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投稿日:2018年12月06日
投稿日:2018年12月06日
デジタルディスラプションをオープンイノベーションで乗り越える――SOMPOホールディングスの挑戦
- 中林 紀彦
- SOMPOホールディングス株式会社 チーフ・データサイエンティスト
今日はこういう場でお話をさせていただくわけですが、我々もまだ道半ばです。今日は我々の苦労話も含めてお話ができればと思います。
まずは簡単な自己紹介と、特に僕はデータを中心にやっていますので、データに関して我々がどんな新規事業に取り組んでいるかというお話をさせてください。
私自身の肩書きはチーフ・データサイエンティストということで、SOMPOホールディングスのデジタル戦略部でデータに関することをなんでも、いろいろやるようにアポイントされています。入社したのはちょうど2年前です。
それまでのキャリアは、かなり特殊だったと自分でも思います。データに関するキャリアを積んできました。大学院のときは化学工学というものを専攻していたんですが、その主な出口というとプラント屋さんや化学エンジニアリング会社でした。でも、自分がコンピュータシミュレーションをやっていたというのと、当時はインターネット黎明期だったということがあって、「ITで何か仕事がないかな」と考えたのが今のキャリアを進むきっかけでした。
それでアルプス電気という会社にIT部門の職種で入社させてもらって、当初は情報システムの企画をしていました。そのなかでデータウェアハウスですとか、データを使って各種経営レポートを提出するといったことをしながら、データというものにどんどんのめり込んでいったというのがキャリアの第一歩になります。
その後は、「データやテクノロジーを使って事業や企業をもっと変えていけるんじゃないか」と考えてIBMに移り、データに関する各種アナリティクスのソリューションをクライアントに提案するということをしていました。
一方、2011年頃からはAIや情報爆発、更にはビッグデータといった文脈で多くの企業がデータに興味を持つようになっていました。僕もIBM時代は100社ほどの経営エグゼクティブから「ビッグデータを使って何かしたい」といった相談を受け、いろいろとディスカッションをしたりしていました。
ただ、残念ながら「データを使って何かしたい」というのはいいんですが、「それによってビジネスをこうしていきたい」というところまで戦略的に考えている方は少ない状態でした。ですから、方法論を提供するのはいいとしても、「こういうのは、もっともっと上手く使えるのにな」という風に考えることが当時は多かったと言えます。
そこで、「自分でやりたい」と考え、事業会社に飛び出したのが4年ほど前です。インターネット広告代理店のオプトを持つオプトホールディングスのデータサイエンスラボというところで、事業会社のデータを使って新しいビジネスをつくるということをやっていました。
そんな中、今の会社に声を掛けてもらい、SOMPOホールディングスのデジタルラボというところで「データ周りの全般をやってね」と。かなり無茶ぶりをされたんですが、2年前に今の会社に加わったというのが私のキャリアの大筋になります。
また、今日は人材の話にもなりますが、今回お話しするようなデータやデジタルを使うというとき、やはり人がすごく重要になります。ただ、残念ながらそれを担う人材が今までの教育プロセスでは生まれづらいと感じていました。そこで、私自身はつくば大学で大学院生向けにデータを使った「ビッグデータアナリティクス」という講義をしていたり、データサイエンティスト協会で理事をやらせていただいたりもしています。そんな風にしてデータサイエンティスト人材の育成にも広く携わっているというのが、現在私が手掛けていることになります。
保険ビジネスがディスラプトされる時代に
現在のSOMPOホールディングスが何をしているかというと、大きな事業ドメインは、損害保険、生命保険、介護事業、海外事業の4つ。その対象は、車、家、モノ、人になります。ただ、既存の保険ビジネスは、ディスラプトされるという危機感を持っています。
ご存知のように車はどんどん賢くなってきています。衝突防止装置等によって事故を起こさないようになってきたりして。自動運転は10~20年先と言われていますが、そのロードマップ自体は見えてきていますし、それで車の事故は減っていくわけです。
そうした車の進化という軸に加えて、もう1軸、車の所有という軸で考えると、人々がどんどん車を持たなくなってきています。僕自身も今は車を手放していますが、今はシェアリングやレンタカーという形で移動手段が確保できるようになってきました。
そうした2つの軸によって車の保険がなくなっていき、2025年頃を境に自動車保険市場が激減すると言われたりもしています。そうした動きが車のほうはかなり進んでいますが、人、家、モノの領域でも同じような動きは進んでいます。センシングによって予防的な処置を取ることで、リスクの低減と保険ニーズの低下が起こる。これがドメインに関する我々の大きな危機感です。
ですから、リスクマネジメントにおけるリスクの許容、回避、転嫁、軽減のうち、保険は転嫁のモデル。そこで、リスクの転嫁から回避や軽減という予防的なモデルにシフトまたはピボットできないかというのが我々の大きな仮説です。データを集めながら予防的なサービスを提供していきたいという大きな方向性が、保険業界における我々の視点になります。
それともう1つ、「デジタルディスラプションによってこんなことが起こる」と、よくお話ししていることがあります。ケニアにおける農業保険の例で見てみましょう。ケニアでは「M-PESA(エムペサ)」という決済の仕組みが行き渡っていて、スマホでお金のやり取りができる時代になっています。
そのベースがあったうえで、ケニアでは種や苗を買ってくるとバーコードが付いてきて、それを読み取って登録すると農業保険加入の案内が来ます。スマホ決済が可能ですから、その場で案内に基づいて保険に加入できるわけですね。加入や支払いもそのままスマホでできるので、契約とペイメントがすごく簡単になる。そういう保険の世界が来ています。
また、センシングで各種データが集まることによって予想的なアプローチができるようにもなってきました。耕作地をモニタリングするだけでなく、耕作物の収量予測まで行うという踏み込んだサービスが可能になってきた。予測の精度はまだなかなか上がっていませんが、モニタリングはリアルタイムでできるようになっています。
ですから、水害が起きたり、干ばつで全部枯れてしまったりした耕作地の様子が、天候を含めて衛星写真で確認できますから、現地へ調査に行かずとも「この条件で支払います」と。それでスマホに保険金が支払われる形になっています。耕作における収量予測の精度も今は上がってきていますので、「この肥料を使ったり、こういう風に水を遣ったりすると収量が上がりますよ?」といった案内をするサービスも可能になってきました。
そんな風に、スマホによる加入や支払い、モニタリングや予測的サービス、そして損害が起きたときにすぐ支払うというモデルが今はできています。日本の自動車保険や生命保険とはまったく違った体系で提供されているわけですね。場所もサービス内容も日本とは異なる事例ですが、人を対象にした同じようなサービス提供はデジタルテクノロジーで可能になってきていますし、それは車でも同じです。これが、我々がデジタルディスラプションを脅威として捉えているもう1つの背景です。
デジタルディスラプションを乗り越えるために
こうした状況を踏まえ、「このままじゃいけない」ということで、ちょうど2年半前、デジタル戦略部という部門が設立されました。SOMPOホールディングスにおける既存事業のデジタライゼーションと、新しいサービスを含めた事業の創出というミッションを持った部門です。これはアニュアルレポートにも載っていますが、グループとしては2020年以降の早い段階における修正連結利益3000億およびROE10%以上を目指しています。そのための1つの柱としてデジタル戦略が掲げられ、いろいろなことを行っています。
そのなかで我々デジタル戦略部が何をしているか。まず東京とシリコンバレー、そして最近はイスラエルのテルアビブにもラボをつくり、さまざまな新しいテクノロジーやビジネスモデルの検証を行っています。
ここには2つの大きなベクトルがあります。1つは既存ビジネスのデジタルシフト支援。損害保険や生命保険、あるいは介護事業のデジタライゼーションを支援するというミッションです。で、もう1つが新しい事業をつくるというミッション。損害保険、生命保険、介護事業、そして海外事業に続く5つ目の事業ドメインをつくるよう、CEOから指示を受けて今は各種事業を立ちあげています。
こうしたデジタル戦略における2つのミッションのもと、僕のチームはデータのことをやっています。ですから新規事業を大きくドライブしていくというより、データという側面から新規事業を支えるのが僕のメインミッションですね。「どのような新規事業の戦略に基づいてデータを集めていくべきか」といったことを考えているわけです。
また、デジタル環境を含めて、そもそもデータを分析するためのプラットフォームや基盤がありませんでしたから、その環境づくりも行っています。また、人もいなかったので人材を集めて組織づくりを行うことも含めて、とにかく「データに関することはなんでもやってね」という無茶ぶり通り、いろいろなことをやっているというのが僕の仕事になります。
ということで、僕の仕事やデジタル戦略部が今行っていることを具体的に紹介したいと思います。資料には「イノベーションの環境整備」と書いていますが、たとえば2025年問題について経済産業省が最近まとめたレポートをご覧になった方はいらっしゃいますか?デジタル・トランスフォーメーションを起こすにあたり、足回りとなるITのシステムや基盤がきちんとしていなければ新しい取り組みもできないということは、僕自身も事業会社に移ってひしひしと感じていたことです。そこで、デジタルの取り組みを含め、データをうまく使うための基盤がすごく重要になると考えています。
なぜか。ここでは人を例にとって、先ほどと同じように「今後こうなっていきます」というお話をしてみたいと思います。たとえば、ある人の食生活が乱れていたとします。ただ、それで健康診断に行っても、そのときの状態が悪いということしか分かりません。ところが今はデータを集めると予測的なアプローチができるので、「今の生活習慣を続けると半年後の健康診断でメタボと診断されます」といった健康予測ができるようになってきました。
ですから、食生活や生活習慣について「こういう風に気を付けたほうがいいですよ」といったアドバイスもできたりします。また、それぞれ人に合ったトレーニングメニューを、人のアドバイスと機械的なレコメンドを織り交ぜながら行えるように、技術的にはなってきました。そのうえで「明日の午後は比較的自由に時間が取れますから、ジムで体を動かしてはいかがでしょうか?」といったことで、場合によってはカレンダーに自動登録したりする。予測したうえで、どうすればいいかという施策もレコメンドするわけです。
もちろん運動に加えて食生活もすごく効きますから、その人の好みや健康状態に応じて食事メニューも提案していきます。「こういう運動をしながら、こういう食生活をしてみてはどうですか?」と。また、外出時は「今日のランチはこういったものでどうですか?」と提案したり、家で料理をするとき、スマホで「今日の夕食はこのレシピでどうですか?」といったことをレコメンドしたり。
加えて、最近はIoT化によって冷蔵庫のなかにどんな食材があるかということも少しずつ分かるようになってきました。ですから、まだつながってはいませんが、冷蔵庫内の食材とレシピを突き合わせて、ないものは発注して届けるということも可能になっていきます。
こういったものが傷害保険や健康保険の先にあるビジネスになると、我々は見ているんですね。つまり健康寿命を長くする。しかも今までになかった体験をデジタルで提供するということを、1つには目指しています。今はまだ実現していませんが、たとえば損保ジャパン日本興亜ひまわり生命の「リンククロスコインズ」というサービスは、そうしたことを目指しています。
そのベースには、すべてデジタルとデータがあるわけですね。データの活用レベルを高めて、たとえば「30代男性」といったレベルではなく、もっと細かく、さらには過去の振り返りでもなく未来を予測していく。それによってサービスレベルを高めるという仮説に基づいて、データを使ったデジタライゼーションで新しい体験をつくる。そういう活動を、我々は人だけでなく車や家についてもやってきています。
どんなデータを大事にすればいいのかということについても、今は戦略的に準備しています。なんでもかんでも集めてデータベースに貯めるということであれば、まったく使い道がないものにまで投資をすることになりますので。ですから、データを持っているかどうかという縦軸と、新規事業や新サービスに活用できるかどうかという横軸の2つにプライオリティをつけて評価したうえで、今はデータの整備を進めている状態です。
では、そこで何が必要か。先ほど「足回りを固める」というお話をしましたが、残念ながらレガシーシステムでは新しいサービスやビジネスを進めることがなかなかできません。ですから、今は各種サービスの実験ができるプラットフォームを用意しています。
これはオンプレミスでなくクラウドですが、さまざまな実証実験が行える環境をつくりました。クラウドというとパブリッククラウドのイメージがあると思いますが、我々はSOMPOホールディング独自の領域をつくって外からほとんどアクセスできないよう、セキュリティ面で守っています。セキュリティレベルが最も高いものを含め、グループが持つデータセットをそのクラウドに格納したうえで、各種実証実験が行える環境を用意しました。
あと、「データカタログ」と呼んでいますが、現在は「どこにどういったデータセットがあるか」ということを棚卸ししたうえで、データを使える状態にしています。今お話しした通り、選択と集中ということで、何に集中して何を捨てるべきかを選ぶ意味でもデータの棚卸しを行いました。「ここは集中して、ここのプライオリティは下げよう」と。
データセットに関して言うと、今はグループのデータに加えてサードパーティが持つデータやオープンデータもどんどん使えるようになってきました。ですから、今はそうした外のデータリソースを活用するという観点も交えてデータの可視化を行っています。また、今は画像や音声のような新しいデータセットもどんどん増えているので、そうしものにも対応できる環境を準備して、各種の実験ができるようにしています。
実際、昨年度はその環境を使って42件ほどの実証実験を行いました。そのなかで実サービス化したのがおよそ10件。当然、落とすものもあります。クライテリアを設けたうえでPoC(概念実証)を行っていますが、そこに達しないものは中止の判断もしています。
たとえば業務効率化に関して。今日は同業他社の方もいらっしゃるのであまり詳しくはお話しできないんですが(笑)、たとえば保険証券の写真をタブレットで撮ったうえで、その写真を基にデータを解析し、もっと良い保険の見積もりに置き換えてお客さまにご提案するというシステムをつくりました。
今まではお客さまに保険証券をお持ちいただいて、代理店の方がそれを読み解いたうえで見積もりに置き換えて提案するといったものだったんですね。でも、新しいシステムでは写真を撮って10~20秒で答えが出るということで、効率化に寄与しています。
こちらには最新のディープラーニングを使った画像解析等を入れていますが、ここでは今日のテーマの1つでもあるスタートアップとの協業を行いました。画像解析のディープラーニングについて、あるスタートアップの方にアルゴリズムをつくってもらって、それを僕らのシステムに組み込んで活用しています。
このときの座組に関して言うと、あるSI企業にも間に入ってもらっていました。そのSI企業にいくつか紹介してもらったなかで、最も優秀と判断したスタートアップの方々と協業するというスキームになっています。
このほかの事例としては、新しいサービスもつくりました。たとえば「つながるボタン」という、セゾン自動車火災保険の保険商品についているサービス。これは小さなボタンを契約者の方の車内ダッシュボードに貼ってもらうというものです。事故が発生した際はそのボタンを押せばALSOKが駆けつけてくれますが、それ以外にデータの蓄積も行っています。ボタンに内蔵されているセンサーが集めた加速度やGPSの情報を、スマホ経由でいただいています。いつ誰がどこで、どういう加速度でぶつかり、どんな事故になったかが、車の損害金額や乗っていた方のダメージといった情報とともに今はどんどん蓄積されています。
これを、我々はお客さまに還元しようとしています。たとえば、ぶつかった瞬間、ダメージに応じて…、救急車の手配までは難しいのですが、ほかにいろいろ手配できないかということで応用を考えたり。あるいは、事故のシチュエーションを蓄積することで予測的なモデルができるので、事故が起きそうな状況になったら、「この状況では事故の確立が高まります」といったことを運転者へ事前に知らせたり。
そうしたデータの使い方で新しいサービスにつなげていけないかということを今は実験したりしています。今はボタンをお渡ししてデータを蓄積している段階ですね。このボタンの生産も、あるベンチャーの方にお願いしました。
このほか、ドライブレコーダーの活用という事例もあります。外向きと内向きのカメラでいろいろな情報を取るというものです。今は運転の評価を行うスコアリングサービス。でも、今後はこれで外の状況、そして運転者の状況に関するデータを貯めていくことによって、外部環境、あるいは運転者の眠気等を判別したうえで、運転者に注意喚起を行おう、と。そうした安全に関するサービスの提供を狙っています。
一方、ここまでは車のお話でしたが、ヘルスケアでも同じように、先ほどお話ししたような健康寿命を長くするための取り組み等を行っています。また、仮に健康保険指導を受けるような状態になったり、成人病になったとしても、それが重症化しないようなサービスができないかということで、健康データベースというものをつくったりしています。
こちらについては東芝さんと協業して、糖尿病や生活習慣病のリスクを予測するアルゴリズムをつくりました。まさに先ほどお話ししたように、現在の生活や運動の状況を見ながら生活習慣のリスク判定をするというモデルをつくり、サービス提供しようとしています。まだ実サービスとしては提供していませんが、そういったことを目指しています。
ということで、車、家、モノ、都市、あるいは人を対象にしたドメインがあるので、車の移動や人、さらには都市や生活といったものをすべて含めたデータセットをつくり、サービス展開できないかというのが我々の大きなビジョンです。そうして保険からピボットして、保険に次ぐ新しいサービスモデルをつくるというのが、グループ全体として目指していることです。
どういう人材が必要なのか?
今お話ししたようなことを事業会社でやろうとしても、やっぱり人がいないわけです。ですから、積極的に人を確保していくというのも僕のミッションの1つになっています。
特にデジタルやデータに関する領域を担う人が圧倒的に足りていません。今はAI人材やデータ人材が足りないといった話がよくメディアでも出てきていると思います。そのことについて、僕は考え方の整理ということでデータを料理に例えています。ビッグデータやIoTセンサーから出てくるデータというのは素材です。一方、AIや機械学習は調理器具。その2つを上手に使ってどんな料理を誰に食べさせるかが重要なわけです。事業会社側からすると、それを考える人が足りていないという状況になります。
なので、データを上手に調理するだけではなく、まず誰に何を食べさせるかをきちんと考え、そのために必要な素材を集め、そのうえで調理器具を揃えて調理をする。そこがすごく大切なので、そこに気を付けていただきたいということを、いつもお話ししています。
大学院でコンピュータサイエンスのドクターを取得したような、ピカピカで腕の立つ人はいます。ただ、今のドメイン、もしくは僕らがやろうとしているドメインのなかで、誰にどういうものを食べさせればいいのかというノウハウは、経験がないとなかなか身に付きません。そうした意味で、ビジネス経験も持つ人材がすごく重要だと考えています。
そこで、データの領域に絞ったうえで、特に事業会社として今後必要になると感じている人的リソースについてお話すると、まずはビジネス力のある人。誰に何を食べさせたいかをきちんと考える人ですね。特にデータ分析やデータサイエンスの文脈で言うと、誰に何を食べさせたいかをある程度考えれば、そこに必要なデータセットも、完璧ではないにせよ、なんとなく分かります。また、そこでどんな道具と調理方法でつくっていけばいいのかも、結構見えてきます。なので、そこはアウトソースして外の人たちと協働する部分だと考えています。
それともう1つ。新しいモデルをサービス化するときは、当然ながらシステムに組み込んで提供するわけですね。そのシステムエンジニアリングがすごく重要ということも感じています。タブレットによる証券読取や「つながるボタン」等々、先ほどご紹介した各種サービスでも同じでした。検証のアルゴリズムをきちんと実装して、既存の基幹システムと組み合わせて提供することが本番運用ではすごく大切になります。そのための人的リソースもまだまだ足りていないので、事業会社側で必要になるのかなと考えています。
ここではホールディングスの組織を調理になぞらえてフランチャイズと呼んでいますが、そうするとホールディングスのデジタルラボはセントラルキッチン。今ご紹介したような新しいテクノロジーを、海外のものも含めてどんどん取り込んで、使える状態にしたうえで各事業会社に渡してあげるという役割を担っています。各事業会社のほうは事業会社でデータサイエンスチームを持っていますから、事業会社のためのデータサイエンスというのを我々のチームは担うという、そんな感じの役割分担で組織を組成しています。
こうしたことを踏まえて必要な人材を挙げていくと、まずはビジネスの課題をきちんとデータサイエンスの課題に落とし込める人。データの“生々しさ”を理解していることもすごく重要です。「大学でコンピュータサイエンスを学んできました」というだけだと、なかなか現場でデータサイエンスやデジタルを実装する肌感覚をつかみ切れていないので。抽象的な表現になってしまいますが、そういったところを重要視しています。
たとえば、医師免許を持っていて、かつディープラーニングや機械学習がちゃんと理解できる人。ドメインに関する知識があって、方法論やデータセットまで含めてきちんと理解できる人ですね。車であれば、プロのドライバーのような運転技術を持っていて、その車から出てくるデータセットが何かを理解していて、かつ、それをディープラーニングや機械学習で扱うとどんなことができるかということまで理解している人材。そうした人材が理想だと思っています。なかなか、というかほとんどいないんですが、人材紹介会社の方にも「そういう人がいればぜひ紹介してください」とお伝えしています。
実は最近、医師の方々や薬剤師の方々のコミュニティで機械学習の勉強会をしたりしているというケースがあるんですね。ですから、今はいないんですが今後はそういう人材が少しずつ育っていくのかなということも感じています。
前置きが長くなりましたが、とにかく事業会社としては今お話ししたような人材を確保するにあたって、既存のタレントに頼るのではなかなか難しいということで、「Data Science BOOTCAMP」(以下、ブートキャンプ)という自前のコースを設けています。そして、そこに来た優秀な人を採用できないかという取り組みをはじめました。
これは夜学にしています。仕事が終わったあと、夜に受講できるような3か月のコースですね。ここで、1か月目は機械学習やデータサイエンスの基礎を学び、それ以降は我々事業会社が持つデータセットを使って、新しいサービスや事業を考えてもらっています。
たとえば、2か月目はFitbitのウェアラブルデバイスのデータセットを渡し、そこから新しいヘルスケアのサービスを考えてもらっています。で、3か月目はドラレコの走行データを使って新しいビジネスやサービスを考えてもらう、と。そうして企画のアウトプットを卒業証書代わりに、デモデイ(Demo Day)ということで発表会を行って卒業という形にしています。
こちらは今まで3回実施しました。それで、残念ながら過去2回を通して採用できた人はいませんが、こうした取り組みのなかに、いわゆる“弱いつながり”、あるいは新しいアイディアの素地があるということを強く実感しているのも事実です。
また、当初の目論見は採用でしたが、その点で我々に100%コミットしてくれる人がなかなかいなかった。それで今は何をしているかというと、このブートキャンプの卒業生を集めて何か新しい事業ができないかというチャレンジを、夏ごろからはじめています。
このブートキャンプには1回で30人ほど参加しますから、これまでの3回でおよそ90人が卒業しています。そのなかで、実際に「うちへおいでよ」と声を掛けたメンバーも何人かいます。ただ、その結果としては、「100%コミットするのは難しいけれど、副業でお手伝いすることなら可能です」とか、「夜、仕事が終わったあとにブートキャンプの延長線上で、SOMPOの各種データを使って新しい企画を考えたいです」という人が多かったわけですね。
「じゃあ、そういう場をつくって提供しよう」と。企業のなかに囲い込むのではなく、外に場をつくる。長崎の出島のような場をつくり、そこにブートキャンプの卒業生だけでなく、新しい事業をやりたいという人を集めてきて、新規事業をつくることができないかということに今はチャレンジしています。
それが「SOMPO D-STUDIO」(以下、D-STUDIO)というスタジオです。今はそこに、ブートキャンプの卒業生ということで「ブートキャンパー」と我々が呼んでいる人たちをはじめ、各種エンジニアやスタートアップのメンバー、さらには学生やフリーランスといった本業を持っていないけれども関わりたいという人たちが集まっています。今はそこに、課題を提供してくれている自治体や他社の新規事業担当の方もいらしているという状態です。
また、事業を興すにはお金が必要です。なので、我々も投資の予算は持っていますが、加えてVCですとか、お金を持っている人たちも呼び込んでいます。そんな風にしてプレイヤーを集めて、「D-STUDIO」というプラットフォームにデータセットと環境とお金を用意しながら新しい事業をつくってく。今はそういうことにチャレンジしています。
なぜ、こういうことをはじめたのか。ブートキャンプには面白い人たちが集まってくれますし、なかにはバイタリティのあるメンバーがそこで新しい企画をつくったりもしてくれます。ただ、ブートキャンプではその企画を発表して終わりでした。これに対して「D-STUDIO」では、「企画を実行すれば新しい事業ができるんじゃないか」という仮説のうえでチャレンジが行われています。ブートキャンプから出てきた企画を、もう少しブラッシュアップしたうえで事業化するということを、卒業生を中心に行っているわけですね。
こんな風にして、「モビリティ」「スマートホーム・スマートシティ」「ヘルスケア」に加え、我々が「プラス1」と呼ぶ新しいエマージングリスクまで含めた領域で、新しい事業をつくっていく取り組みを今まさにはじめたところです。まだ進行中ですから具体的な成果はお話しできない面もあるんですが、今は3~4つのプロジェクトを立ちあげて、企画をつくったうえで実証実験をはじめようとしているというのが「D-STUDIO」の状況です。
以上、ご清聴ありがとうございました(会場拍手)。
中林 紀彦
SOMPOホールディングス株式会社 チーフ・データサイエンティスト
データサイエンティストとして、先進的なアーキテクチャを取り入れた顧客のデータ分析を多方面からサポート。スタートアップ企業の抱えるさまざまな課題をデータ分析およびそれに関わるテク ノロジーの観点から支援を行う。また、エバンジェリストとしてビッグデータをビジネスに活用することの価値を幅広く啓蒙。プリセールス・エンジニア、ブランド・マーケティングを経て現職。 2014年4月より、筑波大学大学院の客員准教授としてビッグデータ分析に関して企業の即戦力となる人材育成を担う。