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投稿日:2019年02月14日

投稿日:2019年02月14日

イノベーションは人の密集によって起こる――ボストンのエコシステムに学ぶ

難波 美帆
グロービス経営大学院 教員

マサチューセッツ州のイノベーションエコシステム、4つの特徴

前回に続き、ボストンを訪ねて実際に見ることができた、イノベーションエコシステムを紹介したい。

初日の午前中は、CIC(ケンブリッジ・イノベーション・センター)のブロードウェイ1番地にあるコーポレートオフィスの一室で、レクチャーを受けた。このオフィスは2002年にボストン建築家協会から優秀デザイン賞を受賞している。

まずは、在ボストン日本総領事館の櫻田城領事から、マサチューセッツ州のイノベーションエコシステムの概要を伺った。同総領事館は、CIC内にサテライトオフィスを開設しており、ここを訪ねる日本人起業家に対して、ブリーフィングやエコシステム関係者への紹介を行なっている。

櫻田氏によれば、マサチューセッツ州のイノベーションエコシステムの特徴は4つ。1つ目はライフサイエンスの分野や資産運用・金融、軍事ビジネスなど歴史的、立地的に強い分野があること。ロングウッド・メディカル・エリアと呼ばれる地区には、ハーバード・メディカル・スクールをはじめ、医療・製薬系の分野で仕事をする人なら知らぬものはいないベス・イスラエル・ディーコネス・メディカルセンター、ダナ・ファーバーがん研究所など、名だたる研究施設や病院が固まっている。Biogen(バイオテクノロジー)、Sanofi Genzyme(製薬)などがボストンに社を置いている。

2つ目はB to B ビジネスが多いこと。前述したように大学や大企業の開発拠点があるので、Facebookなどの直接消費者に向けたサービスではなく、製薬企業や医療機関向けに商品やサービスを提供している企業が集積している。

3つ目は米国最古の大学ハーバード大学、MITなどトップクラスの大学を含め多数の高等教育機関、研究機関があり(2016年統計で117のcollege やuniversity)、優秀な研究者・学生が集積していること。

4つ目は政府主導で開発が進んでいること。米国西海岸と比べても、小さなエリアに多くの機関が密集していることで、より連携が取りやすく、これに対して州政府が開発に積極的に関与している。2010年にはボストン市長が、ボストンダウンタウンの南側、シーポートエリア1000エーカーを"イノベーション・ディストリクト"として再開発するとのビジョンを発表。それに呼応し、この地域に、バブソン大学がアントレプレナーシップ学科を開校し(2011年)、2012年は世界初の公共の自立したイノベーションオフィス「ディストリクト・ホール」(後述)が建設された。また、シーポートエリアにある広大な倉庫を改装して造られたInnovation and Design Buildingに世界最大のスタートアップ・アクセラレーターMass Challengeが入居した。その結果、家賃が高騰するケンダルスクエアなどにオフィスを構えられないスタートアップが集まる場所ができた。

イノベーションエコシステムとは?

現在マサチューセッツ州には、3つのスタートアップの集積地がある。1. MIT のお膝元ケンダル・スクエア、ハーバード大学医学部を中心とするロングウッド・メディカル・エリア、2. より新興の(もしくは立ち上がる前の)スタートアップが集まるイノベーション・ディストリクト、3. そして政府関連機関があつまるボストンダウンタウンだ。それぞれに、起業に挑戦する人々、その人たちに場所や設備を貸すインキュベーター施設、資金を支援するベンチャーキャピタルや投資家が集まり、大企業からは資金だけでなくビジネスローンチやマネジメントに知恵を貸すメンターが参加し、起業に適切な時期に適切な支援が得られる。これがうまく回っていることがイノベーションエコシステムの正体だ。

繰り返しになるが、大事なことは、地理的に集積していて会うべき人が出会えること、出会う人々がそれぞれの適切な役割(ヒト・カネ・アイデアのリソースを提供)を果たしながら協業しようとしている(オープンイノベーション)こと、スタートアッププロセスの適切な時期にそれらに手が届く範囲で得られること。これに尽きる。

イノベーションは人の密集によって起こる

午前中の後半はCICのCOE、ティモシー・ロウの話を伺った。CICは1999年ケンダルスクエアに設立された。野心的な、画期的な、発展しそうなアントレプレナーに対して、起業するのに最適な場所で、起業の成長段階に合わせて選択できるオフィス環境を提供している。起業20年でCICはマサチューセッツ州ボストン市とケンブリッジ市の他に、米国セントルイス、マイアミ、フィラデルフィア、欧州ロッテルダムにも事業を展開している。現在最大数の貸しオフィススペースはケンダルスクエア、ブロードウェイ1番地にある。このビルはMITコーポレーションの管理物件、つまりMITの建物だ。ロウ氏はMITの卒業生であり、CICはMITと密接な関わりを持っている。

ロウ氏は、現代のイノベーションは「人の密集によって起こる」ことを強調していた。かつてのイノベーションは孤立した場所で発生した。ディズニーもヒューレット・パッカードもジョブズも車庫から生まれた。しかし、今は違う。イノベーションは様々な組織が集合して協働して生まれる。「イノベーション・ハブ」はそこに集まるイノベーターたちが互いに教えあう機会を提供する。そこでは若い起業家が経験豊富な先輩から学ぶことができる。

彼は「研究者間の距離が近いほど共同研究が生まれやすい(研究室が同じ廊下にあると10.1%、同じ階だと1.9%、階が違うと0.3%)という研究(※)を引いて、「イノベーションの基本は人を引き合わせること」と話した。1960年代には空き地だらけだったケンダル・スクエアに現在立ち並んだビルには、多くの大企業とスタートアップ企業が入居し、1999年からの約20年でベンチャーへの投資額が140倍になった。ロウ氏の考えるイノベーションの成分はシンプルで、「アイデアと才能とお金」。これを1つのビルに放り込んで反応を起こさせようというのがCICだ。

日本でも自治体などが2000年ごろから個人事業主向けの貸しオフィスを提供している(日本SOHO協会の設立は1999年)が、「これとCICは何が違うのか?」という質問を向けてみた。「自治体が提供するコワーキングスペースは便利な所、街の中心部にありますか?人が集まる所から離れていませんか?CICはものすごく便利な場所に、きれいなトップレベルの設備を提供しています。賃料も高いです。そこに入れる力のある企業が集まります」。なるほど、CICに入る段階で発芽する可能性が高いスタートアップが選抜されているのだ。しかし、そのスタートアップでも成功するのは2%程度という。

それでも世界一イノベイティブな1マイルスクエアにオフィスを構えたいチャレンジャーは引きも切らない。マサチューセッツ州の100 を超える大学から排出される優秀な人材が起業を目指し、卒業後の進路にスタートアップで働くことを厭わない。MITがCICに建物を貸すのも、MITの研究者、学生に起業を勧めるメッセージであろう。ロウ氏は言う、「失敗しても全部失うわけじゃない。またチャレンジできると思えるといい。チャレンジする若者のために失敗しても家と車ぐらいは残る。そういうセイフティーネットがあるといいね」

日本で「コワーキングスペース」と名乗る民間の貸しオフィスが登場したのが2010年。東京にも続々と新しいスペースがオープンしている。そこに才能が集まるために、ロケーション、設備などの利便性が大事だ。さらに経験や資金で支援できる投資家や熟練スタートアップ(つまり成長した企業)に関心を持って足を運んでほしい。さらに、1回のスタートアップが背水の陣、人生最初で最後のチャレンジにはならないよという社会のメッセージをどう作っていったら良いか。教育に携わる自分にできることが見えてきた。

※Kraut and Egido, Bell Communications Research, and Galegher, University of Arizona, 1988

難波 美帆

グロービス経営大学院 教員

大学卒業後、講談社に入社し若者向けエンターテインメント小説の編集者を務める。その後、フリーランスとなり主に科学や医療の書籍や雑誌の編集・記事執筆を行う。2005年より北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット特任准教授、早稲田大学大学院政治学研究科准教授、北海道大学URAステーション特任准教授、同高等教育推進機構大学院教育部特任准教授を経て、2016年よりグロービス経営大学院。この間、日本医療政策機構、国立開発研究法人科学技術振興機構、サイエンス・メディア・センターなど、大学やNPO、研究機関など非営利セクターの新規事業の立ち上げをやり続けている。科学技術コミュニケーション、対話によるイノベーション創発のデザインを研究・実践している。