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投稿日:2020年08月24日
投稿日:2020年08月24日
企業の生存戦略としてのSDGsを考える
- 本田 龍輔
- グロービス・コーポレート・エデュケーション シニアコンサルタント/SDGパートナーズ コンサルタント
前回は、SDGsの本質と企業の使命として、SDGsに取り組む必要性を説明した。今回からは具体的な事例も交えながら、企業がSDGsに戦略的に取り組む意義を解説したい。SDGsは新市場を創出するためのフレームワークであり、企業が生み出す価値を最大化するために活用することが可能だ。それは自社のコア・コンピタンスや競争優位性を見極めることであり、ひいては新たな利益の創出につながる。経営戦略の視点から企業のサステナビリティに対する取り組みを捉えると、CSRからCSVへの潮流を確認することができる。
二項対立ではないCSRとCSV
多くの企業は、既にCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)に取り組んでいるだろう。先進的に取り組んできたEUでは、CSRを「企業が社会および環境についての問題意識を、自主的に自社の経営およびステークホルダーとの関係構築に組み入れること」と定義していたが、世界的な金融危機を経て、2011年に「企業の社会への影響に対する責任」と再定義した(参考:EUR-Lex)。
日本では、本業と関係のない企業の善行というイメージが強いが、サプライチェーン上の人権・環境問題への配慮や労働と雇用慣行、地域社会への積極的な関与などを含む包括的な概念である。
一方、CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)は、マイケル・ポーターが2011年に提唱したもので、「企業が事業を営む地域社会や経済環境を改善しながら、自らの競争力を高める方針とその実行」と定義されている(参照:経済的価値と社会的価値を同時実現する共通価値の戦略/DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文)。
CSVでは、社会的価値と経済的な価値が両立されるべきという考えの下、製品と市場の見直しやバリューチェーンにおける生産性の再定義、地域における産業クラスターの形成といったアプローチが取られる。
CSVがビジネスを通じた社会課題の解決を目指すことから、CSRからCSVへとトレンドが移っているような向きもあるが、これらは二項対立で比較されるものではない。SDGsを経営に実装していくうえでは、事業と経営管理の両面からサステナビリティを捉え、CSV・CSR双方に取り組む考え方が重要だ。つまり、SDGsに示される社会課題をヒントに事業活動を通じた社会価値を最大化し、企業のガバナンスの強化や責任ある調達活動とサプライチェーンマネジメントを行うことでリスクを最小化する施策が必要である。
日立製作所が取り組むサステナビリティ
さて、日立製作所は、CSVが登場する以前からサステナビリティ経営に取り組んでいる企業だ。攻めのCSRと守りのCSRという分け方で戦略的に取り組んでいたが、2017年からSDGsを経営に実装し始めた。日立製作所は自社が取り組むべき課題として、11のゴールを掲げているが、事業戦略を通じて貢献できる目標として5つ、企業活動全体を通じて貢献すべき目標として6つの目標を特定している(参考:日立HP)。つまり企業活動全体で果たすべき責任(CSR)の中に、事業活動で創出する社会価値(CSV)が包含されていると言える。
2019年5月に発表された「2021中期経営計画」では、モビリティ、ライフ、インダストリー、エネルギー、ITの5つの事業領域において、社会価値・環境価値・財務価値のトリプルボトムラインの達成を目指している。
たとえばSDGsのゴール6「安全な水とトイレを世界中に」という目標に対しては、上下水道、海水淡水化技術により、世界中でのべ7,000万人/日に安全・安心な水環境を提供する、というように事業が創出する価値の可視化に取り組んでいる。また、環境戦略としては「日立環境イノベーション2050」を打ち出し、2050年度にバリューチェーンを通じたCO2排出量を80%削減すること、水・資源利用効率を50%改善するなど定量的な目標設定を行っている。
このように、日立製作所は事業活動を通じた社会価値と経済価値の両立(CSV)とバリューチェーン上の環境配慮(CSR)の両面から、SDGsを経営計画に落とし込んでいる。SDGsの登場によってCSVとCSRはサステナビリティというより大きな概念から捉えられるようになってきた。そうした意味ではCSVとCSRを切り分けて考える必要はなくなっているだろう。
SDGsが示すのは2030年に人類が目指す未来予想図であり、その中には、再生可能エネルギーへの転換やデジタルテクノロジーの活用、新たなモビリティシステムの構築など世界市場をさらに成長させうる機会が多数存在している。一方でSDGsが示唆する環境保全に関する対策や人間の基本的な権利に対する項目は、企業活動において生み出されるリスクを未然に回避するための指針でもある。
企業はSDGsを通して、企業活動が社会に与える価値を最大化し、マイナスの要素を最小化していくことが必要であり、SDGsに取り組むことは企業の生存戦略であると言えるだろう。
本田 龍輔
グロービス・コーポレート・エデュケーション シニアコンサルタント/SDGパートナーズ コンサルタント
日本福祉大学大学院国際社会開発研究科卒業(開発学修士)
大学卒業後、地域活性に取り組むNPO法人での活動を経て、独立行政法人国際協力機構(JICA)の実施する青年海外協力隊事業に参画し、パプアニューギニア独立国へ派遣。農村地域において生活改善や植林を中心とした環境保全活動に取り組む。帰国後はJICA東京にて、行政や教育機関、NPO/NGOとの協働を通じた国際協力の裾野拡大や人材育成に携わる。グロービス入社後は、法人営業部門にて、顧客企業の人材育成・組織開発に関わる設計・提案活動に従事。SDGパートナーズでは、企業のサステナビリティ方針策定・実施、ESG情報開示、価値創造モデルの設計プロセス等を支援している。