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投稿日:2020年10月13日
投稿日:2020年10月13日
SDGsは新市場を創出するフレームワーク
- 本田 龍輔
- グロービス・コーポレート・エデュケーション シニアコンサルタント/SDGパートナーズ コンサルタント
前回は、企業がSDGsを経営に実装するための思考法を紹介した。SDGsは2030年に全世界が共通で目指すゴールであり、今後10年間に市場から求められるトレンドであるとも言える。SDGsの169のターゲットには、現在の延長線上では達成が困難と思われるようなムーンショットも多く含まれているが、それに取り組むことこそが新しいイノベーションを生み出すヒントとなる。
約12兆ドルの市場が生み出される
2017年のダボス会議で共有された報告書「Better Business, Better World(より良きビジネス より良き世界)」では、持続可能なビジネスモデルに取り組むことでもたらされる経済機会が、2030年までに12兆ドル(約1,340兆円)となり、およそ3億8000万人の雇用を生み出す可能性があることが示された。具体的には、食料と農業、都市、エネルギーと原材料、健康と福祉の4つの経済システムにおいて、国際的な目標とビジネスチャンスが連動する60の領域(ホットスポット)が提示された。
たとえば、SDGsのターゲット11.1では「2030年までに、全ての人々の、適切、安全かつ安価な住宅及び基本的サービスへのアクセスを確保し、スラムを改善する」ことが掲げられている。現在、世界全体で約10億人、およそ8人に1人が家のない状態もしくは、安全でない住環境におかれている。生活の基礎となる適切な住まいがなければ、自然災害や犯罪から身を守ることもできない。スラムの密集した生活でCOVID-19の感染拡大が懸念されたように、感染症の脅威に晒されないためにも安全で衛生的な住環境は必要不可欠だ。こうした10億人に対して、アフォーダブルな価格の住宅が提供することができれば、大きな経済効果が生まれるだろう。
3Dプリンター×デジタル住所で街が生まれる
こうした安全な住まいの提供にイノベーションで応えようとする動きが既に起きている。それが、3Dプリンターによる住宅建設技術の開発だ。3Dプリンターは、複雑な設計や緻密性が必要とされる医療分野や航空・宇宙分野において活用されているが、建築分野でも新興国における住宅不足や大規模な災害時の仮設住宅建設というニーズに応えるために実用化が進んでいる。
たとえば、米国テキサス州にあるICON社とサンフランシスコに拠点を置くNPO団体New Storyは、2018年に移動式の3Dプリンターを使用し、わずか24時間でプリント住宅を建設することに成功している。建築資材を国内で調達することが可能であり、輸送コストも削減できるため、建設にかかる費用はわずか4,000ドル程度だという。同団体は、これまでにもハイチやエルサルバドルでも住宅の提供を行っており、今後、住宅不足が深刻な開発途上国での事業展開にも期待ができる。
さらにドバイでは、2025年までに国内の建築物の25%を3Dプリント技術で建築する計画が発表されている(参考:DUBAI FUTURE FUNDATION)。このような3Dプリンターによる建築技術の進化は業界構造に破壊的な変化をもたらすだろう。
もう一つ、注目すべきはGoogleが開発したデジタル住所「Plus Codes」だ。Plus Codesは、緯度経度から世界を碁盤のようなメッシュ状に区切ることで、世界中のあらゆる地点にアルファベットと数字からなる座標を指定する仕組みだ。この技術を適用することで、住所のない人々にデジタル住所を付与することが可能になる。
出典:Google Maps
開発途上国の都市部周辺のスラムに暮らす人々は住所がないことにより、出生登録や教育、銀行口座の開設、医療支援を受ける際など様々な場面で不自由を強いられている。しかし、Plus Codesによって彼らの住宅にもデジタル住所を割り当てることで、行政サービスを受けられるようにすることができるのだ。インドでは、既に公共サービスに使用されており、ブラジルのサンパウロ市ではPlus Codesによる住所登録が進んでいるという。
この2つのイノベーションによって実現するのはどのような未来だろう。スラムが数か月あるいは数週間という短期間の間に新しい街へと生まれ変わる可能性を感じないだろうか。SDGsのターゲットを起点に考えてみれば、安全な住まいのない10億人に対する住宅提供という巨大な市場が見えてくる。今回は、ターゲット11.1を例に、住宅業界にフォーカスして紹介したが、SDGsには他にも多くのムーンショットが掲げられている。
企業が中長期的の経営計画を立案する際、現行の事業目標を起点にするのではなく、SDGsのような世界的・社会的ニーズから事業目標を考えていけば、これまで見えていなかった新しい市場のヒントが得られるはずだ。企業の持続的な成長を目指すために、SDGsは新市場を拓く羅針盤となるだろう。
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本田 龍輔
グロービス・コーポレート・エデュケーション シニアコンサルタント/SDGパートナーズ コンサルタント
日本福祉大学大学院国際社会開発研究科卒業(開発学修士)
大学卒業後、地域活性に取り組むNPO法人での活動を経て、独立行政法人国際協力機構(JICA)の実施する青年海外協力隊事業に参画し、パプアニューギニア独立国へ派遣。農村地域において生活改善や植林を中心とした環境保全活動に取り組む。帰国後はJICA東京にて、行政や教育機関、NPO/NGOとの協働を通じた国際協力の裾野拡大や人材育成に携わる。グロービス入社後は、法人営業部門にて、顧客企業の人材育成・組織開発に関わる設計・提案活動に従事。SDGパートナーズでは、企業のサステナビリティ方針策定・実施、ESG情報開示、価値創造モデルの設計プロセス等を支援している。