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投稿日:2022年08月09日

投稿日:2022年08月09日

LGBTQ+の恋愛を「普通」に描く学園ドラマNetflix “ハートストッパー” 海外ポップカルチャーから学ぶ世界の価値観#8

名藤 大樹
グロービス経営大学院 教員/三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部 プリンシパル

2022年春のスマッシュヒット 高校生達の学園恋愛ドラマ

ダイバーシティへの理解を深めることが求められる時代です。ダイバーシティのなかでも、とりわけ性的指向や性自認の多様性については、オープンに話をされる機会が少ない分野であり、理解が進みにくいと感じます。そこで、今回紹介したいのは、2022 年4月にNetflixで公開されてスマッシュヒットとなった 英国発のテレビシリーズ「HEARTSTOPPER ハートストッパー」です。

この作品は「みずみずしい学園恋愛ドラマ」です。内気な主人公がクラスでとなりの席になった子に恋をして…という古典的なストーリー。恋あり、笑いあり、友情あり。1話30分の全8話と気軽に楽しめるパッケージです。演出や音楽づかいのセンスも良く、すぐれたティーンエイジ恋愛ドラマといえますが、大きな話題になったのには理由があります。

多様な性的指向を「普通に」祝福、で大注目

第一の理由は、主人公達の性的指向の多様性です。主人公は学校の友人たちにカミングアウトしているゲイの青年チャーリー、チャーリーに片想いされて揺れるもう一人の主人公ニック、その友人達もトランスジェンダーだったりレズビアンだったりと、とても「カラフル」なキャラクター達が登場します。

第二の理由として、キャラクター達のえがかれ方が「普通」であったことです。この語り口が多くの視聴者、性的少数派の当事者の多くからも賞賛されました。この「普通」感を文章で説明するのは難しく、だからこそ、映像で空気感をご覧いただきたいのです。主人公たちは、いじめやヘイトに直面したり、アイデンティティに苦悩したりもするのですが、全体としてはあくまで「(普遍的な)いち人間同士の恋愛ドラマ」として作られており、土台に「祝福」感が流れています。

歴史的に、エンターテイメントは性的少数者(LGBTQ+)の人物をあつかうとき、恐怖、異物感、嘲笑、苦悩といったネガティブなイメージをまとわせてきました。欧米のエンターテイメントはそれを反省し、改革を進めていますが、その流れの最新型としてこういうドラマが出てきたと言えるのでしょう。とても2020年代らしい作品です。

 本連載第5回で参考作品として紹介したNetflixドキュメンタリー「トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして」(2020)において、映画のなかでトランスジェンダーがどう扱われてきたか、実例が多く紹介されています。こちらのドキュメンタリー映画も強くお勧めです。

現実はこのドラマのような状態なのか?

この作品にあふれる性的多様性への「祝福感」は、ドラマのなかだけなのでしょうか。現実の欧米の学校や社会でも、この通りなのでしょうか。筆者はこの分野の専門家ではないため、正確には述べられませんが、こうした作品が作られ、支持を受けている、という事実はわかります。

「支持」の中身を掘り下げると、この作品は、世界最大級の作品批評サイト「IMDb」にて、2022年上半期の新作ドラマシリーズの中で(2022年6月時点)視聴者評価最高点(調査時点では8.7点)を叩き出しています[1]。2022年はコンテンツの当たり年と言われるなか、快挙といえるでしょう。Twitterのトレンド入りや、出演者のInstagramが大人気になるなど、ソーシャルでの反響も大きく、若い世代からの支持が強い印象です。

また、本作には、現時点での世界のトップ女優といって過言ではないオリヴィア・コールマンが母親役として出演しています。この作品が決して「一部の人のために作られたもの」ではなく、むしろ引く手あまたの大御所女優が多忙をぬって「出たい」と思う作品だと推測できます。

一方で、現実社会(たとえばこの作品の舞台となっている英国)がLGBTQ+を応援するムーブメント一色だと考えるのも早計かと思います。本作の演者たちも参加した2022年6月のロンドンでのプライドパレード[2]では、LGBT嫌悪団体による抗議運動[3]もあったと報じられています。

欧米における性的アイデンティティ問題

欧米において、LGBTQ+をめぐる考え方はさまざまな政治的な対立の火種となっており、その緊張感は日本の常識では判断してはいけないほどに高まっています。著名人や知識人とされる人であっても、ひとことが原因で炎上し、ときにはキャンセル(地位を追われる)されます。最近の例としては、ハリー・ポッターの作者J・K・ローリング氏のトランスジェンダーに関する発言をめぐる問題(2020年)[4]が知られています。当然、ビジネス界であっても、責任ある立場の人間が行う、LGBTQ+についての発言は不用意であってはいけない時代になっています。

日本では、性的アイデンティティをめぐる対立関係や緊張感は欧米ほどではないかも知れません。しかし、LGBTQ+の存在や社会としての課題は、遠い国の話では決してありません。見えているか見えていないかを問わず、あるいは、政治的であるかどうかを問わず、日本でも身近なものであるはずです。

性的な意味でのマイノリティが実際にどれくらいの比率で存在するのかの研究には、結論は出ていません。しかし、幅のある研究結果を概観[5]すると、10数名程度の職場程度の集団には存在する可能性が高い、という感覚が必要と思われます。少なくとも、自分の日々の仕事やコミュニケーションとこの問題には関係がない、とする認識は危険です。

知る必要のある重要な現実

また、Y世代、Z世代とされる若い人ほど性的マイノリティへの共感度・理解度が高い傾向が、各種調査結果[6]で知られています。この傾向は、海外・日本とも共通です。

このドラマは表面的には「キュートな」作品です。しかし、実は、自身の身体と性自認について特に考える必要がなく、異性愛者、年長者、のカテゴリーに属する人々にとっては、自分とは違い過ぎて受け入れられないとショックを受ける「ヘビー」なインパクトを与える可能性もはらんでいます。

受け入れるかどうか、受け入れ方のスピード感、これらは人それぞれだとしても、社会の中に存在している、語られづらかったけれども重要な現象、が広く知られていくことは良いことだと思います。「HEARTSTOPPER ハートストッパー」は、テレビシリーズという入りやすいポップカルチャーを通じて、明るく、それを実現しています。

名藤 大樹

グロービス経営大学院 教員/三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部 プリンシパル