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投稿日:2022年09月15日

投稿日:2022年09月15日

未来の食はパーソナライズ化に向かう#5 〜未来の食をDXで目指すための難所とその乗り越え方〜

チームFDX(Food Digital Transformation)
吉田 和樹/宇田 のぞみ/北川 真也/小林 彩香/福野 伸也
垣岡 淳
グロービス経営大学院 教員

DXにより革新された未来の食のあるべき姿や、関わるサプライヤーの動きについて研究する連載。最終回である今回は、第4回で取り上げた、未来における食の提供モデルの実現に向けた「難所」を深掘りします。パーソナライズされた食のための難所とは、またその乗り越え方とはどういったものでしょうか。

※本稿は、グロービス経営大学院教員の垣岡淳の指導のもと、多様な業種で構成された5人の社会人大学院生(福野、宇田、北川、小林、吉田)が調査・研究を行った結果に基づいています。

目指す未来の実現に向け、企業がデータ利活用に取り組む際の難所

第3回第4回で、未来における「パーソナライズされた食の提供モデル」としてローカル・パーソナライゼーション・モデル(以降、LPM)をご紹介しました。このLPMの実現には、食業界における各プレイヤーが、協調してデータ利活用をすることが必要です。

データ活用のプロセス

LPMの実現には1社単独で取得または蓄積するデータだけでなく、企業間、業界の垣根を超えた各ステークホルダー間でのデータ連携・活用が必要となります。これらの流れは、「データの取得」、「データの蓄積・流通」、「データの分析・加工」、そして「(データを活かした施策やサービスの)実行・モニタリング・評価」の4つの段階に分けられます。

LPMにおけるデータ活用のプロセス

これらのプロセスを検討した際にまず挙がる問題が、食に関わるプレイヤーがデータをどのように取得・活用するかという点です。そこで、我々が考えるこの問題を乗り越えるための具体的なスキーム、特にデータの取得から活用の流れを下記に示します。

  1. 食に関わるプレイヤーが取得・保持するデータがデータプラットフォームを介して食の関係者へ連携される。
  2. 個人の情報はPersonal Data Storeなどで管理し、現在よりも個人が主体的に自身のデータを管理する。
  3. 各プレイヤーは個人や他のプレイヤーから許諾を得て企業や個人のデータを連携して活用する。

データの取得から活用の流れ

既に現在でもデジタルとリアルが融合した生活が浸透しつつあり、様々なデータの取得・活用が小売りやエンタメ、自動車業界などで幅広く進んでいます。一方、必要なデータの見極めや取得データの蓄積、そして取り扱いにおいては配慮が必要です。

食のデータ活用における難所・課題

とはいえ、最終的にデータを製品・サービスへ反映させてよりよい食を消費者へ届けることが目的となる以上、データと製品・サービスに強みを持つプレイヤーとの連携は必要不可欠です。また、こうした動きは未来の食業界全体の価値向上にも繋がり、多くのプレイヤーへ展開されていくものであると考えます。

こうしたLPMによるデータ連携・活用の流れの実現に向けて、技術面以外には大きく2つの課題があります。それぞれを「課題A:外部連携の円滑化」と、「課題B:行動変容モデルの構築」とし、詳しく見ていきます。

データ利活用のための外部連携と競争・協調領域(課題A)

データの連携・活用を進めるには、プレイヤーそれぞれが保有するデータを可視化・共有する必要があります。しかし現状は、各プレイヤーのほとんどが独自に収集したデータだけで「競争領域」でのビジネスに取り組んでいます。その結果、横断的なデータ利活用は進んでいません。
しかし今後、技術の進展やLPMの活用が確立されていくことで、ビッグデータを利活用するメリットが大きくなっていきます。同時に各社は競争よりも協調するインセンティブが大きくなっていき、次第に「協調領域」での取り組みが進んでいくと考えられます。

なお、データ利活用が進むことで下図のように各プレイヤーの協調が進み、協調と競争領域が分けられていきます。データの分析から実行・モニタリング・評価のプロセスは、消費者に最終的に提供する価値を創出する領域として、各企業の独自の手法による製品やサービスの企画や提供であるため、差別化要因として今後も競争領域として継続していきます。

食のプレイヤーの競争領域と協調領域

行動変容モデルの構築(課題B)

消費者がパーソナライズ化された食を利用するためには、個人情報の開示を認め、抵抗感なく継続的に製品・サービスを利用してもらう必要があります。環境に良い、体に良い、便利といったベネフィットは理解されたとしても、個人情報を渡すリスクという高いハードルを乗り越えねば利用してもらえない可能性があるのです。リスクヘッジをしたうえでそれを示すことはもちろん必要ですが、それをこえて消費者に行動変容を促すには、食に関わるプレイヤーだけでなく、市場・消費者のデータの提供や活用に対する受容も考えての設計が必要です。手段としては、起点別に以下大きく3つのモデルが考えられます。

①消費者からの起点

消費者からのニーズによって、消費者の期待する製品・サービスの提供で需要が拡大して、さらに企業が供給を増やし、自主基準やルールを形成しながら、消費者の行動変容である購買行動が発生する正の循環が回っていくと考えられます。

②行政からの起点

行政は環境のような地球や長期的なリスクに対して、法やルールの整備を行うことで、企業の行動変容を強制し、企業側から提供する製品やサービスを変えることで、変化が進んでいくと考えられます。

③インフルエンサーからの起点

インフルエンサーとなるような専門家やNPO団体から声が上がり、機関投資家を通して企業へ提言する動きが欧米で盛んになってきています。グレタ・トゥーンベリのような環境活動家が消費者や企業の枠にとどまらず、社会全体の行動変容を促し、環境に対する新しい価値観を生み出す潮流を生み出す事例があげられます。

外部連携と行動変容の乗り越え方

外部連携の円滑化と行動変容モデルの構築について、紹介するスキーム例のように進めていくことで難所を乗り越えることが可能であると考えます。

①外部連携の円滑化

利害関係がない業界企業や異なるバリューチェーンからデータの利活用の協調を行い、先進的な成功体験を積み重ねることで、企業のメリットやインセンティブが高まり、協調する企業数、データ利活用の範囲を徐々に拡大していきます。
並行してデジタル技術の進化でデータ取得や分析の精度が向上し、個社が持つデータのみによる競争よりも、各社が協調してデータ活用を行う場合のメリットが上回ることで、急速にコンソーシアム形成やエコシステムが確立されます。
例えば、競争が激しい日本のビール4社は、物流においては共同配送を実現し、データを連携させてCO₂排出量やドライバーの運転時間の削減を行っています。カーボンニュートラルやトラック運転手不足の社会課題に対しての取組は協働して解決しながら、ビール販売の競争とは共存しています。

②行動変容モデルの構築

顧客が食のパーソナライズ化によるベネフィットを強く体験できる特定の製品・サービスが出現し、まずはコア層の口コミや企業のマーケティングによって認知を拡大し、顧客にとっての価値が高まることで、マネタイズできる成功モデルが生まれ始めます。
並行してテクノロジーの進化が新たな顧客体験の価値を質・量ともに高めることで製品・サービスが急速に普及していきます。地球や人のための環境や社会に配慮して法制度やルールが導入されて調整されていきますが、最終的にはパーソナライズ化への抵抗感なく、当たり前の選択肢として受け入れる世の中になっていくと考えます。
例えば、パーソナルトレーナーによるダイエットは、適切なタイミングでの情報提供、継続したコーチングによって、タッチポイントを増やして顧客体験の価値を高め、ナッジ、インセンティブ、ペナルティをうまく利用することで減量目標を達成していきますが、こうした行動変容を促すサービスも生まれてきています。

外部連携と行動変容の難所の乗り越え方

LPM実現に向けたデータ利活用を実現するロードマップ

これまで述べてきた、難所・課題を乗り越えるための具体的な施策をロードマップとして以下の様にまとめました。

未来の食の提供モデルのロードマップ

まずは病院や介護施設のようなデータがクローズドで管理可能な場から、健康的な食のパーソナライズ化のサービスが開始し、徐々にオープンな場でもデータが取得/活用できるようになっていくと考えます。サステナビリティ分野は地球へのダメージが可視化されて評価できるようになることで、国からの規制が進み、食データとの連携が図られます。さらにパーソナライズ精度の向上やそれによる食の体験価値向上によって、消費者の需要・サービス利用は増大し、プレイヤー同士の外部連携が進みます。
こうしたロードマップをたどり、データ取得・分析レベルの向上を前提に、課題A「外部連携の円滑化」、課題B「行動変容モデルの構築」が同時並行で進みます。そして経済性を担保しつつ、顧客価値が継続的に向上し、私たちが目指す食のパーソナライズ化が実現すると考えます。

おわりに

本連載では全5回に分けて、未来の食のシーンについて解説してきました。拡大していく食の社会課題と食の多様なニーズに対しては、DXによってデータを活かし、「地球」の持続性、「体」の健康、「心」の豊かさのバランスをとったパーソナライズ化された食が提供される未来がくるのではないでしょうか。特に我々が考えるローカライズ・パーソナライゼーションモデル(LPM)は、テクノロジーの進化による効率性向上だけでは達成せず、DXによる食の世界の大きな構造変革が必要であることを示しています。

食のDXの形の1つとして、データを活用して人の心を豊かにするパーソナライズを実現することは、人との繋がり・社会性や関係性を形成し、そこから生まれる自分らしさや自己実現を目指す人間性の育成にもつながります。これが、人類を幸せに導くとわたしたちは確信しています。

チームFDX(Food Digital Transformation)

吉田 和樹/宇田 のぞみ/北川 真也/小林 彩香/福野 伸也

垣岡 淳

グロービス経営大学院 教員