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投稿日:2018年09月20日

投稿日:2018年09月20日

QBハウスは「1000円」カットでなくても利用価値はあるのか?

山口 英彦
グロービス経営大学院 教員 / 株式会社エグザビオ代表取締役

10分ヘアカットのQBハウスを展開するキュービーネットホールディングスが、2019年2月より通常料金を1080円から1200円に値上げすると発表した。同社によれば、人材確保が難しくなる中で、現場スタッフの待遇改善などが狙いだという。

発表から1ヵ月ほど経つが、株式市場がこの発表を好感する一方、一般の人のブログやSNSでは「他にも1000円でカットしてくれる店は既にたくさんある。顧客はそちらに流れるのでは?」といった否定的なコメントが多数見られた。果たしてQBハウスの利用価値は消失してしまうのだろうか?その答えは、同社のターゲットをどう見るか次第で変わってくる。

QBハウスのターゲットはどこに設定されているのだろうか。過去に同社を特集した記事から引用すると

  • 「忙しいビジネスマンをメインターゲットに、『お手軽さ』を提案した」*1
  • 「QB HOUSEのターゲット層は大胆に髪形を変えたりというようなクリエイティブさを求める人ではない」*2
  • 「QBハウスは、おしゃれなヘアスタイルは二の次で、とにかく伸びた分だけカットして手軽に済ませたいというニッチ市場に目を向けた」*3

といった分析がなされている。上記に基づけば、「髪型のおしゃれに対する関心があまり高くない男性ビジネスマン」というターゲット像が思い浮かぶ。こうしたターゲット層にとっては、ヘアスタイルの手入れにお金や時間を費やすのは無駄であり、10分1000円のQBハウスのカットはまさに「我が意を得たり」の費用対効果の高いサービスだったのだろう。

一方で、今回の1200円への値上げは、他にも同価格帯の競合(格安カット専門店)が多数生まれていることを考慮すると、こうした価格に厳しい顧客が離反する要因になりかねないとも言える。

製品開発のターゲットとプロモーションのターゲットは異なる

だが、QBハウスのターゲットは上記と異なる切り口で見ることもできる。

消費財マーケティングで一般的に使われているターゲットは、自社の製品・サービスを使って欲しい(or 買って欲しい)顧客像である。その属性定義に使われるのは、性別や年代、職業や学歴のような人口動態(デモグラフィック)変数だったり、価値観やライフスタイルのような心理的(サイコグラフィック)変数だったりするが、いずれにせよターゲットの単位が「人」であることに変わりはない。

経営学には別のターゲット設定の方法もある。その1つが「(顧客が片づけたい)ジョブ」による市場定義である。顧客は自分が抱えている用事(ジョブ)を片づけるのに適した製品やサービスを購入しているという前提で、その「ジョブ」を製品ターゲット市場と捉えるものだ。

例えば、ターゲットを「人」単位で捉えようとすると、「スターバックスのターゲットは若い女性、ドトールのターゲットは男性サラリーマン」といった説明がなされる。だが、「若い女性」のニーズが共通かと言えば、全くそんな単純化ができないのはおわかりだろう。しかも現実には、スターバックスには男性もシニアもたくさん入店しており(ドトールも然り)、性別や年代といった軸でターゲットを括るのには無理がありそうだ。

一方、顧客が片づけたい用事(ジョブ)で捉えると、「本を読みたい、友達と会話を楽しみたい等、ゆっくり時間を過ごしたい場合はスターバックスを利用」、「隙間時間を有効活用したい、煙草を吸って気分転換したい場合はドトールを利用」といった説明ができる。多くの人は目的やシーンによってスターバックスとドトールを使い分けているのが現実であり、後者の「ジョブ」単位のターゲットの方が、利用者の感覚としてもピンと来るのではないだろうか。

店を経営する側としても、「若い女性」ではニーズが多様過ぎてどんな施策を採用したらいいか判断しづらい。一方、「ゆっくり時間を過ごしたい」という利用者のジョブが見えていれば、椅子を座り心地良くする、(時間が気にならないよう)壁に時計を掛けない、落ち着いた色合いの壁・床にする、といった打ち手がすぐに思い浮かぶ(いずれの打ち手も、スターバックスの店舗の多くで採用されている)。

このように「ジョブ」をベースに考えた方が、顧客ニーズを外さない製品・サービスの設計ができる。にもかかわらず、世間一般で「人」をベースにしたターゲットばかりが論じられるのは何故か。ターゲットをジョブで捉えるアプローチの弱点は定量化が難しい点であり、社内で直面する「そのジョブを解決できると、いくらの売上が立つのか」という問いに対して答えを示せない。社内で承認を得るためには、ターゲットを「~という属性を満たす人」で設定し、それが市場全体で何人いて、そのうちに何%が購入してくれて……といった推定をせざるを得ない。

あるいは「そのジョブを解決する製品を売るには、どういうチャネルやメディアを使ったらいいのか」といったマーケティング戦略の具体化に弱いのも、「ジョブ」の弱点である。例えば、広告出稿する媒体を決めるには、そのジョブを解決したい人の特徴を定義し、そうした人たちにリーチできるウェブサイトや雑誌を選択する必要がある。

大まかに言ってしまうと、製品・サービスを新規開発する時や戦略を大きく見直す場合は「ジョブ」をベースにしたターゲティング、市場規模など定量的に把握したい時や具体的な営業・プロモーション戦略を決定する場合は「人」をベースにしたターゲティングが適している。

QBハウスのターゲットを再考する

QBハウスに話を戻したい。冒頭に書いた「男性ビジネスマン」や「髪のおしゃれへの関心が低い」といった「人」でターゲットを見るのではなく、QBハウスが解決できる顧客の用事(ジョブ)を考えてみよう。QBハウスのウェブサイトには以下のように記されている。

1ヶ月で10~12mm程度伸びてしまう髪の毛。QBハウスでは、その伸びた分だけをカットすることにより、髪型を極端に変えることなく個性あるベストスタイルを維持するためのカットを提案しております。

ここから読み取れるのは、QBハウスはヘアスタイルを変える場ではなく、せっかく理容室や美容室で仕上げたヘアスタイルを維持するために、あくまで伸びた分だけカットする場としての提案である。言い換えると、「髪のおしゃれに興味がない人」をターゲットにするどころか、むしろ「個性的なヘアスタイルにこだわる」人にこそ使って欲しいという訴求である。

自分の髪型に相応のこだわりがある人でも、頻繁に美容室に通うのは時間的にも費用的にも負担が重いと感じている人は多いはず。特に近年は働く女性が家事に要する時間を短くしようとする「時短消費」はじめ、ルーティン活動に使う時間を節約するニーズが顕在化している。時短ニーズに対して、10分カットは理美容室に費やす時間を大幅に減らしながら、インターバルで伸びた髪の分をカットすることで、自分の好きなヘアスタイルを維持できる優れた策である。

例えば月1ペースで美容室に通い、カットとブローで毎回6000円(*4)を費やしている人が、途中QBハウスでの調髪を挟むことで2ヶ月に1回の美容室利用で済ませられるとしよう。隔月ではあるが、所要時間が1~2時間から10分へ短縮できるのはもちろん、(QBハウスが値上げしたとしても)支出は4800円(=6000円-1200円)も節約できる。

冒頭からの議論をまとめると、今回のQBハウスの値上げは、髪のおしゃれに全く興味がなく、もともと1000円カットのみを利用していた「人」にとっては負担増かもしれないが、「時間をかけずに伸びた分だけ髪を切って、ヘアスタイルを維持する」という「ジョブ」のために一般の理美容室と併用する場合には、まだまだカスタマーバリューに見合う消費といえる。

さて、他の理美容室との併用者にとってQBハウスのサービスが1200円の価値に十分見合う点が確認できたとして、残された問題は競合価格との比較である。つまり、競合の10分1000円カットではなく、あえて1200円のQBハウスを選択すべき理由があるのかだ。

筆者の答えはいくつかの観点でYesである。QBハウスのビジネスモデルは誰でも簡単に模倣できる印象があるかもしれないが、現実は異なる。QBの優位性の1つが、店舗立地である。ショッピングセンターや駅や空港の中にテナントとして営業しているケースが多く、こうした場所に競合店が後から入り込むのは難しい、立地の優位性によって、QBハウスはそもそも競争の多くを回避できている。

もう1つの模倣困難性は、従業員(スタイリスト)のスキルである。筆者は以前、あるプロジェクトの一環でQBハウスのサービスを詳しく調査したことがあるが、10分ジャストでカットが完了する率など、サービス品質向上の取り組みにおいてQBハウスは競合を圧倒している。詳しくは割愛するが、ロジスカットと呼ばれる半年間の研修プログラムやデータを活用した厳格なサービス品質管理体制など、独自の仕組みが同社のサービス水準を支えている。残念な10分カット体験に終わる確率を減らしたければ、QBハウスを選択することが理に適っている。

本コラムの読者も、普段は「人」を軸にしたターゲットで、自社のマーケティングを考えている方が多いはずだ。時には自社の製品・サービスのターゲットを「ジョブ」で捉え直してみると、新たな展開可能性が見えてくるかもしれない。

【参照】
*1 第17回ポーター賞受賞企業・事業レポート
*2 日経ビジネスオンライン「理容業界に革命をもたらした究極のプロセス・イノベーション」(2008年10月1日)
*3 Business Journal「QBハウス、散髪10分千円でも顧客満足度1位!サービス徹底排除で大人気&高収益」(2016年5月25日)
*4 厚生労働省「平成27年度生活衛生関係営業経営実態調査」によれば、美容室の平均単価はカットが3,387円、セット・ブローが2,336円となっている

山口 英彦

グロービス経営大学院 教員 / 株式会社エグザビオ代表取締役

東京大学経済学部卒業、ロンドン・ビジネススクール経営学修士(MBA、Dean's List表彰)。 

東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、ボストンコンサルティンググループ等を経てグロービスへ。7年間に渡ってマネジング・ディレクターとして同社の経営に参画した後、2014年に独立。

現在は企業のイノベーション・パートナーEXABIOの代表として、主にサービス、流通、金融、メディア、エネルギー、消費財といった業界のクライアントに対し、成長戦略立案や新規事業開発、営業・マーケティング強化などを支援。加えて、大手企業グループやベンチャー企業、自治体のアドバイザーを務めながら、自らエンジェル投資家として多数のスタートアップ育成に取り組んでいる。

主著に『法人営業 利益の法則』(ダイヤモンド社)、『サービスを制するものはビジネスを制する』(東洋経済新報社)、共著・共訳に『日本の営業2011』、『MBAマネジメント・ブックⅡ』(以上はダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(東洋経済新報社)などがある。