の獲得:イノベーションのアイデアを、公式・非公式の場で、顧客・社内に紹介し、認知度を獲得します。これにより、意思決定者の、承認に対する心理的ハードルを下げることができます。(例.予め取締役に概略をインプットして了承を得ることで、レポートラインである課長や部長の意思決定を引き出す。)
・関連部署のマッサージ:意思決定者のところに小まめに顔を出して内容を少しずつインプットしておき、かつ関連部署のキーパーソンから意思決定者に、事前に根回しをしてもらっておくことで、意思決定者の承認に対する心理的ハードルを下げることができます。(例.定例会や、直接案件とは関係のない雑談の場で小まめに報告しておくことで、概要・シナリオを意思決定者、もしくは関連部署のキーパーソンにインプットしておく。意思決定者の側近にオフの場で会う機会を作って信頼関係を築き、意思決定者に事前説明・根回しをしておいてもらうことで、意思決定者の唐突感を和らげる。)
(3) 実行・定着フェーズ
・人たらし:丁寧にかつ慎重に、フォロワーのケアを行うことで、実行時の既存の事業・組織の反発を防ぐことができます。(例.懇親会を重ね、トップからボトムとの距離感を縮め、何でも言ってくれる人間関係を形成。現場の状況をいち早く・正確に把握できるようにする。)
・裏方を演じる:フォロワーを主役にすることで、現場の成功体験を増やし、実行・定着のレバレッジ効果を生みだすことができます。(例.特許を敢えて複数名で取得する。)
このように、実際のヒアリングから、戦略立案、意思決定、実行・定着の各フェーズで特徴的な行動要件が浮き彫りになりました。一方、能力・意識については、ヒアリングの結果、以下のように共通した要件を持っていることがわかりました。
<能力>
・経営視点・知識/論理的思考力:事業変革を行う上での、経営の「理」に関する基礎知識。(ビジネスモデル変革/イノベーション/新規事業立ち上げの一般論への理解、アイデア~市場機会~定量化の論理構築力など。)
・社内力学の理解:社内規則/文脈/力学/政治への理解。キーマンの見極め。
・行動心理学:ヒトを動かすための、パワーと影響力の理解と実践力。
<意識>
・逆算思考:ゴールから逆算して行動する思考プロセス。
・信頼の貯金を稼ぐ:日々の行動から信頼を得ようとする心掛け。(例.メールは24時間以内に返す、常に誠実に対応をする。)
バウンダリースパナーのこれらの行動要件を理解した上で、その行動を取るために必要な能力と意識を高めることができれば、大企業のミドル/ボトム層の従業員であっても、イノベーションを加速させ、事業変革を成し遂げることができます。
では、最後に、その必要な能力と意識を高めるには、具体的にどうすれば良いのでしょうか。次回の最終回では「バウンダリースパナーを育成するためには?」という問いに対して考えてみます。
関連記事はこちらから。
第1回:大企業のイノベーションを加速するバウンダリースパナー
第2回:バウンダリースパナーが直面する境界課題
第3回:バウンダリースパナーが境界課題を先読みしてイノベーションを加速する
第4回:大企業のバウンダリースパナーに求められる要件
第5回:バウンダリースパナーの育成方法とコロナ禍における変化
グロービス卒業生
副島 雄介/刑部 真奈/東方田 悟司/竹内 史典
副島 雄介:グロービス経営大学院2019年卒業。
大手通信事業者のグループ企業に勤務。
データセンターのセールスエンジニアリングチームのマネージャーとして、専門領域が異なるスタッフをまとめ、ソリューション営業を推進中。
刑部 真奈:グロービス経営大学院2019年卒業。
生活関連サービス業に勤務。
直営店事業責任者、エリアマネジャー、営業推進担当を経て、現在はWebの運用を担当。
東方田 悟司:グロービス経営大学院2019年卒業。
大手電機メーカーに勤務。
再生可能エネルギーの研究開発・海外営業・商品企画を経て、現在ベンチャー企業との協業を推進中。
竹内 史典:グロービス経営大学院2019年卒業。
大手電機メーカーに勤務。
材料技術部門の技術開発職を経て、現在は電子部品事業部門で商品企画を担当。
垣岡 淳
グロービス経営大学院 教員
関西学院大学商学部卒。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了(修士:経営学)、大阪産業大学大学院経営・流通学研究科博士後期課程修了(博士:経営学)
学部卒業後、大手食品メーカー入社。大手流通小売企業を対象とした営業部門のラインとスタッフを経験。その後大学院を経て株式会社日本総合研究所入社。コンサルティング部門にて消費財/生産財のメーカー及び商社、情報サービス/通信、流通小売、サービス等、幅広い顧客を対象に経営戦略・マーケティングを中心とした調査・コンサルティング活動に従事。
現在は複数の企業の経営アドバイザリーとして活動する傍ら、グロービスにおいてマネジメント・スクールや企業研修での講師を務める。複数の大学における非常勤講師、大阪産業大学客員教授(産学連携担当)などを歴任。各種セミナーにおける講演、雑誌等への寄稿も多数。