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集団脳がヒトを動物より賢くさせる――『文化がヒトを進化させた』

2019年12月04日

  • 書籍
牛田 亜紀 グロービス・ファカルティ部門マネジャー

あなたは動物より賢い?

あなたは突然飛行機に乗せられ、中央アフリカの熱帯雨林に下ろされる。持ち物は何もない。道具も、食料もない。あなたを含めたヒト代表50人は、これから2年間のサバイバルゲームに参加する。敵チームは、コスタリカからやってきたオマキザル50匹だ。2年後に生き残りが多い方が勝ちとなる。さて、勝つのはどちらだろうか。


もし私がこんな状況に置かれたら、1週間、いや1日だって生き抜く自信はない。水をどうやって見つけるのかもわからず、食べてよい植物や昆虫の区別も付かない。夜間をどこで過ごせば安全なのか見当もつかない。私が「知っている」「できる」と思っているものはどれも「以前に誰かが考え出した」ものを学ぶことで身につけたものばかりだ。私が生まれつき持っている知能は、熱帯雨林で生き抜くにはたいして役に立ちそうもない。あなたも同じではないだろうか。かくしてヒトチームは、サルチームに完敗するだろう。


こんな話から始まる本書は、ハーバード大学人類進化生物学教授であるジョセフ・ヘンリックが、人類学や進化生物学、行動経済学、遺伝子学など幅広い分野に及ぶ知見と20年に及ぶ研究をもとに書き上げた、人類の繁栄をヒトと文化の関係から明らかにしていくエキサイティングな1冊だ。


私たちは、特大サイズの脳をもちながら、それほど聡明ではない、と著者のジョセフ・ヘンリックはいう。


ハイトによると、ヒトチームがサルチームに勝てないのは、ヒトが文化(習慣、技術、道具、価値観など、成長過程で後天的に身につけるもの)への依存度を高めながら進化してきた動物だからだという。私たちが自分の能力だと思っているものの殆どは、後天的に学んで獲得したもので、生まれながらに知っていたり、自分だけで生み出したりしたものではない。だから、まったく馴染みのない、文化に頼ることのできない環境に置かれると、とたんにどうしてよいかわからなくなってしまう。

「ついつい他人から学び、ついつい集団に従ってしまう」私たち

私たちが「自分の能力だ」と思って使っている知識やテクノロジーはどれも、私たちの祖先が長い年月をかけて他の個体から学び、集団の中で共有し、世代を超えて伝えてきたもの、つまり文化の累積だ。ヒトは、こうして積み上げた文化を活用して環境にうまく適応し、いまの繁栄を手にいれてきた。これを可能にしたのが「集団脳」と呼ばれるものだ。ヒトが他の動物とは全く違う存在となっているのは、個体それぞれの頭脳が優れていて、創造性や発明に長けているからではない。たくさんの脳が集まってできた「集団脳」(集団的知性)を使って、時を超え文化を積み上げてきたおかげなのだ。


集団脳が発達するには、1つの個体が学習するだけではダメで、それが集団の他の個体へ、さらには次の世代へと伝えられなければならない。そのため、私たちヒトには、他者から学び、集団で生活し、文化を蓄積していくために、さまざまな行動がプログラムされている。私たちは「ついつい他人から学んでしまい、ついつい集団に従ってしまう」生き物なのだ。


「誰にも影響など受けていない」と思っているあなたも、実は無意識にこうした行動をとっている。車が全くこないのに青信号になるまで待ったり(自己家畜化)、有名人が宣伝する商品をつい選んだり(プレスティージ心理)、2件のラーメン店から行列ができている方を選んだり(同調伝達)。同郷の人や同じ言語を話す人に親近感を感じるのも、同じ民族から学ぼうとする反射的な行動の1つだ。こうした私たちの行動について、本書では世界各地の少数民族を対象としたフィールドワークやさまざまな検証実験からの数々の興味深い事例を用いて説明を試みる。組織行動やリーダーシップを考える上で参考になりそうな概念も多い。

集団脳とイノベーション

集団脳に影響を与える要素が2つある。1つは集団の大きさ、もう1つは集団内での社会的なつながり、つまり集団を構成するメンバーの相互の連絡性だ。集団が小さいと、集められる知恵や文化の幅も小さくなる。集団内でのつながりが弱いと、どんなに素晴らしい技術が生まれても、共有も累積もされない。規模が大きく、相互のやりとりがうまく行われる集団ほど、集団脳が大きく、より高度な技術やノウハウを生み出すことができるというわけだ。世界中の地域や都市の中で、新しい技術やイノベーションが起きやすい場所とそうでない場所がある理由も、こうした点から説明できそうだ。


複雑なテクノロジーを生み出す上では、生得的な頭の良さよりも社会性のほうがはるかに重要になると著者は言う。どんなに優秀な個人がいても、多額のインセンティブを与えても、イノベーションを起こす力は生まれない。「イノベーションには天才も組織もいらない。必要なのは、多数の頭脳が自由に情報をやり取りできる大きなネットワークのみ」と著者は言い切る。


時代を変えるようなイノベーションは、特別な人たち、天才的な誰かがもたらすものだ、と私たちは考えがちだ。自分には関係のない縁遠いものだと感じてしまう。だが、どんなイノベーションや発明も、長年にわたる集団脳の働きなしには生まれない。とすると、次のイノベーションをもたらすのは、集団脳の一部である私たち一人ひとりだということになる。なんと、私たちみんなが、イノベーションをもたらすために一役買っていたのだ。


インターネットの普及は、集団脳を拡大する上でかつてないインパクトを与える可能性が高い。集団で文化を生み出し、文化に依存して進化してきた私たちヒトが、これからどんな進化を遂げるのか。インターネットはどんな役割を果たしていくのか。かつてない規模の集団脳を、私たちは手に入れることができるのだろうか。


私たち自身をもっと深く知るために、年末年始にじっくり読みたい、知的探検という言葉がぴったりの1冊だ。


『文化がヒトを進化させたー人類の繁栄と<文化-遺伝子革命>』
:ジョセフ・ヘンリック :今西康子 発行日:2019/7/13 価格:3960円 発行元:白揚社

牛田 亜紀グロービス・ファカルティ部門マネジャー

早稲田大学第一文学部心理学専修卒業、神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了(経営学修士)、英国University of East Anglia, Development Studies修了(農村開発修士)。


大手鉄道会社にて鉄道事業、スポーツ・レジャー事業の戦略立案・事業運営に携ったのち、経営学修士取得を経て英国に留学、途上国開発の分野でフェアトレードをテーマとした研究で修士号を取得。ビジネスを活用した開発を目指し南米チリにて地方都市の観光開発戦略策定に携わったほかコスタリカにて在コスタリカ日本大使館経済担当専門調査員として経済政策分析・ビジネス支援等に携わる。グロービスでは教育プログラムの設計や教材開発等に従事。

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