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投稿日:2020年04月20日
投稿日:2020年04月20日
アートは「鑑賞」から「保有」へ。元サザビーズ日本代表が語る、アートとビジネスの関係性とは ――グロービス 経営大学院・公認クラブ「グロービス アート&デザインコミュニティ」 イベントレポート
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グロービスの学生が、共通の目的や問題意識をもつ仲間と自主的に取り組むクラブ活動の活動事例紹介。
前回の代表幹事インタビューに続き、先日行われたグロービス経営大学院・公認クラブ「グロービス アート&デザインコミュニティ」が主催するイベントの内容をお届けします。
アートは新たな視点をもたらし、⼈⽣を豊かにする――こうした考えのもと、アートやデザインに関する情報共有コミュニティを運営するグロービス公認クラブ「グロービス アート&デザインコミュニティ(以下、GAD)」。全国にいるグロービスの学⽣が「アート」「デザイン」というキーワードでつながりネットワークを形成することで、互いにインスピレーションを与え合い学び合えるコミュニティを構築し活動している。
昨年9月から、アートやデザインを中心に、あらゆるジャンルのプロフェッショナルを招いて対話するイベント「DIALOGUE with GAD」を開催。今回は、株式会社 AG ホールディングズ 代表取締役 柴山哲治氏(元株式会社サザビーズジャパン代表)が登壇したイベントの模様をレポートする。
柴山氏は、一橋大学経済学部卒。三菱商事勤務を経て、ハーバードビジネススクール(HBS)に入学。卒業後は、アメリカの富豪ロックフェラー家の資産管理を行うロックフェラー・アンド・カンパニーに5年勤務。その後、サザビーズジャパン代表を務め、2006年に株式会社 AG ホールディングズを設立した。現在は、これまでの経験等を活かし、企業の社会的責任コンサルティング、芸術家育成事業、文化・芸術に関するオークション等の企画立案、制作・運営を手掛けている。
本イベントでは、「若手アーティストを支えるオークションの可能性」をテーマに語った。
はじめに柴山氏は、「ロックフェラー・アンド・カンパニーに勤めなければ、おそらくアートとはまったく縁のない人生だっただろう」と話した。柴山氏がアートに関心をもつようになったのは、同社に勤めて3年が経ったころ。オフィスのいたるところに現代アートが飾ってあったという。当時を回想しながら柴山氏は、ロックフェラー家のアートに対する考え方を以下のように話し始めた。
「3代目当主のデイヴィッド・ロックフェラー氏は、『アートと科学(基礎研究)は、資本主義だけに任せておくと失敗する可能性がある』と話していました。成果をすぐに求めるのではなく、むしろ成功に導くためには金を膨大に出さなければいけない、と。つまり、金儲けを目的にしてはいけないということです。ロックフェラー家はアートや科学に対して、人生を豊かにしよう、社会に対して良いことをしよう、という想いから投資していました」
その証拠にロックフェラー家は、今や誰もが知るアーティストがまだ無名だったころから作品を購入していたという。
「アンディ・ウォーホルやバスキアの作品を、約100ドル程度で買っていました。現在、アンディ・ウォーホルの版画を買おうとなると、おそらく10万ドルはするでしょう。ロックフェラー家は40年前に彼の作品を見て、『時代を変えるアートかもしれない』『何かおもしろい』『今まで見たことがない』という思いで買っていたのです」
しかし、いずれ価値が出ると思われる作品だけを買っていたわけではない、と柴山氏は続ける。ロックフェラー家は50年間で6万点ものアート作品を購入した。その中には、数名の大成したアーティストの作品もあったそうだ。
「ロックフェラー家は、作品を購入することで数千人のアーティストに対し、アーティストとして生きていく決意を与えたのだと私は思います」と言葉を継いだ。
続いて柴山氏は、ハーバードビジネススクール(HBS)の事例を挙げた。HBSの校内には、数多くの現代アートが飾られている。これは、アートの創造性とビジネスの創造性は同じだという学生へのメッセージなのだと柴山氏は述べた。
「HBSは、ボストンやニューヨークに住むアーティストの作品を買っています。最も特徴的なのは、キュレーションをしないこと。アートに関する解説もしていません。先入観をなるべくもたない状態で、自分の好きな作品を探してほしいという思いが込められています。そして、作者名とタイトルの傍らには大きなフォントで『Donated by 〇〇』と書かれており、この絵画は誰から寄贈されたものなのか、すぐにわかるようになっています。購入者はもちろんHBSの卒業生。今では毎年10万ドル近い寄付やアートが、卒業生から寄せられているそうです」
アートマーケットが形成されない日本。その課題とは?
ロックフェラー・アンド・カンパニーを退職した柴山氏は日本に帰国し、世界最古の国際競売会社であるサザビーズ社の日本代表に就任。アートマーケットが日本に根付かない理由について柴山氏は、「アーティストを生み出すシステムに課題があるから」と語る。
「日本は、文化振興と言いながらアーティスト予備軍を大切にしていないのです。毎年80の美術大学から2万人もの美大生が出ているのに、彼ら彼女らを社会が活用していない。これは非常にもったいないことです」
そして、アーティスト予備軍を活用できるシステムが、オークションなのだという。オークションは理念であり方法であり、機能のようなものだと柴山氏は話す。このシステムを使い無名アーティストを売り出す流れを、柴山氏は十数年にわたり創出している。
日本にアートマーケットが形成されない理由はほかにもある。それは、日本でアートパトロンに関する歴史を教えていない点だ。世界でアートが発展してきたのは、作り手とパトロンがいるから。しかし、日本の美術史で学ぶのは作り手に関することだけだ。
アンディ・ウォーホルも、ロックフェラー家というパトロンがいたからこそ偉大なアーティストになれた。日本では財閥系企業をはじめ、ブリヂストンや東急、サントリー、近年ではベネッセやZOZOTOWNがアーティストを支えてきた。アートパトロン史をしっかり教えるようになれば、パトロンが増え、日本のアートマーケットはさらに広がるのではないか、と柴山氏は期待を込める。
「アートマーケットには、完成した作品を直接購入する一次市場と、作品がマーケットに出てくる二次市場があります。アーティストから直接買っても、ギャラリー経由で買っても、一枚買えば誰でもコレクターあるいはパトロンです。アーティストがピラミッドの一番上にいるとしたら、それを支えるのがコレクターやオークション、ギャラリー、美術館など。しかし日本は、美術館・ギャラリー・オークションがバラバラに存在していることもまた、アートマーケットが生まれにくい理由になっています」
美術館・ギャラリー・オークションの三者がコラボレーションしない背景には、何があるのか。柴山氏は、日本の学芸員がアカデミズムを重視していること、かつクローズ意識が強いことを挙げた。
「あるTV局が展示作品を指して学芸員に『これ、いくらしますか?』と尋ねたら、『もう取材しなくて結構です』と言われたという話があるほど、アートの経済的価値を語ることに拒否反応を示す人が多い。アカデミズムの探求はもちろんしてほしいのですが、美術館はもっと無名アーティストの作品を買ったり展示したりしてほしい。そうすることによって無名アーティストの作品の経済的価値が上がるからです。金沢21世紀美術館は、すでにそのような取り組みを始めています。この活動は非常に重要だと感じます」
アートを購入することは、企業への投資と同じである
現在、柴山氏はアートに関するレクチャー、オークション、アーティストとの懇親会をプログラム化した総合アートイベント「AGホールディングズ・アート・パトロンズ・コミュニティ(AGHAPC)」の準備を進めているという。その目的は、“観るアート”から“買うアート”への転換だ。
「映画『アートのお値段』(2018年公開)の中で、「ownership is involvement(オーナーシップ・イズ・インボルブメント)」という非常に良いセリフがありました。これはアートを「観るものから所有するものへ」という意味合いです。作品が購入されてはじめてアーティストにお金が入ります。「インボルブメント」という単語は日本語で解釈しにくい言葉ですが、私は「アーティストと一緒に成長すること」だと捉えています。皆さんも「ownership is involvement」という言葉をぜひ覚えておいてください」
柴山氏がこの「ownership is involvement」という言葉を強調する理由は、アートを購入することはビジネスに投資することと同じだからだ。
「HBSが校内にアートを飾るのは、起業家教育の一環。アートを見ていると、良いアイデアが浮かぶからです。左脳ばかりを使っていては、クリエイティビティな発想は生まれません。心の余裕や素晴らしい人間性がないことには、ビジネスで成功しない。これもまたHBSの隠れたメッセージです。」
「また、卒業生が『この絵に勇気づけられた。買いたい』と申し出ることもあるそうですが、HBSは、『君の会社がIPO(株式公開)に成功したら、200億円で売ってあげる』と返すそうです。アートを購入するという行為は、スタートアップの起業と似ています。資金力のない起業家に対してエンジェル投資家が投資をしますが、そのとき彼らは、『何年後にいくら儲かる?』とは言いませんよね。アーティストとパトロンの関係も同じです」
模擬オークションの体験
次に、柴山氏がオークショニア(競売人)を務めるかたちで模擬オークションが行われた。会場には、京都学生アートオークションに実際に出品される作品のうち3点が持ち込まれ、参加者全員が入札者になって競り合う。オークションは1万円からスタートし、その後、5千円ずつ上がっていく仕組みだ。
最初に、柴山氏からアーティストの情報と作品の説明がなされた。なお、実際の会場には、作品とともにアーティストも並ぶそうだ。
「自分が気に入った作品を、自分の予算の範囲で競ることがポイント」という柴山氏からのアドバイスのもと、さっそく本番さながらのオークションが始まった。
柴山氏 「1万円、1万5千円、どんどん手を挙げてください。2万円、3万円、4万円……右の方10万円です。このままいくと10万円で落札されますがよろしいですか。11万円、11万円でいいですか? では、11万円で後方の方に落札します」
落札が告げられると同時に、ハンマーを打つ音が場内に鳴り響くと、会場からはワッと歓声が上がった。続いてロット2番、3番とオークションが進行。興奮冷めやらぬまま、疑似オークションは終了した。
文化芸術という教養は、ビジネスの場で役に立つ
続いて柴山氏から語られたのは、三菱商事勤務時代の興味深いエピソードである。
「当時の僕は、原子燃料の取引に携わっていました。ウラン売買のため、毎年、イギリスから販売元の担当者が来日していました。彼らは会議の席に着くと、必ずアートの話題を振ってきました。『昨日、国立博物館で美術鑑賞をしてきました。日本文化は素晴らしいですね』という具合です。そこでこちらも、『イギリスのアートも素晴らしいですね』と返せるといいのですが、僕も含めて日本側のスタッフはチンプンカンプン。一言も発しないまま、『ところで、ウランの値段は……』と商談を始めてしまい、結果は不成立。おそらく彼らは、我々を商売相手としてだけではなく、人として付き合えるかどうか見極めていたのではないでしょうか。教養がないと、ビジネスパーソンとしてまったく尊敬されないということを体験しました。経営を学ぶことは素晴らしいことですが、経営者として人間性を磨き、文化芸術の知識を養うこともぜひ頭に入れておいてほしいです」
質疑応答タイム
イベントもいよいよ終盤。ここからプログラムは質疑応答へと移った。
「企業がアートを購入するメリットについて知りたい」という参加者の質問に対して柴山氏は、企業風土を作り出していると回答した。
「アートを所有していない企業や、アートを話題にできない社員が多い企業では、社員のクリエイティビティが低く、多様性に対する耐性もおそらく低いでしょう。反対に、アートを買ったり美術館をつくったりする企業は、社員のクリエイティビティが高く、多様性も容認されやすい。だからといって、モネやピカソといった有名な作品を飾ればいいというわけではありません。そうではなく、社員同士がコーヒーを飲みながら、『何が描かれているんだろうね』と会話を交わしたくなるような作品がオススメです。そうすれば、人間性や想像力が非常に豊かな社員が増えていくでしょう」
柴山氏の軽妙な語り口によって進行していった「DIALOGUE with GAD vol.4」。アートとビジネスの密接な関係性を知って、アートへの興味が芽生えた人もいるのではないだろうか。アートやデザインのことをもっと知りたいと思う人は、ぜひGADの扉をたたいてみてほしい。
「グロービス アート&デザインコミュニティ(GAD)」とは
人生を豊かにするアートの認知・接触・理解を促し、アウトプットする場を提供することを目的としたクラブ。アートやデザインを中心とした情報共有とコミュニケーションのプラットフォームづくりのほか、美術鑑賞やイベントなども開催している。
クラブ活動とは
社会の「創造と変革」に貢献することをテーマに掲げ、グロービスの学生が自主的に取り組む活動です。共通の目的や問題意識を持った同志が集い、それぞれのクラブが多彩なテーマで独自の活動を展開しています。学年の枠を超えて、在校生と卒業生が知識や経験を共有し合うクラブ活動は、志を実現につなげるための場として、大きな意味を持つものとなっています。
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