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投稿日:2018年10月04日

投稿日:2018年10月04日

経営理念は守るべきものなのか?

芹沢 宗一郎
グロービス経営大学院 教員

VUCA時代に突入しても、未だに大企業のミドル層によく見られる「理念経営の3つの常識の呪縛」。前回は、「理念は“浸透”させなければならない」という、理念経営の主体に関する幻想について触れた。今回は、関連する「理念は守るべきもので変えてはいけない」という呪縛について考えてみたい。

理念を守る=思考停止の罠

教科書的には「理念は不変なるもの」とよく言われるが、仮に言語化された理念は変わらなくても、会社の存在意義や価値観は、時代ごと、人ごとにその解釈は異なり、進化していくのは当然のことだ。しかし、創業者が偉大であり過ぎたりすると、創業者の理念が神格化され、その意味性を新たに問うこと自体がタブー視されたり(創業者はそれを望まなくとも取り巻きがそういう雰囲気を作り出す)、理念を遵守する=社員が思考停止状態になっている企業も少なくない。なかには理念というより、それを実現する手段としての戦略の色彩に近いものまで理念と取り違え信奉し続ける組織さえある。

前回の「理念の主体」の議論に通ずるが、その時代背景の中で理念をどう解釈するかは、社員が主体的に行うものでなければエネルギーにはならない。先人たちの解釈に対して問いを立て、チャレンジし進化させていくことを是とする風土醸成が必要な時代だ。

日本の場合、欧米に比べ社長の在任期間が短いなか、社長が交代するたびに理念の見直しを行う企業も少なくない。実はそれはこれまでの理念への解釈を組織的にレビューする絶好の機会とも言えるのだが、残念なことに「理念の主体は経営にある」という意識が社員の根底にあるために、組織全体のエネルギーを高揚させる営みにはなかなかならないのが実態だ。

VUCA時代がもたらす理念再定義の兆し

21世紀に入り日本企業にも理念を見直す動きがあった。2001年、トヨタがグローバル化に対応するために、自社が大事にする価値観を形式知化した「トヨタウェイ」を策定したのを機に、日本ではウェイマネジメントが流行した。2011年、資生堂は「Our Mission(存在意義), Values(価値観) and Way(行動基準)」という形でグループの企業理念を再構築した。これも海外売上比率が半分近くとなり、海外の関係会社が拡大したことへの対応だった。2015年、オムロンは企業理念をグローバルでの共通の表現を取り入れたより実践的な内容に改定を行った。こうした動きはどれも日本企業が真のグローバル企業に進化していくための理念の再構築だった。

そして今、社会課題がますます多様化・複雑化する一方で、それを解決する手段としてAIなどテクノロジーの指数関数的進化により、理念の要素の中でも特に自社のミッション(使命・存在意義)を定義し直す企業が出てくることが予想される。たとえば、昨年、フェイスブックのCEOマーク・ザッカーバーグは、「コミュニティづくりを応援し、人と人がより身近になる世界を実現する」という、より人間同士の深いつながりをサポートする意志を示した新たなミッションを発表した。

社会課題の多様化・複雑化やテクノロジーの進化に加え、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)やESG (Environment:環境、Social:社会、Governance:企業統治)への世の中の意識の高まりも、企業側が自社の存在意義を真に問い直すトリガーになっている。その変化が、最近の日本企業のミドルの意識にも見え始めている。

10年ほど部長層の研修をお手伝いしている某総合商社では、昨年までは社会課題を起点に自部門のミッションやビジョンを語れる部長層は正直少なかった。しかし、今年はかなり様相が変わってきたのだ。その背景をヒアリングしてみると、自部門の方向性を必ず社会課題と強く紐づけて社内外にコミュニケーションするようにと、トップが全部長と車座の場を作り語り始めたことが要因のようだ。ただ、今起こっているテクノロジーの進化がもたらす自部門への具体的なビジネス的意味合いを抽出するには、まだかなり苦しんでいる状態だ。

理念再定義のプロセスに若い力を

VUCA時代における理念の再定義には、若い人たちを参画させることが重要だ。理由は2つある。1つは、今の若い世代は、会社が行っている事業の社会的価値や意義性を非常に重視して企業や仕事を選ぶケースが増えていること。われわれバブル世代とはかなり変わってきている。であればそういう志向をもった彼ら彼女らにも一緒に考えてもらった方がいい。

2つ目は、情報のインプット量が多い若者のほうが、未来に可能性を見出し発想が広がっていくからだ。これだけIT技術が進み情報に誰でもアクセスできるような時代になると、若い人の方が外の情報や新しい情報のインプットが圧倒的に多く速くできる。さらに、これからの未来を構想するうえで不可欠なテクノロジーに対する知識も若い人の方がはるかにもっている。大企業のミドル層に未来のマクロ環境分析をしてもらうと、自事業に対する漠然とした脅威しかでてこないのとは対照的だ。

最近「グロービス知見録」のG1サミット関連の動画を職場のミドルと若手で一緒に見て、その自部門への意味合いなどを一緒に議論することを企業にお薦めしている。ミドルも若手から多くのことが学べるので、ぜひ試してみてほしい。

芹沢 宗一郎

グロービス経営大学院 教員

一橋大学商学部経営学科卒。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修士課程終了(MBA)。外資系石油会社勤務後、グロービスでは、企業の経営者育成を手がけるコーポレート・エデュケーション部門代表などを歴任。現在は、エグゼクティブ教育や企業の理念策定/浸透などのプロセスコンサルティングに従事。共著・訳書に「変革人事入門」(労務行政)、『個を活かす企業』(ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール戦略論』(東洋経済新報社)など。 『[新版]グロービスMBAリーダーシップ』では、第II部実践編などを担当。