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投稿日:2022年02月15日

投稿日:2022年02月15日

ポリティカル・コレクトネスな映画「エターナルズ」が批判される理由―海外ポップカルチャーから学ぶ世界の価値観#5

名藤 大樹
グロービス経営大学院 教員/三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部 プリンシパル

ダイバーシティ路線を進めるMCU

前回は映画「エターナルズ」がダイバーシティや欧米的ポリティカル・コレクトネスを強く意識した作品であることをご紹介しました。今回は、この映画に対する世界の反応を紹介し、今の時代感覚への理解をより深めていきます。

以下では、主に批判的な反応を紹介していきます。ただし、現代における最大のヒットメーカーであるディスニーとその傘下であるマーベルが、大作とされる200億円以上の製作資金を投じてダイバーシティやポリティカル・コレクトネスを意識した作品を作っている、という事実を認識することがまず重要です。この作品の世界観が今の「主流」であるという前提で、本作に対するネガティブな反応を見てください。三つの角度から紹介します。

作中の同性愛表現そのものへの批判

最初に紹介するのは「映画内の同性愛に関する直接的な表現が不適切だ」との批判です。この映画は、同性愛をポジティブなトーンで直接的に表現しました。マーベル映画では初めて、とされています。このため当該シーンを中心に批判を受けています。

筆者自身はこの意見には全く与しませんが、こうした声が少なからず存在することは紹介せざるを得ない現実[1]です。そして、そこには宗教も絡んでいます。レビューサイトではアンチ層からのコメントや評価が多くつけられ[2]、また、実際にイスラム圏の幾つかの国で上映禁止になったのは、この点が理由となっています[3]

上映禁止の国が生まれてしまうのは、コンテンツビジネスとしては大きな不利益です。しかし、マーベルはビジネスとして不利益ながらも作品の修正は拒否しています。この姿勢に「単なる商売目的にとどまらない信念」が感じられます。

多様性アピールを作品の娯楽性よりも優先しているのではないか

2つめに紹介する批判は、この映画はストーリーの本質や娯楽性と関連しない、いわば、とってつけたような多様性表現が前面に出過ぎていないか、というタイプの批判です。映画に対して、娯楽性やエンターテイメント性に重きをおいて考える立場から出てくる批判です。

こうした批判は英語圏のメディアでも複数見られました。記事の見出しをいくつか拾うと「エターナルズはMCUの多様性において大きな一歩、でもそれ以外には見るべきところなし[4]」「多様性により映画の質を担保することはできない[5]」などが見られます。

日本国内のSNSでも一つの論争になっています。映画の中で多様性要素(特にマイノリティ)を描く場合に、その存在を論理的に使ってエンターテイメント性に奉仕させた方が面白い、との意見が出される一方、そのような期待自体が偏見を助長し続けるのだ、といった指摘があります。論点に富む論争ですので詳しくは脚注[6]で紹介したサイトを参照ください。

ダイバーシティには賛成でも…

最後は、ポリティカル・コレクトネス潮流に賛成しつつも、疲労感や違和感を表明する意見です。この視点はまとまった記事や行動などではなく、匿名の個別の書き込みやPodcastといったオルタナティブなメディアにおいて観察されるものです。

ここ数年、日本で実感する以上に、ハリウッドや主流エンターテイメント界ではポリティカル・コレクトネス意識が強くなっています。

私もこの潮流に賛成しています。

その上で、海外ポップカルチャーをよく見る人間として述べますが、本作を見たときには多様性描写をポジティブに捉えつつも「あぁ、白人男性はまたこういう風な役柄に置かれるのか……」と、若干の同情感を覚えました。

これは「空気感」のようなところがあります。日本人にはこれを共有している人は多くありませんが、海外のエンターテイメントを普段から見ている人、アメリカ人に限らず世界中の英語ユーザーの人々にはある程度共有されていると感じています。一方で多くの人はおおやけの場で表立ってはこうした疲弊感を話しません。ビジネスエリートほど話さない、話せない状況があります。

ビジネスで外国人と接する際には、こうした「空気感」を知っておくと何らかの助けになると思います。最近、インテリ系白人男性の間には「自虐」感が混じってはいないでしょうか。

もう一つの違和感は、この映画の提示した多様性は本当にフラット・平等なものか?という点です。本作の登場人物は様々な面で多様化しましたが、それは主に見た目だけ(表層的なダイバーシティ)であって、このスーパーヒーローたちの造形は実は偏っているのではないかとも思えます。主人公は博物館の学芸員、主人公を助ける善玉は「科学者」や「環境活動家」「エンターテイナー」などとして造形されています。結局、高度資本主義社会で重用されがちな人々だけに焦点があたってはいないか、今の社会において本当に弱い立場の人々を代弁することを考慮したのかと、考えさせられました[7]

先端的な試みに対して一つの正解は求められない

2021年、メジャービジネスであるマーベルと制作陣は意志を持って、大きな一石を投じました。この事実と、作品で表現されたものとを理解することが、今の時代に対する自分なりの世界観を持つ土台の一歩となるでしょう。その上で、反響にも目をむけることで理解が深まります。

今回は、あくまで三つの角度に便宜的に要約して、「エターナルズ」に対する批判を紹介しました。それぞれの意見の中にも微細な違いが無数にあります。意見の多様性は尊重したいところです。すぐに正解を求める必要はありません。多角的に考え続けることが大事であり、その上で、自分なりの価値観や意見を持ちたいものです。

関連おすすめ作品

ドキュメンタリー「トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして」(2020) Netflix

ポリティカル・コレクトネス台頭以前、少数派であるトランスジェンダーの人々が映画の中においてどのように扱われてきたか。また、その扱いが当事者の人々をどれだけ傷つけ、恐怖に陥れてきたか。実際の多くのヒット映画や業界人を登場させ、語っていくドキュメンタリーです。今、ともすると、ポリコレ疲れ、反ポリコレの動きも見られますが、ポリコレ以前がどうだったのか、それは果たして良いものだったのか、問い直す良作です。

<参考>
[1] なお、同性愛嫌悪と宗教の関係は複雑ですので大雑把なステレオタイプでの発言は危険です。
[2] マーベル初のLGBTQヒーローを巡り、アンチコメントが殺到。映画『エターナルズ』は正当な評価を得られるのか?
[3] アンジェリーナ・ジョリー、同性愛描写による『エターナルズ』一部上映禁止に苦言 
[4] 
https://cultmtl.com/2021/11/eternals-is-great-for-diversity-in-the-marvel-mcu-chloe-zhao-but-not-much-else/
[5] https://yucommentator.org/2021/12/marvels-eternals-diversity-cant-replace-quality/
[6] エターナルズと多様性   
https://togetter.com/li/1806924
[7] この視点はマイケル・サンデル「実力も運のうち 能力主義は正義か?」(2021)を読み、エターナルズと掛け合わせることで感じたものです。またこう考え出すと「そもそも映画という媒体自体が、ある程度生活に余裕のある人向けなのかもしれない」とも思考が広がります。

名藤 大樹

グロービス経営大学院 教員/三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部 プリンシパル