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ビジョンと事業の整合性を保つためにNPOから株式会社へ、キズキの決断

2019年04月24日

  • 創造
  • 変革
髙原 康次 グロービス経営大学院 教員
松井 孝憲 グロービス ファカルティ本部 研究員/(財)KIBOW インベストメント・プロフェッショナル

多くの社会起業家がNPO法人で事業を始めることが多いなか、あえて株式会社を選ぶパターンもあります。その理由とは?不登校やひきこもりの方などを対象とした学習塾「キズキ共育塾」や、うつや発達障害等で離職した方々を対象とした「キズキビジネスカレッジ」などの事業を東京・大阪で展開する、安田祐輔さんにお話を伺いました。

ビジネスを加速させるならば株式会社

髙原:社会的活動というとNPOで始める方が多いなか、なぜキズキを株式会社にしたのでしょうか?


安田:2011年の創業当時、僕もNPO法人から始めました。また当時、今のようなスタートアップ文化はありませんでした。だから、なんとなく「社会の課題を解決するならNPO法人かな」ぐらいの感覚でした。法人格はなんでもいいや、むしろNPOのほうが助成金をもらいやすいかなって。その意味では、創業期は30万、50万円の助成金でも嬉しいので、NPOでもよかったと思います。


ただ、2015年ぐらいになると、売上が1億円くらいになり、NPOであるメリットがなくなってきました。そこで、あらためて何をしたいか考えました。まずは、ビジネスを拡大させることで社会を変えたい。そうなると、株式会社化する方が効率的です。理由は3つ。1つ目は資本が入れられること。2つ目はガバナンスが明確で、経営がしやすい。3つ目は採用がしやすいこと。


ただ、ビジネスだけで社会が変わるとは思いません。政策を変えたり、お金にならないこともやりたいと思ったときにはNPOが必要です。そこで、株式会社を2015年につくってビジネスになる事業は全部移し、NPO法人はほぼ空っぽの状態にしました。そして、あらためてこの社会で今自分ができてないことをやろうと考えました。


NPO法人としてまず、お金がなくて塾に通いづらい子に寄付から塾代を出す「キズキ奨学金制度」を始めました。昨年1月からは、助成金と寄付金を使って、全国4カ所の少年院に講師を派遣して学習支援を行っています。また、渋谷区で行っている低所得世帯を対象とした塾代支援(スタディクーポン)もやっています。いま、NPO法人としてはこの3つの事業を行っています。


髙原:ビジネスなのか、あるいは政策、貧困世帯支援なのかで法人を分けていると。


安田:行政からの委託事業の場合だと、財務基盤が整っているように見えるからか、株式会社のほうが有利な入札も多いです。弊社の場合、中退・不登校の方を対象とした「キズキ共育塾」や、うつ病や発達障害の方のための「キズキビジネスカレッジ」の事業以外にも、行政からの委託事業は株式会社でやっています。


一方、スタディクーポンみたいに、寄付を原資として行う場合は、NPO法人が適しています。ビジョンの元にやりたいことがまずあって、最後に法人格をどうするか考えるべきだと思っています。

NPOから株式会社にする際の難所は?

松井NPOから株式会社に移すときに苦労された点はありますか?


安田:だいぶ前のことなので記憶にない部分もあるのですが、そこまで苦労した記憶はありません。税理士さんに「株式会社つくってください」とお願いしてつくりました。恐らく、会社同士の事業譲渡とあまり変わらないと思います。社内向けに説明会を3回ぐらいアルバイトの方を含めてやりましたが。


松井株式会社とNPO、両方運営することで何か気を付けている点はありますか?


安田:法人格を分けたことで、NPOにも時間を割かなきゃというモチベーションは湧くようになりました。NPOの中に稼げるものと稼げないものがあったら、僕の場合は稼げるほうに注力してしまうので。とはいえ、やっぱりNPOに時間を割ききれてはいません。寄付を増やすために頑張ろうと思いつつ、職員はパートタイムの方が1人いるだけ。


松井一方で、NPOの事業を増やしていますよね。


安田:しばらくは、現在の事業から増やさないつもりです。


松井:NPOって社会的な研究開発部門みたいな面もあって、直接的にお金を生まないなかでどう続けるかが問われると。NPOでやっているような事業を株式会社の中でやる判断はしなかったのですか?


安田:利益を生まないことは株式会社でやりたくないですね。株式会社ではかなり細かく予実管理していて、毎月貢献利益の目標を達成しようと言っています。そのなかで、「NPO的なものは達成できなくなってもしょうがないよね」と、社内のダブルスタンダードができるのは嫌だなって。

ビジョンと事業がつながって楽になった

安田:ビジョンと事業をつなげることは、常に意識しています。たとえば、行政の委託事業の場合、キズキが行政の委託を受けることで、行政の福祉課の中にキズキの知見をインストールできる。そのことで、キズキが掲げる「何度でもやり直せる社会を創る」というビジョンの達成に繋がっていく……。そんな話を社内では丁寧に何度もしています。


そうやって、ビジョンから事業まで論理的に整合している状態になって、離職が減ったような気もします。ビジョンを達成するためには、確かにお金が儲からないことも必要だからNPOがあると。論理的に嘘がない状態ができて、すごく楽になりました。


髙原:それはいつ頃からですか。


安田:この1、2年ですね。またNPOでやっていることが必ずしも「単なる赤字」ではないこともあります。たとえばスタディクーポンをやったことで、会社にとっては何の利益もないですけど、広報効果はすごくありました。毎月、採用説明に人がたくさん来てくれるので。そうすると社内にも経営的な効果があったと認知できます。ビジョンややりたいことと、経営的な効果をどう上手く接続させるかがすごく重要だなと。


髙原:その物語をつくるにあたって、何か役立ったことはありますか。


安田:僕は哲学や思想がもともとすごく好きで。それが物語づくりには1番活きていると思います。学生時代、色んな本を読み、ロールズなどからは影響を受けました。学生時代から「どういう社会が正しいのか」「正しい事業とは何か」をずっと考え続けてきたことが、物語を作っていく上で役立っていると思います。


髙原:株式会社をこのタイミングでつくったらよかったなっていうのはありますか。


安田:今だったら初めからつくるかもしれないですね。あのときはスタートアップ文化がそれほどなかったから選択肢にならなかったですし、そもそも事業内容はITではないから初めから株式会社をやっても出資は集まらなかったかもしれません。


松井:逆に当時は、社会起業家ブームではありましたよね。


安田:そうですね。当時はNPOのほうがブームでした。


髙原:どんなモチベーションの人を採用していますか?


安田:モチベーションは見ていないです。弊社が定義する行動規範に沿った行動ができるかどうか、つまりカルチャーフィットを見ます。あとは実務能力評価です。今は正社員40でアルバイト250人ぐらいですが、業務が細分化されていて各人の役割が決まっています。さらにマネージャーに上がるためのスキル定義表があって。それを採用面接や人事評価の際に見ていくだけです。


ここ2年ぐらいで、採用・評価の仕組みを結構つくり込んでいたんです。カルチャーフィットを重視することで多様性は排除している部分は確かにあるんですけど、会社が大事にしているカルチャーを守った上での多様性なら、何でもアリだと思っています。だから、例えば40代で初めて正社員になった方や、これまで引きこもって働いてなかった方もいます。カルチャーにフィットしていて、求められる実務能力があるなら、採用しますということです。

本当に達成したいことは何なのか?

髙原:この記事を通じて、NPOを運営している方が、ソーシャルでより活躍していくために株式会社についても考えていただけるようになるといいなと思っているんです。


安田:この業界って、「NPOとして」みたいなところにアイデンティティを持っている方もいらっしゃるかなと思います。でも持つべきはビジョンであって、法人格にアイデンティティを持つ必要はない。何が達成したいビジョンでどう社会があるべきなのかっていうことだけを真剣に考えれば、あとは全部手段になってしまうので。


髙原:自分の利益のためではないっていうことを表明するために、NPOとか一般社団とかを選んでいる方もいる気がしています。


安田:NPOだから稼いじゃいけないってことは、別にないんですけどね。ビジョンのために稼いだほうがよければ稼いだほうがいいし。ビジョンを達成し続けるためにもうちょっといい暮らしをしたい、そうしないとストレスが溜まるんだったら給料をたくさんもらったほうがいい。


僕もNPO時代に、周りからの目線をすごく気にしていました。たとえば、移動時間がなくてタクシーを使っただけで、指摘されたこともあります。事業をやっていくのはストレスが溜まるので、移動のストレスをゼロにしたいとか。自炊をする時間ももったいないから全部外食がいいとか。そうするとある程度生活コスト上がる。それがビジョンを達成することにつながるなら給料上げればいいけど、そこで葛藤している人は多いでしょうね。


髙原:自分の給料を決めるのは、なかなか怖いですよね。


安田:はい、周りから指摘されるのはとてもやりづらいです。ですがNPOから株式会社にしたら楽になりました。


髙原:社長のストレス軽減になると。


安田:社員も、株式会社で働いたほうが親から賛成されやすいとか、男性だったら結婚しやすいとか、あるかもしれないです。僕も、「NPOで働いています」って言った途端に「ボランティアで食べていけるの?」って聞かれるのがすごく嫌でした。本当はそういう「社会からの目線」から自由でありたいんですが、やっぱり気にしてしまいます。


髙原:ビジョンに向けて、ちょっと抵抗したくなる社会からの一般的な見え方も、あらがうことなく、活かしていくというスタンスですね。 ありがとうございます。

髙原 康次グロービス経営大学院 教員

東京大学法学部卒業/グロービス・オリジナルMBA修了

丸紅で事業開発業務に携わった後、グロービスに入社。経営人材紹介、人事、法人営業を経て、ファカルティ本部・代表室に在籍しグロービス・ベンチャー・チャレンジリーダー、一般社団法人KIBOWインパクト投資メンバー。ベンチャー支援業務・科目開発・講師育成に従事する。専門領域は、社会起業。米国CTI認定コーアクティブ・コーチ(CPCC)

松井 孝憲グロービス ファカルティ本部 研究員/(財)KIBOW インベストメント・プロフェッショナル

一橋大学法学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科修了

株式会社シグマクシスにて、新規事業立案、人事・人材開発プロジェクト等に従事。並行して2011年にNPO法人二枚目の名刺に参画、2015-16年常務理事として活動。社会人とNPOが協働し、社会課題解決に取り組む「NPOサポートプロジェクト」を運営。本取り組みを企業向けの人材開発プログラムとして立ち上げる。本プログラムは2016年日本の人事部「HRアワード」(人材開発・育成部門)最優秀賞受賞。大学との共同研究を通じた副(複)業・パラレルキャリア・越境学習の実証研究も実施。グロービスでは、研究・コンテンツ開発に取り組むのと合わせて、(財)KIBOWで社会インパクト投資にも従事する。

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