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投稿日:2019年07月18日
投稿日:2019年07月18日
社員エンゲージメントを高めるために今すぐできることは?
- 岡部 雅仁
- コーン・フェリー クライアント・ディレクター
- 山川 恭弘
- バブソン大学 准教授、CIC/ベンチャーカフェ東京 代表理事
モデレーター
- 林 恭子
- グロービス経営大学院 教員/株式会社グロービス 経営管理本部長(当時)
前回に続き、日本CHO協会主催のセミナー「『エンゲージメント』を語る前に・・・ 変革は待ったなし!悪しき組織風土と企業体質からの脱却」の内容をお伝えします。(全2回)
エンゲージメントを別の言葉で言い換えると?
林:ここからは、日本CHO協会が各企業の人事担当の皆様に実施したエンゲージメントに関するアンケートの結果をもとに、お二方へインタビューしながらエンゲージメントについてさらに紐解いていきたいと思います。私自身は株式会社グロービスの人事トップという立場でもありますので、今日は会場にいらっしゃる人事関係者の方々の代表として、お話を伺っていきたいと思います。
まず、アンケートには、「エンゲージメントと従業員満足度の違いを理解しているか」という設問がありました。結果は、「本当のところはよく分かっていない」という方が実は半分以上。そこで、あえてエンゲージメントという言葉以外の表現で、それが意味していることを、平易な言葉であらためて伺ってみたいと思います。
岡部:そこは私も日本企業様とお話をするなかでよく受ける質問です。今は「結びつき」という言葉がいちばんしっくりくるなと思っています。会社と社員の結びつきを高めていく、より強くしていく、と。結びつきというのは双方向ですから、互いが互いのやりたいことを尊重して、そのつながりを強くする。そのためにビジョンや働く方のキャリアを高めるということまで考えると、日本語では「結びつき」というのが適度に古風でいいのではないかなと思っています。
山川:私は分からないです(会場笑)。「エンゲージメントってなんでしょう」というのが、おそらくアメリカ、特にスタートアップの文化だと思います。ただ、考えてみると起業家精神かなという感覚はあります。自立心やチャレンジ精神、あるいは思い入れや欲望というのは起業家精神そのものだと思うんですね。
オーナーシップがあり、やる気があり、いろいろなものにチャレンジしたいという、そういう起業家精神溢れる人たちは、恐らく自分がやりたいことを分かっている。ですから、アントレプレナーシップ、あるいは企業内での起業家精神ということでイントラプレナーシップといった言葉にもできるとは思います。まあ、それだと横文字をまた横文字で説明してしまっているので、やはり回答は控えさせていただきますが(笑)。
林:これは私自身が理解しやすかったというだけの話ですが、「エンゲージメント」と言うと、日本では「婚約」というイメージがあるように感じます。それで将来にわたって互いが何かにコミット、または約束できる状態というのが、「エンゲージメントが高まっている」状態なのかな、と。ですから、「結びつき」「双方向」という言葉の通り、誰かに従うという形でなく、お互いに、たとえば「どういう家庭をつくっていくか」「どういう未来をつくっていくか」といったことを考えるイメージなのかなと感じました。
岡部:おっしゃる通りだと思います。それに関して1つ気になることがあります。最近は「終身雇用はもう難しい」といったことを、経済界の方が言い始めています。事業を考えるうえでは正しいと思いますが、終身雇用は非常に強い結びつきであり、パートナーシップでもあると思うんですね。ですから、もしそれができないなら、今後はどういうもので関係性をつくっていくのか。そこは、あらためて考えていかなければいけないと感じます。
山川:「コミットメント」はいい表現だと思います。それを日本語でどう訳すのかなと考えてみたんですが、たとえばロイヤリティというのも、終身雇用とともにアメリカ人が驚くことなんです。「なぜ日本人はあれほど企業に対してロイヤリティを持っているのか」と。でも、会社に行くことが大好きで仕事をばりばりしているかというと、そうでもない。やる気がそれほどあるわけでもないのに、なぜ会社にずっと残るのかが分からない、と。だからこそ、忠誠心とともにエンゲージメントという言葉そのものが、なんとなく理解できないということで、もうパラダイムが違うように感じます。
林:先日、岡部さんに面白いお話を伺いました。日本の大企業の方というのは、「あなたは転職したいですか?辞めたいですか?」と言われると、「いや、そんなことはない。ここに勤め続ける」と言うんですが、エンゲージメントはというと…。
岡部:とても低いんですね。その会社で長く働きたいかというと、皆さん、長く働きたい。でも、エンゲージメントはとても低いということがよくあります。ですから、離職率とエンゲージメントはまったく別の指標なんです。実は多くの企業が困っているのは、離職率は低いけれどもエンゲージメントも低いという状態なんです。
山川:変化に対する拒否感があるというか、なかなか変わりたくないという国民性もあるように感じます。
林:不満はあるけれども離婚をしてしまったら面倒。だから「本当は愛してないし嫌いだし文句もいっぱいあるけど、結婚生活は続けている」という話であれば、寂しい感じですね。
山川:その通りですね。「面倒くさい」というのも日本語特有で、アメリカ人は「意味が分からない」という言葉の1つです。あと、「しょうがない」も。「なぜ、理由がきちんと解決していないのに進むのか」と。それは悪いところかなと思います。
林:エンゲージメントという言葉がアメリカでほとんど、特にスタートアップで使われないというのは、「エンゲージメントがないなら、その会社にいないのが当たり前」ということですかね。
山川:次に移っていると思います。たとえばバブソンの授業で「生涯で何社ぐらいに務めたい?どういったキャリアパスを考えているの?」という質問をして、そこで「1社に務め続けたい」と答える学生はいません。
ただ、私はここ2~3年、日本でも20ぐらいの大学で起業家的考え方やマインドセットの教育活動をしていますが、日本人もだいぶ変わってきています。1つの会社に勤め続けたいという人は、ほぼほぼいない状態になってきました。今後はそういう人たちが企業に入ってくるので、彼らを受け入れたうえで、どの程度エンゲージをさせて、どれほどコミットさせて、結びつきをつくっていくのか。それで、たとえば出ていこうとしている人材には「行くな」と言うのか。そのあたりは難しいですよね。
エンゲージメントが高い企業の傾向
林:コーン・フェリーのサーベイでは日本企業のエンゲージメントが世界最下位という大変寂しい結果でした。ただ、日本企業でもエンゲージメントが高い会社と低い会社はあると思うのですが、そこに何か特徴はあるのでしょうか。
岡部:すべての日本企業のエンゲージメントが低いから今回のような調査結果になっているわけではありません。実は従業員が数千人~数万人で、先ほどの世界企業平均や好業績企業平均のようなスコアを出している日本企業はあります。逆に、すごく大きな有名企業でも、日本平均のさらに半分もいかないようなケースがあったりします。実は「色の強い」会社さんほどエンゲージメントが強いという特徴はあると、思っています。
たとえば、良くも悪くもワンマン経営者がいて、方向性がしっかり示されている会社。周りから見ると、「あの会社、ちょっと独特のカルチャーだよね」というような。一種の排他性を伴いますが、どちらかというとそういう企業のほうがエンゲージメントは高くなる。一方、なんとなくそういうことを止めてしまって、「うちの会社はダイバーシティを尊重するから皆さん個人に任せます。どんどん新規事業を提案してください」といった方向へ中途半端に進んでしまうと、むしろエンゲージメントは下がる傾向はあると思います。
日本人は何かしら方向性が示されて「こっちに行くんだ」と言われたときに、エネルギーを発揮する民族でもあるように思うんですね。ですから、実は日本企業だからこそ、ビジョンや方向性というのがすごく大事になるのではないかなと、私は見ています。
山川:日本人特有のフォロワーシップですよね。リーダーシップ教育は大事ですが、起業の世界では全員がリーダーだと何も起こらない。そこで求められるのは、どちらかというとフォロワーシップ。リーダーが少し変わっていても、「変わった人だけれども、社会にとってすごく大事なことをしているよね。じゃあ、勇気を持ってこの人をフォローしてみようよ」と。そこで初めて潮流が起こる。その意味では、日本人はひとたびビジョンやNorth starが示されれば、フォローして、潮流をつくっていくということに関してすごく長けていると思います。
林:「エンゲージメントを高める取り組みは誰が主導しているか」という設問で一番多かった回答は、「人事部門」でした。そのあと「経営層」「経営企画部門」と続きます。そして、「その取組状況はどうか」という設問には、「経営課題として全社的に取り組んでいる」と「働き方改革の一環として進めている」という回答が、ともに最多の30%でした。
この辺についてはどのようにお考えですか。また、働き方改革と合わせて語られることの多いエンゲージメントですが、これは働き方改革や女性の活躍推進といった課題と何か関係があるのかというのも併せて伺ってみたいと思っています。
山川:エンゲージメントを高める取り組みというのは経営マターだと思います。ファウンディングチームで取り組むということですね。最近はFounderというよりCo-Founderということで、5~10人程度のチームで起業するようなケースが多いですから。
ですから、誰が主導するべきかという意味では「全員」。何かを「やれ」「やるな」という風に「囲い」をつけるのではなく、皆が望んでいることをする。社会貢献や問題解決のために皆が集まっているわけですから。そういう環境や文化があるからこそ、皆がエンゲージメントという言葉も使わなくても人が集まるのだと思います。なので、スタートアップに限った話かもしれませんが、文化をつくるという意味では全員にエンゲージメント向上の責任があると思います。
岡部:おっしゃる通りで、経営マターという点が一番重要だと思います。企業価値や業績を高めるために組織力を高めるわけで、その実行主体として人事部があるわけですね。でも、人事部が「社員の環境を整えるための働き方改革の1つ」としてエンゲージメント向上に取り組もうとすると、途中で課題が大きくなり過ぎて頓挫するケースが多くなると思います。
林:「この企業はなんのために存在して、社会にどんな価値を提供していくのか」。そういったものがしっかりとあって、それを皆で共有したうえで「自分ごと」として考えることができるようにしよう、と。人事部等はそれをお手伝いする部門であり、あくまでも一丁目一番地は経営マター。「働き方改革」ありきではうまくいかない、と。逆に、スタートアップの働き方や労働環境という点ではいかがでしょうか。
山川:スタートアップの労働環境はすごく悪いんですよね。キャッシュフローも入ってこないし、給料なんていつ入るか分からない。でも、モチベーションや結びつき、コミットメントのレベルはかなり高いという…。
林:そこで残業時間を減らすとか、何かの制度を入れたらエンゲージメントが高まるといった話ではまったくないということですよね。おそらく外側の条件や環境はエンゲージメントにあまり関係がなく、重要なのは心であり内側。先ほどは願望やビジョンというお話もありましたが、「自分たちはなんのためにこの仕事をしているのか」という点で経営と社員が1つになることができていて、未来をともに築くことができているという感覚が双方にあるというのが重要になる、と。
山川:自立心とオーナーシップ。「自分がこのプロジェクトのチャンピオンなんだ」という感覚を皆でシェアできているというのが理想だと思います。
林:「どんな要素がエンゲージメントに影響に与えると思うか」という設問に対する回答を見て、岡部さんはどうお感じになりますか?
岡部:先ほど「品質・顧客志向」ということで、外を向いていることがすごく大事と申しあげました。ただ、そのように回答された方は少なくて(笑)。私としては、どちらかというと回答一覧で下位のほうに並ぶ要素のなかに重要だと思っていることが結構ありました。回答の多かった「人間関係」や「短期のキャリアアップ」といったものは…、もちろん大事ではあるんですが。
林:顧客や品質を重視する志向というのが恐らくエンゲージメントと強くリンクしていて、それを実現させるためにどんな戦略をつくり、どのようにリソースを配分するかというのが、本当は一番重要になる、と。
岡部:そうだと思います。外を向いているということは、この会社がなんのために存在していて、何をしていて、世の中に何を提供しているのか、多くの社員が肌で感じているということです。ですから、そこが高くないと、それ以外の要素もなかなか効かないように感じます。
林:では、そうしたことを踏まえて企業が具体的に何をしていけば良いかという点で、まず岡部さんには日本企業が今すぐにできることを伺ってみたいと思います。そして山川先生には、もともとエンゲージメントの高いスタートアップ企業であっても、「さらにそれを高めていくためには、こんな取り組みがある」といったお話がもしあれば、何かヒントということで教えていただければと思います。
岡部:個別のやり方となると、組織というのは生き物なので企業によってまったく変わってきます。健康診断の結果によって処方も変わりますので。ただ、それ以前の話として、「診断」を行っても、そのあと何もアクションを起こさない会社さんが実は結構多いんですね。次の健康診断まで何もしない。ですから、まずは状態を把握したらしっかりと打ち手を設けたうえで、それを社員にきちんと伝えることがすごく重要になります。
私どもは、2回目以降のサーベイ対象となる企業様に「会社は前回の調査を生かしてくれましたか?」といった質問をよく行っています。その質問に対して社員の5割以上がYes、つまり「会社がなんらかの手を打ってくれた」と感じている会社は、ほぼエンゲージメントが高まっています。
「真因に辿り着く」ことも大切ですが、さらに大切なのは「これが現実だ。ここから社員一丸となって対応していこう」という雰囲気をつくること、あるいはそのためにコミュニケーションを積極的に行っていくこと。それ自体は、どの会社様でもできると思うんですね。そんなことを、明日からでもできることとしてご案内したいと思います。
山川:「Action is everything(行動こそ何にも勝る)」というフレーズがあります。これはバブソンのスローガンでもあります。ですから、皆さんもあまり考え過ぎないでやってみましょう。と、言おうと思ったのですが、今回は天の邪鬼なので逆をいきます(会場笑)。日本ですから、逆にアクションを取らない。皆さんの自主性を重んじる。それによって、「あなたたちは何がしたいんですか?」ということを引き出すということも、次につながるのだと思います。
「あれをやれ」「これをやるな」と言われてしまうと、「こう思っていたのに、だめなのか」「これはやっていいけど、あれはできないのか」といった制約が出てきてしまいます。それで、本当にやりたかったことが何なのか分からなくなってしまうケースは多いと思うんですね。ですから、「Not take action」もアクションの1つ。皆さんに押し付けないということで、個々人が考える機会を与える。それこそが「Desire」や結びつきにつながるのではないかなと考えています。
林:ありがとうございます。私どもグロービスは以前、社員による会社評価等を行う「OpenWork(旧Vorkers)」というサービスで「士気の高い会社1位」に選んでいただいたことがあります。ですからエンゲージメントは比較的高い会社かなと思うんですが、どんなことをしているかというと、実は先ほど山川先生がおっしゃっていた「個人の価値観と企業ビジョンのアライン」といったものを、まさに研修で行っているんですね。
具体的には、入社して丸1年、そして丸3年過ぎたところで、それまでの振り返りを行う「リフレクションセッション」を行っています。そこで最初にやってもらうのは「自分を理解する」ということ。社員一人ひとりが自分自身の価値観に気付くという「バリューセッション」にかなりの時間をかけています。そうして各社員が大事にしているバリューが分かったうえで、今度は会社が何を以て創業され、どんなことを世の中に提供するために存在しているのかを、社史や理念を学びながら、ストーリーとして皆で理解していくということを行っています。
そうして最後の時間に、「あなたが大事にしているバリューとともに自分の「Desire」を爆発させるため、この会社、あるいはこの場をどのように使っていくか」という、そんなキャリアプランを最後につくってもらっています。卑近な例ではありますが、何か皆さまの参考になればと思います。本日はありがとうございました(会場拍手)。
※文中の円グラフは日本CHO協会が実施した「エンゲージメントに関するアンケート結果」を元に作成
岡部 雅仁
コーン・フェリー クライアント・ディレクター
山川 恭弘
バブソン大学 准教授、CIC/ベンチャーカフェ東京 代表理事
モデレーター
林 恭子
グロービス経営大学院 教員/株式会社グロービス 経営管理本部長(当時)
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士課程前期修了(MBA)。米系電子機器メーカーのモトローラで、半導体、及び携帯電話端末のOEMに携わった後、ボストン・コンサルティング・グループへ。人事担当リーダーとしてプロフェッショナル・スタッフの採用、能力開発、リテンション・プログラム開発、ウィメンズ・イニシアチブ・コミッティ委員等、幅広く人材マネジメントを担当する。グロービスでは、人材・組織に関わる研究や教育プログラムの開発を担当した後、経営管理全般を統括。またリーダーシップ、人材マネジメント、ダイバーシティマネジメント、キャリア開発、パワーと影響力等の領域を中心に、グロービス経営大学院での講義、および、企業研修、講演などを多数務める。共著書に『【新版】グロービスMBAリーダーシップ 』(ダイヤモンド社)、『女性プロフェッショナルたちから学ぶキャリア形成』(ナカニシヤ出版)がある。経済同友会会員。組織学会、産業・組織心理学会、及び経営行動科学学会員。