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「わたナギ」バリキャリ女子の、半沢直樹的な世界の辛さ。ドラマ「わたナギ」は「半沢直樹」的世界のアンチテーゼ

2020年09月15日

  • キャリア
金子 浩明 グロービス経営大学院 シニア・ファカルティ・ディレクター/教員

今年の7月にスタートしたドラマ「私の家政夫ナギサさん」(以下、わたナギ)がヒットしました。平均視聴率は15%で、半沢直樹に次いで2位、同時間帯(火曜日22時)のドラマ視聴率ランキングでは「逃げるは恥だが役に立つ」(16年10月期)を抜いて1位になりました。


ドラマの設定は、バリキャリの女性と家政夫のアラフィフ男性との交流を軸に進行します。主人公の相原メイ(28歳)は製薬会社のMRとして働くキャリアウーマンで、仕事に打ち込むあまり、家事に手が回りません。家はまるでゴミ屋敷のようです。そんな姉を見かねた妹は、彼女のもとにレジェンド家政夫の鴫野ナギサ(50歳)を派遣します。最初こそメイは戸惑いますが、徐々にナギサを信頼するようになり、心を許していきます。その後、紆余曲折を経て最終回で2人は結婚します。


この結末には賛否両論ありました。主人公の二人が結ばれたことを「ハッピーエンド」だとして喜ぶ声もあれば、20以上離れた年の差婚を「気持ち悪い」と嫌悪する声や、「ナギサに結婚を断ってほしかった」などの声がありました。


私はハッピーエンドで終わったことに安堵する半面、この結末に違和感を覚えました。そこで、原作のwebマンガを読んだところ、ドラマとは登場人物とそのキャラクター設定が微妙に違っていました。そして、私がドラマの結末に抱いた違和感の原因が、こうした違いにあることが分かりました。なぜなら、原作とドラマの結末は同じでしたが、原作には違和感が無かったからです。その一方で、この違いこそがドラマがヒットした理由なのではないかと考えるようになりました。

原作の「ナギサさん」はこわもて

原作とドラマの主な違いのひとつは、ナギサさんのキャラクターです。とはいえ、基本的な設定は同じです。彼は非常に優秀な家政夫であり、この仕事に誇りを持っています。ふるまいも紳士的で、若い女性のメイと一定の距離を保とうとします。また、元MRでバリバリのビジネスパーソンだった経歴を持ち、メイの仕事の大変さを理解しています。そして何よりも、メイのことを常に気にかけている人物です。違いは、見た目やキャラクターです。

原作のナギサさんは女性向けコミック出てくる典型的なモテキャラ(頼りになるツンデレ)の系譜にいるのに対して、ドラマの方はそうではありません。


ナギサさんは家政夫ですが、家政夫として彼がしている業務は次のようなことです。


①料理 ②掃除 ③洗濯 ④整理整頓 ⑤話を聞く


ここで、原作のナギサさんの業務を、①料理と⑤話を聞く、だけに絞ってみたらどうでしょう。そうすると、一見クールでこわもてだけど、仕事は一流で、いつもおいしいご飯を出してくれて、自分の話を親身になって聞いてくれる、行きつけのワインバーのマスターみたいな感じになります。さらに彼は元同職で、かつ業界トップ企業にいたバリバリのMRだった経験もあり、尊敬もできます。年齢は18歳上と離れているものの、むしろライバル心を持たずにすみますし、シャープな見た目ならば恋愛対象になりうるでしょう。


原作では、この業務範囲を②掃除、③洗濯、④整理整頓まで拡大し、パーソナル執事的な存在になっています。そして、彼に対してはいまさら自分をよく見せる必要もないので、恋愛に無駄なエネルギーを使う必要もありません。原作のナギサさんは、家事にまで手が回らないバリキャリ女子の願望を投影した、理想的なキャラクターのように思えます。

違和感の原因は、恋愛が欠落した結婚

このように、原作では2人が恋愛に至る過程に違和感がありません。そのため、私も結末をすんなり受け入れやすかったです。しかし、ドラマのナギサさんは違います。癒し系のキャラクターで、老眼鏡を手放さず、少しお腹も出ていて、オシャレにも気を遣わず(不潔ではない)、限りなく父親に近い感じのおじさんです。


ナギサさんはメイからの結婚の申し出を受諾しますが、その際に「(あなたは)お母さんになりたいという、私の夢をかなえさせてくれました」と発言します。つまり、夫婦というよりは、疑似母子です。一応、お互いに相手のことを「好きです」というシーンはありますが、親子の情や友情と大して変わらない印象を受けます。


このように、ドラマ版には2人の間に「恋愛」がすっぽり抜けているのです。これが、私がドラマの結末に違和感を抱いた原因です。


ドラマでは2人の間に恋愛が欠落している代わりに、メイに好意を寄せるキャラクターとして、原作にはないライバル会社のイケメンMRやイケメン医師を登場させています。この2人はドラマに潤いを与える存在であり、彼らがいなければ、普通の家族ドラマになっていたでしょう。


このように、原作とドラマの大きな違いは、2人の結婚における恋愛の有無です。そして、原作はそれほどヒットしていませんが、ドラマは大ヒットしています。つまり、ヒットのカギは、2人の結婚に恋愛が欠落していることにあるのかもしれません。

逃げ恥との共通点は、家事労働に対価を求めること

恋愛なき結婚で思い浮かぶのは、「逃げるが恥だが役に立つ」(以下、逃げ恥)の「契約結婚」です。それは、家事サービスを提供する女性と顧客の男性が形式だけの結婚をして、結婚後もこれまで通り家事労働に給与を払い続けるというものです。


ドラマのわたナギでは、メイから結婚の提案をします。ナギサさんは完璧な家事で彼女のキャリアをサポートしてくれるうえ、良き相談相手として心の支えになっていたからです。ナギサさんは、一度はメイとの結婚話を承諾するものの、数日後に結婚話を断り、メイの前から姿を消します。その理由は、2人の年の差が離れていることによる、将来の不安です。ナギサさんは「若いメイを自分のところに留めると、迷惑をかけることになる」という理由で姿を消しましたが、これはナギサさんの駆け引きだと見ることもできます。なぜなら、現状のままでは、メイによる「家事労働の一方的な搾取」になりかねないからです。


この一件で、ナギサさんはメイから「もしナギサさんが倒れたら、私がもっと稼いでプロの介護を雇います」という発言を引き出します。これで、ナギサさんはメイのキャリアを陰で支える代わりに、メイはナギサさんの老後を何とかしてあげるという取引が成立しました。これは「契約結婚」のようです。

男女が入れ替わっていますが、家事労働の対価として金銭的な報酬が払われる点では同じです。わたナギは老後の安心ですが、メイは「もっと稼いで介護のプロを雇う」と発言しているので、実質的に金銭的な報酬に相当します。このドラマでは、あえて2人の間に恋愛を介在させないことで「家事労働を搾取してはいけない」、「夫婦の関係は公平であるべき」というメッセージを伝えているように思えます。

半沢直樹との違いで浮かび上がる「おかあさん」問題

このドラマにはもうひとつ重要なメッセージがあります。そのキーワードは「おかあさん」です。ナギサさんは「おかあさん」になりたくて家政夫になり、メイは忙しい日常の中で「おかあさん」を求めています。2人の関係には恋愛が欠落しているので、なおさらこの側面が際立ちます。ここでの「おかあさん」は実際の母ではなく、家事や子育てサービスを提供することに加え、家族を愛情で包みこむ存在です。


同時期に放送された人気ドラマ「半沢直樹」的なサラリーマン世界では、「おかあさん」は妻が担うのが常識です。こうした家庭では、結婚して子供が生まれると、夫は妻のことを「おかあさん」と呼ぶようになります。こうして女性は名実ともにおかあさんになります。


しかし、女性が自らの職業キャリアを極めようとしたときに、おかあさんは誰が担うのでしょうか。もしメイが女版の半沢直樹になろうとすれば、おかあさんにはなれません。


その場合の選択肢は3つです。


① 実のおかあさんに助けてもらう(夫のおかあさんという選択肢もある。ただし、頼みにくい。元専業主婦ならなおさら)
② 自分のキャリアを中断する
③ 夫にお母さん役を分担してもらう


メイの場合、実母は家事が苦手なので①が選択肢から排除され、②は最初から選択肢に無くて、残るは③しかありません。しかし、彼女は家事が苦手です。当たり前のことですが、女性だから家事が得意とは限りません。だから、こうした女性は少なくないはずです。私も家事が苦手なので、自分が女性だったらと考えると、メイには共感できます。女性だって、半沢直樹のように、おかあさん役は配偶者に丸投げしたい。そうじゃないと、男性と不利な競争をせざるを得ない。そうなると、選択肢はナギサさんしかありません。


このドラマが示している問題は、半沢直樹的な家庭が残っている現状において、女性のキャリアウーマンは極めて不利な競争を強いられているということです。つまり、結婚して家庭を持った場合、家事と仕事を両立できるスーパーウーマンか、実母に頼れる環境に恵まれた人しか、半沢直樹みたいな男性とビジネスで競えない。特に子供を産んだらなおさらです。


その解決策のひとつが、ナギサさんです。しかし、現実的にこんな人は滅多にいません。だからメイは彼を「手放したくない」と宣言したのです。ドラマはこれでハッピーエンドですが、現実は違います。


このドラマは、単なる歳の差カップルの恋愛ドラマではありません。夫婦でビジネスキャリアを追求しようとした際に、誰が「おかあさん」を担うのかという問題と、「おかあさん(主に家事労働)」はビジネスキャリアに劣るのか、という2つの問題を提起しているのです。


半沢直樹がヒットしている今だからこそ、ひとつのアンチテーゼとして、「わたナギ」に注目してほしいと思います。

金子 浩明グロービス経営大学院 シニア・ファカルティ・ディレクター/教員

東京理科大学大学院 総合科学技術経営研究科 修士課程修了


組織人事系コンサルティング会社にて組織風土改革、人事制度の構築、官公庁関連のプロジェクトなどを担当。グロービス入社後は、コーポレート・エデュケーション部門のディレクターとして組織開発のコンサルティングに従事。現在はグロービス経営大学院 シニア・ファカルティー・ディレクターとして、企業研究、教材開発、教員育成などを行う。大学院科目「新日本的経営」、「オペレーション戦略」、「テクノロジー企業経営」の科目責任者。また、企業に対する新規事業立案・新製品開発のアドバイザーとしても活動している。2015年度より、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)プログラムマネージャー(PM)育成・活躍推進プログラムのメンター。

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