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投稿日:2023年08月30日

投稿日:2023年08月30日

【安宅和人氏×松尾豊氏×上野山勝也氏】生成AIで変わる、日本の価値創造の現場

安宅 和人
慶應義塾大学 環境情報学部 教授/Zホールディングス株式会社シニアストラテジスト
松尾 豊
東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センター・技術経営戦略学専攻 教授
上野山 勝也
株式会社PKSHA Technology 代表取締役/工学博士

グロービス経営大学院 東京校にて、一般社団法人G1が主催するG1ベンチャー2023が開催された。
第8部全体会「世界で勝てるテクノベート経営~Chat GPT等を活用した新たな経営戦略の方法論~」に登壇したのは、安宅和人氏、松尾豊氏、上野山勝也氏。

テクノロジーと経営の進化をあらゆる側面から深堀する本セッション。本稿では、特に『価値創造』に焦点を絞り、ChatGPT等のGenerative AIがもたらした変化を踏まえて、新たなテクノロジーをどのように活用すれば『価値創造』につながるのかを考察する。

※G1ベンチャーとは?

起業家を中心に、ベンチャー経営に関わる学者・政治家・官僚・メディアなどの第一線で活躍するリーダーたちが集い、議論する場。イノベーションを生みだし、強いベンチャー企業を育む生態系の構築を目指すことをコンセプトとしている。

価値創造とは何か?

はじめに、ビジネスにおける価値創造の意味合いについて整理しておこう。ビジネスにおける価値創造とは、自社で定めた事業領域の中で、顧客を獲得・創造しつつ、他社との競争に勝つための「競争のポイント」を創りだすことを指す。簡単に言うと、自社の製品やサービスを「顧客が買う理由」を創りだすことである。経営戦略は、この価値創造を基点に以下の視点で自社組織全般の仕組みを構築することにある。

(市場・顧客の選択)
 どこで・誰の・どんなニーズに応えるか

(顧客提供価値)
 どのような価値を・どのように提供するか

(価値創造活動の仕組み)
 その価値を生み出すために、誰が・どのような活動を・どのように行うか

(資源・組織とマネジメントシステム)
 その活動に必要な資源や能力を、どのように獲得・構築・運営するか

引用:GLOBIS 学び放題×知見録「顧客提供価値 -経営の全体像を捉える(4)」より

価値創造のための3つの活動

企業が価値を生み出すためには、「創り・造り・売る」という3つの活動が不可欠となる。まずは、製品やサービスを生み出すための企画・研究・開発を行う「創る」活動。次に、実際にその価値を生み出す生産活動、すなわち「造る」活動。そしてその価値を顧客に提供するための「売る」活動である。

これらの3つの活動は、それぞれを以下3つの視点で分析・改善を行うことで企業独自の仕組みとして精錬されていく。

1. 成果(アウトプット)
  成果の量、質、スピードは適切か。

2. プロセス
 成果を生み出すまでの手順や工程は効率的で適切か。必要となる意思決定は適切な手順とスピードで行われているか。

3. 投入資源(インプット)
 プロセスを進めるためのヒト・モノ・カネ、情報といった経営資源は適切に分配されているか。

引用:GLOBIS 学び放題×知見録「価値を生み出す活動の仕組み -経営の全体像を捉える(5)」より

生成AIの登場で何が変わったのか?

日本企業がこれまで培ってきた価値創造のための仕組みは、急激な環境変化によって揺らぎ、その優位性をなくしてきている。特に生成AIの台頭をはじめとするテクノロジーの進化は、今後の価値創造活動に大きな影響を与えることは確実で、しかも、その変化はあらゆる産業のあらゆる分野にまたがり影響を及ぼしている。しかし、これら変化の全体像を理解することは一筋縄ではない。セッション内容をもとに、全体像の理解を深めていこう。

関連しない分野はない。スピードが速く、総合的で、不確実。

まず、セッション冒頭で上野山氏は「この変化の特徴は3つ、①スピードが加速している、②関連しない分野がほぼ存在しない、③総合性が増し不確実性が高い。このような状況下で不確実性が急速に高まっており、予測が難しくなってきています」と述べ、この変化を理解することの難しさを認めている。

松尾氏からは変化を理解する取っ掛かりとして「(生成AIがもたらす変化は)文章の生成やブレストなどの業務を例に挙げて考えるとわかりやすいと思います。これらは効率化の適用が容易で、RPAなどとの連携が進んでいるので、社内業務の自動化もますます進むでしょう。医療や金融など適用が難しそうな産業領域でも革新が始まっています」と述べた。

一方の安宅氏からは「旧来のマシンラーニングやディープラーニングの登場で言語の壁はほぼなくなり、ディフュージョンモデルの出現によって画像や音楽の生成も可能になりました。ロボティクスとの連携も進んでいます。懸念されているような技術的な課題も、ものすごい速度で解決されているので、情報の古さには注意が必要です。多方面で続く技術革新がもたらす産業の変化を正確に理解しないまま進むことは危険です」と昨今の技術革新が急激な勢いで進んでいることを示した。

その上で安宅氏は「産業のカテゴリーについての見解も変わってきています。ハードの製造を中心とした従来のオールドエコノミー、サイバー空間を中心としたニューエコノミー、そしてテスラやUberといったリアルワールドをサイバーの力で革新させる新しい勢力。現代社会にはこれら三つのカテゴリーが存在し、それぞれの特性に合わせて議論をしていく必要があります」と述べ、もたらされた技術革新だけを見るのではなく、それら技術を使ってどのように価値を創造するかに焦点を移すべきであると強調した。

価値創造のために、何が出来るのか?

生成AIがもたらした変化は、分野横断的で総合性が増し、不確実性が高いものであることがわかった。しかしこれだけでは何もわかっていないに等しい。先の見通しがたてづらいこのような環境下において、現場では、どのように継続的に価値を創造し続ければよいだろうか。

カギは、試行錯誤の速度と回数、結果によるコントロール

上野山氏は、次のような仮説を提示した。「様々な議論を聞いていても、取り急ぎ何かを作ろうとする動きや、試行錯誤の速度を上げる必要性などが話題になっています。先ほどのセッションで、一流のクリエイターやプランナーは、無限のトライアルアンドエラーの中からひとつの正解を選び出す精度が高い人たちのことをいうが、AIによってその速度は飛躍的に早まっている、と言う話しがありました。このことを考えると多くの価値創造業務は、そのPDCAの速度に依存していくのではないでしょうか」

これを受けて松尾氏は、自身が関わった香川県三豊市の例を示した。「香川県三豊市の方々とブレストして、ごみ出しに関するサービスを考えたことがありました。ごみの種類は多く、住民にとっては分かりにくいですよね。でも、この問題を解決するシステムは、ブレストをしながらあっという間に作られ、(ブレストから)一か月後には市長のリリース会見が設定される、そのぐらいのスピードで完成しました。研究室の学生たちは一週間で何かを作り出し、次の一週間でさらに改良を加える。現場の人やニーズを持っている人と一緒にプロトタイプを簡単に作れるので、スピードがめちゃくちゃ速いんです」

その上で「最近、予算を立てるという行為そのものが問題になっていると感じ始めました。一年後の計画なんて誰も分かりようがなく、現在の動きの速さを考えると計画を立てること自体に無理があります。それ以上に試行錯誤を何度も繰り返し、その速度を上げて進めていくしかないと思います」と松尾氏。

加えて安宅氏からも「結果でコントロールしない社会が全ての元凶だと思います。アクション側のチェックリストにチェックがついていればOKという考え方ではダメで、到達したい最終目標に対してどう進むか、どう改善するかという発想で進める必要があります」と発言があった。

日本の価値創造に未来はあるか?

不確実性が増す変化の中で、それでも新しい価値を創造し続けるためには、試行錯誤を何度も繰り返しその速度を上げて進めていく必要がある。しかし、日本はこれら生成AIをビジネスの価値創造に活かそうとする世界的な動きに対し、大きく遅れをとっているようにみえることがある。日本の価値創造現場に、未来はあるのだろうか。

AI時代に日本が取り組むべき価値創造

安宅氏は生成系AIを取り巻く企業群を「AIを作る会社、AI技術を支える会社、AIを使う会社の3つに分けることができる」とし「日本は間違いなく応用、つまり使う会社で勝ち残っていくべき」であると予測した。
「昔、AT&Tのベル研究所でトランジスタが作られました。AT&Tは当時の世界最大企業で、今で言うところのGAFAに近い存在です。でもこのトランジスタ、何に使えば良いのか、最初はその使い道がよくわからなかった。その技術を磨き込み、ラジオやテレビをつくり、世界的に普及させたのがソニーです。日本がやるとすれば、間違いなくこの分野だと推測します」

松尾氏からも「今までのディープラーニング分野は、プログラミングや数学の深い専門知識が必要でしたが、生成系AIになって時代が変わったと思っています。誰でも簡単に操作可能で、新規参入も容易。学生や新卒の方、この分野の経験があまりない方でも、気負わずにチャレンジしてもらって良いと思います」と言及があった。

最後に安宅氏は「競合優位を考えると、他人ができないことをやるか、他人より上手くやるか、他人より早くやるかのいずれかだと思っています。日本の伝統芸は、昔から『上手くやる』と『早くやる』の二つです。『上手くやる』のが優れていて、上手くやっているうちにいつの間にか新しい価値を創造していると言うのが、日本のいつもの戦い方です。我々日本人は、特殊で微細な何かを深く感じとることのできる珍しい国民性を持っています。それを大事にしていれば、ただ『上手くやっている』だけのつもりでも、いつの間にか新しい価値を創造しているはずです。面白いチャレンジに向かって突っ走っていきましょう」とセッションを締め括った。

安宅 和人

慶應義塾大学 環境情報学部 教授/Zホールディングス株式会社シニアストラテジスト

マッキンゼーにて11年間、幅広い商品・事業開発、ブランド再生に携わった後、 2008年からヤフー、2012年より10年間CSOを務め、2022年よりZホールディングス シニアストラテジスト。2016年より慶應義塾SFCで教え、2018年秋より現職。総合科学技術イノベーション会議(CSTI)専門委員、教育未来創造会議 委員、新AI戦略検討会議委員ほか公職多数。データサイエンティスト協会理事・スキル定義委員長。一般社団法人 残すに値する未来 代表。イェール大学脳神経科学PhD。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)、『シン・ニホン』(NewsPicks)ほか

松尾 豊

東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センター・技術経営戦略学専攻 教授

1997年 東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年 同大学院博士課程修了、博士(工学)。同年より、産業技術総合研究所研究員。2005年10月よりスタンフォード大学客員研究員を経て、2007年より、東京大学大学院工学系研究科総合研究機構/知の構造化センター/技術経営戦略学専攻准教授。2014年より、東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 グルーバル消費インテリジェンス寄付講座共同代表・特任准教授。専門分野は、人工知能、ウェブマイニング、ビッグデータ分析。人工知能学会からは論文賞(2002年)、創立20周年記念事業賞(2006年)、現場イノベーション賞(2011年)、功労賞(2013年)の各賞を受賞。人工知能学会 学生編集委員、編集委員を経て、2010年から副編集委員長、2012年から編集委員長・理事。2014年より倫理委員長。

上野山 勝也

株式会社PKSHA Technology 代表取締役/工学博士

新卒でボストン コンサルティング グループの東京/ソウルオフィスにてBI業務に従事した後、米国にてグリー・インターナショナルのシリコンバレーオフィス立上げに参画、ウェブプロダクトの大規模ログ解析業務に従事。松尾研究室にて博士(機械学習)取得後、2012年、PKSHA Technology創業。2017年、東証マザーズ市場に上場。松尾研究室助教を経て、現在代表取締役。内閣官房デジタル市場競争会議構成員、経済産業省AI原則の実践の在り方に関する検討会委員等に従事。2020年、世界経済フォーラム(ダボス会議)の「ヤング・グローバル・リーダーズYGL2020」の一人に選出。

※プロフィールは投稿日時点のものです