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投稿日:2018年09月07日

投稿日:2018年09月07日

メルカリが「働き方改革」をしないワケ

唐澤 俊輔
株式会社メルカリ 執行役員 VP of People & Culture 兼 社長室長
井上 陽介
グロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクター

前回に続き、先日行われたセミナー「働き方改革のその先へ!人づくりのための学び方改革を起こす人材育成とは?」の内容をお届けします。(全3回)

Go Boldに働くために

井上:唐澤さん、ありがとうございました。まず私からいくつか質問をさせていただきたいと思います。今週上場して大きな話題を呼んだメルカリですが、社内の仕組みや会社のあり方が非常に先進的でユニークな存在だと思います。今日はそのあたりを掘り下げつつ、会場の皆さんにとって少しでも参考になるお話を伺うことができればと思います。まずは、上場おめでとうございます。

唐澤:ありがとうございます。「ありがとうございます」と言うべきなのかどうか分かりませんが、これからが本番ということだと思います。

井上:今、社内の雰囲気はどのような感じでしょうか。

唐澤:上場に関して動いていたメンバーには「ひと段落だね」といった雰囲気もあります。ただ、やっぱり「経営的にはここがゴールじゃないから」という話になっていますね。「これからは社会の公器として、もっと社会に貢献することを真剣に考えないといけない」と。今日こちらの会場に来る時間がギリギリになってしまったのも、毎週金曜日は14時から14時30分まで全社会議をしているからなんですが、今日の全社会議でも上場の話はほぼ出なくて、「来期の目標はこれだから」とか「この先の成長戦略はこう」といった感じでした。

井上:そんなメルカリの、今日は特に組織についていろいろ伺いたいと思います。たとえば本セミナーのテーマに「働き方改革」という言葉がありますけれども、メルカリさんで「働き方改革」を意識した施策って何かあるんでしょうか。

唐澤:実は、メルカリの社内で「働き方改革」という言葉を1度も聞いたことがないんですよね。別に改革する必要はなくて、「俺たちは俺たちだから、俺たちがやりたいようにやればいいし、別に何か今までのことを否定する必要もない」みたいな。我々からすると変えること自体が普通ですし、実際、常に変化し続けているので。「今から改革します」という宣言にもあまり意味がないのかなと思っています。

井上:その意味では、ある種「負債化」したような制度、つまり過去作った制度が時代に合わなくなってきたようなことはあまりない会社と言えますか。

唐澤:そうですね。ミッションやバリューにいつも沿っているので、働き方一つとっても、たとえば「Go Boldに働ける環境をつくろうよ」という方向にすべて寄せています。産休や育休も同じ。たとえば産休を取得した方が、認可保育園の選考に落ちて認可外にしか預けることができず困っていたとしたら「そのままにするのはおかしいね」ということで、認可外になったことによる価格差はすべて会社側が出す形にしています。結局、そうしたことも社会の要請でサポートしましょうと考えているわけではなく、あくまでメルカリでGo Boldに働いてもらうため、戻ってきて欲しいからそういう制度を入れるという発想です。

井上:本当に、常にカルチャーに根ざした意思決定をしていくということですね。結構、外から見ると驚くべき制度がありますよね。

唐澤:あると思います。僕も入ったときは驚いたことがありました。ただ、「世の中で進んでいるものはすべて取り入れたりしている会社なのかな」という風に思われがちなんですが、そうでもないんです。たとえば在宅勤務は、今は基本的には認めていません。

井上:そうなんですか?

唐澤:はい。たとえばエンジニアであれば家でもコードを書くことはできますが、やっぱり顔を合わせてちょっと話すとか、そうしたコミュニケーションによる効率や効果は絶対あると信じていて、そこは曲げないと決めているんですね。それで12時から16時のコアタイムを設けたフレックスにしています。逆に言うと12時に出社してくるエンジニアも多いので、12時に「おはようございます」なんて言って朝会をしているのを見て当初はびっくりしていましたけれども。「いや昼だよ」って(笑)。そういうカルチャーです。

井上:そのあたり、エンジニアの方々として納得感はあるということなんでしょうか。「他社では普通にやっているリモートワークがメルカリではできない。この辺はちょっと先進性が足りない」なんていう風に感じていらっしゃる方はいないのかな、と。

唐澤:正直な声として、そうした話は出てきます。もちろん積雪等でリモートワークにしたりする日があるのはまったくOKですし、その辺はマネージャーが個別に判断しています。ただ、採用の段階でミッションやバリューに共感している人しか取らないということで、すごく絞っているんですね。「俺たちはAll for Oneであって、誰かだけ特別優遇というのはないから」と。そうしたことに共感している人しかいないという前提はあります。

井上:採用の時点で「誰をバスに乗せるか」ということで、まさにメルカリのバリューやミッションを体現・共感できる人しか取らないということですね。それにしても凄まじい数を採用していますよね。

唐澤:はい。なので、僕らはリファラル採用、友人・知人の紹介というのをすごく重視しています。今は採用の7割ぐらいが友人・知人の紹介ですね。ミッション、バリュー、カルチャーとのフィットを大事にしていますし、その意味でも「この人がいいんだよね」と、友人・知人が言うなら絶対いい人という前提があります。

井上:無制限昇給制度は、実際のところ運用が大変ではないですか。というのも、我々も去年からエンジニアを採用していて評価においても個別に丁寧に議論することを重視していますが結構大変です。また、今年から新卒社員の内定を出し始めているんですが、メルカリの場合、新卒新入社員においても個別にオファーを出していますよね。現実はその運用を回すのはかなり大変だと思うのですが、メルカリはそこをどんな風にやっていらっしゃるんでしょうか。

唐澤:今はまだ新卒もそれほど数が多くなく、数十人という状態ですから。いずれにしても、人事でやることよりは現場でやることのほうが大事だと思っているので、エンジニアリングやプロダクトのマネージャーがきちんと評価できるようにすることがまずひとつ。それとエンジニアリングの組織のなかに、そこをサポートする、人事ではないですが「エンジニアリングオペレーションズ」というチームをつくったりしています。

あと、新卒に関しては極力インターンで来ていただくようにしています。インターンで半年~1年間見ることができたら、成長した暁には1年前にオファーしたときの給料をさらに上げて入ってもらえたらいい、と。結構、そういうケースが多いですね。

井上:インターンを通して実力も見えるということですね。

唐澤:それで成長もしてくれますから。そうして1年で大きく成長してくれた人に対して、1年前のオファー時と同じ給料で入社してもらうというのはおかしな話ですし。確かに、個別に見るのは難しいというか、昇級の上限を設けないといっても、甘い上司と厳しい上司で(評価に)違いが出てくる可能性だってあるわけです。それで特定上司の下だけ給料がばんばん上がってしまうようなケースも出ると、それはそれでよろしくない、と。

ですから我々はキャリブレーションという会議にすごく時間をかけます。たとえばVP1人に10人のマネージャーがついていて、その下には100人メンバーがいるとすれば、VPとマネージャーの11人で100人分をすべてリストにします。それで2日間ほど合宿して「この人の給与は本当にこれでいいの?」といったことを年収ベースですべて見たりします。これは半年に1回行います。

井上:半年に1回!

唐澤:四半期に1回評価を行って、半年に1回の給与改定でキャリブレーションを行っています。コストはかかりますし、僕は立場上そのすべてに参加するので(笑)、1週間ずっと人の給料を見ている、みたいなことにもなります。でも、「人を大切する会社」と言い切っているので、「そこは逃げずに向き合おうね」ということになっていまして。

井上:日本の会社は常に人を大切にするという文化を持っているし、実際、そのように謳っている会社はたくさんありますよね。ただ、メルカリのように個人個人を本気で丁寧に見るという意味での“人を大切にする姿勢”というのは、実は非常に先進性があると思います。マクドナルドのように歴史ある会社からメルカリに移った唐澤さんとしては、そうした個に対する向き合い方で大きな違いを感じたりした部分はありますか?

唐澤:マクドナルドも完全な年功序列ではなかったですし、きちんと個を評価する会社ではあったんです。ただ、やっぱり500万円の年俸をいきなり800万円にするようなことはありませんでした。原資もありますし、決められた枠の範囲でないと調整できないというのはありましたね。ただ、その辺は事業モデルの違いが大きかったということだと思います。全国に3000店舗あって、同じ商品を同じ味で同じように出すことが大事というビジネスであれば、どうしてもマニュアル等々が必要になりますし、ルールを設けていくことになるので。そういうカルチャーであれば人事制度もそうなっていくという面はあったと思います。

井上:今回の対談にあたり、『グロービス学び放題』で唐澤さんがご登壇していた動画をずっと見ていて感じたのですが、マクドナルドで変革を進めていた頃も、やはりミッションとか、「何を目指すのか」といった中心軸を非常に重視していらしたと感じます。やっぱりそうした軸が大切というのは2社で共通したものだったのでしょうか。

唐澤:ミッションやバリューといった軸を持つことは当然大事だと思いますが、そのなかでも特にメルカリで特徴的なのは、バリューを3つに絞ったうえで、そのなかでさらに「Go Boldが最も大事」という風に優先順位をきちんとつけているところ。僕はそこがいいなと思っています。

その点、長い歴史がある大企業には誰も文句が言えないような素晴らしい軸があったりします。マクドナルドにも「7つのバリュー」というものがありましたし、その内容は素晴らしいんですよ。ただ、「それがぜんぶできたらもう完璧な人間だよね」みたいな。「利益を生む。でもお客様は第一にする。そしてコストも削減する」という感じです。ただ、そこには相反するものもありますから、すべてはできない。そういう部分で優先順位をつけてあげることが大事なんだと感じています。

井上:たしかにミッションやバリューのようなレイヤーには、コンプライアンス的にも、事業モデル創出という意味でも、良いことしか書かれていないので。その点、「Go Bold」ということと「何を達成するか」が最も重要ということになれば、社員の皆さんの判断軸も明確になってきますよね。

唐澤:判断軸にならないとバリューの意味もないので。だから、まず「これに従えばいいんだ」という風にする。そうすれば権限を委譲してもブレたりズレたりしないと思います。

井上:ちなみに、組織名の「People & Culture」というのは唐澤さんが中心になってお決めになったんですか?

唐澤:はい。「人事は任せるから」と言ってもらったんですが、そのときに「新組織の発表は明後日だから」みたいな感じで(笑)。で、名称変えようかどうしようかなと思ったんですが、「HRというと人をリソースとして捉える意味合いに聞こえるけど、なんか違うんだよな」という、もやっとした感覚があったんですね。それで、たとえばGoogleには「People Operations」と人事機能を呼んでいたりするので、そういうものを参考にしたりして決めました。

カルチャーというのは「なんとなくそこにある、言語化されていないもの」なんですが、それを言語化する作業をするかどうか、今は議論しています。言語化しちゃうとその部分だけがカルチャーになってしまって、「見えないもの」がなくなっていくという怖さもあり。でもそこを上手にやっているNetflixのような会社もあるので、「まあ、ちょっとやってみようかな」と。

唐澤 俊輔

株式会社メルカリ 執行役員 VP of People & Culture 兼 社長室長

井上 陽介

グロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクター

大学卒業後、消費財メーカーに入社し、海外部門にて中国工場のオペレーション管理等に携わる。グロービス入社後はグロービス・コーポレート・エデュケーション(GCE)部門にて、様々な業種の企業に対してコンサルティング及び研修プログラム提供を行う。グロービス名古屋オフィス新規開設においてはリーダーとして事業立ち上げを推進。その後GCE部門マネジング・ディレクターを経て、デジタル・テクノロジーで人材育成にイノベーションを興すことを目的としたグロービス・デジタル・プラットフォーム部門を立ち上げ責任者として組織をリードする。また、創造(ベンチャー、新規事業)領域の研究・開発グループの責任者も担い、自身もグロービス経営大学院や企業研修において「クリエイティビティ」「イノベーション」等のプログラムの講師や、大手企業での新規事業立案を目的にしたコンサルティングセッションを講師としてファシリテーションを行う。学習院大学法学部卒業。

フランスINSEAD:IEP(International Executive Programme)、スイスIMD:HPL(High Performance Leadership)修了。