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投稿日:2020年05月15日
投稿日:2020年05月15日
キャッシュ・イズ・キング(後編)ーコロナ禍でのキャッシュリッチ企業
- 諸井 美佳
- グロービス・ファカルティ本部研究員
前回の記事「キャッシュ・イズ・キング(前編)ーコロナ禍で企業の信用力はどう変わったのか」では、コロナ禍におけるグローバル企業の資金繰り力を、航空会社と自動車メーカーに焦点を当てて、「CDSスプレッド」や「債券格付け」の指標から考察しました。
今回は後編として、コロナ以前からキャッシュリッチだった企業を例に、有事でモノを言うキャッシュリッチの、メリットとデメリットについて見ていきましょう。
また、アフターコロナの世界では、企業の経営者や投資家によるキャッシュへの見方はどのように変化し、カリスマ経営者の経営姿勢はどのような変化の兆候を見せているのでしょうか。一緒に見ていきましょう。
キャッシュリッチ企業の資金繰り力
短期的な業績見通しの不透明感が広がるなか、コロナ以前から手元資金を潤沢に保有してきたキャッシュリッチ企業は、そのリスクマネジメント力・資金繰り力が、今あらためて注目されます。
ファーストリテイリングは手元流動性比率6ヶ月分相当の1兆円超の現金(2019.8期)を抱え、任天堂は手元流動性比率(現金+短期有価証券ベース)が11ヶ月分で総額1兆円超(2019.3期)、キーエンスはおよそ18か月分(2019.3期)……
手元流動性比率は、現金残高(+短期性有価証券)÷ 1か月分の売上高で計算されます。上記3社とも黒字で当然ながら費用は売上より少ないため、手元流動性比率の月数分以上に、固定費の支払能力があると言えます。支払能力があれば倒産リスクは下がり、不況でも雇用を継続することができます。
任天堂の危機意識
なかでも、任天堂は、「#Stay Home」意識の高まりによる巣籠もり消費のおかげで、Nintendo Switch用のゲーム「あつまれ どうぶつの森」が大ヒットを記録しています。株価も、世界的株安を記録した3月半ばに下げて以降、上昇基調にあります。
2014年前後、無料スマホゲームに押されて赤字になった経験を糧に、エンジニア達が好きなソフトを開発できる環境を整えることに注力。経理畑出身の古川社長を中心に中国事業やサブスク Plus a Boxへの事業モデル転換など、着実な経営努力によって利益を伴うキャッシュフローを生んできました。
「キャッシュ・イズ・キング」の格言には、実は続きがあります。それは、
「キャッシュフロー・イズ・クイーン(キャッシュフローは女王)」
です。直近の任天堂は、まさにこの格言をセットで体現する超優良な財務体質と収益構造を保持しています。
事業継続自体が大きな課題となる現在のような危機的な経済情勢においては、実質的に無借金で短期的な資金繰りに耐え得る企業体力は、大きな武器となります。
とはいえ、平常時では状況は異なります。過剰なキャッシュを持つと買収対象にされやすかったり、資金効率の悪さから余剰資金をもっと成長投資や自社株買い・配当での株主還元に回すように株主から要請を受けたりと、平常時にはデメリットもあるため、多額のキャッシュの保有は事業環境に応じた使い分けが必要です。
アフターコロナの経営の潮流
19世紀の金本位制への移行が国際貿易を盛んにした例など、大きな変化が企業活動を新たなステージに押し上げたことが過去にありました。今回のコロナ危機のような移動制限を伴う緊急事態下では、これまで不可能だった変革が一気に進む可能性があります。
たとえば、最適な資本構成を保ちつつ巧みなM&Aを重ねてビジネスを急拡大してきた日本電産の創業者会長兼CEOの永守氏は、これまでのM&A攻勢から一転、新規投資を手控える方針を打ち出しました。
「今はキャッシュ・イズ・キング(現金は王様)。……(中略)……同じ1億円でも去年と今では価値は全く違う。先が見えるまで安易な投資はしない方がいい」(*1)
日本電産が先日発表した2020年3月期(2019年度)決算によると、同社の有利子負債比率は前年比8.6%ポイント増の28.4%で、手元流動性比率は1.6ヶ月分、危機時に十分とは言い難いキャッシュの保有水準です。2019年度は営業キャッシュフローを上回る額の設備投資と事業取得を行い、FCF(フリーキャッシュフロー)はマイナスという攻めの姿勢でしたが、今後2-3年間はトップラインの急成長よりもキャッシュフローを伴う利益成長を重視することになるのではないでしょうか。
さらに、永守氏は、これまで導入に慎重だったテレワークで成果を上げる社員を目の当たりにしてからはそのメリットを認識し「収益が⼀時的に落ちても、社員が幸せを感じる働きやすい会社にする」と述べました。
また、コロナ危機の影響の甚大さを前に、「利益を追求するだけでなく、⾃然と共存する考え⽅に変えるべきだ」と述べるなど、これまで厳格に数字でビジネスを管理して大きな結果を出し続けて来たカリスマ経営者が、「自然と共存」「社員の幸せ」といったSDGs(Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標))に関連するキーワードを発信するようになりました。
アフターコロナで企業に求められる3つの行動変容
こうした変化は今後、他の企業でも見られるようになるでしょう。アフターコロナの世界は、次の3つの大きな行動変容を企業に促すのではないでしょうか。
- 前年比増を前提とした売上成長よりもサステイナビリティー重視に舵を切ること
- 利益を源泉とするキャッシュフローの創出への注力
- 危機に備え事業規模や固定費に応じた額のキャッシュを保有すること
また、前述のキャッシュリッチ企業3社はいずれもファブレス(生産を外部委託)であるため、「持つ経営」「持たざる経営」についても、再考するきっかけとなりそうです。
前編・後編を通じてみて来た大企業の動向は、投資や経営の世界だけでなく、消費者の生活にも間接的に影響を与えます。変わりゆく経済情勢と企業の経営動向から、今後も目が離せません。
(*1)日本経済新聞「⽇本電産・永守⽒、新型コロナ「利益⾄上」⾒直す契機 コロナと世界(9)」(2020年4月21日 朝刊)より抜粋
諸井 美佳
グロービス・ファカルティ本部研究員
慶應義塾大学商学部卒、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所修了。
外資系証券会社では株式部門、日系証券系シンクタンクでは企業調査部にて小売銘柄のリサーチ業務に従事。
グロービス経営大学院にてアカウンティング・ファイナンス領域のケース・コンテンツ開発を担当。