GLOBIS Articles
- テクノロジー
- イノベーション
- 書籍
投稿日:2021年12月17日
投稿日:2021年12月17日
巨艦Appleを動かした「修理する権利」、日本には好機─ 『サーキュラーエコノミー実践』著者・安居氏に聞く
- 安居 昭博
- Circular Initiatives & Partners 代表
Apple(アップル)を突き動かした「修理する権利」にビジネス界の注目が集まっています。持続可能な社会の構築を目的に、欧米では企業に修理する権利への対応を求める法制化の動きが相次いでいます。日本企業・社会へのインパクトとその可能性について、サステナブル・ビジネスの研究家でCircular Initiatives & Partners代表の安居昭博氏にお話を伺いました。
(全2回の第2回、前編はこちら。聞き手はGLOBIS知見録編集部 長田善行)
競争力に直結
──サステナブルなビジネスに舵を切りつつあるとしても、Appleは多くのサプライヤーを抱えています。「修理する権利」の対応にはサプライヤー側の積極的な関与も求められるのではないでしょうか。
安居:Appleのようなグローバル企業が「修理する権利」への対応に迫られている世界情勢は、日本のサプライヤーにはチャンスになってくる側面も大きいと感じます。日本には技術力とモノづくり産業の土壌があるからです。Appleもこれまでにない様々な可能性を探っている中で、サプライヤーが世界的潮流を汲み取り先進的な開発を進め、むしろAppleへ積極的に提案するような姿勢は非常に重宝され、特別な関係を築ける可能性があるでしょう。
電子機器に限った話ではありませんが、サプライヤー側にどんなポテンシャルのある技術があるのか、企業間で情報共有が行き届いていないために採用に至っていないケースがかなりあると思われます。裏を返せば、企業間でのフラットな情報共有の場が促進されることにより、社会全体でのイノベーションが起こりやすくなると考えられます。
私が知る日本のゼネコンの例をひとつ挙げると、取引先の素材メーカーには、環境負荷低減と競争力強化につながる独自性あるポテンシャルの高い技術が実験段階にありました。長期間にわたり、両社で情報共有されることはなかったのですが、フラットな意見共有の場が設定され素材メーカー側から開発途上にある情報の共有もなされるようになってようやく、その技術こそがゼネコン側が真に欲していたものであったことがわかり共同開発が進められた例があります。
このように「修理する権利」のモノづくりが開発途上にある分、サプライヤー側からの多様な提案は新しいビジネスに繋がる可能性を秘めていますし、逆に言うと積極的に関与しなければ、取引を打ち切られるリスクがあると思います。
──日本企業全体で乗り越えるべき課題ですが、受動的ではなく能動的に克服しようとする産業界の姿勢が求められているかもしれません。
安居:欧米諸国が進めているから、義務感で「修理する権利」への対応を行うというのではなく、むしろ日本の産業・地域活性化、技術変革、新規事業創出への大きなチャンスと捉えるべきではないでしょうか。
かつて日本の町工場が担っていた仕事の多くは、アジア諸国に移ってしまいました。修理やメンテナンス、アフターサービスが充実した製品が普及すれば、海外に移ってしまった仕事をもう一度日本に取り戻し、町工場に生産だけでなく修理・再生産・再出荷の機能を持たせることができます。繰り返し多様な役割を担う町工場が中心となって市場との循環の流れが生まれ、再活性化の道筋が見えてきます。
これは地域経済効果の創出、技術力向上、雇用創出、地域材活用、地域流通の活性化、産学連携による研究開発の進展、子ども達の教育充実、「修理する権利」による市民のウェルビーイング(幸福度)向上、輸送距離短縮によるカーボンフットプリント削減、魅力ある地域づくり、先進都市としてのインバウンド獲得と多様な利点をもたらし、日本全体で「3つのP」向上に大きく寄与する可能性を秘めています。
この体制構築は世界のどの国にもできるというわけではありません。グローバルに力を持つ製造業、高い技術力と既存の製造拠点、整備された物流網、1億人を超える市場、そして「都市鉱山(Urban mining)」と呼ばれる従来廃棄されてきた膨大な眠った資源のある日本だからこそ可能な強みなのです。
日本がむしろ世界の「修理する権利」を牽引していくという意識で官民一体で積極的な取り組みを進めたほうが、大きなメリットを得られると考えています。
──具体的にどのようなアプローチが求められているとお考えですか?
安居:欧州では、新たに原材料を調達して製造した製品を購入する場合の税負担を増やし、反対に修理・メンテナンスの労働に掛かる税金を減らすことで、社会全体で修理が促進される仕組みづくりが行政介入のアプローチによってすでに進められています。また修理が必要な製品を持ち込み、自身で修理をするためのアドバイスを受けられる「リペアカフェ」を各地域に設置する動きや、修理の人材育成も官民で進められています。前編でご紹介したドイツとオーストリアの一部州で導入され始めている修理に伴う「リペアボーナス」制度やスウェーデンの税制優遇の仕組みづくりも、日本が国として整備できるところではないかと考えています。
加えて、国主導で企業のビジネスの指針になるような統計調査が促進されることも有効だと考えます。EU市民への調査では、77%の消費者が製品の買い替えよりも修理することを望み、79%が企業に対し修理に関する法的な規制整備が必要と考えているという調査結果*があります。こうした統計は企業が「修理する権利」に関する消費者意識と市場規模を把握する一助になっており、日本でも「修理する権利」に関するデータを顕在化し、企業の認識拡大と取り組みの本格化を進める上で非常に大切だと感じます。
人間の有機的な「結びつき」を取り戻す
──欧州では修理することの意義を感じてもらう手段として、市民向けワークショップや子ども達への教育などが行われているそうですね。
安居:欧州では「フェアフォン(オランダのスタートアップが開発した利用者による修理が可能なスマートフォン)」のような製品と、従来型の製品の2つを分解してみて、自ら修理するメリットを体感できるワークショップなどが開かれ、市民が修理できる製品を身近に感じられる機会が広まっています。
(原材料の調達から一方通行的に製造→販売→使用→廃棄に至る)リニアエコノミーの場合、人と人との間に分断を生み出すことで経済的合理性が得られることがありました。例えば、皆で集まり一台のテレビや冷蔵庫、洗濯機を共有してもらうよりも、一人暮らしを促進しすべての家に一台ずつ購入してもらい、壊れたら修理させずに買い替え需要を促し購入してもらうことが経済合理性に適っていました。一方で時代を経るにつれ廃棄物や気候変動、人口増加、枯渇性資源供給の不安定化といった課題がもはや企業活動にとっても無視できないほどにまで影響力を持ち、人類生存の脅威となっています。これまでとは異なるサーキュラー型の新しい仕組みづくりが求められているのです。
「分断」が生み出される側面のあったリニアエコノミーに対して、サーキュラーエコノミーは分断された人の間にもう一度有機的な「結びつき」を生むと私は考えます。
すでにお話しさせていただいたようにサーキュラーエコノミー政策の一環で進められている「修理する権利」は地域で人々が繋がり、顔の見えやすい関係を生む可能性を秘めています。私が昨年から関わらせていただいている熊本県・黒川温泉一帯で進めている完熟堆肥プロジェクトでは、旅館組合の方々、農家、行政、外部からの移住者、地元住民などが協働し、コンポストによる循環の仕組みづくりがきっかけで人々の間に新しい有機的な繋がりが生まれ始めています。
日本には金継ぎやうるしの塗り直しという修復の文化があり、私も依頼したことがありますが、使うたびに修理した人の顔が浮かび、修復がきっかけで経済合理性だけでは計れない、尊い価値が生まれていると感じます。欧州では、この「kintsugi(金継ぎ)」の価値に着目し、修復によってむしろ元の価値以上の、世界で一点ものに仕上げることをブランドの売りに掲げるアパレルメーカーも出てきています。私が今年より拠点にしている京都には、受注生産による草木染めのアパレル製品を手掛けるtezomeya(京都市中京区)があり、染め直しの無料サービスを提供していますが、それによって製造・販売だけでは終わらない生産者と利用者の新しい継続的関係が生まれていると感じます。
修理をせずに捨ててしまえば、モノもヒトの関係もそれ以上は発展せずに途切れてしまいます。修理をすればモノを介して周囲の人との結びつきが生まれ、経済効果と人々の幸福度向上に繋がります。さらに金継ぎのような真心のこもった価値の高い修理が施された際には、思わず誰かにそのことを話したくなる。そのワクワク感はまた、人と人との間に結びつきを生みます。その価値は経済合理性だけでは評価できませんが、人が人間らしく生きる上では欠かせないものです。
──サーキュラーエコノミーという言葉自体は日本社会に浸透してきた感がありますが、個人レベルでの意識改革はまだ不十分ではないでしょうか。どうしたらもっと浸透するでしょうか?
安居:日本的な考え方では、誰がトップに立って旗振り役を担うのかという話になりがちですが、誰かトップがいなければ進まない、というものではないと思います。旗振り役は私たち一人ひとりだと感じます。
フェアフォンも、最初は数人のエンジニアが設計したものが今では世界の先進事例として修理する文化を牽引しています。トップダウン寄りな日本だからこそ、こうしたオランダに顕著に見られるボトムアップの姿勢から学べることは多いと思います。
たとえ100%確かでなかったとしても「learning by doing(やりながら、学んでいく)」で、まずは実行してからよりよくしていく挑戦的姿勢が重要だと思います。政府や行政によるトップダウンの政策も整備しつつ、私たち一人ひとりはボトムアップの姿勢をとる。ボトムアップの姿勢でこそ、生きがいややりがいを持って循環の仕組みを形作っていくことができるでしょう。気になったことを、実験的にでもまずはできるところから始めてみることが大切だと感じます。
──本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
「サーキュラーエコノミー実践 オランダに探るビジネスモデル」
著書:安居 昭博 発行日:2021年6月25日 価格:2,640円 発行元:学芸出版社
安居 昭博
Circular Initiatives & Partners 代表
1988年生まれ。Circular Initiatives & Partners代表。世界経済フォーラム Global Future Council on Japanメンバー。ドイツ・キール大学マスタープログラム「Sustainability, Society and the Environment」卒業。2021年日本各地でのサーキュラーエコノミー実践と理論の普及が高く評価され、「青年版国民栄誉賞(TOYP2021)」にて「内閣総理大臣奨励賞(グランプリ)」受賞。
サーキュラーエコノミー研究家 / サスティナブル・ビジネスアドバイザー / 映像クリエイター。これまでに50を超える関係省庁・企業・自治体に向けオランダでの視察イベント、200社以上へ講演会を開催しサーキュラーエコノミーを紹介する。複数の企業へアドバイザー・外部顧問として参画。「トニーズ・チョコロンリー (Tony’s Chocolonely)」を初めとしたオランダ企業の日本進出プロジェクトにも参画し、日本とヨーロッパ間でのサーキュラーエコノミー分野の橋渡し役を務める。2019年日経ビジネススクール x ETIC『SDGs時代の新規事業&起業力養成講座 ~資源循環から考えるサスティナブルなまちづくり~』講師。「サステナアワード2020」にて「環境省環境経済課長賞」を受賞。