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投稿日:2020年02月19日

投稿日:2020年02月19日

Takram田川欣哉氏が説く、次世代型人材に必要な思考法 ――「イノベーション・スキルセット 〜世界が求めるBTC型人材とその手引き〜」 イベントレポート

モデレーター

田久保 善彦
グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長

スピーカー

田川 欣哉氏
株式会社Takram 代表取締役/ロイヤル・カレッジ・オブ・アート 名誉フェロー

グロービス経営大学院東京校の1階ホールに300名以上もの人が詰めかけた。この日のイベントのスピーカーは、デザイン・イノベーション・ファームTakramの代表取締役であり、デザインエンジニアの田川欣哉氏。

トヨタ自動車『e- Palette Concept』のプレゼンテーション設計、日本政府の地域経済分析システム『RESAS』のプロトタイピング、羽田空港のラウンジ設計、日経新聞のコーポレートブランド構築、メルカリのデザインアドバイザリーなど、手がけたプロジェクトは多数。また、経済産業省・特許庁の『デザイン経営』宣言の作成に携わったことでも注目を集めた。

テクノロジーとデザインに精通し、プロダクト、サービス、ブランドなどあらゆるものの構築を手がける田川氏は、次世代型人材に必要なのは「BTCスキル」であると説く。BTCとはビジネス・テクノロジー・クリエイティビティの頭文字で、これらを統合するスキルセットこそが、今後世界的に求められる能力なのだという。

イベントでは、自著『イノベーション・スキルセット 〜世界が求めるBTC型人材とその手引き〜』(大和書房/2019年)の内容をもとに、講演とパネルディスカッションの二部形式で進められた。

現代は、「第四次産業革命」の時代

近年いたるところで叫ばれるようになった「デザイン思考」。BTCでいえば「C」に該当する部分である。そもそも、デザイン思考とはいつ頃から出てきた概念で、なぜ今これほど重視されているのか。そこを理解するためには、第一次〜第四次産業革命の歴史とデザインの関係を紐解く必要がある。

18世紀にイギリスで起こった第一次産業革命は、いわば「機械化」の時代。蒸気機関の発明に始まり、人の手作業によるものづくりから機械での大量生産が可能になった。それにともない生まれた概念が「デザイン」である。

「ものを大量につくれるようになると同時に、世界には生産者本意な使い手のことを考えない劣悪な大量生産品があふれた。しかし、次第に人間が生活空間で使うものは、使い勝手や見た目が悪いと誰も手にとってくれなくなった。そこで生まれたのがデザインです。今、世の中に存在するプロダクトは、たいてい何かしらのデザインがなされているもの。なんの変哲もなく見える椅子でさえ、デザイナーが関わっていなければ座り心地も見た目も悪いものになっているはずです」と田川氏。

第二次産業革命は「電力・電子」の革命と呼ばれ、アメリカを中心に19世紀後半に発生。ベルやエジソン、ショックレーなど、エレクトロニクスの発明は北米を中心に勃興し、その後、ソニー、パナソニック、トヨタなどの日系企業も深く関わり、ハードウェアとエレクトロニクスの複合体による新たなものが創出された時代だ。

20世紀後半から起こった第三次産業革命は、「コンピュータ化」の時代。アップル、マイクロソフトなどの出現により、工場で使われていた業務用コンピュータが一般家庭に普及し始める。コンピュータの時代より前のプロダクトは単機能型のものが多い。そのためデザインの役割はプロダクトを使いやすく魅力的に仕上げることに重心があった。しかし、世界でコンピュータ化が進むにつれデザインのあり方そのものが大きく変化したと田川氏は説明する。

「プロダクト単体をデザインするのが旧来のデザインだとすれば、コンピュータの登場以降のデザインは、プロダクトと人間の間の複雑なインタラクションがデザインの対象となります。そのため、ユーザーを観察し、仮説を立て、プロトタイプをつくり、実際に使ってもらって改善していくというプロセスを踏みます。これが、ユーザーインターフェイス(UI)やユーザー体験(UX)におけるデザインの基本となりました。そして、この手法をビジネスに一般化したものが、デザイン思考と呼ばれるものです」

そして、私たちが今まさに突入しているのが第四次産業革命時代。デジタルとフィジカルの融合によりあらゆる産業構造が変化しつつあり、ヒトとモノの情報が瞬時につながっていく「コネクテッド」の時代だ。そこで収集されたビッグデータはT(テクノロジー)の進化によってAIが最適解を出していく。Cにあたるデザイン思考は、表層的なデータだけでは読み取れない部分に役立つ。これからの時代は、よりユーザーエクスペリエンス(UX)の価値創造の重要性は高まり、インタラクションが発生するものであればあるほど有効な手法ゆえ、デザイン思考を用いることで質が向上するプロダクトやサービスが増える。スマホなどは、その代表例といえるだろう。

「デザインはNice to have(あるといいもの)からMust have(なくてはならないもの)になりつつある。ビジネス側の人もテクノロジー側の人も、デザインを中枢に添えてビジネスを構築せざるを得ない時代になってきたということです」

BTC型人材とは何か

では、第四次産業革命により破壊的イノベーションが起こっている現代に必要な「BTC型人材」とは何か。これに対して田川氏は、「ビジネス・テクノロジー・クリエイティビティの3つを融合し、イノベーションを加速する人材像のこと。これからの時代は、この3つの能力を集約したチームや個人が新しいものをつくっていく時代」と述べる。

「大半の企業の組織はBとTの人材で構成されています。特にエグゼクティブクラスはBとTを理解する人たち。ですが、これからの時代にイノベーションを起こすような新しいものを生み出すためにはCが必要です。たとえば、顧客体験を無視してアプリサービスを成功させるのはまず無理ですから」

Cを軸に、必要となるデザイン人材は3種類。C専門のクラシカルデザイン(C)、BとCの間をつなぐビジネスデザイン(BC)、TとCの間をつなぐデザインエンジニアリング(TC)を担える人材である。これはBTCをトライアングルで表すと理解しやすい。BTCの各専門家に加え、それぞれをつなぐハイブリッド人材がいることで、3領域を完全分業ではなく統合させて新しいものを生み出すことができるようになるのだ。

BTCの統合により成功している企業の事例も紹介された。家庭用エアロバイクを販売する北米のスタートアップ、Pelotonである。エアロバイク市場はレッドオーシャンだが、同社は独自のビジネスモデルにより売上970億円、時価総額は上場前の調達時点で5,000億円を計上する。

Pelotonのビジネスモデルは、SaaS plus a Boxと呼ばれるもの。サブスクリプションに加え、ハードウェアの販売を通じて製造代を回収するモデルだ。ユーザーはまずPelotonのサイトからエアロバイクを購入するが、その価格は市場の5〜6倍にあたる約20万円。さらに、タブレット上のオンラインジムサービスを受けるために月額5,000円ほどを支払う。つまり、初年度は1ユーザーあたり計26万円ほどの売上になり、ユーザーストックしていくほど利益が積み上がるという仕組みである。

このエアロバイクには使用するごとにさまざまな顧客データが蓄積されより最適で価値のあるプロダクトへ進化していく。そのため、ユーザー離脱率は0.5%ほどという驚異的な数字だ。また、次のモデルへの買い替え時のCPA(顧客獲得単価)も非常に低くなる。

「フィジカルとデジタルを結合したPelotonのビジネスやプロダクトは、まるで第四次産業革命時代の申し子のよう。ウェアなどのクロスセル商品やWebデザインを見ていても、一貫したUXとブランドでマネジメントされているのがわかります。ひとつのデザイン哲学が横串で貫かれている好例ですね」

デザイン経営導入による経済効果

経済産業省・特許庁の『デザイン経営』宣言作成にコアメンバーとして関わっていた田川氏。その中でデザインは、「イノベーションに資するデザイン」と「ブランド構築に資するデザイン」の2種類に整理されている。「イノベーションに資するデザイン」に携わっているのは主にBCとTC型人材、一方「ブランド構築に資するデザイン」に携わっているのは主にC型人材だ。

この2つの重なり合いやボリュームは企業により異なる。田川氏によれば、イノベーションが多めの企業はダイソン、ブランド構築が多めな企業は良品計画、また両方を同じくらいの比率で導入している企業は前出のPelotonなど。自社の目指す比率を考えていくと、今どのタイプのデザイナーが必要なのかが見えてくるという。

デザイン経営を導入する企業はどれだけ経済効果が高いのか、非常に興味深いデータも紹介された。アメリカの調査では、Pelotonのような企業は平均的な企業に比べて10年間で株価2.1倍の成長。EUの調査では、デザインに注力する企業のパフォーマンスは、EUの全産業平均に比べて10年間で200%向上している。イギリスの調査では、デザインに1投資するごとに営業利益が4倍になるという結果も出ている。

自社にデザインを導入すべきかどうか、判断の目安になるマトリックスがある。

マトリックス内の1(デジタル要素あり・エンドユーザープロダクトあり)に該当する企業は、絶対に導入が必要とされる企業。日本企業の中心はまだデジタル要素のないメカトロニクスのため、2または4であることが多い。ただし、2が1にシフトしていく、つまりデジタル化していく時代感ゆえ、時代に合わせていくためには早期のデザイン導入が求められるという。

非デザイナーがデザインを学ぶには

企業がデザイン経営を進めるには、経営陣の中にデザイン責任者を置くことが必須だと田川氏は言う。近年スタートアップを中心に導入されているCXO(Chief Experience Officer)がその代表例だ。それを現場側で支えるのが、BTC型人材やBTC型組織である。

「非デザイナーがデザイナーの専門性をすぐに身につけるのは難しい。でも、デザイナーが何を考えているかを理解し、会話できるリテラシーは備えておくべきです。また、手法としてのデザインを『課題解決のためのデザイン』と『スタイルやブランドをつくるデザイン』に分けたとき、非デザイナーが学びやすいのは前者。基本は『観察』と『試作』の繰り返しです。そして皆さんには欲張って、『センス』を磨くこともおすすめします」

観察テクニックとは、「現場・現物・現人」を徹底的に観察し、課題を書き出し、同時に解決策を書き出すこと。試作テクニックとは、仮説をローコストで具体化し、ユーザーニーズを手早く確かめることだ。もっとも磨くことが難しいように思えるのがセンスだが、「センスはジャッジの積み重ねで磨かれる」と田川氏は言う。

「美しいものに惹かれるのは、人間の脳に組み込まれている生理的なもの。それを理解し、同じように見えるプロダクトの色や形の微妙な調整で、ユーザーに選んでもらえるように仕上げていくのが、デザイナーのスキルでありセンスです。それを磨くためにおすすめしたいのが、ふせんトレーニングです」

用意するのは3色のふせんと、写真が大量に載っている本だけ。本をパラパラとめくり、いいと思う写真には青のふせん、ダメだと思う写真には赤のふせん、わからない写真には黄色のふせんを貼っていく。こうすることで自分の好みが可視化され、なぜその色を貼ったのか分析していくことで自分の判断基準が明確になっていくというものだ。

まずは自分よりセンスがあると思う人にふせんを貼った本を見てもらい、意見を仰ぐのがいいという。どの写真を選べば正解という答えはない。センスは人によって多様であり、重要なのは自分の中に判断基準があるかどうか。たとえば選んだのがインテリアの本で、黄色のふせん(わからない)が多かったなら、自分の中にインテリアに対するジャッジ能力がないということだ。

「なぜ自分が黄色を貼ったのか分析を重ねていくと、判断基準が定まりいずれ赤と青のふせんだけを貼れるようになります。プロのデザイナーは、何かを見ると頭の中で瞬時にふせんを貼り分ける癖がある。網膜上で常にふせんトレーニングをやって、感度を高めているのです」

グロービス田久保とのパネルディスカッション

第二部は、グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長の田久保善彦がモデレーターを務め、ディスカッション形式で進行。田久保および参加者からリアルタイムにオンラインから寄せられた質疑をベースに、第一部の内容がさらに深掘りされた。

まず、C型がB型とスムーズにコミュニケーションをとる秘訣として、田川氏はマーケティングもしくは戦略について学ぶことを推奨。「デザインは人工物をつくる仕事なので、そこに絡んでくるビジネス手法を学ぶのがおすすめ。たとえば4Pを学べば、自分の商品がどういうロジックで売れていくのか理解できます。仕事で接するBの人はたいていマーケティング系か戦略系だと思うので、どちらかをやっておくといいと思います。Takramの若手デザイナーもグロービスで勉強していますよ」

「ロジカルシンキングの時代は終わったとか、デザインではなくアートだとか、VSで捉える風潮が最近ではありますが、デザイン思考と旧来のマーケティングの棲み分けは現場ではどうなっているのですか?」という田久保からの質問には、自身が手がけた羽田空港ラウンジ設計のエピソードを交えて答えた。

「デザイン思考が適する部分と、旧来のマーケティングが適する部分が絡み合うのが実際のところなので、現場では『この考えは古い』ではなく『使えるものは使おう』という考え方が浸透しています。羽田空港のラウンジの仕事では、デザイン教育を受けたBT型の人材が現場を観察し、課題を1,000くらい抽出しました。例えば、自分の隣に座られたくないので椅子にバッグを置く人が多いのですが、その結果混んでいるように見えても実は稼働率は低い、とか。ありのままを詳細に観察することと、それをひねって違う切り口からビジネスインパクトのある課題を見つけ出すことの両方が必要になるので、どちらも使える総合格闘技能力を身につけてほしいですね」

また、デザイン思考とアート思考の違いについては、デザインはアウトサイドイン、アートはインサイドアウトと答えた。ただし、完全にどちらかに該当するということはなく、比率により見え方が違ってくるという。「アート思考の強いデザイナーは、指示が主観的になりやすくビジネスシーンにおいて相手に理解されづらい傾向があります。そのような主観タイプの人は、指示だけでなく、そう判断した理由やプロセスもセットで伝えることが大切です」とアドバイスした。

先ほどからよく出ている「観察」と、単に「見る」ことの違いにも質問が及んだ。デザイナーの観察は「解像度が高い」と田川氏。今このホールをぱっと見ただけでも、「前列と中列と後列では照明の照度が違い、それによって参加者の集中度も違う」「脚をクロスしている人と投げ出している人の比率はどれくらい」「革靴を履いている人の中で、きちんと磨いている人はどれくらい」といった詳細な情報が視覚を通して入ってくるのだという。

「観察対象が人間というだけで、ありのままを記録するという点においては科学と同じ。観察ができると、プロダクトやサービスを利用する人の体験における課題やその解決策が自ずと見えてくるようになり、物事の考え方がデザイナーに近づいていきます。小学校で道徳は習うけど、人間観察は習いませんよね。もし幼少期からデザイン思考のトレーニングをするなら、観察の方法を教えるといいと思います」

BTC型人材を目指す人へのメッセージ

最後に、BTC型人材を目指す人たちに向けて田川氏からメッセージが贈られた。

「BからCに行きたい方は、ユーザーを見る必要がある職種や部署に積極的に行ってください。今日お話しした内容がすぐに活用フェーズに入るでしょう。一方、CからBにオンジョブでいきなり行くのは難しいので、MBA教育などをはさむといいと思います。グロービスをはじめ、社会人教育をしているところも今は増えてきています。また、デザインにリスペクトのあるマーケターと一緒に働く経験を積むのもおすすめ」

どの領域の人にも推奨するのは、ジャンル問わずマイクロビジネスを最初から最後まで一貫して手がけてみることだという。「アプリを開発してユーザークレーム対応までやるとか、お花屋さんで店構えの企画から販売までやるとか、ジャンルは問いません。そうすることで、今求められている能力がいかに総合格闘技であるかがわかるはずです」

「まだ世の中で認知されていない価値を発見して実装する」。これはTakramが掲げる組織としてのミッションだ。「未来は変化の積分。社会に変容を起こしていくという我々のミッションを常に忘れず、そこに全能力を投下していきたい」。そう語る田川氏の思考、そして破壊的イノベーション時代を生き抜くためのヒントが惜しみなく公開されたイベントとなった。詳細を学びたい方はぜひ『イノベーション・スキルセット 〜世界が求めるBTC型人材とその手引き〜』を熟読し、具体的な行動を起こしてみてほしい。

モデレーター

田久保 善彦

グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長

スピーカー

田川 欣哉氏

株式会社Takram 代表取締役/ロイヤル・カレッジ・オブ・アート 名誉フェロー

ハードウェア、ソフトウェアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。主なプロジェクトに、トヨタ自動車「NS4」のUI設計、日本政府のビッグデータビジュアライゼーションシステム「RESAS-地域経済分析システム-」のプロトタイピング、NHKEテレ「ミミクリーズ」のアートディレクションなどがある。

日本語入力機器「tagtype」はニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションに選定されている。グッドデザイン金賞、iF Design Award、Red Dot Design Awardなど受賞多数。未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータ認定。内閣府クールジャパン戦略アドバイザリボードメンバー。経済産業省「産業競争力とデザインを考える研究会」委員。「産業構造審議会 知的財産分科会」委員。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授・名誉フェロー。グロービス経営大学院 教員。