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投稿日:2021年06月04日

投稿日:2021年06月04日

「自分探し」よりも「志探し」を!限界を突破するための方法とは〜為末大

為末 大
一般社団法人アスリートソサエティ 代表理事

本記事は、グロービス経営大学院・茨城水戸特別セミナー2017「限界の正体~自分の見えない檻から抜け出す法~」の内容を書き起こしたものです。(全2回 後編 前編はこちら

川﨑篤之氏(以下敬称略)みなさん、為末さんをテレビで見ていたり、あるいは著書を読まれている方もたくさんいらっしゃると思うのですけれども、アスリートでこれだけ知識がたくさんあるというのは、どういう興味からきているのでしょうか。

為末大氏(以下敬称略):これはアスリートによくあるのですが、競技人生で引っかかっていたことに興味をもつことが多いと思います。チームづくりがうまくいかなかった人間は、「組織論」とかにいくことが多いですし、動きがうまくいかなかった選手は「動作解析」にいって、痛みでうまくいかなかった選手は「医療」とかにいくことが多いのですが、私は「心理」の問題が結構あって、特に最初の経験が大きいのですけれど、「人間の心」って何なのかということに対しての興味がすごくあって、コーチもいなかったので、「自分をどうやって扱っていけばいいのか」ということに対してとても興味を持っていました。そこから認知心理に関する本を読んだりし始めて、徐々に徐々に、そういうことを勉強し始めたという感じですね。

川﨑:勉強する時は、本を読まれたり、人に会ったりということなのですか。

為末:それが多いですね。本当は体系立てて学びたいところがあるのですが、やっぱり本が多いですね。引っかかっていて、よくわからないキーワードみたいなものがずっとiPhoneの中に入っていて、それに関して検索して出てきた本をずっと注文して読んでいる感じです。

川﨑:なるほど。知らない言葉が常にiPhoneの中に入っていて、それを一つ一つ、つぶしているみたいな。

為末:私が職業柄有利なのは、専門の人に会おうと思ったら会える可能性が高いので、それで会いに行く。1回、宇宙に興味があった時に、東大の先生に宇宙を聞きに行ったことがあって、その先生はすごくいい方で、私が行くっていうと、わかりやすく説明してあげようと思ってくださったみたいで、行ったとたんにドラえもんのプレゼンで宇宙の話をしてくれたんですね。

川﨑:優しい人ですね。

為末:優しい(笑)。ドラえもんがのび太に話している形式なのですが、話している内容は「ひも理論」とか、吹き出しにそのまま論文が載っていて。難し過ぎて、言っていることは意味がわからないのですが(笑)。でも、それはすごく幸せな経験ですね。

「今日できる最高は何か」考える

川﨑:今、「変える」というキーワードを言いましたが、目標を定めて、そこまで突き進んでいく時にブレるというのは、結構、私たちの気持ちとしては躊躇する部分があると思うのですが、為末さんは世界に挑戦されてきて、いま新しい世界にどんどん入っていかれているわけですが、「変える」ということはどう理解したらいいんですか。

為末:長期的なものは変えない。結局、私も「ハードルで世界一になるぞ」というところは変えなかったんですけれど、そうはいっても、試合に挑むときに「よし!世界一になるぞ!」と思って試合に挑んでも、どう考えてもその時の状況で世界一になれないなというレースもあるんですね。その時に「世界一になるぞ!」っていって納得するほど人間ってバカじゃないので、自分で「いや、そんなことはないな」と分かるわけです。特に経験が重なってくると、たぶんみなさんもあると思うのですけれど、いっぱいやってきたことは、これがどのような結末になりそうかぐらいは予測がつくわけです。その時に重要だなと思うのは、「今日できる最高は何か」というところに設定し直すことです。

川﨑:今日できる最高は何か?

為末:「今日到達できるところはどこなんだろう」というところをダブルゴールみたいな感じで設定して、理想のゴールはあるのだけれど、一方で、今日1日の「ここまでいけばOK」ということを設定していく。大げさにいくと、オリンピックで例えると、「繋がっている4年間のように見えて、実は細切れになっている一生懸命の毎日を、千何百日重ねるとオリンピックに到達していた」という方が、現実に近いんじゃないかという気がするんですね。

川﨑:なるほど。ずっと先にある目標よりも細切れに捉えていくと。

為末:そうですね。僕は心があまり強くなかったので、やっていくうちに遠すぎて、どうしていいかわからなくなるのですね。その時に「今日はここまでやろう」と思って、だいたい1日の目標を5勝5敗ぐらいの設定にしていたのですね。そうすると、2日に1日は「よし、今日はちゃんとやれた」と満足できるので、自分の心がちゃんと負けないように、そういう設定をしていました。

川﨑:なるほど。そうすると、遠すぎる目標は、なかなかしんどいということなのですかね。

為末:夢中みたいな時間というのが、遠すぎる目標を考えるための時間なんじゃないかと思うのです。グロービスの「志を醸成する」とかは、おそらく人生を賭けて追いかけたい何かをあらためて考えることだと思います。

川﨑:そういうことですね。

為末:これは人生を賭ける目標の話ですよね。選手でも「何を目標にしよう」とか、「どうやって世界一になればいいんだろう」って考えながら、気がついたら4年経っていたという選手もいるわけです。結局、スポーツは何が重要かというと、「今日1日、具体的に何をやったのか」という積み重ね以外に鍛えるものがないので、リアルがすべてなんですね。いくら頭の中で空想していても筋肉はついてこないので。そういう意味でいくと、将来を考えることの重要性と、毎日毎日を一生懸命、ある程度限界まで生き切るということの積み重ね、この両輪が重要だという気がしていて。「どっちかを削れ」と言われると、私は目標を削りますね。

「自分探し」よりも「志を探す」

川﨑:「目標設定」という言葉と同じような意味合いで、特にグロービスでは「志」というテーマをよく取り上げますが、「自分探し」みたいなキーワードがどうしても出てきますよね。

為末:はい。

川﨑:自分探しそのものがいい部分と、もしかしたら、あまりよくない部分とあるのかなと思うのですが、為末さんなりにご説明いただければと思うんですけれど。

為末:自分探しでいい点もあると思うのですけれど、平野啓一郎さんという作家が「分人主義」に関する本を書いているのですね。どういうことかというと、英語では“individual”と書くのですが、「これ以上分断できない何か」という意味で英語ではindividualなんだそうです。つまり、それが個人なのですね。ところが平野さんがおっしゃっているのは、ここでしゃべっている私と、家に帰ると奥さんにビビる私がいる。同じ自分なのだけれど、局面によって出てくる自分が違うという意味で、本当は「分人」、つまり人というのは環境ごとに出す自分が違うのじゃないかということを話しているのですね。自分探しの最大の難点は何かというと、「individualな自分を探す」という視点にとらわれすぎている気がしていて、いくら探しても、アメリカに住んでいる時の自分と、水戸に住んでいる時の自分と、高校の同級生に会っている時の自分と、会社にいる時の自分は一致しないんじゃないかということなのです。だから、「どれが本当の自分だろう」って考えることは、「どれも本当の自分だよ」という整理のほうがいいのではという意味で、自分探しがあんまりうまくいかないのは、そこじゃないかと思っています。

川﨑:なるほど。

為末:一方で、「志を探す」というか、自分の人生で追いかけるべきミッションは何かというと、それはこっち側の話じゃなくて方向性の話なので、これは見つかるんじゃないかという気がするのですね。だから、ベクトルが内に向くか外に向くかで、内に向きながらも「追いかけるものは何か」というふうに設定した方がいいかなと。自分探しというよりも、振り返って「点」をつなげて自分を構築するという方が自分探しには向いている気がするので、振り返って何の点もない時に自分を探しても、わからないのじゃないかっていう、そんなイメージですかね。

「ゾーン」とは何か

川﨑:なるほど。あと為末さんはよく「ゾーン」の話をされますよね。スポーツ選手の方々は「ゾーンに入る」とか「入らない」とかってよく聞くのですが、これって、われわれが普通に生きていく中でも、そういう世界に入っていけるものなのかなと。あるいは、入っていく時は、どういう条件が揃えばいいのでしょうか。

為末:ゾーンというと、スポーツ界でかなり神格化されていて、悟りに近いみたいな捉え方をされているので、一番わかりやすいのは、「フロー理論」というのがあるんですね。
これがいわゆるゾーンに近いのかなという気がします。フローの定義とは、何かをやっていながらの、ちょっとした「幸福感」と「時間の感覚の変化」という、そんな説明なのですね。たぶん、それでいうと、みなさん少なからず経験したことがあると思うのです。本を読んでいてハッと気がついたら10分経つとか、ありますよね、何かコードを書いたりとかメールをやっていて。

川﨑:はい。

為末:あれの延長線上だと思ってください。ただ、「ゾーン」と「フロー」の一番の違いは、あるひとつの行為を一定時間以上長く積み重ねた先にやってくるのがフローなので、技術が卓越していない世界にはゾーンはやってこないというのが違いかなと思います。
で、「ゾーンに入りますか?」ってよく質問されるのですけれど、これは「睡眠に入る具体的な方法はありますか?」というのに近いと思うのですね。たぶん、みなさん「お風呂に入って温まってから布団に入る」ぐらいまではわかっても、(指パッチンをして)こうやって一瞬で寝る方法ってないと思うんですね。それと同じで、ゾーンもある程度「儀式」みたいなもので持っていけるとは思うのですけれど、「ここからゾーンだ」って入るのはある意味、無いのではないかと思っています。やっぱりわれわれにできるのは、身体を整えて、なるべく外界を断って集中するということだと思うんですよね。

ゾーンに入る時の心理で一番重要な点は何かというと、結局のところ、人間の客観的な意識というのは、時間軸の中で横に広がるか、もしくは時間軸を前後に伸ばすかしかないと思うのです。つまり、過去を考えて未来を憂いている時にはゾーンはやってこないということです。周りが私をどう見ているかを考えているときにもゾーンはやってこない、ひたすら「今」「ここ」「自分」という状態が追究された世界にゾーンがあると思っていて、それは、ある一定量やっていけば、私は誰でも到達するんじゃないかと思うんですよね。

川﨑:ただひたすら自分のことを見つめる?

為末:そうですね。行為に没頭するというのに近いかもしれないですね。

川﨑:没頭するものを見つけられるというのが大きいですよね。

為末:人によって特徴があったりすると思うのですけれど、われわれの世界でゾーンがなんでこんなふうに言われるかというと、ゾーンを阻害する要因がグラウンドにたくさんあるのですね。つまり、「この試合、失敗したらどうしよう」という未来に対しての圧力がかかるわけです。これはオリンピック選手もそうなのですけれど、つい気を抜くと、「このレースでうまくいったら、こうなるのじゃないか」とか「失敗したらこうなるな」という心配がよぎっちゃうんですね。
いちばん面白いデータでいくと、「この一投が入れば決まる」という瞬間から、その一投を外す確率というのは普通に投げるよりも高くなっちゃうわけです。たぶんゴルフをやられる方はわかると思うのですけれど、手に入りそうになった瞬間に「私」が出てくるんですね。それで、「これを決めればいいんだ。失敗しないように」と思った瞬間に、失敗する確率が上がる。とにかく自分に対して、どう遮断して「自分」に集中するかはすごく難しい。チーム競技だともうちょっと違う説明をするのですけれど、個人競技の世界はとにかく自分の世界なので、それをやるというのが大事かなという気がします。

川﨑:そういうものはビジネスでも生かせるのですかね。

為末:私が思うのは、ゾーンで一番重要な点は、ドーピングでよく説明しているのですけれど、ドーピングってわれわれの世界はすごく嫌がるんですね。絶対にやっちゃいけないと。何がやっちゃいけないかというと、一番の本質的な問題は、ラットの研究で、ドーピングに近いようなものを入れたラットが、筋肉の量が例えば20%、普通ではいかないところまで増大するのです。そして、薬を抜く。抜くんですけれど、ちゃんと鍛えると、この20%のところまで、また到達しちゃうのですね。つまり人間は、どんな手法でも1回限界を破ればそこを理解するので、薬が体から抜けたとしても、そこまで行っちゃうのですね。そのぐらい限界を超えたところを知る体験というのは威力があるということなんです。

ゾーンが仕事上で重要な点は、1回でもゾーン的なものを体験すると、「いまは集中できていない」とかがよくわかると思うのですね。ゾーン的なものを体験していない人は、本当の意味では深く入っていないけれど、「これが集中だ」と思い込んでいる可能性があって、それは言葉を返していうと、本当の自分のポテンシャルを発揮し切れていないと思うのです。だから本当のポテンシャルっていうのは、グーッと深く入ったところに私は表れるのじゃないかと思っているので、仕事には生かせるんじゃないかと信じています。

川﨑:とことんやってみないと見えてこないということなのでしょうね。

為末:そういうことですね。

川﨑:では、ここからは会場の参加者からの質問です。

Q.為末さんはスランプをどうやって克服してきたのか?

為末:「アリとムカデ」という話があるのですが、ムカデが歩いていて、その横でアリが歩いてくる時に、アリがムカデに「私、これだけの本数で大変なのに、そんな100本以上も脚があって、こんがらからないで歩くのはすごいですね。どうやって歩いているか教えてください」って言う。そこでムカデが得意気になって「こうやって歩くんだよ」って言って、自分の脚を意識した瞬間に、脚が絡まって転んじゃうという、そういう話です。

スランプなどは、無意識でやっていたことを意識的に上げてしまったが最後、どうやったらもう1回、無意識に戻ればいいかわからないという現象で、スポーツではよく起きます。その時には、結局考えないようにするのはなかなか難しいので、もう1回、「そうだな。右足から左足に移って、それから肩がこんな感じだった」とか、そういうふうに直していくのですね。一方で、それだけで直らない時に、私はどうやったかというと、頭を空っぽにして走るのは難しいので、せめて何かで頭をいっぱいにしようと思って、自分の手首に鈴をつけて走りながら、その鈴の音で頭をいっぱいにして走って、結果として他の動きが忘れられてきて、やっと直したことがあります。人によっていろんな手法があると思うのですけれど。

Q.部下を成長させるために、為末さんが大事だと思うことは何か?

為末:どれだけマネジメントが下手くそなんだって自分の会社の社員に言われているので、あまり偉そうに言えないのですが。私が1個、会社の中で強く信じていることとか意識してやっていることは、「褒められて悪い気はしない」ということです。一生懸命、その人は何がいい点なのかを考えるようにする。往々にして長所と短所がくっついていることってたくさんあって、スポーツなんかだと、たとえば野茂さんのあの投げ方って、セオリーからすると直したいコーチがいたのではないかと思うのです。イチローさんを直したいコーチもいたと思います。でも、野茂さんは、ああやってグルッと回ることが無駄に見えて、そのことが何かを引き込むパワーがあります。陰と陽で言うと、関係性がはっきり見えない中で、陰だけを見てつぶすっていうのは、失敗することが多いと思うのですね。私の会社の社員で、ちょっとスタンドプレーが強い社員がいるんですけれど、反対にいうと、はっきり意思決定ができているので、それは「本人の中で意思決定をしていこうという気持ちが強い」ということに対して評価をするようにしています。

もうひとつは、社員にタイトル、つまりあだ名をつけています。タイトルがうまくはまると、人間が結構輝いてきたりするのですね。「君は『ヒットマン』だ。いざという時に君がヒットする企画を出してくれるからうちの会社は安心だ」と言えば、本当にヒットマンみたいな気分に社員がなってきて成績が上がることがあります。

Q.物事を俯瞰的に見るためのコツとは?

為末:私はコーチがいなかったので、セルフコーチングというやり方で練習していたのですが、セルフコーチングの1番の核心にあるのは、どのように自分を俯瞰するかということでした。もともと俯瞰で見るのがあまり上手なタイプではなかったと思っています。いろいろ考えたのですけれど、「客観視する」という言葉があって、それを一生懸命考えたときに、「客観的に見ているその視点も、また主観ではないのか」という、つまり、どこにも視点を置かない視点はないんじゃないかと思った時に、人間が到達できる客観視とか俯瞰というのは、多様な視点の集合体なんじゃないかと思い始めました。
つまり、複数の視点を持てば持つほど客観視が強くなるという意味で、私が具体的にやったのは、「みんなから自分はどう見えているのだろうか」ということを質問したかったのですが、そのまま聞くのはちょっと恥ずかしかったので、「あなたが私だったら何をしますか」という質問を100人ぐらいに聞いたことがあります。すると、結構いろいろな回答が出てきました。私がその時の経験からいいなと思ったのは何かというと、俯瞰が難しい時には、周辺の人間を使って俯瞰してしまおうということです。周りの人から「どのように見えているか」という情報を集めていって見るというのをやるようにしています。

最後に、コーチングの言葉でこんな言葉があって、私はすごく感銘を受けているのですけれど、「人を変えることができる人間は、『人は変われる』と信じている人間だけだ」ということですね。言葉を換えると、「自分が変われると信じている人間のみが人を変えることができる」ということだと思うのです。
私は今39歳ですけれど、社会に出たのは34歳だったので、まだ5年間だって考えると、今26歳ぐらいの気持ちで、「ここからいくらでも可能性がある」と思っています。頭でそういうマインドセットにしちゃっているのです。そういうふうにしちゃえば、すべての人が変化できるんじゃないかと思って生きていますので、ぜひ、みなさんもそうしてみてください。今日はありがとうございました。(会場拍手)

為末 大

一般社団法人アスリートソサエティ 代表理事

元陸上選手

スプリント系競技における日本初の世界大会メダリスト。五輪はシドニー、アテネ、北京の3大会に連続出場。2012年に現役を引退。現アスリートソサエティ代表理事。