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投稿日:2019年05月23日

投稿日:2019年05月23日

LeapMindが挑む、エッジデバイスで実現する組込みディープラーニング――グロービス公認クラブ「人工知能研究会」 イベントレポート

クラブ活動
人工知能研究会 活動レポート

グロービスの学生が、共通の目的や問題意識を持つ仲間と自主的に取り組むクラブ活動の活動事例紹介。

LeapMind杉原氏による講演イベントレポート

前回のインタビューに続き、先日行われたグロービス経営大学院 公認クラブ活動「人工知能研究会」が主催する講演イベントの内容をお届けします。

2018年12月14日に行われたイベントでは、卒業生の杉原洋輔氏が登壇し、勤務先であるLeapMind株式会社のAIへの取り組みについて紹介した。

LeapMindは、ディープラーニング(深層学習、人工知能を飛躍的に進化させる機械学習の手法)の計算処理をエッジコンピューティング(インターネットを介してクラウド環境で処理するのではなく、ユーザーや端末の近くでデータ処理を行うこと)で演算することにより、DoT(Deep Learning of Things/あらゆるモノがディープラーニングを行う社会を指す同社の造語)の加速を目指しているベンチャー企業。SE、コンサルタント、プロダクトマネージャーなどのキャリアを経て2018年2月に同社に入社した杉原氏は、ビジネスデベロップメント(新規事業開発)およびカスタマーサクセスの立場からDoTの実現を推進している。

 当日はLeapMindの事業概要から今後の戦略、公にはできない話なども語られた。ここでは約2時間にわたる講演内容を可能な限りレポートする。

(※肩書きはインタビュー当時のものです)

LeapMindが挑む、エッジデバイスで実現する組込みディープラーニング

(写真:講師のLeapMind杉原氏)

LeapMindが挑む、エッジデバイスで実現する組込みディープラーニング

2012年12月に設立されたLeapMind。ちょうどディープラーニングが盛り上がり始めた頃だ。インテルキャピタル、NTTデータ、NECキャピタルソリューションなどが出資会社兼パートナーとなっており、社員数は現在85名(2019年4月時点)。

「社員の大半はエンジニアで、そのうち6割がソフトウェアエンジニア、残りの4割ほどがハードウェアエンジニア。この規模の会社で両方のエンジニアが一定数いるのが特徴のひとつです。全社員の4割程度が外国籍で、特にリサーチやソフトウェア部門に多いですね。社内には卓球台があって、昼は打ち合わせ、夜は卓球W杯が行われています(笑)」

主なプロダクトは、「DeLTA-Family」と名づけられた組込み向けディープラーニングのツール群。手のひらサイズのデバイスでの実行がワンストップで可能になる、ディープラーニングモデル構築ソリューション「DeLTA-Lite」をはじめ、学習データ作成を支援する「DeLTA-Mark」、評価に必要なハードウェアキット「DeLTA-Kit」などを展開する。

「DeLTA-Family」の特色は、ディープラーニングの計算処理をエッジデバイスで演算することにより、「インターネット常時接続が不要」「省スペース・低消費電力」「リアルタイム」「セキュリティ」という4つのメリットを享受できること。

ディープラーニングの処理には、学習(大量のデータを分析し、人間の脳神経系のニューロンを模倣した「ニューラルネットワーク」をチューニングするプロセス)と、推論(そのニューラルネットワークを使って画像・音声認識などを行うプロセス)がある。学習は計算量が多いためクラウド上のGPUを使うことが一般的だが、推論もクラウド上で実施するとなれば処理時間もコストもかかってしまうし、ネットワークのない環境では実行できず機能そのものが失われてしまう。

そこでLeapMindが注力しているのがエッジディープラーニングの技術だ。小さな機械などにも導入できる小型デバイスで素早く推論処理を行い、インターネット接続の無い環境でもリアルタイムかつ高い電力効率での演算実行を可能にしている。

「一言でいえば、ディープラーニングモデルをなるべく精度を失わずに圧縮し、エッジデバイス上で『小さく軽く早く』演算処理することに力を入れている会社です。それを通じて、世の中のありとあらゆるモノや場所にディープラーニングの技術が活用されればと考えています」

「小さく軽く早く」が可能な理由

杉原氏が持参したデモ機は、まさに手のひらサイズのコンパクトなもの。

「ディープラーニング処理を実行しているのは市販のDE10-Nanoという評価ボードで、1万5,000円程度で誰でも入手できます。Intel Cyclone V SoC FPGA (旧Altera)のチップのみであれば、もっと安価に入手ができるはずです。GPUと比較するとかなり安価で、消費電力も低く抑えられます。ヒートシンクもファンも無く動いていますが、触るとほんのり温かい程度で、いかに省電力で動作しているかが実感できますよ。ボードには使っていない端子も載っているので、実運用で使えるようにもっと小さなボードを開発中です。」

なぜここまでコンパクト化・高速処理化が可能なのか。そのための技術はいくつかあるが、特徴的なのは「量子化」だと杉原氏は言う。

「HPC(高性能計算)には64ビットや32ビットの浮動小数点演算が必要ですが、ディープラーニングの場合は16ビットや8ビットまで量子化してもそんなに精度が落ちないというのは、近年の論文などでも明らかになっています。LeapMindは、それをさらに1ビットや2ビットまで圧縮することでモデルサイズを100分の1以下の圧倒的な計算量削減を実現し、技術的な特色を出しています。」

また同社が推奨しているのは、FPGAと呼ばれる集積回路。

「通常のチップは回路パターンを焼き込むため後から変更ができませんが、FPGAは回路パターンを後から論理的に書き換えることができる柔軟性のある半導体チップです。1ビット2ビットのディープラーニング専用の計算回路を実装できるというイメージですね。CPUだけで動かす場合と比較して、専用回路を使ってアクセラレーション(加速)をかけることで処理速度を20倍以上に高めることができます。」

複雑な演算処理を小さなエッジデバイスで最適に処理させるためには、ハードウェア技術も必須。ハード・ソフトの両エンジニアが揃う同社だからこそ実現できる強みといえる。

LeapMindの技術を必要とするのはどんな企業・業界か

事例のひとつに、NTTデータ社と取り組んでいるドローンによる電線追跡自律制御プロジェクトがある。ドローンにLeapMindの小型軽量デバイスを搭載し、リアルタイム処理により自動で高度を調節して電線を追跡する取り組みだ。人の手でドローンを操縦し、電線に沿って並走飛行させるのは操縦が困難かつコストもかかるが、両社の協業によりドローン自ら電線を追跡して撮影することを可能にした。

また、手話通訳アプリケーションを開発した実績もある。ロボホンが手話を読み取りリアルタイムに通訳するアプリケーションで、LeapMindが得意とするディープラーニングモデルの軽量化・高速化の技術を最大限に活かした取り組みだ。

「インターネットを使えない環境下で処理を行いたいというニーズも世の中にはあり、エッジデバイス上で処理を完結できる弊社のエッジディープラーニングの技術に期待が寄せられています。スピーディーにリアルタイムで判断しなければならない自動車などの移動体や、インターネットに画像や動画などすべての元データを通信できない工場・家庭など、我々の技術が活かせる用途はたくさんあると考えています」

自動車関係でいえば、車内カメラなどへの導入は、すでに自動車メーカーやTier1メーカーとともに検討が進められているという。誰がどこに座っているか、その人の感情はどうかなど、従来のセンサーだけでは把握が難しい情報を認識し、搭乗者へのおもてなしに活かすというアイデアもあるそうだ。

一方で「新事業かつ新マーケットならではの難しさがある」と杉原氏。同社のプロダクトはディープラーニングに詳しくない人にも簡単に使える仕様だが、新しい取り組みでもあるため、ユーザーのニーズが顕在化しにくい。具体的な用途や事例をより明確にする必要性を感じているという。

「現在の主な導入先は、大企業の事業企画や新規事業に関わる部署。大規模な予算がまだ確保できておらず、自社にエンジニアはいるものの社内リソースをあまり割くことができないような場合には、当社のプロダクトを使ってモデルやデモをすぐに開発できるため、非常にマッチするのではないかと思います」

主要技術のオープンソース化に込められた思い

LeapMindではもうひとつ特徴的な取り組みを行っている。低消費電力FPGA上でディープラーニングを実現する主要技術を、「Blueoil」と名づけてオープンソース化しているのだ。世界のエンジニアに技術を活用してもらい、ディープラーニング領域全体の発展に寄与したいという思いがあるようだ。

「会社としては思い切った決断だったと思いますが、自社だけで技術を抱え込むことは、自社の開発スピードがボトルネックになるということでもあります。世界中には優秀なエンジニアや企業がたくさんいらっしゃいますので、そうしたパートナーとコミュニティを形成してみんなで共同開発していくことが理想です。オープンソース化したことでディープラーニングに真剣に取り組んでいる企業との対話が増えましたし、企業側としてもブラックボックス化を避けて当社に依存してしまうリスクが減るので、エッジディープラーニングの取り組み開始に対するハードルが下がったのではないでしょうか。」

LeapMindが求めるのは、同社の目指すビジョンを理解してタッグを組んでくれるパートナー。すでに海外勢も含めたアライアンスがいくつか発足しているという。

「小型軽量化は当社が先駆けてやってきた分野であり、業界内で知る人ぞ知るというポジションにはなれていると思います。ただ、少し前までは未開拓だった市場も、最近では競合が次々に現れ、変化がかなり早まってきています。スマホ向けGPUは中国勢を中心に開発が盛んですし、GoogleもEdge TPUを発表してエッジデバイス領域への取り組みを加速しています。そんな中で当社がこれらの技術をどううまく活用して、自社技術と組み合わせて価値を創造していくかが、まさに今考えるべき課題です。社員数も増えましたので、これから本当の意味でのビジネスデベロップメントを実践していけそうだと感じています」

世界中の人々や子どもの暮らしを豊かにしたい

杉原氏は過去にデータ活用・分析を手がけるブレインパッドに所属し、転職後は別の領域で仕事をしていたが、再びデータ分析や機械学習、特にディープラーニングの領域に絞って転職活動をする中でLeapMindと出会ったという。

「エージェントに紹介されるまでは、正直に言うと社名も技術優位性もよく知りませんでした。けれどディープラーニングを、ありとあらゆるモノや場所に広げるDoTという世界観がおもしろいなと思って入社を決めたのです。実際に世界の人々や自分の娘の暮らしがリアルに豊かになったら、仕事としてやりがいがあるのではないかという思いで日々奮闘しています。」

従来、クライアントのニーズを聞いて要件定義して…というプロジェクト形式の案件のみだったLeapMindは、より効率的にビジネスとしてスケールさせていくために「DeLTA-Family」の開発に踏み切った。これらのプロダクトや技術を活かして今後、同社がどのような未来を切り開いていくかは、注目すべきところである。

参加者からはLeapMindの戦略に対する質問やアイデアも飛び出し、和気あいあいとした雰囲気の中で行われた今回のイベント。AIに関わるビジネスに従事している方はもちろん、世界のトレンドを把握・研究したい方、登壇者や参加者と議論を交わしたい方は、ぜひ人工知能研究会の活動に参加してみてほしい。

「人工知能研究会」とは

人工知能(AI)を中心としたデジタルテクノロジーによる創造と変革への適用事例、スタートアップ事例などの研究を通じて、新しい時代におけるAIの活用と成功の条件を学びつつ、会員相互のネットワークを図るクラブ。分科会活動やイベントを開催し、人工知能関連の他団体との交流を含めた活発なネットワーキングにも力を入れています。

クラブ活動とは

社会の「創造と変革」に貢献することをテーマに掲げ、グロービスの学生が自主的に取り組む活動です。共通の目的や問題意識を持った同志が集い、それぞれのクラブが多彩なテーマで独自の活動を展開しています。学年の枠を超えて、在校生と卒業生が知識や経験を共有し合うクラブ活動は、志を実現につなげるための場として、大きな意味を持つものとなっています。

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