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創業111年地域密着企業、崎陽軒の横浜への想い

2020年01月29日

  • キャリア
野並 晃 崎陽軒 専務取締役
難波 美帆 グロービス経営大学院 教員

横浜名物として知られる「シウマイ弁当」を製造販売する崎陽軒。1908年に創業され、創業110年以上になります。今回のインタビュイーである野並晃氏は4世代目に当たります。後継者であるご自身のこれまで、家業に入る前の社会人経験などについてお聞きしました。(全2回、前編)

横浜はイノベーションの素地がある街

難波:横浜生まれ、横浜育ちの浜っ子だそうですね。横浜の魅力はどんなところだと思いますか。


野並:横浜は横浜港が開港してからの街なので、まだ160年の歴史しかありませんが、現在375万人が暮らす街へと発展しました。それは、世界の文化を広く受け入れ、吸収してきたからだと思います。日本でも珍しい、特徴的な街並みなのかなと。中華街など異国情緒がありますよね。


崎陽軒のシウマイは、中華街で突き出しとして提供されていたシューマイをヒントに誕生しています。当社は1908年の創業時から横浜駅構内で商売をさせてもらっていますが、シウマイは「横浜には名物がない。ないならつくろう」という思いから初代社長の野並茂吉が点心職人とともに1928年に独自開発しました。


電車の中で召し上がってもらうのに、冷めてもおいしく、また揺れる車内でも食べやすいようあえて一口サイズにしています。横浜はそうしたちょっとしたイノベーションを起こす素地を持つ街なのかなと思います。


難波:シウマイ弁当は、心遣いが行き届いていますよね。私はシウマイ弁当に入っているあんずが大好きで、いつも最後に食べるのが楽しみなんです。


野並:ちょうど2020年、駅弁ができて135年になります。こうした日本の文化を大事にしながら、海外の方々にも広めていきたいと思います。


難波:今、海外の人たちからお弁当が注目されているので、その代表的なものとしてシウマイ弁当をぜひ食べてほしいですね。

自然と沸き上がったトップを目指す気持ち

難波:子供の頃からいずれ家業に入ることを意識していたと思いますが、反発する気持ちはありませんでしたか。


野並:子供の頃は、普通に「プロ野球選手になりたい」という夢を持っていました(笑)。ただ、高校生の後半ぐらいから何となく崎陽軒という会社を意識し始めました。そのうち、漠然とですが「トップになりたい」と思うようになりました。


どうしたらトップになれるのか。どういう道筋があるのかと考えました。1つは、通常の会社組織に入って、平社員から上っていく。もう1つは起業して、最初からトップという状態でやる。どちらにしてもなかなか難しい道のりです。


そのとき、運がいいことに自分には第三の道がありそうだなと思ったのです。要は、家業を継いでトップになることです。当時、崎陽軒がどんな規模の企業か全く理解していませんでしたので、何かをやるならトップになってみたいなというくらいの気持ちだったのですが。


難波:トップになりたいという思いがあったのですね。跡継ぎなど将来トップになることが約束されているポジションにいると、逆になりたくないと思うものなのかなと勝手にイメージしていました。


野並:当然いきなりトップにはなれませんから、その間のことは経験できます。でもトップにはそうそうなれない。もしなれるチャンスがあるなら、なったほうがいろいろな経験ができるのではと思ったのです。最終的に、(後継者になることを)人に決められるのではなく、自分で決めたいというのがあるのかもしれません。

組織に必要なのは、スター選手11人より多様性

難波:と言いつつ、大学卒業後は崎陽軒ではなく、キリンビールに入社されています。キリンビールを選んだ理由は何ですか。


野並:崎陽軒はお弁当、シウマイを取り扱っている会社なので(跡取りとして社会人経験を積むのには)、食品関係のものづくりをしている企業がいいだろうというのは何となくありました。


私は大学時代、体育会サッカー部に所属していたのですが、先輩方にビール業界に就職する人が多く、親近感もありました。それにキリンビールは横浜発祥の会社で、空想上の動物をシンボルに使っているという共通点もあります。最終的にご縁があってキリンビールに入ることになりました。たぶん最初から崎陽軒に入っていたら、勘違いしていたでしょうね。


難波:新卒でお勤めの会社では、トップを遥か彼方に見て働くわけですが、高校時代に抱いていたトップのイメージと何か違いはありましたか。


野並:キリンビールは大きな企業なので、トップが遠いんですよ。勤務していた3年で、社長を生で見たのは入社式と視察で拠点に来たときの2回だけでした。


難波:なるほど。キリンビールではどんな仕事をされていたのですか。


野並:神戸市内などを担当する営業をしていました。同期や一緒に働く先輩たちに恵まれましたね。何よりこの2つ、同期と先輩が欲しくて会社に入ったようなものです。「この人ってすごいな」「かっこいいな」という仕事ぶりをたくさん見させてもらいました。


難波:仲間とチームワークを培ったのですね。ビジネスでのチームワークは、学生時代のサッカー部でのチームワークと違いがありましたか。


野並:似ている部分は多々あります。20代後半から30代半ばのビジネスパーソンが思い描く、すごいサッカー選手って誰ですかね。私の子供時代で言えばキングカズ、三浦知良選手。例えば、彼みたいな人が11人いても勝てませんよね。


難波:スター選手が11人いても、同じタイプの人ばかりでは勝てないわけですね。


野並:やはり11人の選手それぞれに役割があって、その総合力に優れたチームが勝つ。それがチームスポーツだと思います。特にサッカーはそうです。


それは企業も一緒だと思っています。例えば、営業成績は抜群だが、事務処理など細かいところが抜けている人もいれば、目立たないけれどそういう穴をしっかりフォローしてくれる人もいる。組織にはどちらも必要な人材です。これが組織なんだな、強い会社とはこういうものなんだなと実感しました。(後編に続く)


(文=荻島央江)

野並 晃崎陽軒 専務取締役

難波 美帆グロービス経営大学院 教員

大学卒業後、講談社に入社し若者向けエンターテインメント小説の編集者を務める。その後、フリーランスとなり主に科学や医療の書籍や雑誌の編集・記事執筆を行う。2005年より北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット特任准教授、早稲田大学大学院政治学研究科准教授、北海道大学URAステーション特任准教授、同高等教育推進機構大学院教育部特任准教授を経て、2016年よりグロービス経営大学院。この間、日本医療政策機構、国立開発研究法人科学技術振興機構、サイエンス・メディア・センターなど、大学やNPO、研究機関など非営利セクターの新規事業の立ち上げをやり続けている。科学技術コミュニケーション、対話によるイノベーション創発のデザインを研究・実践している。

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