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投稿日:2018年10月22日

投稿日:2018年10月22日

出口治明が説く「これからの時代を生き抜く力」

出口 治明
立命館アジア太平洋大学 学長/学校法人立命館 副総長・理事

あすか会議2018
第5部分科会B-1「歴史に学ぶ“テクノベート時代を生き抜く力”」
(2018年7月7日開催/国立京都国際会館)

<全文書き起こし>

出口治明氏:みなさん、こんばんは。今、立命館アジア太平洋大学(APU)の学長をしているんですが、どんな大学かといえば、小さい地球、若者の国連と考えてください。山の上に約6,000人の学生がいて、3,000人が世界90の国や地域から集まってきています。1回生は原則ぜんぶ寮に入ります。2人で1部屋を使っていて、日本人と外国人が一緒に住んでいます。外国人は秋入学で英語で入ってくるので当然日本語は全くできませんから、ものすごく鍛えられると思います。マネジメントはどうなっているかといえば、学部は2つあるんですが、国際経営学部は学部長が日本人、副学部長はドイツ人・カナダ人・バングラデシュ人・フィリピン人です。この5人でマネージしています。アジア太平洋学部は、学部長が中国人、副学部長が3人いて、日本人・アメリカ人・イラン人です。この9人のうち女性が3人ですから、ちょうど30%ルールはなんとか守っているんですが、たぶん学生もこういうふうに多様化していて、大学のマネジメントも多様化している大学はどこにもないと思います。

で、「なんで保険屋のおじさんが大学やってんねん?」と思われるかもしれませんが、僕自身がいちばんびっくりしているんですが、日本初の国際公募で誰かが推薦して、結果的に選ばれてしまったので、今年の1月からここで学長をやっています。大学のレベルは、『Times Higher Education』でいえば西日本の私立大学では1番、全国では慶應・早稲田・上智・ICUについで5番です。上の4校はぜんぶ100年大学なので、しゃあないですよね。2000年にできたばっかりですから。なんでこんなに高い評価をもらっているかといえば、簡単にいえばミシュランの三ツ星を持っているからですよね。これがわかりやすいですけど、これが三ツ星です。

AACSBは日本で4校、tedQualは日本で2校しかありませんから、三ツ星を2つ持っているところはAPUだけです。みなさんがフレンチレストランを始められたとき、シェフをパリに出す、星のあるレストランに出しますよね。なぜか。簡単ですよね。ミシュランの星は厳しいので、手を抜いたらすぐ落ちるからです。つまり、ミシュランの星を持っているということは、サービスや料理のレベルが保証されるから安心してシェフを出すわけで、東大・京大といっても、たとえばバンコクに住んでいる若者はそんなもの知りませんから。でも、APUであれば星を持っているから、アメリカやヨーロッパの大学と比べて学費安いし、時差もないし、ということで来るわけですね。

世界の事柄は全部「タテ・ヨコ算数」で見るべき

それで、人間は見たいものしか見ない動物なんで、世界をちゃんと見るためには方法論が必要で、その方法論は「タテ・ヨコ算数」と呼んでます。まず、人間の脳みそが1万年進化してないので、昔の人も今の人も喜怒哀楽や判断は一緒なんで、昔の人の話や世界の人の話は役に立つ。僕は中学校で「源頼朝は平政子(北条政子)と結婚して幕府を開いた」と習ったんで、素直に考えたら日本の伝統は夫婦別姓ですよね。OECD35の先進国の中で法律婚の条件で同姓を強制している国は皆無ですから、この2つのファクトを見れば、「夫婦別姓みたいな考えは日本の伝統ちゃうで」とか、「家族壊すで」とか、アホなことを言ってるおじさんやおばさんはイデオロギーや思い込みだけでしゃべってるんであって、タテ・ヨコにファクトを見るタイプじゃないということがわかりますよね。どんな事柄でもタテ・ヨコのファクトは大事です。

その次に大事なのは算数ですが、象のグラフはみんな知っているとおりですが、「20年間で給与どんだけ増えた」「世界120の国や地域で増え方はどうか」というのを点線を打っていって、折れ線で結んだら象に近いんで、誰かが「これ、象さんやで」と叫んだんで象のグラフで世界中通じますが、これを見たら真ん中が膨らんでいる。中間層が増えるということは、どんな社会も安定します。現に今年の世界経済、来年の世界経済は絶好調です。IMFや世銀の最新の見通しでは両年とも3.9ですよね。「ただ、トランプおじさんがリスクやで」と書いてあって、貿易戦争を始めたんで落ちるかもしれませんが、世界経済は絶好調です。それから、日本の上場企業の収益は最高益。日本の上場企業の収益の約7割は世界から稼いでいますから、この象のグラフと、世界経済が絶好調であるということと、日本の上場企業が儲けてるでという話は完全に整合がとれています。ただ、鼻を見たら、アメリカの経営者は工場がどこへ行っても儲かるけど、メキシコに工場が行ってしまったらラストベルトの労働者は儲からない。現にこの20年間いちばん給与が増えてない。この人々が怒ってトランプおじさんができたのだという話ですよね。でも、言いたいことはこのグラフではなく「トランプおじさんも算数に直るんやで」ということです。

世界の事柄はぜんぶタテ・ヨコの算数で見るべきです。歴史も当てはまります。平城京・平安京はぜんぶ中途半端に終わって、途中で都づくりがストップしています。算数で簡単に説明ができる。当時の唐と日本の人口は10倍。1人あたりGDPは唐が日本の2倍です。今とは逆ですね。当たり前ですよね。ということは、国力は中学生でも20分の1だということが簡単に計算できる。平城京・平安京の大きさは長安城の4分の1です。20分の1しか稼げない人が、お金持ちの4分の1の家をつくったらどうなるか。途中で「もうできない」ということは目に見えてますよね。だから、平城京や平安京が未完に終わった理由も簡単に算数で説明ができる。タテ・ヨコ算数ですね。

少子高齢化時代に日本がすべき政策は「定年の廃止」

で、日本の未来はどうかといえば、結構「暗い」と言う人が多い。その理由はこの支援比率に象徴されていて、昔は若者10人で高齢者1人の面倒を見ていたのに、今や騎馬戦が壊れて肩車に移っている。これはしんどいでと。でも、この考えは「ヤング・サポーティング・オールド」という若者が高齢者の面倒を見るのは当然だという考えに立脚しています。

この考えは普遍的ですか?人間は動物です。動物の中で、若者が高齢者の面倒を見ている動物を知っている人は挙手。ゼロでしょ?ということは、若者が高齢者の面倒を見るという発想は高度成長して赤ちゃんがいっぱいいる社会の固有のものですよね。現に高齢化が進んだヨーロッパでは「ヤング・サポーティング・オールド」という考え方はとっくの昔に消え去って、「オール・サポーティング・オール」に変わっています。つまり年齢を見ずにみんなが社会を支え、シングルマザーとか困っている人に給付を集中したらいいという考え方です。この当たり前のことがわかれば、若者が高齢者の面倒を見るのなら、働いている若者から所得税をとって、住民票で年齢チェックして敬老パスを配ればいい。でも、みんなが社会を支えるのだったら消費税以外ない。シングルマザーとか困っている人に給付を集中するんだったら、マイナンバーをつくるしかない。少子高齢化ってなんだといえば、所得税と住民票で社会が回っていたレベルから、消費税とマイナンバーが社会のインフラになる時代へのパラダイムシフトのことを呼んでいるんですよね。

ヨーロッパは20年前にその社会を実現しています。弱者にいちばん優しい社会はヨーロッパですから、そのヨーロッパはぜんぶ消費税が根幹ですから、「消費税は弱い者いじめだ」とかいう議論がいかに浅薄なものかはすぐにわかりますよね。そんなこと言っても日本は高齢化が世界でいちばん進んでいるんで、あと5年経ったら団塊世代が後期高齢者になるんで介護が目も当てられへんと言う人がいます。議論するときは言葉の定義を明確にしなければ議論できないということはみんな大学の1年生で習っていますよね。介護の定義は、いちばんシンプルなグローバルな定義は「平均寿命マイナス健康寿命」ですから健康寿命を延ばす以外の解はないです。医者50人ぐらいに聞いて歩いた結果は、全員「健康寿命を延ばすには働くのがいちばんや」ということでした。ということは、この国がやるべき政策は定年の廃止ですよね。一石五鳥です。

まず第1に健康になって介護が減る。第2は医療・年金財政はもらうほうから払うほうに変わるんで好転する。第3に年功の考えが消えます。定年やめて年功にしてたら会社持たへんでしょ。これからの理想は「松坂大輔」です。今の中日ドラゴンズに松坂より素晴らしい記録を持っている現役選手は1人もいません。そんなチームに、松坂は過去の栄光を捨てて入団試験を受けて2軍からスタートしました。高齢社会の理想は、「昔役員をやってたで」とか、「部長やってたで」とか、そんなもんぜんぶ捨てて2軍からスタートするのが理想ですよね。人間は過去何やったかは関係あらへん。今何ができるかを考えて社会に貢献していくというのが高齢化社会の理想ですから、まさに年功をやめてみんなが松坂みたいに働けばいいですよね。4番目に年功をやめたら中高年が元気になります。人生100年やのに、なんで50や60でもう終わりやとアホなことを思ってんのか。定年を意識するからですよね。

最後に、日本はめちゃ恵まれた社会です。若いみなさんの悲劇はユースバルジです。中東の混迷はすべてユースバルジですが、宗教ではありません。若い人がいっぱいいて仕事がない状況というのはめちゃしんどいです。若いときは元気でデートがしたい、デートにはお金がかかる、仕事なかったらお金が稼げへん、デートでけへん、やけになってテロに走るという話ですよね。日本はユースバルジの逆ですから、労働力が足らんわけですから、こんなに恵まれた国はないですよね。そういう中で高齢者が働くことは整合的で、一石五鳥です。

中には「AIで仕事なくなるで」と心配している人がいます。この前、酒飲んだら「えらいこっちゃで。公認会計士もなくなるんやで」と心配している人がいました。日本の公認会計士って何人いるんですか。数万人ですよね。デモグラフィーの変化で2030年には800万人労働力が足らんといわれているんで、AIでなくなる仕事を足し算して何万人になるかという話ですよね。AIで仕事がなくなるという話は、出版不況にあえぐ本屋さんの陰謀だと思います(会場笑)。たぶん10年ぐらいは心配ないと考えたほうがいいですよね。だからみなさんはめちゃ恵まれている。上司といくらケンカしても飢え死にすることはないということですよね、ユースバルジの逆ですから。

少子化対策はフランスの「シラク3原則」に学べ

少子化も大変です。でも、「仕事か赤ちゃんか」という選択肢は根本から間違ってますよね。人間は動物なんで、子どもを産まなければ滅んでしまう。生きるためには仕事せなあかん。全世界、仕事も赤ちゃんも持てるのが当然で、「仕事か赤ちゃんかよく考えなさい」とかいう、そういう上司は一掃すべきですよね。とんでもない話です。フランスの「シラク3原則」は有名で、10年で出生率が0.4ポイント改善し2.0の大台に乗りましたけれど、政策はきわめてシンプルで、第1原則は、女性に聞いた、どんなときに頑張るか。「産みたいときに産めたら頑張れる」。それだけです。産みたいときに産むのがいちばん。政策に落とせば、女性が産みたいときと女性の経済力が一致するはずはないので、その差は政府が面倒見ます。

第2原則は「待機児童ゼロ」です。フランス人に言わせたら「日本ほど待機児童ゼロしやすい国はあらへんで」と。なんでやと。「少子化で小学校余ってるやんか。小学校の教室に保育園つくったらすぐできるやんか」と。ちょっと待ってと。日本では文科省と厚労省ややこしいんやで(会場笑)。そんなもの1強の安倍さんが「そんなしょうもないこと言うてるんやったら、“文科厚労省”にしてしまうで」と言えば終わりやんかと。上院も下院も圧倒的多数持ってるんだから、そんな法律すぐ通るやんかと。お得意の強行採決やれば終わりやんかと。つまり、フランス人に言わせれば「日本の待機児童問題は、政権に希望者全員義務保育にする根性がないだけだよね」で終わりですよね。

第3原則は、これも簡単で、育児って難しいんで、育児休業からかえった人は賢なってるんで、グロービスさんの大学院でマスターとった人と同じように給与上げたらええやんかと。少なくとも、一部の日本の組織のようにキャリアの中断とかランクダウンとかを法律で厳禁しただけですね。たったこの3原則で出生率が0.4~0.5ポイント改善するんですよね。日本もこのとおりやるべきだと思います。必要な財源はGDP比1~1.5。フランスの家族予算はGDP比3.5ありますから、日本はみなさん知っているように1.5ぐらいで2ポイント差がありますから、できへん話ではないですよね。だから、タテ・ヨコ算数で見れば、いっぱいやるべきことはあるということですよね。

長時間労働をやめて「人・本・旅」の生活に

今日のテーマはテクノベートですが、日本は高齢化が世界一ということは、何もしなくても1年経てば1歳年取るんで、予算ベースでも5,000億円お金が出ていく。そうですよね。放っといたら貧しくなる。だから日本の選択肢は、貧しくなるか、この5,000億円を成長して取り戻すか以外の選択肢はないんですよね。成長は「人口×生産性」で、人口は簡単に増えへんので、「みんなで貧しくなるか、生産性を上げるか」という2択にかえられますよね。生産性と競争力のグラフはほぼ似たグラフで、生産性は「1人あたり」とか「時間あたり」とか、だいたい20番ぐらいですけれど、どちらも大したことはない。

でも、いつもみなさんに聞いているんですが、みなさんはこれを見ただけで嬉しくなるでしょう。91年だったら世界一なんで、あと落ちるしかないでしょ。26番とか、生産性の20番とか、めちゃいい湯加減でしょ?APUのある別府に来てくださって、温泉に入って英気養って10番ぐらい上げたろと思ったら、めちゃ楽しいでしょ?女性のみなさんはもっと激喜びしてください。日本の女性の社会的地位は144分の114ですよ。100番上がるんですよ。中学や高校でも100番成績上がったら嬉しいでしょ?だから、女性のみなさんはもっともっと喜んでください。「日本ってなんといい国や。山ほど活躍できるで」ということですよね。

問題は、なんで落ちたかです。これはいつもこういう話をしているんですけど、ある出版社があって、AとBという社員がいる。Aは朝8時に来て夜10時まで働いている。パソコンの前にしがみついているわけですが、編集者がパソコンとにらめっこしててもあんまりええ本でけへん。Bは10時に来る。来たらすぐスタバでだべってる。6時になったら四条河原町や祇園に飲みに行って帰ってきやへん。でも、いろんな人にアドバイスもらっているんで、いろんなアイデアをもらい面白い本を出す。2・3冊ベストセラーになる。みなさんがこの出版社の社長だったら、どっちの編集者を評価して給与を上げますか。これがたとえばシャープやソニーのカラーテレビ工場だったらどうですか。Aの前のコンベアは8時~10時まで動いていっぱいできる。Bの前のコンベアは10時に動いたと思ったらスタバストップ。で、6時にはもう動かへん。わかりますよね。製造業の工場モデルが社会を引っ張っているときは、力が強い男性が長時間労働することが向いてるんですよ。だから配偶者控除とか3号被保険者とかいう“アメ”を制度的に与え、「寿退社」とか「三歳児神話」というデタラメをでっち上げて、専業主婦をつくり、分業を進めてきたことが日本の高度成長が上手くいった理由なんですよね。しかも製造業は世界的に見たら、製造業で働く人の大卒比率はだいたい40パーセントを切ります。勉強する必要なんかないんです、極論すれば。素直で我慢強く、協調性があって空気を読めれば製造業は発達することができる。日本の製造業は宝だと思います。生産性が高い。でも、GDPでみればもう4分の1を切ってるんですよね。

これからはGAFAやユニコーンに象徴されるような、アメリカ・中国で起こってるようなサービス産業でメシ食っていくしかないんです。サービス産業の従業員のグローバルな大卒比率は90パーセントを超えます。勉強をしなければアイデアは生まれない。わかりますよね。サービス産業は大学院卒が圧倒的に多い業種です。今までの日本は「院卒なんか使えへん」とかいってむしろ敬遠してきたので。これは、日本の特質でもなんでもない。日本は企業で教育するから、そんなもん嘘に決まっていますよね。長時間労働して教育なんかできるはずがない。「院卒なんか使えない」と言っていたのは、製造業の工場モデルだったからですよね。わかりますよね。だから、これからは「メシ・風呂・寝る」ではなく、やっぱり徹底的に勉強して「人・本・旅」の生活に切り替えなければいけない。たくさんの人に会い、たくさん本を読み、たくさんいろんなところに行って頭を刺激されなければアイデアは出ないんですよね。イノベーションも起こらない。だから、日本のいちばんの問題は、長時間労働をやめて、はよ帰って勉強せなあかんということですよね。

経済低迷の主因はマネジメント層の勉強不足

日本は先進国の中では稀にみる低学歴国です。まず、大学進学率がめちゃ低い。52パーセントです。OECDの平均は62パーセントあるので、大学に2割以上行く人が少ない。行ってまったく勉強しない。これは学生が悪いんではない、企業が悪いんですね。成績採用しないからです。だって、面談で「クラブ活動やアルバイトでリーダーシップとった経験しゃべってごらん」とか、そんなアホな面談やってて誰が勉強するかという話ですよね。グローバルな企業はぜんぶ成績採用です。なぜか。自分で選んだ大学でいいパフォーマンスをあげた学生は、自分が選んだ職業でいいパフォーマンスをあげる蓋然性が高いからです。さらに、大学院にはまったく行かない。企業に入ったら長時間労働で「『メシ・風呂・寝る』でいつ勉強するんですか」という話で、日本は低学歴国で、まったくマネジメント層が勉強していないということが経済低迷の主因ですよね。

バブルが崩壊してからこの25年間、日本は2,000時間働いて平均成長率は1パーセント。ヨーロッパは1,300時間で平均2パーセント。どっちがいいかという話ですよね。ちなみに、物事の比較は“apple to apple”ですべきで、世界一の経済大国で人口が増え続ける国はアメリカ以外歴史上皆無です。石油も世界一です。資源もあり人口も増える経済大国というのは、過去の歴史上例をみません。ヨーロッパの覇権国はポルトガル・スペイン・ネーデルランド・イングランド、それからアメリカですが、残りの4か国はぜんぶ資源もなければ人口も減ってきた国です。アメリカは異常な国です。日本はヨーロッパと比べるほうがはるかに示唆に富む結果が得られると思いますが。ですから、これからの課題は、勉強しなければいけない。それが「リカレント」と文科省も言い出した大きい要因ですよね。つまり、スティーブ・ジョブズのような人間を育てなければいけないので、これからはみんなが勉強しなければいけないので、だから、きっとグロービスもこれから儲かりますよね(会場笑)。そういうふうに考えればいいんだと思います。

もうひとつ、サービス産業のユーザーは全世界どんな統計とっても6・7割は女性です。日本経済を支えていると自負している50・60のおじさんに「女性の欲しいものがわかる」と自信もって言える人、挙手を。でしょう?つまり、先進国はぜんぶ需給のミスマッチを抱えているわけです。どう対応しているか。それがクオータ制ですね。「女性の役員が4割いないと上場を取り消す」という法律に象徴されるクオータ制は、貧しくなるか成長するかという2択の中で需給のミスマッチを防ぐ手段ですよね。日本政府はそこまで根性がないんで、「女性が輝く社会」という文学的表現に留めていますが、輝くためには男性がはよ帰って介護・育児・家事をシェアする以外の方法はないので、二重の意味で長時間労働は意味がないですよね。ある若者に会いました。大学を卒業して超有名な日本を代表する企業に入った。で、毎晩9時頃まで仕事していた。大きい部門なんで、そのあと代わりばんこに飲みに連れていかれた。「社会人ってこんなもんかな」と思って1年間、生活した。正月にふるさとに帰って、何もすることがなかったんでぼんやりと自分を見つめてみたら1ミリも成長してない自分に気がついたので、正月休み明けに会社へ行って上司に「もう残業しません。飲みにも行きません。勉強します。自分を成長させたいから」と言って、彼はそのグループで最年少で課長になりました。大学へ行かへん、勉強しやへん、遅うまで働いて同じ人と飲んでる。賢くなるはずがありませんよね。

イノベーションに必要なのは「既存知」×「考える力」

イノベーションの話に移ります。めちゃ簡単な話です。「おいしいごはん」と「まずいごはん」で、どっちを食べたいですかという質問です。おいしいごはんを因数分解したらどうなりますか。いちばん簡単な因数分解は、いろんな材料を集めて上手に調理する。次の質問です。「おいしい人生」と「まずい人生」、どっち送りたいですか。おいしい人生を因数分解してください。料理と同じで、「いろんな材料を集める」ということが「知識」ですよね。で、「上手に調理する」が「自分の頭で、自分の言葉で考える力」です。「知識×考える力」がおいしい人生であり、教養であり、リテラシーであり、イノベーションといっていいです。

これもみんなよく知ってますよね、早稲田の入山先生とかがしょっちゅう言ってますし、アメリカの学者も全員言ってますが、既存知を組み合わせるときに、既存知どうしの間が遠ければ遠いほど面白い発想が生まれるということはみんな知っていますよね。これがダイバーシティです。できるだけいろんなことを知っている人が集まったほうが、アイデアが出やすい。それは既存知と既存知の間の距離が遠いからです。だから、同じ会社の人と仕事したあと飲みに行ったらどうなるかといえば、アイデアは生まれへん。カラオケに行ってもだいたい「最後はやっぱりあの部長の歌で締めましょう」とか言ってみんなが勝手に部長の歌を入れて、「やっぱり盛り上がりましたね。最後はこれで締めなきゃ」とか言って楽しく帰るわけですが、楽しいかもしれませんが、ここには発見は何ひとつないですよね。初めての人とカラオケに行ったら、まったく知らん歌を聴いて「こんな歌、歌うたらモテるかな」と思ってちょっと勉強してみようかと思う。これ、脳が刺激されるからですよね。だから、イノベーションを産もうと思ったら2つの理由が必要です。ダイバーシティが必要。それから、自分の頭で自分の言葉で考える力が必要です。

だから、みなさんはできるだけダイバーシティあふれる環境に自らをおいて、それから「人・本・旅」で徹底的に考える力を鍛えないと。これが僕のメッセージです。「既存知×考える力」しかイノベーションは生まない。テクノロジーは道具です。道具は必死に考えれば練習すれば身に付きます。じゃあ、これで僕のプレゼンは終わって、このあと質疑応答に入りたいと思います。

<質疑応答>

質問者A:「これからはサービス産業でメシを食うしかない」というふうなお話がありましたが、具体的にどのような産業や業界が日本で伸びていくというふうにお考えですか。

出口氏:そんなのわかるはずないじゃないですか(会場笑)。サービス産業なんて、ユニコーンを見てもわかるように、始めたときに誰がFacebookとかGoogleがこんな大企業になると思ったかで、わからないからこそ勉強しなければいけないんで、「将来どんな産業が伸びると思いますか」なんていうのは本当の愚問ですよね。わからないから勉強に来ているんでしょ?サービス産業の時代はぜんぶラン&テストと言われていますよね。何が当たるかわからないので、アイデアはぜんぶ小さく試してみてやるしかない。

質問者B九州はとっても男尊女卑がまだ残っていて、私も部下に再就職の60歳を超えたおじさんとかがいたことがあって、なかなか険悪で上手くいかなかったっていう経験があって、年功の廃止っていうのはすごく賛成なんですけれども、一方で定年延長っていうか、働いてもらわなきゃいけないってことで……。

出口氏:延長ではないですね。延長というのは定年というアホな制度を前提にした考え方ですから、年代フリーで考えるということです。

質問者Bそのおじさんたちと対峙していくときに、「こういうふうに言ったら上手くいくよ」っていう一言決め台詞を教えていただきたいのですけど。

出口氏:決め台詞は難しいでしょうね。でも、いちばんいいのは、やっぱり若いみなさんが協力して「松坂大輔」の話をするのがいちばんええかもわかりませんね。それでいいですか(会場笑)。

質問者C定年廃止というのは非常に魅力的ですが、そうすると、やっぱり健康がすごく大事になってくると思うんですけど、これからある程度年を取っても健康でいられるようにするためには?

出口氏:仕事以外ないと思います。だって、何かやってたらだいたいみんな健康になるんですよ。何もやってないからだいたい病気になるんで。ちなみに、これもタテ・ヨコで見ればすぐわかるんですけど、寝たきり老人がいるのは日本だけですよね。本がいっぱい出ています。「欧米には寝たきり老人はいない」とかいう本。読んでみてください。

質問者D:(出口氏の資料中に)「人を使うということ」という一言が出てるんですけど、ここ、気になったんでちょっと語っていただければと思いまして。

出口氏:簡単にいえば、「人を使う」ということは「どんなときに部下が頑張って働くか」ということでしょ。一言でいえば、楽しかったら部下って頑張るんですよ。だから、楽しい職場をつくることがほとんどすべてですね、一言でいえば。あとは、あえて付け加えたら、みんなそれぞれ個性があるんで、自分の得意なことややりたいことを上司はよく知ってて、使ってくれるときに人間って頑張りますよね。それぐらいです。だから、いちばんだめなのは、これはすべてにそうなんですけど、スピリチュアルな根拠なき精神論ほど人間をスポイルするものはありませんよね。「頑張ったらなんとかなるで」とか、そんなもんなったら人生なんか楽ですよね。誰かが言ってましたよね、ツイートで。「『頑張ったらなんでもできる』なんて言う人は、若いときに1回も頑張った経験をしたことがない、そういう人だよね」と。

質問者E勉強するっていうことが大事だっていうことは、おそらくグロービスにいる方はみなさん、そう思ってると思うんですけれども……。

出口氏:人・本・旅です。

質問者E部下を持って、チームを持って、そのチームの方が勉強するようにするにはどのようなことを……。

出口氏:いちばん簡単なのは、はよ帰して「たくさん人に会うてこい。本読んでこい。いろんなとこ行ってこい」がいちばん早いんじゃないですか。副業もその一種ですよね。同質的な組織の中で勉強なんかできるはずがないんで、いろんなところへ他流試合に出す以外には方法はないと思います。次どうぞ。

質問者F学びが大切ということでお話いただいておりますが、「これから先の時代、普遍的な学びの分野、ここは絶対押さえておいたほうがいい」というものがありましたら教えていただきたいと思います。

出口氏:絶対にある意味、一言でいえば「哲学」でしょうね。哲学という言い方が悪ければ、「考え方」の勉強でしょうね。

みなさんはたぶんあれですけど、この⑩の答えのない世界を生きるか、あるいはこの同じ先生の社会心理学講義、僕いつも勧めてるんですけど、社会心理学講義、読んだことのある人、手を上げてもらっていいですか。勉強になりますよね、読まれた方。やっぱり、この本でもいいんですけど、大事なことは考える力がいかに大事かですよね。

最近読んだ本で、イージーな本でいえば、マクロンが書いた『革命』という本があります。ポプラ社から出ています。これは大統領選に出るために書いた本なんで、プロパガンダの本やと思ってあんまり読む気がしなかったんですけど、読み始めて引き込まれましたけれど、すごいいい本ですよね。マクロンはぜんぶ自分の議論を言葉の定義から始めてます。「フランス人とは何か。それはフランス語をmother tongueで話す人で、書類上の問題ではない」と言い切っていますよね。どっかの国でやれ在日やとか、二重国籍やとか、そんなアホなことがメディアに載ってる国と比べたらえらい違いですよね。フランスという国も定義しています。「フランスという国はプロジェクトである。では、何を目指すプロジェクトか。人々をいろんな制約から解放するプロジェクトである」と。だから、自分の政策に至る道をぜんぶ自分の言葉で定義しながら再構築してるんで、こういう人間をつくることがすべてでしょうね。

質問者G先生のお話でヨーロッパのお話があって、人口減の話があったと思うんですけど、ヨーロッパで一部たとえば「ベーシックインカム」みたいな資源の再分配みたいなことをやってると思うんですけど、そういった点について何かお考えとかもしあれば教えてほしいんですが。

出口氏:ものすごく簡単にいえば、日本の社会保障制度って結構実はよくできてるんですよ。教育制度もよくできていますけれど。だから、今の日本の社会保障制度をある程度勉強したうえで「ベーシックインカム」ができるかどうかを考えたほうがよくて、白地に絵を描くんだったら「ベーシックインカム」は面白いです。でも、今の日本の社会保障制度を考えたら、たとえば年金問題はみんなが「問題や問題や」と言ってますが、ほとんど問題はなくて、実は適用拡大をやれば日本の問題はほとんど解決できます。だから、何かを議論するときには、自分で疑問に思ったらその分野を勉強しなければ、思いつきだけで議論していたら絶対ろくなこと起こらないですよね。だから、ベーシックインカムやる前に僕は適用拡大をやったほうが、日本の社会保障は簡単に少ないコストでいい制度ができると思います。

質問者H私はダイバーシティを自分で団体をつくって進めているんですが、やっぱり入山先生がおっしゃってた「人間は同質なものと繋がりたい」っていう本質を持っているので。だから、コミュニケーションコストもかからないし楽なので、ダイバーシティを本当に心からやりたいと思ってる人はよっぽど変わってる人なんじゃないだろうかと。

出口氏:コミュニケーションコストの問題は、実はいろいろ研究していると逆なんですよ。同質のほうが高いんです。同質の場合は「あうんの呼吸」で物事がわかるんでコミュニケーションコストが安いと考えられるんですが、最近の研究では実は高いんですよ。同質で「あうんの呼吸」のときはお互いを気遣いすぎるんですよ。だから、結果的にものすごくコミュニケーションコストが高くなって、1回で済む会議が3回5回やるんですよ。ところが、グローバル企業は意志決定が早いでしょ。もし、同質社会のほうがコミュニケーションコストが低ければ、日本企業は世界でいちばん意志決定が早いはずでしょ。なんでかといえば、同質社会は最初はコストが安く見えても、お互いに気を遣うんでコミュニケーションコストがものすごい高くなるんです。極端にいえば、グローバルなダイバーシティあふれる世界ではみんな文化とか伝統が違うんで、数字だけで話をするんですよ。だから早いんです。だから、コミュニケーションコストの問題はトータルで考えたら、たぶんダイバーシティあふれる社会のほうが最初はしんどくても簡単なんですよね。そういうふうに見るほうがいいと思います。

出口 治明

立命館アジア太平洋大学 学長/学校法人立命館 副総長・理事

1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2013年6月より現職。

主な著書に、『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『仕事に効く 教養としての『世界史』』(祥伝社)、『早く正しく決める技術』(日本実業出版社)、『部下をもったら必ず読む『任せ方』の教科書』(角川書店)、『『思考軸』をつくれ』(英治出版)、『百年たっても後悔しない仕事のやり方』(ダイヤモンド社)など。