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投稿日:2019年11月08日

投稿日:2019年11月08日

『起業の科学』田所雅之氏が説く、スタートアップ成功の7つのステップ ――グロービス経営大学院・公認クラブ「グロービス・アントレプレナーズ・クラブ(GEC)」 イベントレポート

クラブ活動
グロービス・アントレプレナーズ・クラブ(GEC) 活動レポート

グロービスの学生が、共通の目的や問題意識を持つ仲間と自主的に取り組むクラブ活動の活動事例紹介。

グロービス最大の公認クラブ活動である「グロービス・アントレプレナーズ・クラブ(GEC)」。起業家や起業を目指す人、新規事業関連部署に属する人など、さまざまな立場のアントレプレナーたちがビジネス創出のノウハウを学ぶクラブ活動だ。

全国のクラブメンバーが一堂に会する「GECサミット」をはじめ、講演会や勉強会などを精力的に開催している同クラブ。今回は2019年5月に行われた、実業家・田所雅之氏による講演会の模様をレポートする。

似て非なる「スタートアップ」と「スモールビジネス」

田所氏は、日本と米国シリコンバレーで合計5社を起業したシリアルアントレプレナー(連続起業家)。シリコンバレーのベンチャーキャピタルで国内外数多くのスタートアップを評価してきた実績も持つ。

2017年に出版した著書『起業の科学 スタートアップサイエンス』(日経BP)は、数々のスタートアップの課題や失敗を見てきた経験を活かし、起業のノウハウを体系的にまとめた名著。世界で5万回シェアされた1,750枚のスライドをベースに加筆されたもので、Amazonの経営書売上ランキングでは発売以降82週連続1位を記録するベストセラーとなった。各所からの講演オファーも絶えず、本日はこの講演が3本目という多忙ぶりだ。

冒頭で田所氏は、「日本では『スタートアップ』と『スモールビジネス』をひと括りに『ベンチャー』と呼ぶが、それでは戦略を誤ってしまう」と強調した。起業=スタートアップではなく、世の中の起業の多くは実はスモールビジネス。スモールビジネスとは、すでに顕在化されている市場でより良いものを提供するビジネスを指す。

「3Cや4P分析はスモールビジネスにおいては有効ですが、スタートアップでは、これらのフレームワークはほとんど役に立たない。市場が存在するかどうかもわからない段階なので、もっとも大事なことは仮説構築とその検証です」

指数関数的に成長し、世の中にイノベーションを起こすスタートアップを実現するには、どのようなプロセスが必要なのか。田所氏は7つのステップを紹介した。

1.破壊的イノベーションを理解し、活用する

ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授は、イノベーションのタイプを「破壊的イノベーション」、「持続的イノベーション」、「効率化イノベーション」の3つに分類した。そして、スモールビジネスが「持続的イノベーション」であるのに対し、スタートアップは「破壊的イノベーション」であると田所氏は言う。

持続的イノベーションは、「既存のカスタマーの顕在化したニーズに対し、顕在化したビジネスモデルで、より効率的なプロダクトやサービスを提供することが原則となる」と田所氏。つまりリソースの投下により、既存の商品を改良することがスモールビジネスのあり方であり、既存のカスタマーにいかに見放されないかが重要となる。

一方で、破壊的イノベーションは、既存のプロダクトやサービスよりも低機能・低価格で高ユーザビリティのものを提供すること(ローエンド型)。あるいは、従来の市場にはないまったく新しいプロダクトやサービスを生み出すこと(新市場型)だと言う。

多くの機能を持った高価格の商品が競争する中で、一部の機能だけが備わったシンプルで使いやすい低価格の商品が現れた場合、顧客の関心は後者に向く。これがローエンド型の破壊的イノベーションである。

新市場型は、たとえば従来のホテルが持続的イノベーションであるなら、破壊的イノベーションを起こしたのは民泊プラットフォームを提供するAirbnb。2008年に創業した当初は「ニッチすぎて市場がない」と言われ、VCからも断られ続けていたという。

「当時はまだシェアリングエコノミーという概念はありませんでした。しかし同年のリーマンショック後、家賃やローンを払えなくなった人がAirbnbを利用し始め、Facebookを与信インフラとして活用したことで徐々に利用者が増加。2010年頃には需給バランスが均衡するまでに顧客ニーズが高まってきたのです。ホテル業は土地を購入し、建物を建て、許可を取得して…と開業まで長い道のりなのですが、Airbnbはすぐにでも始められる。破壊的イノベーションが、ある瞬間に持続的イノベーションを超えると、どんな手を打っても追いつかれない状態にまでスケールすることができるわけです」

破壊的イノベーションと持続的イノベーションの違いを理解し、効果的な破壊的イノベーションを考えることが、スタートアップ成功の第一歩と言える。

2.いい新規事業のアイデアとは何か?を理解する

「いいビジネスアイデアというのは、ソリューション(解決策)ではなく課題にフォーカスしている。たとえるならば、『ドリルではなく穴に着目する』ということです。ドリルを買いに来るお客さんが求めているのは『穴を空けること』であって、『ドリルを買うこと』ではありませんから」と田所氏は指摘する。いいアイデアを見つけるには、課題の質を高めてからソリューションの質を高める、という流れが重要。逆の流れで進めると、ドリルを作ってからそれに見合った穴を探すのと同じことになってしまう。

「課題の質を高めるには、深い洞察力が必要です。イメージは『優秀な医者になる』こと。通常は症状に対して処方を考えますが、優秀な医者は『なぜ頭が痛いのか』を考え、寝不足が原因なら頭痛薬ではなく睡眠薬を処方する。子育てと仕事の両立がストレスになっているなら、薬ではなくベビーシッターの提案が正解かもしれません」

新規事業の例も挙げてもらった。日本企業が発売し、多くの介護施設や病院に導入されている排泄予測デバイス『DFree(ディーフリー)』は、排泄のタイミングを予測して知らせてくれる画期的な製品。1台導入することでオムツ代を年間3万円削減でき、排泄補助にかかる労働時間を3割削減できたそうだ。

また、Amazonの倉庫システムを開発したエンジニアが立ち上げた『instacart(インスタカート)』は、わずか2タップで配達員が自宅まで生鮮食料品を届けてくれるサービス。彼は以前から「グロッサリーショッピング(食料や日用品の買い物)をするのは面倒」「誰かが代わりにやってくれないだろうか」と思っていたという。地方のスーパーや小売店がinstacartを導入すれば、商品の回転率や売上がアップする。同時にinstacartも売上がアップするため、互いに有益なビジネスモデルである。田所氏が「instacartは何の会社?」とinstacartのトップに尋ねたとき、彼は「ユーザーに時間を売っている」と答えたそうだ。

「sexyなアイデアは、一見unsexyなアイデアであることが多い。たとえば『DFree』の場合は、たいていの人が『漏れないオムツ』を考えそうなところを、その前の段階から防いでしまおうと発想しています。『instacart』の場合も、口に入れるものを他人に届けてもらうのはなかなかリスクがある。いいアイデアの基準のひとつは、人に話すときに恥ずかしいと感じること。一見悪く見えるアイデアを持つスタートアップこそが、世界を変えてきたのです」

3.現状分析ではなく、徹底的にユーザーを観察してユーザーのあるべき体験を考える

モノづくりからコトづくり(体験づくり)の時代になり、「ユーザー体験」を考えることがソリューションと同等に重要となった。自らのサービスやプロダクトを通じて、どのようなユーザーエクスペリエンス(UX)を提供できるかまで考える必要が出てきたのだ。

「カスタマーをサービスやプロダクトにハマらせるには、機能追加よりもUX改善が重要。利用前・利用中・利用後と、利用時間全体の累積的UXが優れているものほど、カスタマーの定着につながります」と田所氏は言う。

たとえばUberは、利用前(予期的UX)には「いつ車が来るか正確にわかる」、利用中(一時的UX)には「非常に簡単な操作で利用できる」「フレンドリーなドライバーとコミュニケーションできる」「事前に登録したクレジットカードにより簡単に決済できる」、利用後(エピソード的UX)には「ドライバーを評価する」といったシームレスかつスムーズなUXを提供している。

そのために必要なのは、ユーザーの徹底観察。どうすればユーザーの体験価値を高められるかを徹底的に考えることが重要である。

4.高速で市場に投入して、顧客からフィードバック(学び)を得る

「スタートアップは事業ではなく実験」と田所氏。開発中に市場が変化し、多くのリソースを費やしたにもかかわらず、ニーズのないものをつくってしまうリスクを減らすには、ウォーターフォール型(上流工程から下流工程へ順次移行していく開発手法)ではなく、MVP(minimum viable product/実用最小限の製品)を活用したリーンスタートアップ型のプロセスが求められる。

完全な製品に仕上げる前に、まずは実用に足る最小限の製品を市場に投入し、顧客の反応を確認しながら改良を進めていくのがリーンスタートアップ型。簡単に言えばタイヤから車をつくっていくのではなく、最初にスケートボードをつくり、実際に使用した顧客の声をもとにキックスケーターをつくり、最終的に車を完成させるという流れだ。アメリカのアパレル通販会社Zapposは、MVPの段階ではシステムをつくり込まず、手動でロジスティクスを運用したという。

「MVPは、一見悪く見えるunsexyなアイデアにもとづいていなければなりません。LinkedIn創業者のリード・ホフマン氏は、MVPを世に出したときに恥ずかしい気持ちが湧いてこなければ、そのローンチのタイミングは遅すぎたと考えるべきだと言っています」

5.最初は小さな市場から支配する

市場を獲得するには、大勢のユーザーをハッピーにする前に、ひとりのユーザーを心からハッピーにするにはどうすればいいか考えることが重要だ。多数の「そこそこ好き」な人を大ファンにするのは難しい。まずは少数のファンを「大ファン」にしてからその数を増やしていく、つまりエンゲージメント(愛着心)を高めてからユーザー数を増やすことが成功への近道であると田所氏は説く。

「Amazonは創業当初から『オンライン小売市場を支配する』というビジョンを持っていましたが、最初は意図的に書籍領域からスタートしました。本だけで100万タイトルを揃え、特定のユーザーを大ファンに育ててから、満を持して領域拡大に踏み切ったのです」

6.顧客データを定量的にとる(Data is king)

人間は、自分に都合のいい部分や関心のある部分だけを見る傾向がある。事実を湾曲させず的確に把握するには、定量的な顧客データを取得することが重要だ。

そのために有効なのがAARRR(※)の導入である。ユーザー行動の変化を「Acquisition(ユーザー獲得)」「Activation(利用開始)」「Retention(利用継続)」「Referral(紹介)」「Revenue(収益発生)」の5フェーズに分け、分析や課題抽出を行うフレームワークだ。フェーズごとにKGIを洗い出し、KPIに因数分解する。また、コホート分析(特定の期間におけるユーザーの行動を指標ごとに数値化し分析すること)を用いて顧客の定着率を計測することで、戦略的な事業成長を実現できる。

※グロースハックにおける顧客行動の分解モデル。海賊の叫び声を模していることからPirate Metrics(海賊指標)とも呼ばれている。

7.時代の変化を理解する

最後のステップとして田所氏が挙げたのは、時代の変化を理解すること。以前は開発にある程度の時間をかけることができたが、パラダイムシフトが加速化している現代では、サービスやプロダクトの旬な時期がどんどん短縮化している。

「投資家でエンジニアのマーク・アンドリーセン氏は『Software is eating the world』と書きましたが、僕の予想では今後5~10年でテクノロジーがますます力を増し、あらゆる産業の構造やバリューチェーンを大きく変えてしまう時代が到来すると思っています。優れた起業家はみな、時代の変化を先読みする先見性が備わっているのです」

仮説構築は、顧客を知るための重要な一歩

質疑応答タイムでは、参加者から紹介されたプロセスに関する疑問がいくつか寄せられた。

まずスタートアップに不可欠な仮説構築を行う際の留意点について。田所氏は仮説構築の流れを「①主要な登場人物を洗い出す」「②登場人物のペルソナを作る」「③ペルソナの現状の行動プロセスを洗い出す」「④行動プロセスの中で、課題がどこにあるか仮説を立てる」「⑤課題を解決する既存のプロダクトやサービスを洗い出す」「⑥既存のプロダクトやサービスの不全(不便・不満・不安)をカスタマーから直接聞き出す」と説明。

さらに⑥に関しては、知り合いやSNS、スポットコンサルサービス(1時間から活用できるスポットでのコンサルティング)の『ビザスク』などを活用し、フラットな視点からプロダクトやサービスについて意見が述べられるエバンジェリストになりそうなユーザーを探すことが重要と語った。ユーザー自身も不全を的確に言語化しにくいため、ユーザーの声をそのまま鵜呑みにするのではなくKJ法(課題解決のアイディアを出すための手法)などを用いて分析することが、真実を見極めるには欠かせないという。

ちなみにスケールする前のスタートアップのチーム平均人数は、成功企業が7.5人、失敗企業は19人。また、成功企業は「開発する人」と「ユーザーに接する人」が同じ(=境界線を設けない)であるのに対し、失敗企業は分業制を採っているケースが多いと言う。「顧客を知ることとサービスを開発することの距離が短い」ことがスタートアップ成功の秘訣であることを裏づける興味深いデータである。

「B to Bのビジネスでイノベーションを考える際のポイントは?」という問いには、「意思決定者」「ユーザー」「インフルエンサー」それぞれのペルソナを設定し、それぞれが成功した状態をつくることが大切であると言及。

7つ目のプロセスで紹介された「時代の変化」について詳細を問う質問には、PEST分析(Politics 政治/Economy 経済/Society 社会/Technology 技術)の重要性を説いた。

「実は規制産業ほどビジネスチャンスが大きい。規制が緩和されたタイミングで、カスタマーファーストの発想でいいプロダクトやUXを提供できる企業が、市場を勝ち取ります。『Zoom out before you zoom in.』つまり、詳細を見る前に全体像を見ることが大切」

仮説構築を行うと、「無知の無知」から「無知の知」になると田所氏。自分たちが顧客のことを実は何も知らないことを認識することで、はじめてスタートラインに立てるということだ。スタートアップの成否は、いかに顧客を知り、いかに起業を科学的に捉えて失敗を回避できるかで決まる。より詳細な内容を学びたい方は、田所氏の著書をぜひ手にとっていただきたい。

「グロービス・アントレプレナーズ・クラブ(GEC)」とは

「日本を代表する起業家を輩出し、相互支援を果たす」ことを目的とした、在校生・卒業生約2,200名(2018年7月現在)が在籍するグロービス最大のクラブ活動です。起業に関する情報共有、人材のマッチング、起業家を招いた講演、新規ビジネスの相談の場として、知恵・経験・人脈の全国に及ぶ起業家支援のプラットフォームの役割を果たしています。これまで、この活動を通じて、80名を超える方々が起業し、うち数社が数十億円レベルのベンチャー企業へ成長しています。

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クラブ活動とは

社会の「創造と変革」に貢献することをテーマに掲げ、グロービスの学生が自主的に取り組む活動です。共通の目的や問題意識を持った同志が集い、それぞれのクラブが多彩なテーマで独自の活動を展開しています。学年の枠を超えて、在校生と卒業生が知識や経験を共有し合うクラブ活動は、志を実現につなげるための場として、大きな意味を持つものとなっています。

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