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投稿日:2022年05月17日
投稿日:2022年05月17日
キャリアに迷う社会人のこれからを生き抜く羅針盤【後編】~「社会人基礎力」を鍛えるために異質な視点を取り入れよう
- 橋本 賢二
- キャリア教育研究家(人事院)
- 金子 浩明
- グロービス経営大学院 教員
ライフステージの各段階で活躍するための「人生100年時代の社会人基礎力」。学生だけでなく、中堅以上のビジネスパーソンにも不可欠のコンピテンシーだ。ジョブ型雇用が広がり、「会社」という共同体が崩壊しつつある今、世代を超えて個人が学び、成長を続けるためには――。キャリア教育研究家で、人事院人材局企画課課長補佐の橋本賢⼆氏に、グロービス経営大学院教員の金子浩明が聞いた。(全2回、後編)(前編はこちら)
ベテラン社員の変わるきっかけ
金子:外部刺激を成長につなげ、行動を起こすには「自分ならできる」という自信、自己効力感が必要だという話を前編で伺いました。自己効力感が高い人ほど行動に踏み出しやすいので、良いフィードバックをすることも大事だという話もしました。
ですが、特にベテラン社員になるとフィードバックしづらいのではないでしょうか。一通りスキルが身につくと周りもつい注意しなくなりますし。日本の場合、年数が経つと企業内特殊技能というか、波風立てず会社で生き延びる術を身につけるので、どうしても外部から「このままではまずい」という感じの刺激を得にくくなる。ある種、効率がいいとも言えますが。
橋本:まさに日本型雇用の組織が抱える致命的な問題ですね。社内でアンラーニングできないから今、越境学習(異なる環境で働き、新たな視点を得る学習方法)や副業が盛り上がっているともみています。自分と異なる環境、バックグラウンドを持つ人々のフィードバックは、言葉も違えば見る角度も違いますから。異質なフィードバックに触れることで自分が客観視できるようになるし、客観視するからこそ自分の立ち位置も見えてきます。
金子:越境学習は必ずしも向こうからやってこない。自ら意識して越境学習しなければなりませんね。グロービス経営大学院の受講者たちを見ていると、みんな利害関係がないせいか自由に発言し合い、互いに気づきを得ているようです。異業種の人々が集まる学校に行くのも1つの越境学習ですね。
橋本:もちろん、必ずしも全員が越境しなければならないわけではありません。自分の仕事の意義を捉えなおし、やりがいをもって主体的に変えていくジョブ・クラフティングという方法もあります。自分が変わると認知が変わり、世界が変わるのでいつもの仕事にも学びが溢れてきます。つまり、仕事を捉え直すことで「内⾯に越境」を⽣み出せるわけです。
とにかく踏み出す方向を定め、動いてみることです。自分の中の漠然とした不安を見つめることから始めてもいいです。克服したかったら何かしらの行動が不可欠です。
金子:逆にいうと仕事が順調で、悩みがないときこそ危ないんでしょうね。「最近、アンラーニングしてないな」などと主体的に自分を振り返る必要がありそうです。
橋本:やる必要性がなければ、学びに向かうきっかけがつかめません。日本は国内に1億人のマーケットがあるので、国内でもビジネスを維持できます。それで、危機感に火がつきにくいのかもしれません。成長している企業は、外部環境の変化に対する危機感が強い。GAFAMを見ていても危機感を身内に取り込むのが上手です。
金子:そうした企業では事業の組み替えや撤退が頻繁に行われています。意図しているかどうか分かりませんが、結果的に経営者がうまく危機感をつくり出すから、社員がアンラーニングせざるをえなくなるのでしょう。
ジョブ型雇用のなかで、どう働くか
金子:近年、ジョブ型雇用※が大企業でも導入されています。多くは日本型雇用とのハイブリッド型ではありますが、個人側も不安があるのではないでしょうか。ジョブ型雇用になると、キャリア構築や社会人基礎力も変わるのだろうか、とか。
※ジョブ型雇用:必要な職務を定義し、それに見合う人を採用すること。これまで日本では「メンバーシップ型」という人に職務を合わせる雇用システムが中心だった。
橋本:完全なジョブ雇用の世界では、個人が自分のキャリアに全責任を負うので、どこに勝負を張るか考えなきゃいけないですよね。例えば、(プログラミング言語の)COBOL1本で受注をこなしているプログラマーがいるとします。「あと10年はいけそうだ」と踏むか、「DXが進めば2、3年でダメになる」と危機感を持つか。自己責任で判断しなければなりません。メンバーシップ型とのハイブリッドなジョブ型であれば、ジョブローテーションの中で自分の得意領域を見つけて、どこで主体的に行動するかを見極めることが勝負どころになるでしょう。
金子:自分が最も貢献できる領域を、ある程度目的意識を持って絞っていくことが大事ですね。キャリアを重ねながらOSをアップデートし続け、そこにのせるアプリ(スキル)もどんどん増やしていく。脈絡なく増やすのではなく、軸を持ったうえで増やす必要がありそうです。
橋本:どういうアプリを持つかについては、大きなキャリア戦略の中で考えるべきでしょう。ただ何が武器になるかはわからない部分もある。深刻に考えてもわからないので、気楽に構えることも必要でしょう。
高まる人材の流動性、企業はどうする?
金子:人材流動化に対し、企業はどう向きあえばいいのでしょう。橋本さんが所属している官公庁ではいかがですか。
橋本:デジタル庁が今まさにプロトタイプ的な取り組みをやっています。3分の1ぐらいの職員は民間出身者。官公庁と民間企業との間で人材が流動的に行き来する「リボルビングドア(回転扉)」を実験的に実践しているわけですね。
ただ問題もあります。民間企業もいえることですが、メンバーシップ型の働き方が残る世界では、いわゆる組織内特殊技能がないと回しにくい仕事もあります。公務員の世界でいうと、例えば国会対応とか根回しなどですね。外から来た人がすぐできるかといったら、多分苦しいです。
だからといって全員がプロパーで外部人材はいらない、というわけではありません。機能を分ければいいと考えています。変化の激しい分野については流動性があったほうが変化を取り込みやすいですし。ただ、外部人材に来てもらっても、働き方や業務フロー、意思決定のあり方を変えないと、力を発揮してもらうことは難しいです。
金子:なるほど、根本的な仕組みの見直しも必要ということですね。いずれにしても、日本型雇用でありがちだった押し付け仕事からは自己効力感が生まれにくい。ジョブ型とまでいかなくても、主体的に選んだ仕事に打ち込めるような職場環境が必要では。
橋本:重要なのは本人の納得感です。企業側は「あなたに期待してアサインしてるんですよ。応じますか、どうですか」ときちんと聞く必要があります。
金子:ハイブリッド型でも、内部社員については“天の声”で異動させる企業が多いですが、そのプロセスは今後、重要になってきますね。
金子:近年、社会に埋め込まれたつながり(信頼関係で結ばれた絆)、ネットワークが薄れています。アメリカでも、地域に根差したコミュニティ、「タウン」が機能しなくなってきている。コミュニティの核だった教会に通う人も減っていると聞きます。日本も同じで、終身雇用・年功序列が生きていた頃、会社はまさに共同体でしたが、今は崩壊しつつあります。
ハーバード大学のロバート・パットナム教授は、コミュニティの絆が崩れた現代においては、個々人が持つ「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」※が重要になると述べています。
※ソーシャル・キャピタル:「個人間のつながり、すなわち社会的ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範」(Putnam, 2000)。
空気を読める人、コミュニケーション力に長けている人は、ソーシャル・キャピタルを蓄積しやすいです。以前はみんな同じムラや血縁の共同体に包摂されていたから、空気を読めなくてもそれなりに生きていけました。というより、共同体内部の人間はそれを意識すらしていなかった。それを気にするのはよそ者だけです。でも今は場の空気を臨機応変に読んで多様なつながりを作らないと生きていけませんし、新しいチームワークも生まれません。その意味で社会人基礎力はこれからますます不可欠になりそうですね。
橋本:おっしゃるとおりですね。さらにいえば、これからの時代、大切なのは「多様で幅広い知見や経験を自分の中で持つこと」だと思います。早稲田大学大学院の入山章栄教授が「イントラパーソナル・ダイバーシティ」の重要性を広めています。組織が多様性を拡大するのと同様に、個人も自分の中にダイバーシティを持っていなければ視野も狭くなります。限定されたコミュニティの中にいると刺激も少ないです。
多様なつながりを持っていれば、それだけ自分の可能性も広がります。つながりを生かしたキャリアアップやキャリアチェンジもできます。ロンドンビジネススクールのリンダ・グラットン教授は、これからは学びを繰り返しながら新しい仕事に挑戦していく「マルチステージ」の時代と唱えています。社会人基礎力を鍛え、働く場所、ポジションを変えていくことを前提に、自分のキャリアを見据えていきたいですね。
橋本 賢二
キャリア教育研究家(人事院)
金子 浩明
グロービス経営大学院 教員