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投稿日:2018年12月07日

投稿日:2018年12月07日

データ活用やオープンイノベーションを成功させるには?SOMPOホールディングスの挑戦

中林 紀彦
SOMPOホールディングス株式会社 チーフ・データサイエンティスト
川上 慎市郎
グロービス経営大学院 教員

本記事は、セミナー「逆境を乗り越えるオープンイノベーション~SOMPOホールディングスのデジタル新規事業への挑戦~」の内容を書き起こしたものです。前編に続き、SOMPOホールディングスの中林紀彦氏にご登壇いただき、オープンイノベーションの要諦も含めてお話しいただきました。(約13000文字)

どんなデータを取ればよいのか?

川上: 私も大学院の授業でデジタル・トランスフォーメーションについて教えていますが、学生から「社内にはいろいろなデータがありますが、どんなデータを使って何ができるのか、どうすれば分かるんでしょうか」といったことをよく聞かれます。そのあたり、「このデータを使うとこんなことができるんじゃないか?」と、もし事業化に向けて当たりをつける方法が何かあれば教えていただけますか。

中林:大きくは2つあると考えています。1つは、既存事業を効率化するということであれば、社内にはネタがたくさん転がっているので、そのデータを集めてなんらかのアルゴリズムをつくり、それを社内に戻してあげればいいというお話です。

たとえば営業成績について「今月はどれだけいきそう?」といった話はよくあると思います。弊社でも各担当にExcelで書かせて、それを部門や支社ごとに積み上げたうえで本社が集計します。でも、そこで既存案件のデータを見ながら「これはいける」「これはいけない」といったことを出すモデルをつくれば、「じゃあ、今月はこれぐらいいけそうですね」といった予測も、ある程度までは出すことができます。そんな風にして既存データをきれいに集めてモデルをつくっていけば、どんどん効率化できるというのが1つ目になります。

それともう1つ。新しいものをつくるためにはどのデータを使えばいいのかというと、やっぱりそこはまだまだ未知数なところが多かったり、そのためのデータがないというケースがあります。ですから、使えそうなデータにはツバをつけておくというか、見てはみますが、それでも「やっぱりこれは使えない」となれば、外へ取りに行くというのも重要になると思います。

社内にデータがたくさんあるということで「なんとかできそうだ」と思っている経営者の方は多いと思いますが、たぶん、それは間違いで(会場笑)。僕としては、それをどうやって経営者の方にきちんと伝えるかという点で悩んでいるところです。

川上:「データならたくさんあるだろ」と言われちゃうんですね。

中林:「うちはデータを持ってる」といったお話はよく聞くんですが、システムのなかには既存オペレーションを回すための必要最低限なデータしかなかったりするんですよね。既存オペレーションを回す範囲であれば、たとえば自動車事故に関しては、「誰がどの車で事故を起こして、どれほど修理金額がかかったか」というデータだけでいいんです。

でも、事故の予防的な新しいサービスであれば、位置情報をはじめ、いろいろとメッシュの細かい情報が必要になります。先ほどお話ししたような加速度も含め、状況を細かく知る必要がある、と。でも、そういうデータがないから取りにいく。じゃあ、どんな風に取りにいくのか。そこをきちんとデザインしたうえでサービス展開することが重要になると思います。

川上:今のオペレーションで使っているデータをそのまま使って何か新しいことができると、あまり考えないほうが良い、ということですね。むしろ事業プロセスのなかで顧客から新たに取り出し得るデータがあるだろうから、「今は取れていないけれども、あそこから取れるだろう」といった仮説を持ってやったほうがいいと。

中林:そうですね。特に新規事業や新サービスという観点で言うと、今あるデータの棚卸はしてみますが、そこにあまり時間はかけません。むしろ、新しいデータを取りにいくサービスをつくり、それをローンチして、そこで集まったデータでさらにその次の展開を考えるというほうが重要になると、これまでの2年で強く思うようになりました。

川上:「データを外に取りに行く」というと、最近はサードパーティの外部データも結構出てきましたよね。民間のビッグデータの取引所も、この10月に稼働し始めました。そのあたりにはどれぐらい期待をしていますか?

中林:もちろん、場、仕組み、法制度は重要ですし、そこはきちんと整備されてきていると思います。ただ、僕としては「どう事業化していくか」が重要であって、そこが合えばうまくいくと思っているんですね。なので、積極的にデータを出したうえで「我々はデータを持っています。待っていますね」というのはナンセンスなようにも感じます。

それより事業やビジネスの仮説に資するようなデータセットを持つサードパーティとコンタクトを取る、もしくは少しクローズドな場でサードパーティと2者でやってみる。それでできそうなら3者や4者に広げていく、と。とにかくデータドリブンだと限界があるので、ある程度はビジネスドリブンで引っ張っていかないとうまくいかないのかなと、強く実感しています。

数年前、あるコンソーシアムで「データを集めて何かしよう」という場があって、僕もそこに出てデータを出していろいろやってはみたんですが、結局「ふーん」で終わっちゃって。そこから何か事業ができるということもなかった。だから、データドリブンでやっていくとかなり納得はするんですが、「じゃあ、それをどうマネタイズをするのか」が考えきれていないといけない。事業を考える人がいて、その人がデータをきちんと見ることができている、という状態が必要なのかなと思います。

データサイエンティストを確保するには?

川上:会場の皆さんからも質問がたくさん寄せられてきました。いくつか読みあげてみます。まず、「ブートキャンプで採用できなかったのは、なぜでしょう」と。

中林:うちは採用こそできなかったんですが、ブートキャンプ卒業生のなかには外資系コンサルティングファームでデータサイエンティストになった人が2人ほどいます。あと、スタートアップでデータ系ビジネスをしているところに就職したメンバーも1人います。なので、何人かの優秀なデータサイエンティストが育成できているという実感はあるんですね。

当然、「うちの中途採用プロセスに乗らない?」と、声をかけたメンバーは何人かいます。ただ、いくつかの条件で保険会社の総合職に合わず、最終的には落とされたメンバーもいます。

デジタル戦略部の新しい取り組みには共感してくれて、応募もしてもらえるんですが、採用プロセスのなかで、保険会社総合職としての給与も含めた採用条件や労働条件が出せなかった。もしくはデジタル戦略部以外のところへの異動を含めたオファーを出すと、「デジタル戦略部でしか働きたくない」ということで辞退なさったり。

エンジニアリングやデータサイエンスといったテクニカルリソースを受け入れる素地が、残念ながらまだないんですね。ですから断られるケースもありましたし、残念ながらこちらからお断りするケースもありました。

川上:「データサイエンティストは何名いますか」という質問もいただいています。

中林:先ほどフランチャイズというお話をしましたけれども、ホールディングスのデジタル戦略部と事業会社を含めて、今はグループで50人ぐらいですね。事業規模や全従業員数を考えると、もっといてもいいかなと思います。

川上:イスラエルとシリコンバレーにはどれぐらいいらっしゃるんですか?

中林:シリコンバレーは10名程度ですね。イスラエルのほうは立ち上げたばかりなのでそこまでいないです。シリコンバレーは今までリサーチだけでしたが、最近はPoCを回しはじめています。

川上:「D-STUDIO」のコミュニティでも、シリコンバレーやテルアビブとの連携や情報交換みたいことをしているんですか?

中林:そこはまだできていないですね。東京チームだけです。ただ、面白いシーズがあったらどんどん「D-STUDIO」に放り込んで、「このシーズから何かアイディアを出してね」といったことはやりたいなと思ってます。

川上:そういう意味でも、「D-STUDIO」はインキュベーションの場になっていこうとしているように感じます。

どのタイミングで事業化し、成果はどう見せるか?

川上:「仮説検証のあと、それをビジネス化するGoサインの判断というのは、どういった基準で行っていらっしゃるんでしょうか」というご質問も来ています。

中林:最終的には一定のビジネス規模がないといけないわけですが、その前に我々は「ステージゲート」と言っていますが、クライテリアにもフェーズを設けています。まずは一定のフィージビリティスタディをするようなフェーズ。そこで技術検証だけでなくビジネスモデルやニーズを見ていったりします。で、それができたら次はビジネスモデルの仮説が本当に成り立つかどうかを考えます。そして、その仮説が成り立つなら、次は「じゃあ、この投資に対していくらのリターンがあるか」という事業計画を立てる。そんな風に2段階か3段階ぐらいのクライテリアを設けて進めていく感じですね。

川上:“Go or No-go”を一発で完全に決めちゃって、そのあと数年放っておくというより、四半期ぐらいの単位で進捗しているかどうかを見ていくという感じですよね。

中林:リーンスタートアップというと、そこまできれいじゃないんですが、それに近い感覚です。何かのシーズやニーズがあったとしたら、そこからスモールスタートしたうえで、どこかでピボットしてもいいと言っていますので。

川上:どかんとお金を出して「2年後までに頑張って」ということではなく、たとえば四半期ごとや半年ごとに「仮説に関してビジネス的なフックがあるかとか、そういう検証はやってね」と。そこをきちんとクリアしたら、たとえばデータベース開発に投資をしたり、人材を大量に獲得してコンテンツを増やしたりするという、そういうゲートをきちんと設けましょうということですね。そこで仮に方向転換するならその意思決定も含めて考えてもらう必要がある、と。

関連して、「こうした取り組みは簡単に成果が出ない部分もあります。短期と中長期の成果をどのようにバランスさせていらっしゃるのでしょうか」とのご質問も来ています。

中林:「これは結果が出ていて、これは結果が出ていない」というポートフォリオをつくることができるならつくりたいんですが(笑)、難しんですね。「長期的にはこれで結果が出るから、これを1つポートフォリオに置いておいて、その前に短期的なものを2~3つ置いておこう」ということが、なかなかできないというか。

金額は別にして、プラスの成果を小出しにできる状態を少しつくっておく必要はあるのかなと思います。そればかりだと大きくならないのでスケールするものの仕込みもちゃんとやらないといけないんですが、それ以前に単年度で結果を求められたりもするので。

川上:最近は「P/L脳」なんていう言葉が有名になったりもしていますが、「結局、今年の損益はどうなんだ?」といったことを聞かれてすごく大変なことはあると思います。ただ、短期と長期の成果の組み合わせというのは、経営トップにプレゼンテーションしていかなければいけないことでもありますよね。そのあたり、たとえば単年度で「こういう成果が」というのはなかなか難しいにしても、上に納得してもらえるような説明の仕方というか、「P/L脳」を超えるような説明のポイントのようなものは何かあるんでしょうか。

中林:1つは、僕ではなく、経営陣のなかのプロパーの人に説明してもらうという。社内の言葉とネゴシエーションのほうが効くと思うので。自分たちで理屈をこねて「こうです」と言うより、「これを説明したいんだけど、どう話せば?」という点も含めてお願いする、と。

グローバル展開で成功するには?

川上:現在、海外では中国平安保険や衆安保険といった会社が大変な勢いで成長しています。先日は御社からも衆安保険との提携という発表がありました。そのあたりも含めて、海外の状況はどのようにウォッチしていて、どのように取り込んでいこうとお考えですか?

中林:海外のラボに加えて東京にもリサーチチームがあって、そこから海外の保険動向や情報がマンスリーであがってくるようになっていますね。

川上:そこは大企業さんの強みですね。保険業界の状況に関する情報収集力はめちゃくちゃ高い。スタートアップの方は、なかなかそこまで見ることができないと思うので。それで今回は衆安保険さんとの提携ということですが、こちらはオンライン保険で中国No.1と言われていますし、そういう意味ではすごく妥当なパートナーシップだと感じます。そのあたり、海外の、あるいは新興の保険会社と話をするときのポイントが何かあれば。

中林:やっぱり直接会って膝を突き合わせて話すとか、そういう部分ですね。今回はビジネスサイドに加えてテクノロジーサイドもかなり協業することが決まっていたので、僕も上海に行きました。で、あちらの開発チームとディスカッションをしながらいろいろ教えてもらったり、「あ、これはいいね」ということでジャッジの1つにしてもらったり。そういうコミュニケーションは大事だと思います。言葉の問題はたぶんなんとかなるので。

川上:「この会社と一緒にビジネスができるか」と考えるとき、「ビジネス的にアライアンスを組むと有利」とか「互いに補完できる」というだけじゃなくて、「技術的に組んでいいことがあるかどうか」ということも相当大事になると思います。その辺の目利きや議論というのは社内で行われたりするんでしょうか。

中林:目利きができるメンバーというのも今はそれほど多くないので、その辺がきっちりできているかというと難しいと思います。ただ、僕らも含めて直接会って話をしてくれば良いか悪いかの判断ができるメンバーは揃ってきていますから、その辺は考えていますね。また、この辺は大企業ならではかもしれませんが、我々は複数のスタートアップを比較したうえで組むところを決めることができるというのもあるので。

川上:テクノロジーサイドから「こことはあまり組みたくないな」ということで、ビジネスサイドのGoサインをひっくり返したりするようなことはあるんですか?

中林:あります。それで飛んだプロジェクトはあります。たとえば、打ち上げ花火としては面白いんですが、実装までの道のりが遠いということと、やっぱり技術的に難易度が高かったという。

川上:逆に言うと、そういう視点できちんと目利きできる人が社内にいないと、そうしたアライアンスはうまくいかないということですか。

中林:そうですね。大企業でもスタートアップでも「技術力を売りにしてる」とおっしゃるところは多いです。たとえば「うちはディープラーニングできます」ということでいらっしゃる会社もあるんですが、サンプルコードを回せるだけの学生っぽい人たちが来て、プロジェクトに何百人月の単価を取っているというケースもあって(笑)。それで僕らも何回か騙されてます(会場笑)。「騙される」というと言葉は悪いんですが、「これ、本当にできるの?」と聞くと「できます」とおっしゃるんですが、「やっぱりできませんでした」となるケースもありましたから。

規制の中でどう新規事業を興すか?

川上:「日本の保険業界は規制でガチガチです。保険業界でも破壊的イノベーションは必要でしょうか?」「業界を変えるような新しい動きを受け入れるため、どうやって企業の文化や組織を変えていけばよいでしょうか」というご質問もいただいています。

中林:2つあって、1つには法律も変えていかなければいけないと思います。僕も内閣府の集まり等で発言する機会があるので、弊社のボスたちも含めて「両方変えていかないと変わらないよ?」というお話はしています。ただ、一方では企業のなかも変えていかないといけない。その方法に明確な答えはないんですが、1つには外の血を多く入れるというのがあるのかなと思います。決まった業態を最適に回すことと、ゼロから1をつくりだすことはまったく違いますから。今は技術的にも違ったものが要求されていますし、そこは外から人を連れてきて非連続に変えていくというのが、現時点では1つの回答になると思います。

川上:業法等で守られている業界ほど「自分たちでプロアクティブに変化していかなければいけない」という意識が低いように感じます。なので、外からの参入に対しても脆弱なところが多いのかな、と。たとえば今の日本のヘルスケアの世界は本当に規制でガチガチなので、ちょっと外から入ってこられると、あっという間に壊れちゃうんじゃないかというのが私の感覚です。

中林:そうですね。保険業もかなり守られてきました。法律に加えてシステムとしても守られているというか、閉ざされたところがある。なので、外からプレイヤーがやってきて「日本でこういうのをやります」と言った瞬間、ディスラプトされるんじゃないかと思います。

川上:その辺は経営トップの方に危機感を持ってもらって、「法律を変えてください」と言っていただいたりすることも含め、アクションを起こしてもらわなければいけない、と。

中林:「某省庁に、こういう風に制度を変えてもらうように言ってね」という、会社のなかでそういう危機感があるということで。

スタートアップとどう協業するか?

川上:プロジェクトにおけるスタートアップの活用についても質問をいただいています。「どのような目利きでスタートアップを選んでいるんでしょうか」「つくりたい事業に適した技術や知見を持つスタートアップを、どのように探せば良いですか?」というご質問です。

中林:僕はIBM時代に「IBM BlueHub」というスタートアップ支援プログラムを立ちあげ、そこから4年ほど、スタートアップの界隈でいろんな接点を持ってきました。1つにはそうした接点が重要だったかなと思います。どんなスタートアップが何をしているかも、たとえばFacebookで自分のタイムラインを見れば分かったりしていたので。ニュースも含めてそれが情報源の1つですね。あと、技術的な話はすごく重要ですから、僕も自分で手を動かすようにはしています。

川上:具体的にはどんなことをなさるんですか?

中林:ディープラーニングや機械学習については、自分の端末でも簡単なものであれば動くようにしています。データセットについても生データを見ながら機械学習を回して、「あ、こういう感じならこれぐらいの事業として実装できるな」と。やっぱり事業実装のところでお金がかかっていたら使い物にならないので、その辺のバランス感覚は自分でもなんとなく肌感覚で掴めるようにしています。それによって自分でも一定の技術的評価ができるようにしていますし。あとは、自分が持っているネットワークのなかで評価または注目されている人や技術についても、いろいろと情報収集をしたりしているという状態ですね。

川上:私もそうですが、自分が今まで実際に会って話したことのある会社については、「あの会社ならこういうことができるんじゃないかな」というふうに、頭のなかにあるデータベースが生きるように思います。逆に言うと、それぐらいしか頼るものがないというか、それでも分からなければ、その界隈の人にFacebookで「ちょっとあの辺で面白い話、知らない?」なんてメッセージを打ったりしています。どちらかというと中林さんもそういう感じですか?

中林:おっしゃる通りですね。もう仕組みでもなんでもなくて(笑)。コミュニケーション手段はデジタルなんですが、やってることはまったくアナログです。

川上:やっぱりFacebookの友達リストが最強のデータベースで、“Know Who”をどれだけ自分のなかに蓄積するかが、実は鍵なんじゃないかということですね。一方で、「ビジネスからでなく、逆にスタートアップの技術を起点にして自社のビジネスをデザインするということはないんですか?」というご質問も来ていますが。

中林:100%のシーズドリブンでは無理だと思います。シーズドリブンも考えつつ、ニーズドリブンも考えるということで、両面やるようにしていますね。シリコンバレーの弊社ラボも、あちらで結構面白いスタートアップを見つけてきます。それで、「このテクノロジー、面白いよ?」「このデータセットを使ったらなんかできそうだよ?」なんて教えてくれたりもするので、それはそれで見つつ、一方では日本の状況や市場を見ながら、「あ、ここに当てられそうだな」と。そういうことを含めて両面で考えています。

川上:技術に関して、パッと見て「これに当てられそうだな」と思うということは、マーケット側の感覚が中林さんのなかにあるということですよね。「このマーケットのこういうところならお客さんがいるのでは?」と。そういった情報はどんなふうに集めていらっしゃるんですか?

中林:いくつかありますが、まずは興味があるドメインでいろいろと情報ソースを見るようにしています。車もそうですし、最近だと僕は薬に注目していて、薬や薬剤師系のメディアを見るようにしたりしています。それで、その領域のスタートアップが今どんなことをしているかを見たりして。特に資金調達しているようなモデルを見て、「あ、これはイケるんだな。真似をすればいいかな」なんて思ったりしつつ、どうすれば食えるのかを考えたりしています。

川上:「スタートアップと実際に組むにあたって、契約や知財に関するハードルや注意点としてはどういったものがあるんでしょうか」というご質問もありました。

中林:最初は困りました。今日ご紹介したようなケースでも、やりとりが増えてオーバーヘッドがかさんでいきましたし。あと、大企業としてはパワーバランス的に「知財も権利もすべてちょうだいね」ということで契約を取りにいくんですが、スタートアップとしてはそれをなかなか飲めない。そこで落としどころを見つけるのは結構大変でした。

でも、そこで経産省が「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」というものを最近つくってくれたんですね。僕らもそこにケースを出したりしていたんです。そのうえで、「こういうケースで、スタートアップの権利もきちんと保護しつつ、自分たちの利益も損なわれないような契約のテンプレートをつくってね」といった意見を伝えたりしていて。なので、まだ完璧ではないんですが、経産省が一定の指標を示してくれていますから、今はそのガイドラインに従って契約しようという話にしています。

川上:大企業がスタートアップと組むことの難しさとして、大企業は「すべて取るか、何もしないか」という、ゼロサムで考える面が結構ありますよね。また、特にスタートアップや小さい企業に対しては上から目線になって、契約的にもそうなる部分が出てくる。そこで、「ガイドラインに『こういうふうにやらなければいけない』と書かれています」という話にしている、と。

中林:僕はアクセラレータのメンターもやっていたりするので、スタートアップの悩みを結構聞いているんですよね。だから大企業目線でやるというのは、心情的にも「ないな」と。日本のためにならないとも思います。ですから、そこでニュートラルなガイドラインをつくってくれたというのはタイミング的にもすごく良かったなと思います。

川上:他にもスタートアップと組むときの難しさというのはありますか?

中林:先ほどお話しした通り、「僕らはできます」と言う方は多いんですが、そこでどれぐらい“中身”を伴っているかの精査が難しいということはあります。やってみてもらわないと分からない面もあるので。

川上:逆に、スタートアップ側の気持ちまで分かる人も大企業に今ひとつ少ないというか、中林さんのように心情的なところで寄り添える人が少ないということはないですか?

中林:まだまだ少ないかもしれませんが、今はうちのメンバーも、たとえばPlug and Play Japanのような各種スタートアップコミュニティにどんどん出ていって、コミュニケーションを取るようになってきました。なので、少し変わってきたようには思います。

川上:そこで実際に顔を合わせて話をするのがすごく大事ということですね。

中林:フォーマルな場で提案を受けるというより、たとえばカジュアルな場で飲みながらコミュニケーションを取るといったほうが互いに分かり合えますし、それが大事かなという気がします。あと、スタートアップは「人」なんですよね。会社の看板じゃなくて、「この技術を持ったこの人がいるから、ここと付き合う」ということが結構あります。だから「その人が抜けたら魅力が半減する」といった話もあるので、技術面でも経営面でも、誰がどういう役割を担っていて、誰がキーパーソンかをきちんと見極めることも大事になると思います。

川上:会社と会社のお付き合いというよりは個人と個人で、極端なことを言えば、「あの人と一緒に仕事をしたいから」と。そこまで解像度を高めて付き合っていかないと、うまくいかないという。

中林:逆に、スタートアップ側からもそういう部分を見られていると思います。

川上:個人で付き合おうとしている人なのか、会社の名前だけで対応しようとしている人なのか、と。大企業の人はどうしても会社の看板でお仕事をすることに慣れていらっしゃいます。でも、それでスタートアップに行って「私は〇〇会社のものです」と言っても、「で、あなたは何をしたいんですか?」みたいな、そういうコミュニケーションに…。

中林:そこで「あなたは何ができるんですか?」と問われるケースが多いので。

川上:スタートアップと組むときは技術やビジネスより、むしろ“person-to-person”の付き合いが大切になるというのは私も感じます。もちろん契約や知財、とりわけ知財については、逆にスタートアップさんは管理体制がすごく緩かったりします。ですからそこは大企業側のレギュレーションを、一気にではないにせよ、徐々に飲んでもらうというのが重要になるとは思います。そうしたところは注意しつつ、やっぱり“person-to-person”が大事になるのかなと思いますね。

既存事業とのカニバリ、業界の縦割りをどう乗り越えるか?

川上:会場から何かほかにご質問はありますか?

会場:既存事業のデジタル化でも、新規事業の創出でも、既存事業または部門の壁みたいなものにぶち当たることはないでしょうか。たとえばPoCまで行っても実装の段階でなかなか協力を得られなかったりするといった話は、多くの会社であるように思います。

中林:特に効率化における既存事業とのリレーションに関して言うと、既存事業の部門からも兼務という形でメンバーを出してもらっています。〇〇生命の〇〇部門に加えて、ホールディングスのデジタル戦略部も兼務してもらったうえで、一緒に仕事を進めていきますから、コミュニケーションとしてはそこが1つの工夫になりますね。

一方、新規事業のほうは、どちらかというと既存事業から離れた領域で創出することになるので、既存事業とのカニバリもそれほど大きくはない状態です。それより新規事業に関しては“社長”をきちんと育てていくというのが課題になりますね。「D-STUDIO」等でテクニカルなメンバーは集まりつつある一方、そこから生まれた事業シーズをきちんとマネタイズおよび事業化するためのリソースが足りないので。そこをどうするかというのは今も悩んでいるところです。

川上:どうしても各事業で細部のタコツボにはまってしまい、新しい事業を動かしづらくなるというのは、あちこちの会社で聞きます。その辺を解決するため、ホールディングスということで上に中央集権機能を持たせ、ある程度そこに実行権限を持たせることはやはり大事なのかな、と。そのあたり、組織をうまくつくっていくこともすごく重要になると思います。

会場:私は製薬会社の人間ですが、製薬業界ではMRがさまざまな理由で会社を飛び出し、医師と組んでデジタルヘルスのスタートアップをつくったりすることがあります。そんな風に、知見ある人間が業界の外へ出ることでスタートアップという新たな企業体がつくられていくような動きは保険業界にあるでしょうか。

中林:少しずつ出てきています。正直、僕らとぶつかるところもあるんですが、たとえばPlug and Play Japanのアクセラレーションプログラムでも、少額短期保険の事業免許を取得して保険業をやるような人が日本で増えているんですね。既存の大きな保険会社ではできないような、本当に「ワンコインで1日だけ」というような少額短期保険をやる人は増えています。それに、保険だけだとすごくニッチというか、狭いんですが、今はモビリティやヘルスケアといったいろいろなプレイヤーと一緒にやっているので、保険の周辺でも事業がいろいろ増えてきたというのがあります。

川上:そのあたり、業界の垣根自体がかなり溶けてきているように感じます。たとえば「ユーザーから見ると保険じゃないんだけど裏側の仕組みは保険」とか、「保険的にリスクを減らしてくれるけれども事業者がやってること自体は保険じゃない」とか、そういうケースがどんどん増えてきた印象はありました。なので、業界自体がばらけていく部分がある一方で、外との垣根も崩れちゃって、誰が何をやっているのか、もうぐちゃぐちゃというような感じにもなっていますよね。

中林:そうですね。縦割りの業態自体が結構なくなっていくように思います。それで機能がばらけて、あるいは集約されていく。そのなかで我々はどうなっていくかというと、金融業ではあっても契約等はどんどんアウトソースされて、保険リスクの評価が1つのコアとして残るんじゃないかなと思うんですね。ですから、「そういう機能だけをAPI等で提供しながら、他のところをやるというモデルもありだよね」ということも、仮説ベースですけれども話したりしています。そういうのが1つですかね。

川上:たとえば私が新規事業創出等で仕事をしている新聞社に関しても、機能としての紙の新聞屋さんは遠い将来は要らなくなっちゃうんだろうなと思うんですね。なので、メディアをつくるということだけを企業や業界に提供するサービスになっていくということでも、それはそれでいいのかな、と。そういうコンテンツやメディアをつくるノウハウの塊を1つの組織として持っている会社という、そういうふうになってもいいのかなと考えています。それを「業界がばらけていく」と受け取るのも1つの見方ですし、逆に言うと、他業界からの参入が増えて業界の垣根が溶けるという見方になるのかもしれませんし。我々はそんな感じて見ていますし、おそらく医療業界でも同じようなことが起きるのかなと感じます。

この感覚は結構重要だと思うんですよね。業界の敷居のなかで考える傾向が、特に大企業の方は多いと思いますが、「いやいや、お客さんからすれば業界というのはどうでもいいから」と。そういう感じに今はどんどんなっていると、思えるかどうか。そういう考え方が大事だということも感じています。

さて、今日はSOMPOホールディングスの中林さんにお話を伺いました。最後に、グロービスのテクノベートラボがやっているアクセラレータプログラムをご紹介したいと思います。スタートアップと組んでいろいろやっていこうというとき、大企業側の人材や組織、あるいは意思決定体制をどう変えていくかというのが、実はすごく大きな課題になると、我々は考えています。スタートアップさんとうまくやれるかどうかより、むしろ大企業のなかの変革をどう進めていくか。そのシナリオづくりや人材育成がとても大事というのは、今日のお話でも皆さんに感じていただけたと思います。

そうした部分について、研修やセミナー、あるいはワークショップを通じて皆さんにトータルでソリューションを提供できるようにするというのが、我々の取り組みになります。「スタートアップとともにいろいろやっていきたい」「新しい事業をこれから考えていきたい」と思う一方、「社内では上も下も、新しい事業や新しい領域の仕事に対して理解がなかなか進まないんだよね」ということでお悩みの方は、ぜひ我々にご相談いただければと思っています。

ということで、今日は本当にありがとうございました。

中林 紀彦

SOMPOホールディングス株式会社 チーフ・データサイエンティスト

データサイエンティストとして、先進的なアーキテクチャを取り入れた顧客のデータ分析を多方面からサポート。スタートアップ企業の抱えるさまざまな課題をデータ分析およびそれに関わるテクノロジーの観点から支援を行う。また、エバンジェリストとしてビッグデータをビジネスに活用することの価値を幅広く啓蒙。プリセールス・エンジニア、ブランド・マーケティングを経て現職。 2014年4月より、筑波大学大学院の客員准教授としてビッグデータ分析に関して企業の即戦力となる人材育成を担う。

川上 慎市郎

グロービス経営大学院 教員

早稲田大学政治経済学部卒、IESEビジネススクール(スペイン)IFDP修了。日経BP「日経ビジネス」誌記者として流通・自動車・家電・IT業界等の企業取材、(社)日本経済研究センター研究員等を経て、複数のネット媒体のマーケティングやシステム開発等に従事。その後グロービスに入社し、グロービス経営大学院のマーケティング領域リード・ファカルティを務める。同領域のプログラムやケースの開発、経営大学院や企業研修での講師を務める傍ら、ケースメソッドによる経営教育の方法論の研究に従事する。共著書に『プラットフォームブランディング』(ソフトバンククリエイティブ)、『MBAマーケティング 改訂3版』(ダイヤモンド社)、『メディア・イノベーションの衝撃』(日本評論社)、『WEB2.0キーワードブック』(翔泳社)など。電子コンテンツサイト「Cakes(ケイクス)」にて、コラムを連載中。