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2021年12月16日

2021年12月16日

巨艦Appleを動かした「修理する権利」、企業はどう対応すべきか? 『サーキュラーエコノミー実践』著者・安居氏に聞く

故障した電子機器を修理に出すより、新しく購入したほうが安くつく─。こうした社会に異を唱える動きが広がっています。消費者が自らの手で、購入するよりも安く修理できるようになれば、本来使えるはずの製品が処分されるようなことは起きにくくなり、環境負荷の低減につながることも期待できます。

巨大企業Appleもついに、スマートフォン「iPhone」において修理用部品の一般販売を始めます。企業に修理する権利への対応を求める法制化の動きが欧米ではすでに始まっていますが、日本企業・社会にはどのようなインパクトが見込まれるのでしょうか。サーキュラーエコノミー(循環型経済)の研究家で、Circular Initiatives & Partners代表の安居昭博氏にお話を伺いました(全2回の前編、後編はこちら)。

(聞き手:GLOBIS知見録編集部 長田 善行)

欧州から世界に波及

──安居さんは欧州でサーキュラーエコノミーの実現を目指す企業の事例研究を進められてきました。著書『サーキュラーエコノミー実践 ―オランダに探るビジネスモデル』(学芸出版社)を刊行し、日本の企業や自治体に対するコンサルティング活動にも携わっています。安居さんの視点から、なぜ今、「修理する権利」が重要視されているのか、教えていただけますか?

安居:「修理する権利(Right to Repair)」は欧州で提唱されました。2020年3月に欧州委員会が策定した新循環型経済行動計画のなかに記載されています。気候変動や環境汚染、枯渇性資源供給の不安定化など、人類の生存を脅かす課題に対して、世界全体で取り組んでいく必要があるという考えがバックグラウンドとして存在します。その有力なアプローチが、欧州で進められているサーキュラーエコノミー政策です。

製品のライフサイクルを長期化するこの権利は、サーキュラーエコノミー政策の一環として進められています。「木を見て森を見ず」に陥らないように、「修理する権利」の動向を押さえるためには欧州委員会が進めているサーキュラーエコノミー政策の全体像から捉える必要があります。

人類の課題に取り組むとはいっても、経済をないがしろにするわけにはいきません。政策を進めるうえでは、Profit(経済的利益)、People(人間の幸福度)、Planet(地球環境)の「3つのP」のバランスを保つことが求められます。

──欧州で進められている具体策にはどのようなものがありますか?

安居:2021年3月にはEU(欧州連合)で「エネルギーラベルとエコデザインの改正規則」の適用が始まりました。EU域内で生産、供給される製品においては、7~10年以内の期間、メーカーによるスペアパーツの在庫保証が義務化されるなど、修理する権利が強化されています。規制の対象は、洗濯機や冷蔵庫、ディスプレイなどに限定されており、スマートフォンやPCは見送られる形になりましたが、規制が強化されたのは事実です。

ドイツやオーストリアの一部州では市民が修理やメンテナンスをする際に補助金などを支給する「リペアボーナス」という制度が始まっています。スウェーデンの場合、リペア費用が税制優遇の対象となる仕組みもあるそうです。

──米国でも修理する権利を意識した取り組みが広がっていますが、Appleが2021年秋に発売したiPhone13では一部部品の存在が専門修理店以外での修理を困難にしているなどの指摘があります。

安居:実際のところ、EUの政策は米国にも影響を及ぼしています。バイデン大統領が「修理する権利」の保護に積極的な立場を示し、複数の州で、関連する法案が用意されているとの報道も出ています。従来、患者の生死に関わる医療機器や収穫期の農作業に必須のトラクターでさえ、故障した際には特定企業の修理技術者の到着まで待たねばならず、修復までに長ければ数週間から数カ月もかかってしまうことが大きな問題となっていました。修理可能な設計がスタンダードとなることで、現場で利用者自身が即座に修理できるようになるといったことが幅広い分野で期待されています。修理する権利は人命救助や経済損失を回避する効果もあるのです。

iPhone13の場合、専門の修理店以外での修理が従来よりも困難になったことについて、サステナブルなビジネスの観点から逆行している、サーキュラーエコノミーに対立しているのではないか、との批判が一部でありましたが、同社の姿勢や取り組みはもっと大枠でとらえることも大切です。

Appleが2019年より既に導入している(iPhone解体ロボットの)「デイジー」は1時間に200台の使用済みiPhoneを分解しています。回収されたレアメタルや、使用可能な部品を新製品に活用しており、iPhoneやMacBookへリサイクルマテリアルの採用を進めています。同社は2030年までのサプライチェーンと製品のカーボン・ニュートラルを目指しており、再生可能エネルギーの拡張も進めています。

企業の活動は「船」に似ています。企業の母体が大きくなればなるほど、いきなり舵を切るのは困難です。AppleやH&Mといった大企業が修理する権利に対応しきれていないということを、現時点で批判するのも大事かもしれませんが、この先企業がどのような方向に向かっていくのか、「点」だけではなく「線」の評価も非常に重要ではないかと考えています。

注目すべきPaaSモデルとの相性

──欧米の現状と比べると、修理する権利にどう対応すべきか、日本ではまだ議論が深まっていないようにみえます。

安居:もちろん日本企業も修理する権利に無関係ではありません。Appleなど修理する権利の影響を受けている欧米企業に部品供給する日本企業は多いですし、最終製品を欧州市場に供給する企業も多く、今後影響は増してくると思います。

──修理する権利に対応するためにビジネスモデルの変革を迫られるとしたら、企業には痛みも伴いそうです。

安居:既存体制からの変革は不可避ですが、例えば「修理する権利」がPaaS(Product as a Service)型のビジネスモデルとの相性がいいというような利点にこそ着目すべきだと考えています。

原材料の調達から一方通行的に製造→販売→使用→廃棄に至るこれまでの「リニア(直線)型」の製品は、一度消費者に渡ったら企業に戻ってくることはなく廃棄されることが前提となっていました。このリニア型の仕組みが製品デザインや設計に大きな影響を及ぼしており、例えば部品同士が特殊な接着剤で接合されていたり、ビスやネジの規格が統一されておらず、専門業者でなければ分解できなかったりする製品が生産され続け、結果的に廃棄が促進される形になってしまっています。

ユーザーが所有するのではなく利用頻度に応じて料金を支払うようなPaaS型のリースモデルでは、製品がユーザーから企業に返却され分解・修理・再製品化されることが前提となります。その場合、むしろ特殊な接着剤や有害物質を使わず、ビスやネジを統一していた方が企業にとっては分解・再製品化、そしてできる限り新しい原材料調達に頼らない生産体制に繋げられるメリットがあります。

──原材料調達という点では、コロナ禍を受け、製造業のサプライチェーンが抱える弱点も浮き彫りになりました。

新しい原材料調達に依存しないビジネスモデルの確立はリスク管理の視点での採用も進んでおり、コロナで海外からの資源調達が不安定化したことで、これまで活用されてこなかった自国の廃材や新しいサーキュラー型の仕組みづくりに目を向けるきっかけになっています。企業が修理する権利に対応するモノづくりやPaaSのような新しいビジネスを採用するにはこうした背景があります。

廃棄を前提としたリニアエコノミーでは、企業がビジネスを続けるためにユーザーが修理しにくく、「計画的陳腐化」と呼ばれる一定期間で故障する商品の供給を基にした買い替え需要が促進されてきました。しかし、気候変動や人口増加、資源枯渇のリスク、廃棄物の影響増大を背景に時代は変わり、リニアエコノミーの仕組みはもはや合理的に機能しなくなってきました。

地球上の資源は有限であるという「プラネタリー・バウンダリー(Planetary boundaries)」を前提に、計画的陳腐化から脱却し、製品を長期間使い続けてもらう仕組みを整えていく。「3つのP」であるProfit、People、Planetのどの視点からも理にかなったことで、この新しい仕組みづくりに向けて官民一体で進められているのが修理がしやすいモノづくりなのです。すでにご紹介した通り利用者に使用済み品を廃棄させないために、リースやキャッシュバック、デポジットなどの仕組みにより企業への返却促進がセットになって進められています。

オランダのスタートアップが開発した「フェアフォン」。利用者自身でカメラなどの部品を交換できる。

顧客との新たな関係

──安居さんは著書のなかで、ユーザーが自らの手で部品を取り寄せて修理・パーツごとのアップグレードや交換ができるオランダの「フェアフォン*」を紹介しています。すぐにというのは難しいと思いますが、同じような取り組みをAppleはできないのでしょうか。

安居:2021年11月にAppleが新しいリペア・プログラムを発表したように今後も「修理する権利」への対応を進めてくることが予測されますが、現状では課題もあります。そもそもフェアフォンとAppleにはビジネス面で大きな違いが有ります。

例えば2012年に誕生したフェアフォンはこれまでに12万台以上売り上げ業績を伸ばしていますが、市場は欧州圏が中心です。一方でiPhoneは世界規模で年間1000万台以上を売り上げており、その分リペア・プログラム導入の短期・長期の利益・コストへの影響を慎重に考慮する必要があります。

分解・修理がしやすい製品設計と知的財産保護やセキュリティー対策、ソフトウエアのアップデートなどの課題もあります。フェアフォンは「3TG」と呼ばれる4大紛争鉱物(スズ<Tin>、タンタル<Tantalum>、タングステン<Tungsten>、金<Gold>)が関与しないスマートフォンの製造をAppleに先駆け世界で初めて達成しましたが、世界市場の潮流と投資家行動、規制の変化からAppleも今後は紛争鉱物や児童労働が関わらない製品づくりを進めていくと思われます。

また、スティーブ・ジョブス氏と共同でAppleを創業したスティーブ・ウォズニアック氏は「Appleは『修理する権利』を守る製品づくりに転換したほうがメリットがある」との考えを示しています。オープンソースで修理コミュニティのプラットフォームを構築し、これまで非公開とされていた修理情報を可能な限り公開することによって、メーカーとユーザーが新たな関係を構築することが期待できるとの見解です。リペアを通じたコミュニティやプラットフォームの形成は、これまでになかったビジネスモデルを生み出す素地になるかもしれません。

使用済み品の回収や修理に伴い、物流コストの観点から市場と製造・修理・再出荷を担う拠点の位置関係が変わってきている例も見られます。ジーンズのサブスクサービスを提供するオランダのMUD Jeans**のケースでは、修理やアフターサービスを充実させるため、生産・修理の拠点を欧州市場に近いスペインとチュニジアに設けています。市場での廃棄が前提となっていた従来型の仕組みでは、生産拠点はより労働コストが安価な国に設けられる傾向がありました。MUD Jeansは市場からの返却により工場が生産だけでなく修理・再出荷を担うため、輸送コストとカーボン・フットプリントを考慮し工場は市場近くに位置にしているのです。

後編につづく

サーキュラーエコノミー実践 オランダに探るビジネスモデル
著書:安居 昭博 発行日:2021年6月25日 価格:2,640円  発行元:学芸出版社