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投稿日:2021年06月14日

投稿日:2021年06月14日

無借金経営は自己資本100%なの?

溝口 聖規
グロービス経営大学院 教員

決算日だけ…?

無借金経営とは、一般的には、銀行などの金融機関からの借入れや、社債、コマーシャル・ペーパー(CP)などによる資金調達に一切頼らず、自己資金と内部留保で経営を行う手法、あるいはその状態を言います。

では、無借金経営の会社は自己資本100%となるのでしょうか?

無借金経営は、厳密に言うと常に借金に頼らずに経営をすることになりますが、会社の財政状態は、対外的には貸借対照表(B/S)を作成して初めて明らかになります。つまり、決算書上は、決算日現在において借入金が無ければ無借金経営であるように見えます。

極端なケースですが、筆者が過去に会計監査で担当した会社に、1年の内相当期間借入れをしながら決算日の直前に返済することでB/S上無借金としていた例がありました。損益計算書(P/L)では支払利息が発生しているのにB/Sには借入金が無いので、不思議に思ったものです。もっとも、このような会社は資金的に余裕があるなど実質的に借入れの必要は無いのですが、金融機関との関係維持のために借入れをしている場合が多いと思われます。なお、形式的には借入れをしているものの実質的に無借金と同じ状態である会社は、「実質無借金経営」と言われます。

メリットが多い「事業負債」

では、無借金経営は自己資本100%かというと、実はそうとは言えません。自己資本100%はB/Sに負債が存在しないことを意味しますが(*)、負債には借入金、社債、CPなどの有利子負債(利息を伴う負債)だけでなく、事業負債も含まれます。

事業負債とは、会社の事業運営上で生じる負債であり、仕入債務(買掛金、支払手形等)、未払金、未払費用、賞与引当金などです。皆さんの給与の一部(未払給与)は、会社にとっては負債となります。無借金の会社であっても事業負債が全く無いことは稀でしょうから、自己資本100%の会社はほとんど存在しないと思われます。

事業負債は有利子負債と同様に負債に含まれますが、必ずしも少ない方が良いというわけではありません。事業負債をうまく活用することで、会社の資金繰りを楽にすると同時に、有利子負債を圧縮することが可能になります。ここで、A社とB社を例に見てみましょう。

なお、単純化のために、流動資産は売上債権と棚卸資産のみ、流動負債(有利子負債を除く)は事業負債(仕入債務)のみと仮定して、運転資本を「流動資産―事業負債」とします。

A社とB社はビジネスの規模は同じですが、資金調達方法が異なります。B社は、A社に比べて仕入の支払いを延ばすことで、運転資本を小さくして資金繰りを楽にしています。また、事業負債には通常利息が生じません。そこで、事業負債の活用により有利子負債を圧縮し、金利負担を軽減することができます。また、借入金の信用限度額が設定されている場合には、借入枠に余裕が生まれます。

なお、仕入債務の支払いから売上債権が回収されるまでに要する日数を表す指標であるCCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)は、A社15日に対してB社は△30日となっています。CCCは会社の資金効率を表す指標であり、CCCが短いほど会社の資金効率は良いとされます。

アップルやAmazonなどは、事業負債を活用することによりCCCをマイナスにして資金繰りを楽にしている会社の好例です。なお、CCCの詳細については、「CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)と倒産リスクは反比例するの?」を参照ください。

(*)B/Sの資金調達手段を表す右側は、負債と純資産に区分されます。厳密には、純資産と自己資本とは異なりますが、単純化のためにここでは同義とします(詳細は、「純資産、株主資本、自己資本とは?違いって何?」を参照ください)。

グロービス経営大学院では、アカウンティングを理解したい方のために「アカウンティング基礎」から応用まで授業を行っています。

溝口 聖規

グロービス経営大学院 教員

京都大学経済学部経済学科卒業後、公認会計士試験2次試験に合格し、青山監査法人(当時)入所。主として監査部門において公開企業の法定監査をはじめ、株式公開(IPO)支援業務、業務基幹システム導入コンサルティング業務、内部統制構築支援業務(国内/外)等のコンサルティング業務に従事。みすず監査法人(中央青山監査法人(当時))、有限責任監査法人トーマツを経て、溝口公認会計士事務所を開設。現在は、管理会計(月次決算体制、原価計算制度等)、株式公開、内部統制、企業評価等に関するコンサルティング業務を中心に活動している。

(資格)
公認会計士(CPA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、公認内部監査人(CIA)、地方監査会計技能士(CIPFA)、(元)公認情報システム監査人(CISA)