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投稿日:2021年06月03日

投稿日:2021年06月03日

「限界の正体」とは?自分の思い込みから抜け出す方法〜為末大

為末 大
一般社団法人アスリートソサエティ 代表理事

本記事は、グロービス経営大学院・茨城水戸特別セミナー2017「限界の正体~自分の見えない檻から抜け出す法~」の内容を書き起こしたものです。(全2回 前編)

為末大氏(以下敬称略):今日は「限界の正体」について話をしたいと思うのですが、「限界だ!限界だ!」って、みなさんも人生で感じられることがあると思うのですが、こと陸上競技に関していうと、自分で自分の首を絞めるようなところがありまして、つまり、タイムが速くなると、その自分のタイムを抜かなきゃいけなくなるハードルがより高くなるという世界なのですね。1年、2年、記録が出ないことはざらで、私の人生で最長なのは、10年間新しい記録が出なかったということもあるわけです。その感じでいきますと、毎年必死で練習するのだけれど、1年終わると「あなた、成長していませんでしたね」というのを突き付けられるような世界であるわけです。

そういうことをずっとやっていくと、「本当の限界とは何なのだろうか?」とすごく考えるようになるのですね。かといって、記録が伸びないと思えば、あるときにふと記録がすごく伸びたりすることがありまして、「一体何が自分の限界を決めているのだろうか?」というのを考えるようになります。

9秒台を出すために桐生選手が実践したこと

余談ですけれども、100メートルで日本人初の9秒台を出した桐生祥秀選手のコーチは土江さんという方で、私と現役時代一緒にやっていた選手なのですね。土江さんの理論は面白くて、物事をひっくり返して考えているのです。つまり、多くの場合、「どうすれば最も速く走れるか?」という考え方をするのですが、土江さんは「最高速度が出ているのに、速いタイムが出ない。一体何がそれを阻害しているのか」と考えるのですね。

桐生選手に関しては、最高速度11.6m/s以上を出すと9秒台が出るというデータが4年前にありました。しかし、桐生選手は11.6m/sを出してもなかなか9秒台を出せないでいました。なぜかというと、彼は比較的早くスピードが上がって、一瞬、最高速度が出るのだけれど、そのスピードがガクンと落ちてしまう、スピード低下も激しい選手だったのです。

そこで、桐生選手が何をやったかというと、今までは50メートルとか55メートル地点で最高速度が出ていたのを、65メートル地点までずらしたのです。みなさんは「10秒から9秒の間に何かが向上した」というふうに思われるのですが、実は体力的なものはほとんど向上していないのです。全体のバランスが変わったとわれわれは捉えているわけです。

実はそんなことで、全体のキャパシティは変わらなくても、配分が変わっただけで10秒台から9秒台に入るということが起きました。「これは限界だ」と思っていても、配置を換えただけで突破できる話だったりするのです。

甲子園球児はなぜ4〜6月生まれが多いのか

今日の私の話は、冒頭から答えを言ってしまうと、「マインドセット」という話をします。自分自身を支配している思い込みとか考え方みたいなものだと思っていただけるといいと思います。
この力って結構強いわけです。有名なところでいきますと、甲子園に出場した高校球児が生まれた月は何月が多いと思いますか?答えは「4〜6月」がいちばん多いのですね。これはなんでかというと、同じ年齢でも早く生まれると体が大きいですよね。特に3月生まれの子より4月生まれの方が、だいたい1年分ぐらい大きい。これが原因じゃないかって解析されているのですけれど、実はデータを追いかけると、15〜20歳くらいでこの差がなくなっているのですね。じゃあ、なんで甲子園球児には影響があるのか。これが心理学の文脈で説明されていまして、つまり野球を始めた時の問題なのですね。
甲子園球児が野球を始めた時、おそらく6歳とか7歳だと思うのですが、この頃の4月生まれと3月生まれって体の差が大きいです。3月生まれの子はやっぱり足がちょっと遅い、球を飛ばすのも遠くまで飛ばない。でも4月生まれの子がやると球が遠くへ飛ぶ、足も速い。そこで監督が「おまえ、野球があんまりうまくないな」「おまえ、野球がうまいな」と、それぞれに言う。仮に言わないとしても、本人が暗に悟るわけですね。この時に本人が自分で自分にレッテルを貼るわけです。私たちは実は、人生でレッテルを貼り続けて生きているのです。幼少期、「自分は野球がうまい側の人間なんだ」というふうに貼ったレッテルが実は18歳まで影響が残って本当に野球がうまくなると言われています。

つまり私たちは、マインドセットにかなり支配されているというのが、今日私の伝えたい、いちばん中心のメッセージなのです。陸上では有名な話なのですが、1マイルレースという競技があり、当時、このレースで人間は4分を切ることができないと言われてきました。実際に20数年間、ヌルミという選手が出した記録から世界記録がぜんぜん更新されませんでした。今の日本でいう「100メートル9秒の壁」みたいなものです。しかし、ロジャー・バニスターという選手が、初めてペースメーカーを導入したり、さまざまな生理学的アプローチで練習することで、ついに4分を切るという新記録を出しました。これだけだと、スポーツでありがちな「すごいですね。人間に限界はないですね」という話ですが、この話の面白いところは、このロジャー・バニスターが記録を破った42日後に、彼の世界記録は別の選手によってすぐに破られちゃうのですね。で、その選手も3か月後ぐらいに記録を破られまして、2年以内に20名ぐらいの選手が4分を切ることになります。これは統計から見ると明らかにおかしいのですよね。

これを私たちの世界では、すごくシンプルにいうと、「人ができたことは自分もできる」と信じる性質があって、ひっくり返してみると、「人ができていないことを自分もできない」と考える性質があると言われています。実験では、これがもう少し根が深いのは、同じグルーピングをした人を見て、行動が変容すると言われています。つまり簡単にいうと、ウサイン・ボルトの記録が上がっても、日本人の記録に影響を与えにくいということなのです。その代わり、カリブの他の国の記録には影響を与える。反対に日本人の記録に誰が影響を与えるかというと、中国人の記録が影響を与える。そういうことなのですね。どこからどこまでを自分のグループだと思っているかは人によって違うのですが、スター選手が出るよりも、「おらが町」からスターが出るほうが全体の能力が上がるという研究があるのです。

人はかなりの部分「幻」を生きている

これが私の人生観なんですね。いきなり「なんだ?」と思われるかもしれないですけれど、「人はかなりの部分、幻を生きているのではないか」ということが私の思っていることです。どういうことかというと、私たちが10秒の壁を感じるためには、10進法というのが私たちの世界で広く浸透していないと「10秒の壁」にならないわけですね。9進法だったら「9秒の壁」になりますよね。それ以外にも当たり前だと思っている、最も根底のところにあるもの、その上で私たちは理屈を構築しているわけです。シンプルに言いますと、自分の本当の限界というのは頭の中が決めていて、それをうまく取っ払えれば、自分の限界というものはもっと先にある、もしくは限界はないと言ってもいいかもしれません。
一方で、そうするとだんだん怪しくなりますよね。「今日、実はこの壺さえ買えば、みなさんの幻が消えるのです」みたいな話とあんまり変わらないわけですよね。
じゃあ、思い込みだとわかったとして、「どうやって思い込みを取っ払えばいいんだ?」と。それがわかったら誰も苦労しないわけで、今、まさに私も何かの幻の中を生きているわけですけれども、唯一言えるのは、子どもの時にそうだと信じ込んでいたことが、大人になって「なんてバカらしいことだったんだ」って思うことがよくあると思うのです。その時は大まじめに考えていても、あとから振り返ると、よくわかってくることがあって、この感覚を人生の中でちょっとずつ早めていくことが大切だと思います。学べば人は必ず、自分の殻を破っていけると思うので、それをどのように気づいていくかが大事だと思っています。

「マインドセット」とこれを言うなら、人間がマインドセットを変えたり、思い込みを壊していく中で、一番重要な観点が一つだけあって、「自分は思い込みに支配されている」という考え方をまず持つことです。これすら持たなかったら、自分から見えている世界がすべてになって、「もしかして、こうじゃない世界もあるかもしれない」という想像力が働かなくなるわけです。「自分が見えているのは、今はこうなんだけれど、もしかしたら私の思い込みが外れれば、もっと違うことがあるかもしれない」と考えることが大切です

当たり前にやっている行動も「外部環境」の影響を受けている

では、人間の心を阻害しているものをどうやって取り払えばいいのか。簡単ではないのですが、私がどんなことをやったかというお話をしたいと思います。まず一つは、私はバスに乗ると、一番後ろの席に座るという癖があるのですけれど、結構座る席って決まっていると思うのです。でも、時には違う席に座ってみる。これ、何が言いたいかというと、思っているよりも自分の行動はパターン化されているということです。パターン化されている行動の中から考えると、当たり前ですけれど、パターン化された思考になるということなんです。

「アフォーダンス理論」という概念がありまして、人間の行動というのは、自由に動いているように見えて、環境に相当誘発されているという考え方です。例えば、歩いているように見えても、ただ道に沿って歩いていれば、「道に歩かされている」とも言えるわけです。当たり前のようにやっている行動というのが相当、外部環境からの影響を受けているのです。だから、それは結構変えられる部分があるということなのですね。
例えば、私がすごくしらけた話をしている時に、「この人を助けてあげたい」と思った誰かが高笑いをしてくれると、みんながつられて笑うことがあります。つまり、主客を逆転するというのはそんなに難しい話じゃないわけですね。いつの間にか、しゃべっている人が聞いている人にコントロールされることもあるわけです。
有名な実験で、教授が右側でしゃべると、生徒が「うん、うん」とうなずいて、左側でしゃべると「いや、いや」と否定するという実験をやった時に、最後はどうなったというと、先生は右端でずっと授業をしていたというのです。これ、面白いポイントは何かというと、先生は授業の最後までそれに気づかなかったのですね。そんなふうに私たちは、自分が何かやっていることが本当は外部の影響でやっているにも関わらず、まるで自分の意思でやっているように行動することがあるのですね。

また、環境は、自分が影響されるだけではなく、自分自身が影響を与えることもできるということです。これは何かというと、「今日、変わろう」と内面で思うよりも、結局、場所や時間などの環境を変えた方が達成しやすいということです。私がG1サミットに参加して思うのは、そこで議論される内容やメソッドの価値よりも、ある熱量を持った人間が1か所に集まることで、日常と全然違う体験ができる価値の方が大きいわけです。参加して3日ぐらい経ってくると、いつもと違うことを考えている自分が現れてきます。そこで体験として気づくのは、「どこに行っても毎回同じように考える自分がいるなんていうのは結構まやかしで、違う環境に行けば、違うように考える自分がいる」ということなんです。
別の言い方でいうと、もしダイエットしようと今思っている人がいたら、「ダイエットするぞ!絶対に何キロやせるぞ!」と決意を書き出しても、たぶん成功率は1.5%とか、そのぐらいだと思います。成功率を20%ぐらいにしようと思ったら、スーパーやコンビニから離れた所に住んで、冷蔵庫から無駄なものを捨てる必要があります。これをやっておけば、元気な時は我慢できますが、結局、体力的に疲れてきて「いいや、もう食べちゃおう」という時に、「何か食べたいのだけれど、遠いスーパーまで行ってそんな面倒くさいことをしてまで食べたくないから、もういいや、寝ちゃおう」となるわけです。こういうふうに弱った時の自分が誘惑に負けないようなシステムを元気な時に作っておくと、誘惑に負けにくくなります。オリンピック選手なんかは意志がさぞかし強いんだろうと思われますが、みんな巧みにこの仕組みを使っていて、人間が弱いということをよく知っているので、自分が弱くなった時に誘惑に負けにくい環境を元気なうちに構築しておくということで、自分自身をコントロールしています。

「型」と「意味」の大切さ

ブレイクスルーを起こす時にすごく重要なのが、「型」と「意味」です。どういうことかというと、どんなケースでも「まず『型』から始めましょう。そうしないと応用ができませんよ」という話です。でも難しい点は、型を習っている時に、この型が何の意味を持つかがわからないわけですね。『ベスト・キッド』の世界です。ペンキを塗るということの意味がわからないわけです。でも、ずっと続けていくと、ある時、試合で初めて意味がわかる。これが「型」の世界です。しかし、これが強くなりすぎるとどうなるかというと、「いいからおまえは何も考えずに言われた通りやっていれば、いつか意味がわかる日がくる」と、こういう指導法になります。これが強くなりすぎると、日本の部活みたいになっていくわけです。
一方で「意味」から入ると、これはこれでややこしいです。私がアメリカに行った時に子どもに陸上を教えたことがあるのですが、「まずはこれをやってください」と言うと、「どうしてそれをやるのですか?」って聞いてくるわけです。日本だったら「いいからやってよ」って言えるのですが、アメリカ人なんで、「何か説明しなきゃ」って頑張って説明するのですが、1個1個説明していくと時間がかかるんですね。そうすると、当初の教える内容の30%ぐらいで終わって「なんかこれ、面倒くさいな」となるわけです。もう一つ、一番難しかった点は、「今はまだわからないけれど、いつかわかるよ」と言えないことです。これ、何がいいか悪いかではなくて、「型」にしても、「意味」にしても、どちらにしてもメリット・デメリットがあるということなのです。

スポーツにおいて重要な点は、いずれにしても自動化しないと絶対に技術が使えないということです。つまり、サッカーボールを一生懸命見ながらドリブルしている選手は、試合に出たら使い物にならないと。考えなくてもドリブルできるからこそ、試合で使い物になる。そこまではやっぱり反復なのですね。考えなくてもできるようになるまでは、結局反復しかない。一方で、それだけやった選手がどうなっていくかというと、応用する時に、結局、「意味」がわかっていないと応用できないわけです。ひたすら「型」だけ覚えていった選手は、言われたことはできるんだけれど、自分で発想して次の応用に向かうことができないので、結局「この意味は何なのだろう」と理解していないと応用が利かない。
私の経験でいいますと、陸上選手は25歳ぐらいで老いを感じ始めるのですが、そのぐらいから体の痛い部分がいろいろ出てきて、できない練習というのが出てきます。私は「ハードルジャンプ」という練習が、アキレス腱が痛くなって、そのぐらいからできなくなったんです。そうすると、「ハードルジャンプをやりたいのだけれど、できない。これができないと俺は戦えない。どうしたらハードルジャンプができるのだろう」となるのですが、意味を知っている選手は、「ハードルジャンプは、つまりどんな意味の練習だったのか」というところから考えるわけです。すると「その意味さえ含んでいればいいんだ」となっていくと、「じゃあ、アキレス腱が痛いから足首を使う練習は無理だけれど、スクワットジャンプ、ひざでうまくクッションを受けるような練習だったらできるんじゃないか」とか、応用ができるようになるわけですね。料理が下手くそなときって、ニンジンがないとそれだけで焦りますけれど、ニンジンの味に似たもの、「じゃあ、今日はタマネギでもいけるかな」みたいなことができるようになると思うんですけれど、要は意味がわかってくると、こういう「こなれ感」が出てくるということです。
これ、どちらがいいかはわからないのですが、少なくとも自分自身が「型」中心でいっているのだったら、今やっていることの意味を改めて考える必要がありますし、「意味」中心だとしたら、何も考えないで反復して積み重ねる必要があると思います。

私は「学ぶ」ということは「忘れる」ということと同義語だと考えています。つまり、「学び」というのは「積み重ね」のイメージがあるのですが、実は「破壊」の側面も結構あると。私が「そうだ」と思い込んでいたものが壊れる瞬間にこそ、学びがあります。私たちが技術を高めていく時も前半は反復でいいのですが、あるところから「自分はこうだ」という殻が固まってきた時に、ちょうどいい刺激を入れて、それを1回壊して、作り直していく必要がある。私はこの時に必要な感性が何かというと「飽き」だと思っていて、ある程度いったら人間は飽きなきゃいけない。飽きたら新しいことを始めて、「ああ、前のやり方をやっておけばよかったな。あっちだったら慣れていたのに」と思いますが、慣れないことをあえてやることで自分自身がより大きくなると思っています。

「学び」を自分に落とし込むための3ステップ

私は学びを最終的に自分に落とし込む時に、重要なのがこの3ステップだと思っています。
まず一つ目のステップは、練習でも何でもいいので、「体験する」ことです。二つの目のステップは、それがどういうことだったのかという「タイトルをつける」ことです。今日みなさんにお話をして、みなさんは「為末の話はつまりこうだった」というふうに要約をされると思うのですね。ここまでは結構多いと思うのですが、私が重要だと思うのは、三つ目のステップとして「ブリッジする」ということで、つまり、違う世界のものとこれを結び付けて、もう1個上位の抽象的な概念でくくってみることです。

例えていいますと、私は、本日の講演の前に、水戸市内を紹介してもらって、いろいろ見てきました。偕楽園は、陰と陽という概念で、奥の暗い竹林と手前の明るい梅林の世界で構成されていて、つまり、暗い世界と明るい世界が常に両立して世の中が成り立っていることを表現している、という話を聞きました。この話はスポーツの世界で言うと、走り幅跳びなどは、踏み切った瞬間が重要に見えるのですが、実は、その一歩手前が重要なのです。ですから、パラリンピック選手は今、踏み切る足は義足なのですけれど、その一歩手前は自分の義足をはいていない方でやるのです。なぜなら、踏み切りの一歩手前のコントロール、その時の自分の体の角度が結局、跳躍に一番影響するので、選手も高いレベルになればなるほど、踏み切り足ではない方の足のトレーニングを行うようになるわけです。つまり、偕楽園の話をスポーツの話にブリッジさせると、物事というのは常に表があって裏があるけれど、それに影響を与えているこれは一体何だろうかと改めて考えるきっかけになるわけです。日常においても非常にこれは重要で、みなさんもマネジメントとかをされる時に「イチローがこう言っていた。われわれの仕事はこうだ。これには共通点があるじゃないか」ということをされると思うのですが、このブリッジングを行うことで自分の経験が他の人の経験と、つまり「経営」と「スポーツ」というカテゴリーだけではなくて、「陰」と「陽」という新しいカテゴリーの中で結びつくようになる。このブリッジングというのを意識してやることで、さまざまな体験が意味をなすのではないかと思っています。ちなみに、スティーブ・ジョブズが点と点をくっつけて線にするというのも、点と点をくっつけて、最後にブリッジングして「私の人生とはこうである」という、壮大なブリッジングの話ではないかと私は理解しています。

スランプから抜け出せる選手の特徴は「遊び人」

もうひとつ大事な点は、頑張るのは大事なのですが、一方で、夢中でやった方がはるかに学習効果は高いので、理想は「夢中の状態」に入りたいのですね。スポーツ選手の中でも、ひたすら夢中になれる選手がいるのですが、そういう選手がスランプに入った時に、そこから全く抜け出せなくなるということがあるのです。スランプに入った選手で抜け出る選手が持っている特徴は、「遊び人」という特徴があります。真面目な選手ほどスランプから抜け出せにくいのです。それは何でだろうとずっと思って眺めていたのですけれど、私が思うに、「遊び人」という言葉を言い換えると、「多様な経験を持っている」という言い方ができると思うのです。いろいろなことをやっているとか、いろいろ人と会っている人間だということ。真面目な人間の人間関係というのは、コーチや同僚、後輩とか、ほとんど同じ世界に人で構成されているケースが多いです。スランプそのものしか考えられなくなると、その沼にはまって出られなくなるのです。ですから物事の視点の多様さみたいなものを手に入れることは重要です。
最後に、これは結構重要なことなのですが、夢中になることと自分を客観視することを同時にやってはいけないということです。今日はひたすらバカになって夢中にならなきゃいけない日に、変に客観視することは最悪です。一方で、物事を客観的に捉えなきゃいけない日に、変に夢中になったり、こだわってはいけません。これを日ごとで分けてしまうのが、私が練習の時にやっていることです。つまり、「今日は苦しい練習なので、グラウンドに入ってから出るまでは何も考えない。ひたすらこれに耐える」ということをやる。次の日は、走りながら「腕がこうだ」「足がこうだ」というのを徹底的に客観視して考える。この二つを同じ日にやりません。なぜならば、考えながら夢中になるということは矛盾しているからです。
スポーツの世界では「ゆらぎ理論」という言葉がありまして、ゴールに向かうには、「右だ!」と思って突っ走っていって、ハッと気がついて「左だった!」といってすぐに方向転換して突っ走る、こういうふうにゆらいでいる人間のほうが、結局ブレイクスルーを起こしやすいという理論があるのですね。つまり、バランスをある程度失ってでも、思い込んだらすぐにそっちに突っ走る方が、結果としてブレイクスルーを起こしやすい、そんなものだと思ってください。

いろいろと話しましたけれど、そんなことを繰り返しながら、自分をゆさぶったり没頭させたりしながら常に改善をしていくことで、「人間の限界」というのはなくなるのではないかと思います。重要な点は、「今から考える限界は本当の限界ではない」ということなのです。最近の研究では、50歳、60歳になってからも新しい言語を習得できるとか、そういう研究がされているので「この年齢からはできない」と言っていたこともあやしくなってきています。水泳などは元々23歳ぐらいが平均引退年齢だったのが、鈴木大地さんだったと思うのですが、30歳まで現役を延ばしたら、今や30歳が当たり前になっているわけです。たぶん平均寿命みたいなものも相当あやしいのじゃないかと思っていて、私はきんさん・ぎんさんが出たあとに急に平均寿命が延びたんじゃと思っているのですが、そんな感じで、かなり人間はそういう世界を生きているのじゃないか、という話でした。

私はこの言葉「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損損」が大好きなんですね。人生長いようで短いし、一生懸命やっている人がバカに見える時もあります。でも、どうせみんな同じなら、私は人生を思い切り踊って死んでいきたいという思いがあります。最後に「あそこが俺の限界だったな」と思いながら笑って死ねるといいなと思っています。今日の話が、何かみなさんの参考になればと思います。どうもありがとうございました。(後編に続く

為末 大

一般社団法人アスリートソサエティ 代表理事

元陸上選手

スプリント系競技における日本初の世界大会メダリスト。五輪はシドニー、アテネ、北京の3大会に連続出場。2012年に現役を引退。現アスリートソサエティ代表理事。