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100年企業崎陽軒——「流行らせちゃいかん。流行りは廃れる」

2020年02月06日

  • キャリア
野並 晃 崎陽軒 専務取締役
難波 美帆 グロービス経営大学院 教員

横浜名物として知られる「シウマイ弁当」を製造販売する崎陽軒。今回のインタビュイーである野並晃専務の曽祖父、茂吉氏が考案した独自の「シウマイ」は、今もなお崎陽軒の屋台骨を支えるロングセラー商品です。どうしたら多くの人に長く愛される商品を生み出せるのでしょうか。その秘訣をお聞きしました。(聞き手=グロービス経営大学院 難波美帆)(全2回、後編)

現場に立って実感したお客様とのつながり

難波:崎陽軒に入社されてからはどんな経験を積まれたのですか。


野並:入社後1年間は、製造部門や販売部門などを研修で回りました。実際に店頭に立って接客をしたこともあります。


難波:入る前には思ってもみなかった新たな発見はありましたか。


野並:製造現場にいたとき、とにかく毎日、何万、何十万という数のシウマイやシウマイ弁当が作られているのだなと実感しましたね。


難波:これだけ買ってくれる人がいるのだなと。


野並:数字で聞くのと、実際に目の当たりにするのとは感覚が違います。これだけの方に召し上がっていただいている会社なのだから、ちゃんとしないといけないというのはありました。


私が店頭に立ったのが2007年。ちょうど原材料の誤表示が明らかになったときでした。JAS法は原材料名を重量順に表示するよう定めていますが、その順番に誤りがあり、新聞などで報道されました。


当時、店頭でお客様からきつい言葉をかけられたこともありましたが、一方で、応援してくださるお客様もいらっしゃった。お客様を本当に大事にしなければいけないと痛感しましたね。

横浜市民からシウマイを販売する権利をもらっている

難波:シウマイ弁当は乗りものの中で食べていると思いますが、シウマイはどんなシチュエーションで食べられているのでしょうか。


野並:シウマイには複数のパッケージがありますが、一番オーソドックスなのは15個入りです。15個を1人で食べる人はなかなかいないので、誰かと一緒に食べていると思います。


難波:シウマイはボリュームもあるし、栄養もある。メインディッシュになる存在感がありますよね。夕食のおかずになるけど、ちょっと特別感がある。そんなポジショニングなのではないでしょうか。


野並:シウマイは「おみやげ」でありながら、地元の方々の食卓にも日常的に上がります。こういう商品ってなかなかないと思います。そこはシウマイの面白いところですね。


難波:ご自身がトップに立ったときに、この長年愛されてきたブランドをどう変えたい、もしくは変えたくないと思っていますか。


野並:いつだったか、社員の一人がこんなふうに言っていました。「崎陽軒という会社は、横浜市民からシウマイやシウマイ弁当を作って、販売する権利をいただいている会社である」と。うまい表現をするなあと思いました。受託者としては、委託されている方々のご理解とかご意見なしに勝手に変えちゃいけないと考えています。


例えば、先ほど「シウマイ弁当のあんずが好き」と言っていただきましたが、シウマイ弁当をどの順番で食べるかをみなさまが話題にしてくださるんですね。「食べ方図説」という雑誌まであります。


難波:ほんまやー。すごい!(笑)


野並:当社がマーケティングのためにリードしたわけではなく、お客様のなかで出来上がっているものがある。それは大切にしたいと思っています。


難波:食事では楽しさが大事ですよね。15個のシウマイを分け合って一緒に食べる人がいるとか、何から食べるかが話題になるとか。シウマイが1つのコミュニケーションのツールとして機能していますね。


野並:そんなふうに言っていただけてありがたいですね。ちなみに、この時期だったら鍋やおでん、カレーに入れていただくのもお勧めです。フライパンでカリカリっと焼くのもいい。いつもとちょっと違った味わいが楽しめますよ。

時代に合わせ、イノベーションをし続ける

野並:ただ、お客様の支持が不変であり続けるかどうかはわからないので、昔ながらのシウマイやシウマイ弁当という核となる商品を置きつつ、いろいろな味のシウマイや季節のお弁当なども用意しています。


実はシウマイ弁当の中身も時代に合わせ、少しずつ変えています。例えば、あんずではなく、さくらんぼを採用していた時期があります。唐揚げではなく、えびフライだったり、シウマイの数が4個から5個に増えていたり。


何か新しいことに取り組まないと、今の規模感を未来永劫続けていくことはできません。最近では、日本と似たような食文化がある台湾で催事出店もしています。


崎陽軒の基本理念の一つに「崎陽軒はナショナルブランドをめざしません。真に優れた『ローカルブランド』をめざします」とあります。でも、グローバルブランドを目指しませんとは書いていない。横浜はもともと開かれた街だからこそ、そういうチャレンジをしていかなければいけないと思っています。


難波:新しいチャレンジに関しては、社内に専門部署があるのですか。


野並:専門部署はなく、みんな兼業です。有志でサークル活動をしているようなイメージです。当然、会社公認ですが、年代問わず、新しもの好きの社員が集まっています。


難波:社内にチャレンジする風土があるのですね。


野並:ある社員から「社長はどう言っているのですか」と聞かれたことがあります。ですが、社長の言うことだけを聞いていたら会社は成長できません。社長は神様じゃありませんから、お告げはない。社員みんなからアイデアを出してもらい、それに判断を下すのが社長の仕事です。そう社員に言い続け、社員からどんどん声が上がってくる仕組みをつくっておくことが大事だと思っています。

「崎陽軒愛」にこだわるのがトップの役目

難波:今、社員数はどれくらいですか。


野並:社員のほか、パート、アルバイトを含めると約2000人です。


難波:大所帯をまとめていきながら、今後どんなふうに自分のスタイルを出していきたいなと思っていますか。


野並:私自身はアイデアマンではありません。だから私からはお告げをするための材料は出てきません、というのが前提としてあります。であれば、私が最もこだわらなければいけないものは何かと言えば、崎陽軒愛だと思っています。


この会社を愛する気持ちがあるから、今の状態において、こういうことが必要なんじゃないかとか、ああいうことが必要なんじゃないかというものを考えて、それができそうな人を探してお願いしたり、任せたりするのが自分の役割なのだと思います。


私が残していきたいのは崎陽軒という会社、組織、ブランドです。今はシウマイが支えてくれていますが、これからを見据えて早めに違うものを持っておかないとまずいと考えています。


難波:グロービスは5月に横浜・特設キャンパスを常設化します。横浜校も崎陽軒さんのシウマイのように、地元のみなさんをはじめ、多くの人に愛される存在になれるように頑張りたいですね。


野並:父からはよく「流行らせちゃいかん。流行りは廃れる」と言われています。


難波:なるほど、それが愛され続ける秘密なのですね。


(文=荻島央江)

前編はこちら

野並 晃崎陽軒 専務取締役

※肩書は公開当時のものです

難波 美帆グロービス経営大学院 教員

大学卒業後、講談社に入社し若者向けエンターテインメント小説の編集者を務める。その後、フリーランスとなり主に科学や医療の書籍や雑誌の編集・記事執筆を行う。2005年より北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット特任准教授、早稲田大学大学院政治学研究科准教授、北海道大学URAステーション特任准教授、同高等教育推進機構大学院教育部特任准教授を経て、2016年よりグロービス経営大学院。この間、日本医療政策機構、国立開発研究法人科学技術振興機構、サイエンス・メディア・センターなど、大学やNPO、研究機関など非営利セクターの新規事業の立ち上げをやり続けている。科学技術コミュニケーション、対話によるイノベーション創発のデザインを研究・実践している。


※肩書は公開当時のものです

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